とりあえずバレる
やばい、子供が殴られそうになったから思わず動いちまったがこれはまずい。
まずい・・・いや、まずいか?
この2年間見てきた限りこの子と接触があるのはあの胡散臭い男と宿のおばちゃんくらいだ。現状、俺はあの男からこの子を守ったんだから少なくとも恩は売っているはず。
さすがに3年間も集団の中で1人って状況は俺もきつくなってきたところだ。ここらで意思疎通のできる相手を見つけるって言うのもいいんじゃないか?
そんな相手としてはこの子は理想だ。気の毒だとは思うが、交友関係が少ないから俺の事を話す心配がほとんどない。ありえないとは思うがこの子が俺の存在を誰かに話したとしても、言い方は悪いが浮浪者が言う事なんかをまともに取り合うやつがこの辺りにいるとは思えない。災い転じて福ってやつか?
俺の事をじっと見つめているその子を見返す。まあ俺の視線は誰も、というかこの子でさえ気づくはずはないから傍目に見ればこの子が地面を向いているとしか見えないだろう。
フードが取れ、あらわになったのは身長通りの幼さを残した子供の顔だ。若干痩せこけ薄汚れた感じはするが美形だと言っていいだろう。うーん、女の子か?目と同じ翠色の髪は伸び放題でごわごわとしており、その頭の上に1本の茎と花の蕾が生えている。
いや、なんで頭から花が生えてるんだよ!!
花壇か?お前の頭は花壇なんか?いや、食料のつもりか?食べるのか?自分の頭で育てた花を?
頭から花を咲かせているせいかわからないが、なんとなくアホの子に見えるな。頭の中がお花畑どころかお花畑が外まで出ちゃったように見える。なんか警戒した俺がバカみたいだ。
まあ、嫌な感じはしないし、この子でいいか。じゃあとりあえず地面を凹まして答えよう。この子と話せるようになれば退屈な日々にも張り合いが出るかもしれん。
じゃあ、『リクト』って書くか。
俺は力を入れて地面を凹まそうとし、そしてその直前で動きを止める。
この子って字、読めないんじゃないか?ってことに気づいたんだ。
普通の人でさえ文字を読んだり書いたりする機会が少ないんだ。ちゃんとした家さえ無いこの子に文字を書いても駄目だよな。それにこの子にとってみれば俺は助けてくれたかもしれないが正体不明の存在だ。俺が友好的な存在だとアピールしないと逃げ出したりするんじゃねえか?
悩むこと数十秒。その子は俺の事をまだ見つめたままだ。
友好的、友好的と考えたがそんなに簡単にそんなことをアピールできるわけがない。地球でさえ日本では友好的なサインなのに違う国では相手を侮辱するサインってことさえあるんだしな。
あまり良くない頭を更にひねること10数秒、俺は結論を出し、そしてその通りに地面を凹ませた。そしてその子の様子をじっと伺う。
「笑顔?」
よしっ!!そうだ、笑顔だ!!
俺が書いたのは皆おなじみスマイルマークだ。あっ、丸の中ににっこりとした目と口が書かれたアレな。とりあえず友好的と言ったら笑顔だろ。他に思いつかなかったんだよ、悪いかこんちくしょー。
ボク、コワイジメンジャナイヨー。イイジメンダヨー。
俺の必死のアピールが通じたのかその子が笑顔を見せる。泥にまみれ、とても清潔とは言えないその子の笑顔はとても綺麗なものに俺には見えた。
「僕の言うことがわかるの?」
「あなたは地面なの?」
「ここに住んでいるの?」
次々とんでくる質問に俺は○と×で答えていく。無口なのかと思っていたがそんなことは無い。ただ話す相手がいなかっただけな様だ。まあ俺は話すことは出来ないから、傍目から見れば地面に向かって楽しげに話している怪しい奴に見えるんだろうが、幸いなことに雨の日にこんな路地裏に来るような奴はいない。
とは言っても話しているうちに雨は止んだけどな。
一応○×で答えることの出来ない質問には文字を書いてみたんだが、首をかしげてわからないと言っていた。セーフ。ファーストコンタクトを文字にしなくて良かったぜ。
「そうだ、僕の名前はカヤノって言うんだ。よろしくね。」
ひとしきり質問に答えた後、カヤノは俺に自己紹介した。もうすでに30分以上話していたんだから今更かよ、とも思ったが俺も久しぶりの人との交流が楽しくて忘れてたしな。自己紹介されたからには俺もしないと。まあ読めないから意味は無いんだが、礼儀としてな。
