とりあえず再会する
キンッ、キンッ、サクッ。
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、まあな。」
壁のそばにいたハイエルフが前方を警戒しながら俺たちのそばまで後退してくる。暗闇から飛んできたナイフは俺の装備を貫通し、心臓の位置に普通に刺さっていた。ナイフと言っても小さなものではなく、刃渡り20センチはあろうかと言うコンバットナイフのような作りの物だ。
完全に不意打ちだったから全く反応できなかったな。さすがハイエルフの2人は鍛えているだけあってしっかりと対応していたが。
いつまでも胸にナイフが刺さっているのもウザったいので抜いてみると、ナイフの刃はぬめぬめとした光沢を放っていた。俺の血液なわけないので何かが塗られていたんだろう。
「うおっ、まじかよ。」
ナイフを抜いた胸装備や服からシューシューと音を立てながら白い煙が上がってやがる。これ絶対にやばい薬だろ。パッパッと手で払ってみたが収まる様子はあまりないのでそのまま放置するしかない。はぁ、カヤノと一緒に買った装備や服だったんだがな。
「ついてない、ついてないねぇ。君たち。ついてないよ。」
暗闇から声が響く。陰気な男の声だ。
しゃり、しゃりと近づいてくる足音にハイエルフたちが俺をかばうように目の前に立ち剣を構え、臨戦態勢に入る。しばらくして出てきたのは猫のように背を丸めた痩せた男だ。いや痩せたという表現はちょっと違う。骨の浮き出るほど細い体躯に、こけた頬、爛々と開いた眼は血走っており狂気を感じさせた。
「なんだ貴様は!我らはハイエルフ。アルラウネの友人だぞ!」
「なぜ人間がアルラウネの里にいる!?」
ハイエルフの2人が尋ねるが、男はくっくっくと笑うだけでそれに答えようとはしない。その代わりに背中からナイフを取り出す。今俺の手にあるのと同じナイフだ。どうやら不意打ちをしてくれやがったのはあいつらしいな。装備と服のお礼はしっかりさせてもらおうじゃねえか。どうせまたナイフを投げるんだろ、それが開始の合図だ。
俺は飛び出す準備を密かにしていたんだが、俺の予想は外れることになる。男はナイフを俺たちの方へは飛ばさず、あろうことか自分が出てきた穴へ向かって投げたのだ。
カーン!!
甲高い銅鑼のような音が響き、それに続いて話し声、そして足音が聞こえてくる。しかも大量にだ。くそっ、仲間を呼びやがったのか。
「ついてないねぇ。ついてない君たちはせいぜい足掻くといいんだよぉ。」
男がバックステップで壁の付近まで下がるとほぼ同時に、壁の中から男や女たちが飛び出してきた。人間や獣人、はてはエルフまでいる。冒険者風の装備を身にまといながら、そいつらは武器を構え俺たち3人に敵意をむき出しにしていた。20人くらいか。普通に戦えばちょっと厳しいかもな。普通に戦えば・・・なっ!!
次の瞬間、動き出そうとするそいつらの目の前に2メートルほどの土壁が現れる。その土壁に矢や魔法がぶち当たり、壊れた壁のせいで突っ込んできた奴らに逆にダメージが与えられたようだ。そんなことは想定してなかったんだが棚から牡丹餅だ。
「お前らは魔法で攻撃しろ。さすがに多勢に無勢すぎんだろ。」
「いえっ、この程度の敵っ・・・」
「まだまだ出てくるかもしれねえんだ。安全策で行こうぜ。」
真下の地面を5メートルほど盛り上げ、簡易的な高台を作る。ゴリゴリとエネルギーが消費されるがそんなことを気にしている場合じゃねえしな。口の中に魔石をほおりこみ、行儀は悪いがガリガリと噛み砕いてエネルギーを吸収する。
急に地面が盛り上がったので少しバランスを崩したハイエルフたちだったが転ぶようなことは無く、すぐさまとりなおすと弓や魔法を使うものを狙って魔法を打ち始めた。もちろんあちらからも攻撃が飛んでくるが威力も精度もハイエルフの方が上でこちらの被害は軽い擦り傷程度、一方で遠距離攻撃のできる敵はほぼ壊滅状態だ。
近接系の奴らは俺たちへ直接攻撃するような手段が無いらしく、人を踏み台にして登ろうとしていたがことごとく俺が蹴り落していた。普通に戦ったらそいつらの方が強いのかもしれんが地の利は我にありだ。まあ地の利を作ったのは俺なわけだが。
