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とりあえず○○へ行く

新連載です。

よろしくお願いします。次話は12時頃投稿予定です。

「ふああ~!!」

「陸先輩、口に拳が入りそうっすよね。」

「うっせえ!」


 俺の怒声にひええ~、とわざとらしく悲鳴をあげながら逃げていく2年後輩のオレンジ色の服を視線で追うだけに留め、黙々と引き継ぎ書を作っていく。ここ数日間の引き継ぎ書に比べれば格段に薄いその内容に終わったという達成感と仕事からの解放感が眠気を誘う。


「いや~、それにしても小学生に見つかって90過ぎの爺さんに捕まるなんて間抜けな犯人っすね。」

「その間抜けのせいで俺の貴重な睡眠時間が削られたんだけどな。」


 ひょこっと戻ってきた後輩が俺の言葉ににやにやと笑う。なんだろう、すごく殴りたくなる笑顔だ。

 なぜか俺の事をおちょくることに人生を賭けていると公言してはばからない馬鹿ではあるが、能力も高いし人当たりもいい。まだここに配属されてから2年ではあるが、仲間からの信頼も厚い。まあもともとこの部署に配属されるのは選抜者のみなのだから当たり前と言えば当たり前だ。とりあえずむかついたので手近にあったアンパンを顔目がけて力いっぱい投げる。

 ぶへっ、と言う謎の悲鳴を上げながら後輩が倒れたことに満足し、ペンを走らせ引き継ぎ書を仕上げた。


 俺が所属しているのは周辺自治体をカバーする広域連合消防の中の特殊災害等特別救急隊、通称オレンジと呼ばれる部署だ。幾多の大震災の経験をもとに、災害時における人命救助などのプロフェッショナル部隊として、選び抜かれた隊員で構成されている。その訓練は群を抜いてきついことで有名だが、オレンジだけが着ることの出来るオレンジ色の消防服にあこがれる者は少なくない。現在所属している俺達も、試験に合格しなければ容赦なく交代させられる少し特殊な部署である。


 そんな部署ではあるが通常時は普通の消防士たちと同じように出動している。ここ最近忙しかったのは連続して不審火が発生していたせいだ。

 先ほど後輩が言っていたように最近この管区では放火と思われる不審火が発生しており、その警戒、出動などで最近はほとんど眠れていなかったのだ。というより今日も本来ならば出動の必要のない非番日である。こんな日に出勤しつつ面倒な後輩の相手をする俺を誰か褒めてくれ。まあそんな気の利く奴はこの部署にいるはずもないが。


「ふあああ~。」

「マジで眠そうっすね。まあリク先輩、明日は休みっすよね。犯人も捕まったしこれからアレ(・・)っすか?」

「おう!」


 顔を両手でパンパンとはたき眠気を飛ばす。この後の事を想像して顔がにやけそうになるのが止まらない。そんな俺の顔を後輩が珍獣を見るような目で見ている。いや、あれは腐った魚のような濁りきった目だ。なんて目をしやがるんだこいつは!?


「何が楽しいんすかね。ナンパすればいいじゃないっすか。ちょっと俺にはわからないっす。」

「お前にはわからない愛の形ってもんがあるんだよ。」


 性欲一直線でかわいい女の子がいればナンパするのが礼儀と思っているこいつと俺はこと女性関係においては相いれない。それがわかりきっているので喧嘩するようなことは無いし、愛の形については人それぞれだと俺は思っているので寛容に受け止めている。まあ署長の娘をナンパして本部に呼び出された時のことを覚えてないのかバカ野郎とは思うがそれはそれ、これはこれだ。


「よし、じゃあ俺は行ってくる。」

「帰るじゃなくて行ってくるなんすね。まあお疲れ様っす。楽しんできてくださいっす。」


 引き継ぎを終え、後輩の緩い敬礼に俺はビシッと敬礼を返す。気合が違うのだ、気合が。そんな俺の敬礼に後輩の顔に苦笑が浮かんでいるがそんなことに構っている時間は無い。嫁が呼んでいるのだ。愛しの嫁が。