俺は地面に『リクト』と書く。それをカヤノはじっと見つめていた。まあわかんないだろうけどな。
「これがあなたの名前?」
俺は○を書いて肯定した。カヤノは必死にその形を覚えようとしているように見えた。
そこまで真剣に見てくれるなんて嬉しいじゃないか。そのまま5分ほどカヤノはじっと文字を眺めていた。そろそろいいか、と俺が文字を消そうと思った時、カヤノが呟いた。
「これは『ナ』?」
すかさず×を出す。その後もどんどんとカヤノが聞いて来るが運が悪いのかちっともあたらない。この世界の発音は俺が把握しているだけで母音は8つ。日本語は5つだから多いような気がするが英語は30くらいだったはずだからそう大したことは無い。発音の数は大体100ちょい。簡単な方だ。
というか日本語の発音が簡単すぎるんだよな。外国人で話せる人が多いのはそのせいだ。まあ漢字とかが入ると途端に難しくなるから日本語をマスターするのは難しいらしいが。
まあそんな無駄な知識はどうでもいいとして・・・。
10分ほどのカヤノの頑張りにより一文字目の『リ』は何とか当たった。カヤノはそのまま二文字目に行くようだ。しかしさっぱり当たらない。よっぽど運が悪いんだな。
ひたすらに×を出す。良く飽きないもんだとここまで来ると感心してしまう。このままだと三文宇目も諦めなさそうだ。うん、面倒だ。だって同じ発音を聞いたことを忘れてまた聞いてきたりするし。それに『ト』と言う発音はあんまり使わないんだ。日本語で言うなら『ピョ』とかだな。普段の生活ではまず使わない。いったい正解するのはいつになることやら。
そうだ。せっかく生まれ変わったんだから名前もー緒である必要は無いんじゃないか。『陸人』で『リクト』だが俺はもう人じゃない。人いらないだろ。よし、俺の名前は『リク』だ。誰が何と言おうと決定だ。
俺は言葉当てに夢中になっているカヤノに気づかれないようにそっと『ト』を消す。
「じゃあ『ク』!」
おお、やっと当たったか。すかさず〇を出す。それを満足げに眺めながらキョロキョロとカヤノが辺りを見回す。
おいおいどうしたんだシスター。その辺りには何にもないぜ。
「あれっ?三文字目は?」
えー、そんなん無かったですよー。見間違いじゃないっすか?カヤノさん。
気分的に口笛を吹きながら俺が誤魔化していると、諦めたのかはわからないが首をひねっていたカヤノの視線が俺へと戻る。
「えっとリク、で合ってる?」
イエス!
俺は〇を出す。それを見てカヤノが嬉しそうに何度も俺の名前を繰り返す。
そうそう後ろは振り返らないのが人生ってもんだよ。カヤノがあまり物事に執着しない性格でよかったとそんなカヤノを見ながら俺はこっそり安堵していた。
しばらくおまじないのように俺の名前を繰り返していたカヤノだったが少しして落ち着いたのかちょっと真剣な表情で俺を見た。どうしたんだ?
「リクは文字がわかるんだよね?」
おお、そうだよ。ちゃんと勉強したからな。ここ最近の教会の授業の出席率なら多分俺が一番だ。金は払ってないけど。
もちろん〇で答える。
それを見てカヤノが腕を組んで考え込み始めた。本当にどうしたんだ?もしや、地面でさえ文字がわかるのに何で自分はそんなこともわからないんだろうと人生を悲観したりしないよな。ほら、俺はスーパー地面だから、そんじょそこらの地面とは訳が違うんだよ。具体的に言うなら戦闘能力が高すぎてスカ〇ターが壊れる感じ。
今まで見たことのないカヤノの姿に俺が動揺して変な思考に陥っている中、カヤノは決意を秘めた力強い目で俺を見て、そして俺に向かって頭を下げた。
「僕に文字を教えてくれない?僕、もっとリクとお話がしたい。」
ええ子や!!この子、めっちゃええ子や!!
俺はもちろん二重丸を書いてカヤノのお願いに答えた。
ついに宿敵、ミズギワノアカと対峙するリク。しかしそこにいたのはリクをかばって死んでしまったはずの懐かしい仲間の姿があった。驚愕するリクに告げられる衝撃の真実とは!?
次回:雑菌は匂いの元
お楽しみに。
あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。




