とりあえずウルフェルたちと野営する
いや、俺は悪くない。ウルフェルの距離感が近すぎるんだ。パーソナルスペースがないんじゃねえかってくらい近いしな。
力加減を考えずに殴ったので少し心配したのだが、地面をずささーと滑ったウルフェルはまるでおもちゃのばね人形のようにすぐに起き上がった。そして再び俺へと近づこうとしてきたので手を広げて待て!と合図するとなんとか1メートル手前で止まった。しかしその尻尾はそれで掃除が出来るんじゃないかってくらい振られている。
「土魔法だよ。俺は土魔法が得意なんだ。」
「そうなんすか。それにしてもすごいっす。俺たち獣人は身体強化系に魔力は使えるっすが一部を除いてそういうのは無理っすから憧れるっす。」
純粋に憧れの目で見られて少し居心地が悪い。そして同時に理解した。木は切り倒されていたのに切り株が残っていたのは、俺のように土魔法を使える奴が犬の獣人の里にはいないってことだ。
犬の獣人の里へ行く普通の人間の冒険者には当然いるとは思うが、ユーミルの樹海の中で整地作業の為なんかに魔法を使うなら、魔物の警戒のために貯めておく方を選択するだろうしな。まあ俺の場合は正確には魔法じゃないんだが。
後は適当に地面を均せばいいかと動き回っているうちにカヤノたちが帰ってきた。ウルフェルの仲間2人は驚いているが、カヤノもミーゼも慣れたものだ。ウルフェルが興奮しながら仲間へと声を掛けている。
まああっちは放置でいいか。
カヤノが帰ってきたので、最後に俺のコテージをずずずっと地面を盛り上げて作り出す。突然出現した俺のコテージに騒がしかったウルフェルたちが黙る。
「よし、休むか。」
ミーゼとカヤノを中に入るように促す。
「なんすかそれ、なんなんすか!?」
「見ればわかるだろ。家だよ、家。」
驚いている間にさっさと入っちまおうと思ったが思ったより立ち直りが早かったな。
「家なんすか?入れてほしいっす。」
ウルフェルの隣を見ると仲間2人も同じ気持ちのようで首を縦に振っている。俺はしばし考える仕草をし、そして告げた。
「悪いな、ウルフェル。これ3人用なんだ。」
「ぜったい嘘っすよね!」
ちっ、騙されなかったか。
ウルフェルが言う通り、俺の改良を重ねた俺のコテージはウルフェルたち3人くらいは余裕で泊めることは出来る。しかしそれは泊まるだけならという話だ。今のところはカヤノとミーゼの使いやすいようにしてあるので基本的には2人用ではある。だから嘘は言っていない。
泊まることが可能とは言え今回初めてパーティを組んだウルフェルたちと無防備なカヤノとミーゼを一緒の場所で寝させるのは抵抗があるしな。こいつらの懐きようから言って裏切るようなことはねえとは思うが万が一ってこともあるしな。
「わかった、わかった。でもさすがに女と男を一緒にするわけにもいかねえだろ。」
「冒険者なら普通っすよ。」
「それは相手を良く知っているからだろ。信頼しているから同じでも構わないってことだ。」
「そうっすか。」
俺の言葉にウルフェルの尻尾がしゅんと萎れて下がってしまう。
あぁ、まずったな。解釈のしかたによってはお前たちを信用してないと言われたとも考えられるしな。そんな意図は無いんだが、思いを正確に伝えるってのは本当に難しい。
しかし今ここでウルフェルたちの心証を悪くするのは悪影響しかねえな。仕方がねえ。フォローしておくか。
「まあ、なんだ。お前たちのことを信頼してねえとは言ってねえよ。そうじゃなけりゃあ一緒に里に行こうなんて言われても同意しなかったしな。」
何となく照れくさくてちょっと目を反らしながら言う。
即席とは言えチームワークってのはとても大事だ。消防の時もそうだが、相手を信頼しているからこそ出来ることってのがある。
俺の場合は火元に一番近い先頭で放水したり、人が中に取り残されている場合なんかは火事場に突入することもあった。危険が多い役目がほとんどだったがそれでも俺が迷わず仕事が出来ていたのは信頼できる仲間たちがいたからだ。
ポンプ車から給水する奴も、指揮車で指示を飛ばす上司たちもそれぞれが最善を尽くすと信頼しているからこそ俺は動けた。今とは違って痛みも熱さも感じるんだ。正直に言えば俺だって火の燃え盛る現場に飛び込むのは怖い。だけど先輩も後輩も、もちろん同期の奴らも絶対に俺をフォローしてくれると信じられたから動くことが出来た。
チームワークの重要性は嫌ってほど実感しているんだ。
ちょっと昔を思い出しちまったな。
そういえば何も反応がねえなと視線を戻した時にはもう遅かった。俺の目の前には手を広げたウルフェルがいて俺を抱きしめる直前だった。虚を突かれた俺に抵抗できるはずもなくそのままウルフェルに抱きしめられる。
「姉御!俺頑張るっす。姉御の信頼を勝ち取れるように精いっぱい努力するっす!!」
涙を流さんばかりに俺を強く抱きしめるウルフェル。
女としては高身長に分類されるであろう俺よりも頭一つ分ウルフェルの方が大きいため、俺の顔はウルフェルの装備からはみ出た胸毛にうずまっている。
ウルフェルの行動が俺の胸を触りたいとか不埒な方向から来ていないのはその抱きしめ方からもわかる。だって今の俺、一応鎧をつけているから感触なんてねえだろうし。わかるんだが不快か、不快じゃねえかと言えば不快だ。
俺に男に抱かれて喜ぶ趣味はねえ!