 電車に15分ほど揺られ、この辺りで一番大きな繁華街のある駅へと到着する。オフィスビルや飲食街が立ち並ぶ東出口ではなく、俺が向かうのは西出口だ。その出口を出ると昔ながらの背の低いビルが立ち並んでおり、高層ビルの立ち並ぶ東に比べるとその格差が良くわかる。再開発の計画もあるらしいが地権者との折り合いがつかずに難航しているらしい。まあ俺にとってはどうでもいいが。

 通いなれた細道を通り、どんどんと奥へと進んでいく。8月でまだ午後6時なので大通りはまだ明るく、少しずつ暗くなっていくくらいだが、俺の通っている路地裏は既に夜になってしまったかのように薄暗い。とは言え歩くのに支障があるわけではない。

 しばらく歩き、看板も何もない地下へと続く階段を降りていく。初めて来たときは本当にここなのかと不安に思ったものだと不意に思いだし笑いが漏れる。

 階段を降りきるとそこには1メートルほどのスペースがあり、その奥に黒光りする木製のドアに高そうな細かい細工のされた獅子の形のドアノッカーが取り付けられ、きらりと光っている。

 そのドアノッカーを素早く二回、そして靴で一回扉の下を軽く蹴り、そして一拍置いてドアノッカーを一回叩く。

 カチャリ、と内部で鍵の開く音が聞こえ、そして音もなく重厚な扉が開いていく。そこにいるのは白髪をきっちりとオールバックにして燕尾服を着た60ほどに見える男だ。相変わらずセバスチャンと呼びたくなるほどの執事っぽさだ。


「ようこそおいでくださいました、榊原陸人様。スイートパラダイスはあなた様を歓迎いたします。今宵も夢の時間をお過ごしくださいませ。」


 いつも通りの挨拶をした後、男は背筋をピンと伸ばしたまま、優雅に頭を下げた。

 男に案内され待合室へと通される。普通の待合室は他の人と一緒の場所なのだが、このスイートパラダイスは個室だ。それだけでもここが特殊であることがわかるというものだ。

 待合室に着くとすぐに冷えた水が出される。普通は酒が出てくるのだが、俺は職業柄、非番日には酒を飲まないことにしている。始めの数回は飲み物を聞かれたがすべて水を選んでいたので、俺が待合室に着くとすぐに水が持って来るようになった。カルキ臭くないからたぶんミネラルウォーターだと思う。銘柄?飲み分けられる味覚が俺には無いしそんなことはどうでもいい。


 まあ、察しのいい奴ならわかると思うが、ここはいわゆる風俗というやつだ。なんだよ、風俗かよ、と思うなかれ。このスイートパラダイスに来るまでに俺はかなりの苦労をしているのだ。

 スイート系列の店は会員制という特殊な制度を取っており、まずは誰でも入れるスイートアイランドという店で通う頻度や嬢への対応など、まあいろいろな審査項目があるらしいが俺は知らん、を判断されてその上位系列店のスイートコンティネントの会員となり、次はそこに通い詰めてスイートワールドの会員になったのだ。

 まあこの辺りまでくるとかなりの金額になるので公務員の薄給としては厳しいものがあったのだが三男で家を継ぐ予定もなく、嫁が来る予定もない俺なので気にせず通い詰めていたらある日このスイートパラダイスを紹介された。ネットではそんな店の事は全く書かれていなかったし、会員になる時にも口外しないことを口酸っぱく言われたのでそういう場所だと今では割り切っている。


 まあこういう個室もVIPな感じがしていいもんだが、普通の店のように他の客の顔が見える待合室も俺は嫌いじゃないけどな。ヤンキー兄ちゃんも、インテリ会社員も、脂ぎった中年オヤジも皆等しく紳士になるあの空間の雰囲気は面白いし。まあ会いたくない顔見知りに遭う事もあるから何とも言えないが。嫌いな上司に遭ったりとかな。


