とりあえず穴の中を探る
ほぼ垂直のトンネル状の滑り台、しかも真っ暗を滑り降りる。ゴンゴンとハイエルフたちの体が側面なんかにぶつかる音がしているが聞こえているがどうしようもねえ。おそらく2,3秒、高さにして10メートル以上滑っただろうか。目の前に光が見え、そして程なく暗闇を抜けた。
「くそっ、風の精霊の奴。帰ったら覚えておけよ。」
「やーい、ひっかかった、ひっかかった~。」と腹を抱えながら笑う風の精霊の姿が頭の中で再生されたので毒づく。助かったことは助かったんだが、さすがにこれはねえだろ。妖精が勝手にやったという線がないわけでもないが、あんなにタイミングよく妖精が現れるなんて作為的なものを感じざるを得ない。
まあいいや、とりあえず今は今後のことを考えねえとな。
ハイエルフたちを地面へ下ろし、ズボンをぱんぱんと払って立ち上がる。目の前に広がるのは地下にあるとは思えないほど広く明るい空間だった。おそらく500メートル四方はあるだろう。しかもただ明るいだけじゃねえ。少し離れた場所には草木が生い茂り、目の前には畑が広がっている。畑には青々とした葉野菜や瑞々しい実をつけたものなど明らかに人の手が入っていた。
「誰かが住んでんのか?というよりなんで明るいんだ?」
よくわからんがとりあえず畑のほうへ行けばそれを世話している奴の手掛かりがつかめるだろうと一歩畑のほうへと踏み出し、ふにょっという変わった地面に違和感を覚えた瞬間、天地がひっくり返り、そしてカラカラという鳴子の音が響いた。
プラプラと揺れる逆転した視界の中、なんとなく消防時代を懐かしく思い出す。こんな風にロープに吊られるなんていつぶりだろうな。まああの当時は腰に結ばれていて、今は足だからちょっと違うけどな。
まあありていに言えば罠にかかって吊られているって訳だな。っていうかなんでこんなとこに罠があるんだとも思ったが普通に考えて侵入者対策だよな。つまり畑を作り罠を張る程度の知能のある生き物がここにいるって証拠になるわけだ。
そう、俺はそれを確かめるためにわざと罠にかかってやったんだ。しかも鳴子が鳴ったから探すまでもなくあっちも来るだろうし。おお、自分の深謀遠慮が恐ろしくなるな。
ふぅ、むなしいからやめるか。
うーん、剣もナイフもあるし、普通にロープを外すことも出来なくはないんだが向こうからしたら俺は侵入者なわけだしこんな場所じゃあロープも貴重品かもしれん。警戒心を抱かせないためにもこのまま待つか。
・・・
・・
・
来ねえじゃねえか!
鳴ったよな。結構な音が鳴ったよな。なんで来ねえんだよ。罠にかかったことを知らせるためにわざわざ鳴子をつけたんだよな。聞こえなかったとかいう落ちか?意味ねえだろ!
なんか今更降りるのも癪なので思いっきり体を揺らす。カランカランという鳴子の音が俺の振動に合わせてビートを刻む。おっ、ちょっと乗ってきたぞ。
「ちょっと待ってねー。」
しばらくビートを刻んでいると、人の声が聞こえてきた。やっぱりここには人がいるみたいだ。しかしそんな言葉では俺のソウルは止められないぜ。全身をばねのように動かす。俺は楽器だ。いや俺こそが音楽だ!
鳴子がいや、俺の体がより一層激しくリズムを刻んでいく。気分は最高だぜ!
「エルノが待てと言っておろう、痴れ者めが!」
「うおおおお、っておおっ!!」
いきなり目の前に現れた男が手に持っていた剣で俺の踊り狂っていた頭を寸分たがわず真っ二つに切り裂きやがった。ダメージは全くないが滅茶苦茶ビビったぞ。
「てめえ、普通の人だったら死んでるぞ!!」
「エルノの言葉を無視する貴様が悪いのだ。それに貴様、人ではなかろう。」
頭を真っ二つにされながらも文句を言う俺の姿に驚きもせず、男はフンっと顔を反らした。確かに人ではないが顔を真っ二つにされてびっくりしねえわけじゃねえんだぞ。ていうかめっちゃエネルギーが減ってる。やばい、この感じだともってあと10分あるかないかってところだ。
とりあえず住人とは会えたので罠にかかった右足を変形させてするっと輪から抜ける。地面に降り、改めて俺の頭をぶった切った男を見て気づいた。
「お前、精霊か?」
「貴様もな。もっとも仮初の体のようだがな。」
俺を見下ろしているその男は、体全体が金色に光っており、金の鎧と剣を装備していた。身長は190を超えているだろう偉丈夫で、彫りの深い整った顔つきはインポッシブルなミッションをしちまうどこかのハリウッドスターを彷彿とさせた。その黄金に瞳は俺が妙な真似をしないように監視するためか冷たく鋭い。とりあえずこれ以上無駄にエネルギーを消費するわけにもいかないので両手を挙げて無抵抗を示しておく。
「よその精霊がわざわざこの鳥かごに何の用だ。もしや風の精霊の仲間ではあるまいな!!」
「ちょ、ちょっと待て!抵抗してねえだろうが。剣を突きつけんな!刺さってる、ちょっと刺さってるから!」
風の精霊の仲間と言ったら即座に俺の体に穴が開きそうなびりびりとした気迫が男から発せられる。俗にいう激オコぷんぷん丸というやつだな。奴はなにをやったんだ?
