とりあえず犬の獣人族の里へ向かう
エルフの里から帰ってから数日、俺たちは再びユーミルの樹海の中を歩いていた。
「姉御!見てくださいっす。俺が倒したんすよ。」
歩いていた。
「兄貴、ずるいですよ。俺たちだって手伝ったじゃないですか。」
「うるさいっす。お前らは可愛い奥さんがいるじゃないっすか!俺は今しかないんすよ。」
「確かに。よし、兄貴。協力します。」
歩いて・・・
「「俺たちは全く手を出していません。これは兄貴が倒したんです。」」
「どうっすか。やっぱり強い男に女は惹かれるんじゃないっすか?」
・・・
「兄貴。いい感じです。」
「アピールのしどころですよ!」
「剛剣と呼ばれた俺の剣技見せて・・・」
「うるせえ、黙れこの馬鹿どもが!!」
仲良く俺の目の前で漫才を繰り返している馬鹿ども、ウルフェルとその仲間2名のボディへと次々に拳を叩きこむ。レバーを的確に狙ったその拳に先ほどまでよくわからない格好で俺へのアピールをしていたウルフェルも、それを褒めたたえる格好をしていた仲間2人もくぐもった悲鳴をあげ、地面へとずるずると倒れこんでいく。
やっと静かになったな。
「・・・あの、回復魔法をかけましょうか?」
「大丈夫じゃない?」
「そうだぞ、馬鹿に付ける薬はないって言うだろ。あんまり道草しても仕方がねえし先を急ぐぞ。」
カヤノが心配そうに地面にうずくまっている3人を見ている。こんな馬鹿どもに回復魔法をかけてやろうなんてカヤノはやっぱり優しいな。
だがすぐ回復させたらこんなことが繰り返されるのは火を見るよりも明らかだ。しつけはしっかりしねえとな。
そこまで強く殴った気はないんだがいつまでも立ち上がらない3人を見下ろす。
「いい加減立てよ。立たねえなら引きずっていくぞ。」
俺の言葉を待っていたのかウルフェルの仲間2人がノロノロとした動作で立ち上がる。その表情は結構辛そうだ。あっ、威力調整しくったかもしれんな。まあ起き上がってこれたから大丈夫だろ。
しかし最初に殴ったウルフェルは地面に倒れたままだ。さすがにちょっと心配だ。
「おい、ウルフェル。大丈夫か?」
「・・・」
ウルフェルは地面に倒れこんだまま起き上がろうとしない。心配になって顔を覗き込む。小さく口が動いているから大丈夫だとは思うが・・・。
一応調べようかと体をウルフェルの近くへと寄せた。そのおかげでウルフェルのつぶやきがはっきりと聞こえてきた。
「・・・これはチャンスっすか?引きずられるのは魅力的っすが、強い男のアピールにはならないっすし。悩むっすね。いやここは・・・」
聞こえてきた内容を理解したと同時に俺は即座にウルフェルの足を持ち上げ歩き出す。ウルフェルがうつ伏せになるようにしっかりと調整して。
「うわわ、姉御。逆っす。顔が削れるっす。」
「削れた方が世界のためになるぞ。」
「どういう意味っすか!」
「そのままの意味だ。」
即座に腕で体を持ち上げて器用についてくるウルフェルの足を持ち上げながら俺は歩き続けた。さすが、と言うべきかウルフェルは次の休憩時間までの1時間以上この体勢を維持し続けた。
何と言うか本当に馬鹿だ。
そんな格好でも普通に話しかけてくるウルフェルの相手をしながら俺たちは獣人族の里へと向かって進んでいた。
獣人族の里。
これもエルフの里と同様にユーミルの森の中にいくつもの里があるらしい。もちろん違いはいろいろある。
エルフの里はニーアがいる一の里が主にエイトロンの街などの外界との窓口となっており、他の里は外界とはほとんど交流がない。つまり一の里は鎖国中の日本の出島のような扱いなのだ。
一方で獣人族の里は比較的浅い地域にいくつもの里が存在している。それぞれの里が外界との接点を持っており、またその里に住む種族ごとに特色があると言うことだ。
俺たちが向かっているのはそのうちの1つ。ウルフェルたちの出身地である主に犬の獣人が住んでいる里だ。
