とりあえず先生になる
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カヤノと本当の意味で出会い、俺の生活はそれから一変した。と言っても動ける範囲は決まっているから出来ること自体は変わらないんだけどな。
まず朝。俺は今までよりも早めにネズミの駆除と深夜パトロールを終えてカヤノが目覚めるのを待つ。そしてカヤノが宿のおばちゃんに怒られながら起きるのをただじっと見ているのだ。
俺が起こしてやろうかとも思ったんだが、カヤノによると宿のおばちゃんはいい人という認識のようだ。俺としてはもやっとしたものがあるんだが、おばちゃんは話しかけてくれるし、食事も寝る場所もくれると嬉しそうにしているカヤノの姿を見ると何も言えなかった。いやそもそも話せないんだけどな。
だって起こされるときにおばちゃんに怒られているのにフードを下から覗くと喜んでいるんだぜ。
お前もMかよ!!
いやいや。いたいけな少女を勝手に俺の同類にする訳にはいかん。この道は修羅の道。覚悟のあるものしか行くことの出来ない業の深い場所なのだ。俺はそのせいもあって地面として生まれ変わるなんて言う訳わからん状況だしな。
おそらくカヤノの状況的にただ話しかけてくれるというだけで貴重な存在なんだろう。
俺からしてみりゃ、宿の中でもなく、ただの路地に寝かせて残飯を食わせてるだけでカヤノや全財産を奪っていく業突く張りって感じなんだが。まあ全財産って言っても6オルだけどな。
でもキラキラした目で体調が悪くてお金が無かった時も文句を言いながらも泊まらせてくれたし、寝込んでいるときには死ぬんじゃないよって心配してくれるんだ、と話すカヤノはとても嬉しそうだった。
カヤノ、確かに宿はおばちゃんのもんだろうけど、この路地はおばちゃんのじゃないし、路上で寝ることを泊まるとは言わないぜ。それに死ぬんじゃないよって言う心配もたぶんここでと言う意味だと思うぞ。
俺として個人的には思うところはあるが、カヤノが幸せそうだからしばらくはそのままでいいかと今は思っている。
カヤノが起きて街の外へ出ていくのを見送った後はいつも通りだ。宿へ帰ってくるお姉さん方にお疲れ様と挨拶をし、情報収集を開始する。ちなみにカヤノがいつも袋に詰めていたどくだみのようなハート型の葉っぱはなんと薬草らしい。
薬草があることは冒険者などの会話から知っていたが、実物を見るのは初めてなのでわからなかったのだ。その事実を知って興奮した俺がカヤノにもらった1枚の葉っぱを撫でまわしていたら怒られた。薬草はそのまま食べても少しだけ体力を回復させたりするし、お腹が膨れるから遊んじゃ駄目なんだそうな。
いや、遊んでたわけじゃない。上から眺め、下から覗き、あらゆる角度から観察することで宇宙の真理を・・・はい、すみません。ただゲームでおなじみのファンタジー植物に興奮していただけです。
と言うかお腹が膨れるって生で食ってんのかよ。だから頭から花が生えてるんじゃねえか?と思ったのは内緒。さすがにそれは無いか。
異世界ならではと言う繋がりから、唐突ではあるが俺の3年間の調査でわかったこの世界の重要な秘密を教えよう。
パンツの90%は生成り色だ!!
そこっ!引くんじゃない。あっ、ちなみに生成り色って言うのはちょっと黄色がかった白色のことな。まあ染めていない木綿の色と考えてくれ。
まあ冒険者たちは女性でもズボン姿の人の方が多いし、確実ではないのだがこの世界では下着にまであまり気を使わないようだ。生活のレベルに余裕がないと言う事がこの調査結果からわかるのだよ。
ちなみに夜の蝶のお姉さま方はさすがと言うか、しっかりと気を使った物を履いている。さすがプロフェッショナルだ。その魂に俺は感動したね。
これだけ見ると俺が変態のように思えるだろ。違うんだよ。そりゃあ俺だって男だから生まれ変わった最初のころはひゃっほーい、てな感じだったんだぜ。しかししばらくして俺はある真理に気づいたんだ。
パンツは隠されているからいい物であって、いつも見えていたら意味がない!!