ちょっとだけ額に刺さった剣の場所からエネルギーが漏れていくのを感じながらもその気迫に動けないでいた俺を助けたのは剣を握る男の手にやんわりと置かれた蔦の手だった。
「駄目ですよ。カコウ様。お気持ちはわかりますがそれを相手にぶつけてはいけません。」
「エルノ・・・」
いつの間にか男のそばにいたアルラウネの女性の宥めのおかげで刺すような圧が霧散する。いや、ちょっと刺さってたけどな、物理的に。まあ一安心だ。
「たとえ久しぶりの新鮮なお肉だと踊っていた心が絶望へと叩き込まれようとも。」
「貴様ー!!」
「おいっ、助けてくれるのか止めを刺したいのかどっちなんだ!」
再び男が落ち着きを取り戻すまで数分かかった。
再び剣で斬られる危機は脱したが、そのためにかかった無駄な時間のせいで残り時間がほとんどない。今でも気を抜くとそのまま意識を失いそうだ。しかし今消えるわけにはいかねえ。
「土の精霊のリクだ。突然邪魔して悪かった。」
「光の精霊だ。わが最愛のエルノからはカコウと呼ばれている。」
「エルノです。カコウ様に仕える巫女をしています。」
俺に向かってにっこりとほほ笑むアルラウネの女性をまじまじと見る。ショートカットの頭には花々が咲き乱れ、白いシャツ一枚と言う無防備な服と赤い葉の自分自身のスカートと言う格好なのでスタイルの良さが際立っている。年齢はぎりぎり20代後半くらいだろうか?たれ目のおかげもあっておっとりとした美人だ。
俺はその瞳から目が離せなくなった。特徴的な翠の瞳から。
「おいっ、何を見ている。エルノは私の巫女だぞ。」
「っつ。あぁ、すまん。とりあえず事情を説明する。ちょっと時間もねえしな。」
エルノから視線をどうにか外し、用があってアルラウネの里へ行ったこと、そこで何者かに襲われたこと、案内役のハイエルフの2人がやられてしまったので担いで逃げたこと、そして妖精に教えられて穴に踏み込んだら滑って落ちたことを一通り説明する。
「って訳でちょっとこいつらを預かってほしいんだ。俺はもうすぐ本体の方へ戻っちまうから助けに来るまで。」
「なぜ我々がそんなことを・・・」
「次来るときはお礼に肉を持ってこよう。」
「カコウ様!?」
「うぅむ、仕方がない。人を連れてなるべく早く来い。」
ふぅ、これでハイエルフたちもなんとか大丈夫だろう。肉って偉大だよな。
とりあえずやるべきことは終わったんだが、もう1つどうしても聞いておかないといけないことが出来たんだよな。もしかしたら勘違いなのかもしれねえが、どうしても雰囲気やパーツが似ているし。
「感謝する。で、ちょっと聞きたいんだがカヤノって名前に聞き覚えねえか?」
「「!?」」
ビンゴ!2人の顔が変わった。エルノの顔は驚きで目が零れ落ちるんじゃないかと思うくらい見開かれているし、カコウは先ほどまでの落ち着いた様子から一転、剣呑な雰囲気で俺を見つめている。そして再び剣を俺の眼前に突き出すのと、エルノが俺の体を掴んで揺するのはほぼ同時だった。
「カヤノ、カヤノを知っているんですか。あの子は、あの子はどこに!?」
「貴様、なぜカヤノの名前を知っている!答えようによっては貴様の体に穴が開くと思え!」
刺さる寸前のところで剣を止められ、そして体を前後に揺すられればどうなるか。
プスッ。
俺の額に剣が突き刺さり、残っていたエネルギーが消え、意識が遠くなっていく。運が悪いとしか言いようがない。いや、こんなとこでカヤノの母親と会えたなら運が良いのか?いかん、何も考えられなくなってきた。景色が暗くなっていく。
「何しやがんだ!まあいい、待ってろ。次に会うときはカヤノを連れてきてやるから。」
何とかそれだけを言う。何か2人が言っているような気がするが全く聞き取ることが出来ない。もうダメだな。なにも・・・。
そうして俺は意識を手放したのだった。
ひょんなことからカヤノの母親とのコンタクトをとることが出来たリク。気を取り戻したリクはカヤノ達と共に急いで穴へと向かう。しかしリクは急ぐあまり忘れていた。大切な約束があったことを。
次回:肉はどこに消えた?
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




