とりあえず風の精霊に会いに行く
張りぼての先に普通のハイエルフの里があるらしいんだが、そちらには向かわず、俺たちはニーアの先導の元、防壁の内側に沿うようにして反時計回りに進んでいた。
進んでいてわかったがやはりこのハイエルフの里は少し特殊だ。今まで見てきたエルフの里は限られた土地を無駄にしないためにその土地の多くで作物が育てられていた。このハイエルフの里の外にあるエルフの里もしっかり見たわけではないが同様だった。しかしこのハイエルフの里はそんな様子が全くない。
俺たちが歩いているのは背の低い草が生えた草原のような場所で、所々に木が生えていたりするがそれは果物が成る木ではない。まるで整備された公園のような快適な空間でここがユーミルの樹海の奥ということを忘れてしまいそうだ。
余裕・・なんだろうな。
そういうことなんだろう。あくせく自分たちで働かなくてもエルフたちから食料は納められる。まあ仕事の分担が違うと言ってしまえばそうなんだろうが、ちょっと気に食わないのは俺が庶民だからなんだろうな。
このハイエルフの里に入ってから緊張のせいかカヤノもミーゼも言葉が少ない。まあミーゼは微妙に落ち込んでいるせいかもしれんが。
このままではちょっと気まずいよな。しゃあねえ、俺が空気を変えてやるか。
「そういえばニーアは風の精霊と会ったことがあるんだよな。どんな奴なんだ?」
「えっと自由気ままな方といった感じです。といっても私も会ったのは数える程しかないのでよくわからないんです。」
「そうなんですか?」
今から会いに行くんだから多少の前情報は欲しいということで振ってみたんだが、ニーアは少し難しい顔をしてそう返してきた。そんなニーアの微妙な答えにカヤノもすかさず聞き返す。
「そうなんです。基本的に会えるのは長老とかの偉い人ですし、私が会ったのも妖精契約の時だけですから。ウィンと契約できてからはお会いする機会もありませんでしたし。」
その言葉に同意するようにニーアの肩に乗っているウィンがこくこくとうなずいている。そういえばウィンは風の精霊のところの妖精だったんだよな。
水の精霊のところの妖精の事を考えると同じような顔をしていると思うんだが・・・まあそれはあってのお楽しみってところか。
「そういえば妖精契約って具体的にはどうやるの?」
俺たちが会話を始めたことで気持ちに踏ん切りをつけたのかミーゼが会話に途中参加してきた。
ニーアが少し歩調を落とし、思い出すように少し遠い目をしながら話し出す。
「う~ん。説明するのがちょっと難しいんだけど、まず風の精霊様が新しい妖精を生み出すという知らせがあるとまだ妖精と契約していない100歳以上のハイエルフが集められます。そして里の中央の広場に横並びに並べられて目をつむって右手を差し出すんです。」
おう、なんかどっかで見たような光景だな。
「そして風の精霊様が妖精を生み出して、いよいよクライマックス。妖精に手を握ってもらえた人が晴れて契約できるんです。」
「どこの見合い番組だよ!!」
「誰も選ばれずに妖精がどこかに行ってしまうこともありますし、エルフの里に住むエルフといつの間にか契約していることもあります。そういう時は選ばれなかった年配のハイエルフ中心に空気が悪くなるので面倒なんですよね。」
「なんかお見合い番組に出たのに出演者じゃなくって観客に恋しちゃったみたいな感じで悲惨だな。」
「リクの言っていることはよくわからないけど悲惨なのは確かね。」
「年配のハイエルフってそんなにいるんですか?」
「そうはいないよ。私が最後に参加した時は一番上が782歳だったかな?」
「「「・・・」」」
その言葉に俺たちは何も言えなくなってしまった。
ニーアの言葉が本当なら100歳以上の契約していないハイエルフは強制参加のはずだ。という事はそのハイエルフは600年以上振られ続けているということになる。妖精が生み出されるのがどのくらいの期間なのか知らねえが俺の感覚では魔石さえちゃんと食べていれば1年に1体は余裕で生み出せるはずだ。俺だって無理をすれば現状であと10体は棒サイちゃんを生み出せるはずだ。やるつもりは全くねえけど。