数ある里の中でここに決めたのは単にこいつらの執拗な勧誘に俺たちが折れたからだ。どうにも俺たちが獣人族の里よりも先にエルフの里へと行ったことが我慢ならなかったらしい。
特段エルフと獣人族の仲が悪いってことは無いが、同じユーミルの樹海に住む種族としてライバル心があるようだ。直接言葉にはしねえがな。
まあどのみちどこかの獣人族の里へは行くつもりだったしある意味でその里の出身者がいるなら受け入れられやすいと言う打算もある。
人数が増えれば安全性も増すからな。変態ではあるがウルフェルの実力は本物だ。同じ里出身だからか仲間との連携も見事なもんだし冒険者パーティとして参考になるところも多い。
カヤノやミーゼの正体がバレねえように気を付ける必要はあるが、それは街で過ごすときだって同じだからな。逆に慣れによるダレを防ぐためにも、こういった他の冒険者と共同の依頼を受けるのも手かもしれねえな。
適度に休憩をはさみつつ里への道を進んでいく。
道と言っても今回通っているのは本当に獣道だ。エルフの里へと向かう時に通った道はそうそう見失わない程度に道としての機能を果たしていたが、今通っている獣道は油断すればすぐに見失ってしまう程度の物だ。
慣れているとはいえこんな道をすいすいと進んでいくのを見るとさすが森の住人だけあるなと感心する。
「そろそろこの辺りで野営の準備をするっす。」
ウルフェルがそう指示したのはかろうじてテントが張れる程度のスペースのある場所だった。切り倒された木が少し離れた場所に積まれており、木を切ったのは見通しを良くするためだけと言わんばかりに切り株が地面に残っていた。
「ここなのか?」
「そうっすね。ここならある程度見通しも利くし、テントも張れるっすよ。」
てきぱきと自分たちのテントを準備している様子からこの場所が犬の獣人の里へと行くときの野営の場所なんだろう。
エルフの里の時よりも雑なのは種族がらなのか、それとも人手がないのかどっちだろうな。
それにしても慣れているこいつらは良いのかもしれんが、夜の襲撃の時なんかこの切り株に足を取られる可能性もあるし、やっぱり邪魔だな。
「ここは適当にきれいにしてもいいのか?」
「いいんじゃないっすか?荒らしたりしなければ問題ないと思うっす。」
まあ許可は下りたので適当に整地すっか。
「じゃあ俺はここの準備するからいつも通りで頼む。」
「薪集めですね。」
「わかったわ。」
「あっ、俺たちも行きます。この辺りなら大体わかりますし。」
カヤノとミーゼに次いでウルフェルの仲間2人も森へと入っていく。これだけ人手があれば大丈夫だろ。
「何するつもりっすか?手伝うっすよ。」
「あ~、別にいいぞ。すぐ終わるし。」
2人っきりになったところですかさずアピールしてくるウルフェルを適当にかわし、切り株の数を数える。25か。結構多いな。まあやることは単純だしさっさと始めるか。
切り株を押し込むように触ってその地面を凹まし、そしてその上に土を盛って平らにする。凹まし、盛って、平ら。凹まし、盛って、平ら。
単純作業だが、どんどんと障害物が消えるので気持ちがいい。切り株も薪なんかに出来るとは思うが、いちいち引っこ抜くよりも埋めた方が早いしな。
俺たちの快適野営を邪魔していた切り株は10分かからずに姿を消した。
「よし、こんなもんだな。」
広々とした空間になったことに満足して、かいてもいない汗を拭う仕草をする。まあ様式美って奴だ。ウルフェルはと言えば最初に俺に声をかけた位置に立ったまま信じられないといった顔をして周囲を見回し、そして俺に視線がロックされた。
あっ、まずい気がする。
「あ、あ、姉御!すごいっす。なんすかこれ、なん・・ぶべぇ!」
しまった。反射的に殴っちまった。
業界初のSM漫才により一大ブームとなったリクとウルフェル。しかしその栄華にひたひたと忍び寄ってくる存在がいることに彼らはまだ気づいていなかった。
次回:超天然素材 カヤノ
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