「あれっ、意外と姉御ってごつごつしてるっすね。」
「いっぺん死んどけ!」
余計な一言でまたしても俺のリミットを超えたウルフェルのブーツを思いっきり踏みつける。そして足を抱えてピョンピョン跳ねるウルフェルのもう片足を刈る。そのまま抵抗できずに地面に背中から倒れこんだウルフェルの腹にストンピングを開始する。
「うごっ、うげっ。痛いっす。姉御。」
「地面に這いつくばってろ、馬鹿犬が!」
「そんな馬鹿犬なんて・・・ちょっと気持ちいいかもっす。」
そのセリフに思わず脱力して、ストンピングを中止する。
もちろん全力でやった訳じゃない。それでも結構な威力はあったはずだ。それでさえ気持ちいいと言い出すこいつにはどうしたらいいんだ?
「あれっ、もう終わりっすか?」
聞きようによっては挑発しているようにも聞こえるがこいつにそんな意図がないことは十分承知だ。ただ残念がっているだけなのだ。
打たれ強いオープンMを相手にすることがこんなに難しいなんて。
「もういい、お前たちの分も作ってやるからそっちはそっちで使えよ。」
もう何もかもが面倒になって、ちゃっちゃとウルフェルたち用のコテージを作ってやることにした。俺たちのコテージに隣接するように地面が盛り上がっていく。
「えっと姉御。なんかえらく違うような気がするんすが。」
「文句あっか?」
「いや、ないです。俺たちは、な。」
「そうです。屋根があるところで寝られるだけで十分ですよ。」
「お前らずるいっすよ。もちろん俺だって満足してるっす。」
ウルフェルたちがフルフルと首を横に振りながら満足していると示す。
まあそういわれるのも当然と言えば当然だ。俺たちのコテージとは違ってやっつけ仕事のウルフェルたちのコテージは地面に入り口があるし、本当に屋根があるだけで中も中央に廊下とその両サイドにそれぞれ1部屋、そしてトイレに出来るような穴の開いた小部屋しかない。
まだ外見しか見てねえから中身まではわからねえだろうが、高さが半分だからその違いは一目瞭然だしな。
ウルフェルたちの言葉に嘘は無いんだろうが、あんまり邪険にしてもダメだよな。仕方ねえ。
「飯は食いたきゃ用意してやる。俺が信用できない・・・」
「食べるっす。姉御の作ってくれたご飯なら毒でも食べきって見せるっす。」
「さすがに毒はやめておけよ。じゃあ待ってろ。」
俺の言葉を遮って馬鹿なことを言い始めたウルフェルに苦笑しながら俺たちのコテージへと入る。馬鹿どもの分も含めて5人分か。まあ少し多めに作っておくか。あいつら食いそうだし。
そんなことを考えながら俺が料理の準備をしていると、装備を外したミーゼとカヤノが俺の近くの椅子に座って俺を見ていた。
「楽しそうですね、先生。」
「そうね、案外脈ありだったりして。」
「それは白骨死体ほどねえな。そんなに楽しそうだったか?」
「はい。」「うん。」
同時に頷く2人を見ながら思わず顎に手を当てる。そんな意識は無かったんだがな。
「そうか。そうだとするなら、たぶん・・・」
「たぶん?」
「あ~、まあいいや。さっさと作るぞ。カヤノにいつか手料理を作ってやるんだろ。」
「ばっ、それは言わないって言ったでしょ!!」
「ははは。」
プリプリ怒りながらも俺の隣に立ってジャガイモの皮をむき始めるミーゼを見ながら俺も料理を始める。
楽しかったように見えたとしたなら、たぶん昔みたいに男同士で馬鹿な話をしてふざけあったり出来ることが楽しかったんだろうな。
度重なるウルフェルのアタックについにデレたリク。このまま順調に進むかと思われた二人の関係だったが思わぬ落とし穴があることにまだ気づいていなかった。
次回:なめ癖
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