そうなんだよな~。なんて言うの、チラリズム?
普段隠されている物が偶然見えてしまうから興奮するんであって、いつも見えているのであればそれはただの日常になってしまうんだ。悲しいことにね。
なんていうか女性陣から石でも投げられそうな感想だが、俺、地面だしね。むしろウェルカムって感じだ。どんどん投げてくれ。
まあ馬鹿な話はそれぐらいにしておいてこの調査を続けているのには少し訳がある。俺は地面として生まれ変わってから1度も食事も睡眠もしていない。必要ないからだ。
つまり3大欲求のうち2つが必要なくなってしまった。そして最後の性欲さえ無くなってしまったら俺は人ではなくなってしまうんじゃないか。そう考えると怖いのだ・・・。
だから許して、なんちゃって。
とは言っても性欲もエレクトするものが無くなっちゃったから、うっすーくなっちゃってるんだけどな。そのせいかわからないが、興味のあることに自ら突っ込んでいくことが増えたような気がする。
カヤノのことだって日本であったら可哀想とは思っても自ら関わろうとは思わなかったはずだ。まあ地面だから自分の怪我とかを考えなくていいと言う事もあるんだけどな。
そして夕方まで情報収集を続け、カヤノが薬草を取って帰って来たら、例の男とカヤノがいつも通り薬草を売り買いするところを監視する。あんなことがあったのにこの胡散臭い男は普通にこの路地に現れやがった。厚顔無恥ってこいつのことだな。
何でカヤノ自身が店に薬草を売りに行かないのかとか疑問もあるが、それは言葉が話せるようになってから詳しく聞いてみようとは思っている。まあそれまでは唯一の収入源であるこの男のことも見逃してやろう。カヤノが困っちゃうしな。
取引が終わり、宿のおばちゃんにお金を払うとついに字の勉強だ。
「リク先生、次は『薬草』」
俺はすかさず地面に薬草と書く。それをしばらくカヤノは見つめ、そして地面に何度も薬草と書いていく。
そうそう、文字を教えるようになってから俺はリク先生とカヤノに呼ばれている。高卒の俺が先生なんて何となくこそばゆい感じだ。
とりあえず教え方はカヤノが教えてほしい言葉を言って、俺がそれを地面を凹まして作り、それを見てカヤノが書き取りをするって方法にしている。教会のように体系立てて教える方が効率は良いのかもしれないが、なんせ俺自身が話せないしな。どうやってもこの方法しか出来ないのだ。
そして食事と言うか宿の残飯をおばちゃんが持って来たら最後に今日教えた単語の読み取りテストをして勉強は終わりだ。
カヤノは少しぽやぽやしているところはあるが、基本的に頭の回転は速いと思う。今まではただ勉強する機会が無かっただけの様だ。読み取りがほとんど出来るようになったら計算も教えようと計画中だ。
食事を終えるとカヤノはすぐに寝てしまうので、それから俺は日課のネズミの駆除とパトロールに入る。カヤノに勉強を教えだしてからもう一週間になるが、放火犯はあれから出て来ていない。とは言ってもいつ何が起こるかはわからないから油断は禁物だ。
動ける範囲はしょせん半径20メートルだからカヤノに何かありそうならすぐにわかるのでカヤノは安全だ。
こうして俺の一日が終わる。変わったことと言えばカヤノ関連で、特に1時間ほど勉強を教えるようになったことが大きなものだが、それだけでも俺の生活には張りが出来た。何より人と話すことは楽しかった。カヤノに街の外の様子を聞くのも楽しかったしな。
やはり人は人とふれあってこそ人間らしくいることが出来るんだな、と改めて思ったんだ。
まあ俺は地面だけどな。
先生と呼ばれ調子に乗ったリク。しかしそんなリクのもとに忍び寄る黒い影が。はたしてリクはどうなってしまうのか!?
次回:俺氏、用心棒にスカウトされる
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




