とりあえずステゴロ選手権に出る
また一人、また一人と獣人たちが倒れていく。死人が出かねないほど本気で殴り合っているように思えるが、ある程度の実力差を感じると自主的に起き上がらなくなるようだ。ますます犬っぽい。
先ほどまで結婚会場だったはずの広場は、そこら中に転がる死屍累々の獣人たちのせいでさながら戦場のようだ。先に退避させたので料理に被害が出なかったのが幸いだな。
そんなことを考えながら目の前にいた茶色い毛の獣人へと拳を叩きこむ。「おぉ~」と言う周囲の観客のどよめきと共に殴られた腹を抑えつつ男が地面にゆっくり倒れていった。周囲の反応から見るになかなかの実力者だったみてえだな。確かに攻撃は早かった。
俺の戦法はいたってシンプルだ。相手が攻撃してくるのを待って、それに合わせてカウンターを決める。それだけだ。本当は相手の攻撃を避けつつカウンターってのが普通だと思うんだが、俺にとっては拳の攻撃なんて全く効果が無い。つまり避ける必要が無いのだ。
相手の拳を真正面から受け止め殴り返す俺の戦法は犬の獣人族的には正々堂々としており格好良く見えるようで、少しずつであるが俺のファンのような奴も出てきている。ちょっと第二のウルフェルが出てきそうな予感がして嫌なんだがな。
30分もすれば立っている奴はほとんどおらず、その中でもダメージが無いなんて奴は本当に一握りだ。疲労の蓄積もあり、だんだんと勝負が早くつくようになっていく。そして最後の2人が残った。
「やっぱ姉御っすか。」
「ウルフェルか。意外と強かったんだな。」
「意外と、は余計っす。」
俺から5メートルほど離れたところにウルフェルが立ちこっちを見ている。その足元には先ほどまで対戦していた男が倒れ伏しながら親指を立ててウルフェルを鼓舞している。倒された相手にエールを送るなんて男だな。
ウルフェルは完全に無傷とまではいかないものの、そこまで疲労しているようには見えない。いつもの言動のせいで軽く見られがちだがやはり実力者だったようだな。
「いくら姉御でも邪魔はさせないっす。」
「そうか。俺も黙ってやられるつもりはねえがな。」
一歩一歩お互いに近づいていく。緊張感が高まり、周囲の息をのむ音が嫌に大きく聞こえた。
別に絶対に勝ちたいって訳じゃねえが、ここまで来たんだ。せっかくだったら優勝してみたいってのが男ってもんだろ。
お互いの距離が1メートルにまで近づく。考えることはお互いに同じようだ。ウルフェルの口が楽し気に歪み、大きな犬歯がその隙間から覗いた。
「この勝負に勝って俺は、俺は姉御に告白するんす!!」
「なんか間違っているような気がするんだがな。まあいいや、こいっ!」
ウルフェルが拳を振り上げるのをただ黙って見る。さすがに顔は遠慮したのか俺の腹筋へとウルフェルの鋭い拳が突き刺さり、ゴスッと言う鈍い音が響いた。俺は仁王立ちしたままだ。歓声が上がる。
「次は俺だ。いくぞ、覚悟を決めろよ。」
「そんなものは最初から決まってるっす。」
腰に手を当て、先ほどまでの俺と同じように仁王立ちするウルフェルの腹、先ほど俺が打たれたのとまったく同じ場所へと俺の拳が突き刺さる。ウルフェルの体がくの字に曲がるが倒れることは無かった。
「いい拳っす。次は俺っす。」
「ああ、全力で来い。」
ウルフェルが、俺が、交互に拳を振るっていく。戦況は明らかに俺の方が有利だ。全くダメージのない俺に比べて、ウルフェルの顔は赤を通り越してすでに青くなってきており、動きはノロノロと、そしてその拳にはもはや力など入っていない。
それでもウルフェルは倒れなかった。
「もうあきらめたらどうだ?」
「ふふっ、まだ負けてないっす。倒れるまでこの勝負は続くっす。」
今のウルフェルの精彩を欠いたパンチなんてそこいらにいる獣人の子供たちでさえ見切られ、避けられるだろう。すでに限界なんて突破しきっている。
それでもなお倒れないのはこいつに譲れないものがあるからなんだろうな。そこまで俺のことを想ってくれるのはとてもありがたく、こそばゆい気持ちになる。しかし俺にも譲れない一線ってものがあるんだ。
「そういうお前の馬鹿なところ、結構好きだぜ。」