600回以上見合いに参加して振られ続ける。うん、俺なら心が折れるな。少なくとも旅には出るかもしれん。
空気が悪くなると聞いたときは大人気ねえなと一瞬思ったが、逆にその程度で済ませているというのは特筆すべき点かもしれんぞ。
何とも言えない微妙な空気になってしまったが、まあ最初の状態よりは幾分ましになったのではないかと思う。そう思わないとやってらんねえしな。
とりあえずそいつに会ったら励ましてやろうと心の中で決意しつつ、ハイエルフの里についての質問なんかをしながらだらだらと歩き、30分ほどで目的の場所へと着いた。
「ここです。」
「綺麗な場所ですね。」
そこは今まで歩いてきた場所とは一線を画す場所だった。今まで歩いてきた道のりが公園だとするならば、そこは植物園のような場所だった。その真ん中にある門を中心に幾つかの区画分けされた場所ごとにさまざまな種類の花が咲き誇っている。とても巨大な花時計それが俺が最初にこの場所を見てイメージしたことだ。
中央の門へは俺たちが来た6時の方向、そして9時、12時の3方向から道が延びているんだがそれはその花壇の手前で全て止まっている。つまり花壇へと足を踏み入れないと門へは辿り着けないのだ。さすがにこの花壇に踏み入る勇気は俺にはねえぞ。
「で、どうすんだ?あの中心の門へ行けばいいのか?」
「門、門って何ですか?」
「あーっと、ハイエルフにも見えねえのか、カヤノは見えるな、ミーゼはどうだ?」
「見えないわね。」
カヤノが黙ってコクコク頷く横でミーゼが首を横に振って答える。そんな俺たちのやり取りをニーアが不思議そうに見つめていた。
「なんか精霊と契約者にしか見えない門があってそこが精霊の領域に繋がっているらしいわよ。」
「というかそもそも門が見えねえならハイエルフはどうやって風の精霊とコンタクトを取ってんだよ。」
「えっとちょっと待ってくださいね。長老から渡された紙が・・・ありました!」
胸元をゴソゴソと探っていたニーアが一枚の紙を高々と掲げる。ちょっと待て、お前その紙どこにしまってたんだよ!
そう突っ込みたい思いをぐっと飲み込む。ニーアが紙を真剣な表情で読み出して歩き始めているからな。とりあえず後で機会があったら突っ込もう。
ニーアが花壇の手前ギリギリまで歩いていく。そして紙を下ろすと大きく息を吸い込んだ。
「風の聖霊様、あーそびましょー!」
「・・・マジか?」
ニーアはまっすぐ花壇の中心を見つめたまま動かない。そしてそれ以上何もする様子は見えない。つまりこれが風の精霊を呼ぶときの正式な方法ってことだ。長老がわざわざ俺たちをからかう理由なんて考えられねえし。
それにしたって「あーそびましょー」はねえだろ。どこの小学生だよ。
そんな俺の思いとは裏腹に、俺の視線の先では中心の門が少しずつ開いているのが見えている。なんだかな~。
カヤノにも見えているんだろう。緊張のせいかカヤノの唾を飲み込む音が聞こえた。緊張感の全くない俺とは正反対だ。
そして人が通れるほどの隙間が空いた門へとすらりとした手がかけられた。
「わっ!!」
「うおっ!!」
門へと集中していた俺の視線を塞ぐように逆さまの顔がいきなり目の前に現れ、その大きな声にびっくりして思わず後ずさる。
「あっ、びっくりした?びっくりしたよね。門から出てくると思ったでしょ。ざんねーん。正解は君たちが里に入ってからずっと着いていたでした。気付かなかったでしょ。」
そう言って本当に楽しそうに笑う緑の髪をショートカットにした風の精霊は、ふわふわと上空を漂いながら俺たちを指差していた。
ついに物語のキーマンである風の精霊に出会ったリク。しかし、その精霊の暴君で自由すぎる行動にリクたちは振り回されることになる。
次回:とりあえずパン買ってこい
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




