とりあえず同族に絡まれる
エルフの里から帰った俺たちは、まだ午後3時ごろだったのでそのままギルドへと報告に行くことに決めた。
門をくぐりエイトロンの街の中へ入ると少しホッとする。カヤノたちも同じ気持ちのようだ。道中危険なことは無かったが、それでも常に危険があるかもしれないユーミルの森で過ごすのは精神を削っていく。
今回は一泊するだけなのでこの程度で済んでいるが、樹海の中で連泊するようならいろいろと考えないといけないだろう。そういったノウハウもギルドで調べる必要があるな。今までの感じからアルラウネの集落が一泊二日で着けるような場所にあるとは思えねえし。
そんなことを考えながら活気あるエイトロンの大通りを歩いていると前方から暑苦しい集団が歩いてくるのが見えた。
「げっ!」
「あ~。」
「ご愁傷さま。」
俺に向かって祈りのポーズをするミーゼの頭に拳を落とす前にその集団が俺に気づいた。そして嬉しそうにしっぽを振って近づいてくる。
「姉御!!」
「姉御って呼ぶんじゃねえよ!!」
俺の目の前にひざまずくそいつの頭に向かって思いっきり拳骨を振り下ろす。
「ぐぉお~。頭が、頭が割れるっす。」
「割れちまえ、この腐れ頭が!」
かなりの勢いで殴ったのでその紺色の毛をした犬の獣人は痛みで地面をのたうち回っている。しかしその顔はちょっと嬉しそうだ。くそっ、気持ちがわかるだけになんか嫌だ。
「おぉ~、さすが兄貴。」
「俺の姉御に殴られてえぜ。」
男の仲間たちが俺に向かって羨望のまなざしを向けてくるが、キッ、と睨み返すと視線を背けた。そんな馬鹿どもの様子にため息を吐く。
何を隠そう、この俺の目の前で転げまわっている変態、じゃなくって紺色の毛をした獣人は俺が初日に心臓マッサージをして助けたあの男だ。名前をウルフェルと言う。「剛剣のウルフェルと呼んでほしいっす!」と決め顔で言ってきたのでとりあえず殴っておいた。ただの馬鹿だ。
とりあえずあの日別れてから3日後に街でばったり会ったんだが、それから終始こんな感じで絡んできやがる。
一応命の恩人である俺に恩返しをしたいと言うことらしいがむさい男の獣人たちに姉御!姉御!って呼ばれる俺の気持ちにもなってくれ。
それでも最初のうちはある程度は我慢していたんだぞ。あんまり騒ぎを起こすのは良くないと思っていたし、後遺症も心配だったしな。しかし我慢にも限度ってもんがある。後遺症も無かったことを確認した俺の限度は急激に低下し、そしてあっさりとそれを超えてきやがったこいつらに鉄拳制裁したのだ。
それが良かったのか悪かったのか、まあ悪かったんだろうな。
こいつらと言うかウルフェルは俺と同じ性癖に目覚めちまったらしい。そしてその才能を開花させちまった俺も同じくM。しかし決定的な違いがある。
俺はTPOを考えられるMだが、こいつは全く何も気にしないオープンなMだってことだ。つまり往来だろうが、人が集まるギルド内だろうが俺に殴られると気持ち良くなっちまうんだ。そしてそれを恥ずかしいとも思わねえ。
罰ゲーム、罰ゲームなのか、これは?
なんで俺がSの真似事なんかしなきゃいけねえんだ。しかも自分がMだからどこを攻撃しちゃいけないとか、どうやったら気持ちいいのかわかっちまうのが俺の心をぐさぐさとえぐってきやがる。
ちょっと仲間意識が芽生えちまっているからなるべく気持ちいいようにさせてやろうってある種、無駄な考えが浮かんじまうし。
本当ならこの転がってるウルフェルを踏みながら罵倒するところだ。たまにウルフェルを覗き込みながら、体を曲げ、ウルフェルからちょっと胸の谷間が見えれば最高のシチュエーションだ。
ちなみにここで胸の全部が見えちまうなんてのははっきり言ってただのAVだ。あんなのは興ざめだな。不自然すぎる。虐げられながらも見えたちょっとしたエロスにリビドーを爆発させるのが真のMだと俺は思っている。
まあさすがにそこまでサービスするつもりはさらさらないので、ゴミ虫を見るかのような冷たい目で見下ろすだけだが。
俺の視線を感じたのかウルフェルが体を震わせ喜んでいる。本当に立派な変態になっちまったなこいつ。
「いつまで地面で寝てるつもりだ。用がないなら行くぞ。」
「あぁ、待ってくださいっす、姉御!!じゃなくってリクさん。」
にっこりと笑って拳を構える俺にびびったのかウルフェルが俺の呼び方を変える。しっぽがパタパタと振られているがそれは見なかった振りだ。びびったから呼び方を変えた。そう考えておいた方が精神的に格段に楽だ。
「エルフの里へ行ったって本当っすか?」
「ああ、前から行くって言ってただろ。」
「何でっすか?俺が獣人の里を案内するって言ったじゃないっすか。」
ウルフェルがちょっと悔しそうな顔で俺に迫る。近い、近い、お前距離感が近いんだよ!