「好きって・・・」
「しかしお前の気持ちにこたえることは出来ねえんだ。悪いがもう寝とけ!」
苦しそうな表情に喜びの色が浮かんだことにちょっと申し訳なく思いながら、ウルフェルの体へと拳を叩きこむ。少しずつ手加減をしていっていたのだが、今のウルフェルにそんな拳は通じないだろう。
気持ちを込めた拳を振りぬくしかねえ。
ウルフェルの腹へと突き刺さった俺の拳は、その体を二つに折りたたむ。
「かはっ。」
肺の中の空気が強制的に外へと出され、ウルフェルがそのまま地面をゴロゴロと転がっていった。辺りを静寂が支配する。
しばらく全く動きが無かったため、長が俺の勝利を告げようと俺の右手を取ったその時、ウルフェルがノロノロとした仕草で地面に手を突き、ゆっくりと顔をあげ俺へと視線を向けた。
その手は震えており、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどであったが、その目に宿る意思はいかほどにも衰えていなかった。
ウルフェルと見つめ合う。それは数秒のことだっただろう。言葉は交わさなかった。それだけで十分だった。
ウルフェルの瞳から意思の力が抜けていき、その体が再び地面へと沈んでいった。
「勝者、リク殿!!」
獣人たちの叫び声が辺りを包む。その声に応えるために右手を高々と上げ、一回りする。途中でカヤノと目が合ったので視線だけでウルフェルの治療をお願いすると、コクリとうなずいて小走りで走っていった。これで大丈夫だ。
俺を囲みながら大宴会を再び開始し始めた獣人たちに笑顔で対応しながら、ほんの少しだけこの中にウルフェルがいないことを寂しく思ってしまう自分がいた。
宴会も終わり、広場にはそこら中に獣人たちが転がっている。ステゴロ選手権といい、この里の獣人たちは外で寝ることをまったく気にしていねえのか?
思わず苦笑が漏れる。
周囲に自分以外起きている奴がいねえことを確認し、ほっと息を吐く。こんなに無理矢理飲み食いさせられるとは思ってもいなかった。
「もったいねえんだけどな。」
食べても味を感じず、どれだけ飲んでも酔わないこの体には意味の無いことだ。実際消化なんて出来ねえから後でどっかにこっそり捨てるしかないのだ。
もったいないとは理性では思いつつもその気持ちが嬉しくて断れねえのは俺が人間だって言う証拠だよな。
一応確認したがカヤノとミーゼの姿はない。長の家に泊めてもらうって言っていたから今ごろはもうベッドで横になっているだろう。一応棒サイちゃんずも護衛についているので万が一ってこともねえはずだ。。
カヤノを狙った奴は、いの一番に殴り倒したしな。
こっそり見つからないように里を調べるって気分でもねえし、今日はもうカヤノたちのところで休むかと判断し、長の家へと足を向ける。
そして家の手前2メートルほどのところでその扉が自動的に開いた。そして姿を現したのは・・・
「ウルフェル・・・」
「姉御・・・」
気まずい。というか何を言って良いのかがわかんねえ。好意を持たれている相手を殴り飛ばした後の対応なんてわかるわけがねえだろ。
ウルフェルも何も言わない。回れ右して逃げたい気分だが、俺がここに向かっていたのは明らかだ。さすがに無理だな。
とは言ってもそんなか居心地の悪い空間に居続けるような趣味がある訳じゃないので、意を決して長の家へと向かって再び歩き出す。
だんだんと近づくウルフェルはじっと俺を見ていた。そして何も言わず出入り口ですれ違う。
「俺、強くなるっす。姉御を余裕で守れるくらい強くなるっす!」
その声に振り返ったが、ウルフェルはこちらを見ていなかった。だからその表情はわからない。見えるのはその大きな背中だけだ。
その決意に俺はどう答えるべきだろう。そう考える俺を残してウルフェルはゆっくりと広場の方へ歩いて行った。
自らの中に芽生えてしまった新しい感情に戸惑うリク。この胸のトキメキはどうしたら止まるの!?リクの日常か少しずつ代わり始める。
次回:とりあえず朝はパン食
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