一段落着いたハイエルフたちが近接系の奴らが登ってくるところを剣で撃退しはじめた。何というか高所って有利なんだなと改めて実感が出来るほど一方的な展開だ。まあハイエルフたちの剣技が優れているってのもあるんだろうが。
ものの数分ほどで決着はついた。もちろん俺たちの勝ちだ。地面には血だまりができ、血がしみ込んで色が変わってしまっている。たまにけいれんをする奴以外に動く者はいない。全員死んでいるのだ。攻撃され、武器を向けられた段階でこうなることは覚悟していた。この世界ではこれが普通なのだ。納得はできねえし、したくもねえが割り切るしかない。
「で、どうすんだ。お仲間は死んじまったが。」
高台の上からひょいっと飛び降り、蔦の壁にもたれかかりながらこちらを見ている男に問いかける。ハイエルフたちも俺に続いて降りてきた。形勢逆転だな。
「ついてない、ついてないねぇ。皆ついてないよ。」
「さっきからついてない、ついてないってうるせえよ。俺はアルラウネの里に用があったんだ。お前ら何しやがった。」
「あぁ、あいつらか。あいつらもついてなかったねぇ。」
「貴様!質問に答えろ!!」
男はニタニタと笑うだけで俺たちの質問には答える気はなさそうだ。とんっと軽い仕草で壁から背を離すと両手にナイフを持ってふらふらとこちらに向かって近づいてくる。その歩みはあまりにも無造作で気味の悪いものだった。ハイエルフも体勢を変え、一歩一歩近づくたびに緊迫感が高まっていく。
「イェン、何してるの~。」
間延びした声がその空気をぶち壊した。イェンと呼ばれたその男はくるりと背を向けるとその声のした入り口の方へとふらふらと歩いていく。ハイエルフたちは警戒を緩めないまま、しかし不思議そうにその様子を見ていた。
そんな中で俺は悩んでいた。あいつがここにいるはずがない。だってあいつはここには来れないはず・・・。しかし聞き覚えのあるその声は、カヤノと一緒にさんざん聞いたその声を聞き間違えるなんてことはないはずだ。だが、だとしたらなぜ・・・
「うわ~、みんな死んでる~。ダメじゃない、イェン。ちゃんと働かないと~。」
「そいつらがついてなかっただけだよぉ。」
姿を現したのは蔦の足をうねうねと動かし、深い緑色の目を眠そうにしているアルラウネの女性。かつてカヤノが調薬を教わり、そしてバルダックの領主から自分の姉の死体をさらい行方不明になったある意味で思い出深すぎる人物。
「フラウニ、なんでこんなとこにいやがる!?しかもそんな奴を連れて!!」
間違いない。声も姿もなにもかもがフラウニだ。
その証拠に名前を呼ばれたフラウニはこちらを見ると、考え込むように目を閉じ、そして首をひねっていた。
「う~ん。あなた、誰?なんで名前を知ってるの~?」
「誰ってお前・・・」
そこまで言って自分でも気づいた。俺はフラウニにこの姿で会ったことはない。カヤノの義手としてなら何度も会ったことはあるが、ある意味で初対面だ。突然のことすぎて忘れていたが。
フラウニは数秒思い出そうと考え込み、そして両手をパンッと合わせた。
「まあ、いっか~。」
「いや、良くねえだろ。もうちょっと考えてみろよ!」
あまりの諦めの速さに思わず突っ込みが入る。あぁ、この感じ、久しぶりだ。カヤノとフラウニが合わさると突っ込み役が不在のせいもあって何というかゆるーい感じの空気に良くなったんだよな。どれだけ俺が突っ込みたかったか。あん時はまだ話せなかったしな。
「えいっ。」
そんなことを思い出していたのは明らかに油断だったんだろう。フラウニが服の下から何かを取り出し気の抜けるような声と共に俺たちに向かって投げてきた。その速度は決して速くは無い。十分に避けられるはずだった。それを貫くように投げられたナイフさえなければ。
ナイフで貫かれたそれからは黄色い粉末が飛散し、瞬く間に俺たちを包んでいった。
「くそっ、何だ?」
「これはっ・・・」
「くっ・・・」
バタン、バタンと俺の両サイドのハイエルフたちが倒れる。慌てて様子を見るが目の焦点が合っておらず口からは泡を吹いている。意識は無いようだ。くそっ、即効性がありすぎんだろ!!