息が当たりそうなほど近くにあるウルフェルの顔がうっとおしくて、思わずその顔面を手で掴みギリギリと力を入れて持ち上げる。
「うわっ、これは新しい感覚っす~!!」
持ち上げられながらもしっかりとしっぽは振られているのを見るとこいつはもう手遅れかもしれん。俺では扱いきれないレベルまで突き抜けちまった気がする。
面倒なので適当なところでウルフェルをぽいっと放り投げる。しっかりと着地を決めるあたり確かに実力があるんだろう。無駄な実力が。
「確かに聞いたが、一緒に行くとは一言も言ってねえ。」
「え~、いいじゃないっすか。俺たちと行けば安全安心、道に迷うこともないっすよ。それにエルフの里よりもいいところだと思うっす。」
「あぁ~、わかったわかった。また今度聞いてやるから、ほらあっち行け、しっ、しっ。」
「さすがに犬扱いは・・・いや姉御に犬と呼ばれる。それもいいっすね。」
「さっさと行け、この変態が!」
ウルフェルの尻を蹴飛ばしてやると、嬉しそうにしながら手を振って3人が去っていく。
「はぁ、疲れた。」
「あんたたち本当に仲が良いわよね。」
「羨ましいなら代わってやるぞ。」
「全力でお断りするわ。」
「あはは。」
ユーミルの森で過ごすよりも、この数分間の方がよっぽど精神を削った気がするんだが、たぶん気のせいだよな。
思わぬハプニングのせいで時間と精神を浪費したのでギルドへの報告も明日以降にしたい誘惑に駆られたが、あいつらに会ったのはもうギルドの目と鼻の先だったので仕方なくギルドへと向かうことにした。
傷心の俺の心を癒すためにもここはセリアの受付に・・・
「そっちじゃないでしょ。」
「別にいいじゃねえか。俺は癒されたいんだよ。」
「私はさっさと報告して帰りたいのよ。」
エルフで美人の受付嬢であるセリアの列には男の冒険者が列をなしている。短い間だとしても俺と同様に潤いを求めているんだろう。
一方でミーゼが並ぶ列は、セリアの列の半分程度の長さしかない。それもそのはず、その列の受付は熊の獣人のメガネをかけたおっさんだからだ。並んでいるのはベテランと思われる風格の冒険者や女性の冒険者がほとんどだ。
「マクセルさんの方が早いじゃない。」
「それは違うぞ、ミーゼ。セリアもマクセルも処理速度はそう大して変わらねえんだ。ただ無駄にセリアと話そうとする下心満載のこいつらのせいで遅いだけだ。そいつらを相手にしながら同じ速度で処理できることを考えるとむしろセリアの方が早いともいえる。」
「あんた、たまに無茶苦茶言うわよね。女じゃなかったらケンカになってるわよ。」
そんなことは無い。ここで切れたら自分から図星ですって言っているようなもんだからな。男は格好つけたがる生き物なんだ。少なくとも自分に好意を持ってもらいたいと思っているセリアの前でそんな馬鹿なことをする奴はめったにいないはずだ。
いるとしたら自分勝手な馬鹿だけだ。
「じゃあ多数決だ。」
「そうね。」
「「と言うことでカヤノ(君)、どっちに並ぶ?」」
「え、えっと・・・」
「「どっちだ?」」
俺たちどころか、周囲の冒険者の視線を一身に集めたカヤノが戸惑っている。しかし俺は信じているぞ。お前がセリアを選んでくれると。
しばらく恥ずかしそうにしていたカヤノだったが覚悟を決めたのか口を開いた。
「じゃあ前回はセリアさんだったので今回はマクセルさんで。」
「やった!」
「ホーリーシット!!違うぜ、カヤノ。そんな順番で決めるもんじゃねえんだ。心だ、心が求めるんだよ!」
俺抵抗むなしく、嬉しそうなミーゼに手を引かれてカヤノがマクセルの列へと連れていかれる。
これ以上は無理だ。俺はそう判断しカヤノとミーゼを追ってマクセルの列へと移った。何が悲しくて森のくまさんに癒しを求めなきゃいけねえんだ。モフモフで癒されるとか言っている奴、熊の毛ってごわごわっていうかチクチクだからな。実際に触ってから言いやがれ。
間近で見たマクセルの毛が意外とサラサラで柔らかそうだったことを除けば特に癒し要素のない報告を終え、俺は癒されなかった疲れを抱いたまま宿へととぼとぼと歩くことになった。
ごわごわのはずの熊の毛なのに、マクセルの毛はさらさらだった。何か秘密があると考えたリクは仕事の終わったマクセルの後をつけ回すのだった。
次回:自分、リンスにこだわってますんで
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。
 