2人を両肩に担いで黄色の粉末から飛び出る。これ以上症状が悪化したら最悪だ。そんなに親しいわけでもねえが死んでも気にしないと言うほど俺は薄情じゃねえ。
飛び出した俺をフラウニが不思議そうに見つめていた。
「あれ~?この薬を吸い込んだら3日くらいは動けなくなるはずなんだけどな~。失敗しちゃった?」
「失敗しちゃった?じゃねえよ。なんて危ないもん作ってんだてめえは!!」
のんきなことを言ってやがるフラウニに突っ込みつつ少し安堵する。少なくとも致死性の薬ではないようだ。3日と言う期間動けないのは致命的ではあるんだがな。
「う~ん。私もまだまだだね~。じゃあ私は研究に戻るから後はよろしくね、イェン。」
そう言い残してフラウニは蔦の壁の入口へと入って行ってしまった。残されたのはハイエルフ2人を両肩に乗せた俺とイェンだけである。
「ついてないねぇ、君。とりあえず死んでもらうねぇ。」
「ふはははは、お前程度に俺が殺せると・・・って話してる最中にナイフ投げてくんじゃねえ!!」
俺の両足の太ももにイェンが投げたナイフがぶっすりと刺さっている。くそう、こういった場合は相手の口上を聞いたうえで戦い始めるのが普通だろ。わかってない、わかってねえよ、お前。
ナイフが刺さっているのに血も流れず平気そうな顔をしている俺の様子にイェンの顔が少し驚きに染まる。こいつの表情が変わるなんて初めてのことだ。ふっ、せいぜい驚愕するが・・・
「だからナイフを投げんじゃねえって言ってんだろが。」
更に2本のナイフが俺の腹に突き刺さる。シューシューと煙を上げながら服や装備が変色していく。そういえばフラウニがいるってことはこれもフラウニ製の薬が塗られているのかもしれねえな。ろくな効果じゃなさそうだが。
「おかしいねぇ、なんだい、君は?」
「ふふっ、聞いて驚け。俺の名前は・・・って聞いておいてナイフ投げるんじゃねえよ!!」
「どうせ殺すから意味がないしねぇ。」
さらに二本のナイフが俺の胸へと突き刺さる。くそっ、どれだけナイフを持ってやがるんだ。マジシャンかよ。
しかしこの状況はまずい。いや、俺の危険と言う意味ではそう大した問題ではないんだが狙いが肩に担いでいるハイエルフたちに切り替わってしまったらそれを防ぐだけでも結構面倒だ。アルラウネの里にも入れそうもねえし、今取れる最善の方法は・・・
「戦略的撤退!」
イェンの目の前に土壁を出して妨害し、二人を担いだままくるりと向きを変えて走り出す。後ろからイェンが追ってくる気配がするので適当に土壁を出しながら妨害していく。どんどんとエネルギーが消費されていくがこれは仕方がねえ。今は逃げることが最優先だ。
魔石を補給するために腰についた魔石を入れた布袋に手を突っ込んだ瞬間、その布袋を飛んできたナイフが切り裂いた。入っていた魔石がぽろぽろと地面に落ちていく。
「何をするつもりだぁい?」
「だぁー!!てめえ、性格悪すぎんだろ!!」
手に残った数個の魔石を口の中に放りこんで噛み砕きながら、落とし穴や土壁で時間稼ぎをする。距離は少しずつ引き離しているがまだ安心できる距離じゃねえ。魔石のストックも無くなっちまったし何とか打開策を考えねえと。
そんなことを考えながら森を走っていると突然目の前に羽虫、じゃなかった見覚えのある姿形を小さくしたような奴が現れた。
「風の精霊の妖精か?」
俺の言葉に妖精は小さくうなずくと、こっちへ来いとばかりにくるっと一回転してから俺を先導しだす。ありがてえ、さすがにこの森に長く住んでいるだけはあるな。風の精霊はろくな奴じゃねえかもしれねえが、妖精はいい奴だな。
妖精に導かれるように走り、しばらく行くと一本の木の根元で妖精が止まっていた。その根の間には人1人が余裕で入れるような穴が開いている。
「ここに隠れろって訳か?」
その通りと言うように妖精は自信満々の顔でうなずくと、イェンの足音がする斜め前方の方向へと飛んで行ってしまった。注意を引き付けてくれるようだ。
穴の中は暗闇でどこまで深いのかもわからない。正直進んで入りたい場所とは言えないんだがこの際そんな贅沢は言ってらんねえよな。
穴に向かって一歩踏み出す。踏み出した足が見事にスリップした。
「へっ?」
間抜けな声を上げながら滑り台のようになったその穴へハイエルフ2人を抱えたまま俺は滑り落ちていった。
穴を転がり落ちたリクは目を回しながらも柔らかい地面に着地する。妙な感触に違和感を覚え動き回っているとその地面はゆっくりと回転を始め、そしてその正体にリクは驚愕するのだった。
次回:となりのトロロ芋
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