「ところで本日なのですが・・・」

「いつもどおりゆかりちゃんで。」


 言葉を遮って指名した俺にセバス(仮)の表情が変わる。しかしその顔に浮かんでいるのは言葉を遮られたことによる不快感ではなく、申し訳なさそうな、そんな表情だった。


「陸人様。申し訳ございません。ゆかりは本日所要により既に退勤しております。先ほど電話させていただいたのですが留守番電話になってしまいお伝えできず・・・」

「えっ、マジで・・・」


 慌ててポケットからスマホを取出しロックを解除する。そこにあったのは2件の不在着信と1件の留守番電話があることを示すメール、そして当のゆかりちゃんからのメールだった。慌ててそのメールを開く。


(ごめんね。ゆうちゃんが熱出したって連絡があったから今日は帰るわね。また来てね~)


 その軽いメールにゆかりちゃんらしいなと思いつつも、自分自身の肩ががっくりと落ちることを止められない。悪くない。先に連絡をくれようとした店も、子供が熱を出したから帰ったゆかりちゃんも。しいて言うなら俺の運が悪かっただけだ。


「ふう、仕方が無い・・・か。」


 かなり期待していた、というよりこのために頑張っていたと言っても過言ではないので、かなりくるものがあるのだが今更どうしようもない。どうしようもないんだが・・・ゆかりちゃんの天使の微笑みを見上げたかったな・・・。


 脳裏にゆかりちゃんの慈母のような微笑みが浮かぶ。あの慈しみにあふれた眼差し、そして醸し出す優しい雰囲気は正に俺にとってのオアシス、その泉に生きる女神なのだ。

 まあ今回はそれが唇気楼だっただけだ。いないものは仕方が無い、そう心の中でキリをつけると同時に、考えないようにしていた疲れがドッと出てくる。


「悪かった。疲れていて気が付かなかった。残念だがまた今度来ることにするわ。」


 そう言ってスマホをしまい、席を立とうとした俺をセバスがやんわりと留める。


「今回は大変申し訳ありませんでした。1つご提案なのですが、本日入店した新人の子がいるのですがいかがでしょうか。ご迷惑料として料金は半額で結構ですが。」

「いや・・・」


 セバスの言葉に少し心が揺れる。この店に1回くるだけで給料の3分の1は飛ぶのだ。それが半額になるのは魅力だ。それにこの店に入ってくる嬢は総じてレベルが高い。芸能人と言っても通用するような女の子ばかりなのだ。

 ひどい店だとフォトショとかで原型をとどめないほどパネル写真を加工してある店も多い。バスト90魅惑の抱き心地があなたを捉えて離さない、という言う謳い文句とほっそりとした顔のパネルに淡い期待を抱いてみたら出てきたのはマシュマロマンのような嬢だったこともあるのだ。

 ああ、確かにバストは90あったよ。ウエストとヒップは100超えてたけどな!魅惑の抱き心地?ああ、確かにすげえフィット感だったよ!人の肉にうずもれるなんて貴重な体験だったしな!捉えて離さない?すげぇ力で抱きしめて離さないだけだろ!しかもそのまま寝たふりしやがって、延長料金を取られそうになった時は温厚な俺もさすがに切れそうだったわ!!

 微妙にトラウマを刺激されたがこの店に関してはそういう心配はない。心配は無いのだが・・・


「いや、やっぱり・・・」

「もちろん陸人様の趣味趣向に合う女の子でございます。いかがでしょうか?」


 断ろうとした俺の言葉を遮るようにせバスが言葉を重ねる。その言葉に俺の心がぐらりと傾くのを自分自身で感じた。初来店時にゆかりちゃんを俺に紹介したのもこのセバスである。彼のおすすめと言う事は本当に俺の趣味趣向に合った嬢である可能性が高い。

 頭から湯気が出そうなほどで考え続けること数分・・・俺が出した結論は・・・


「よろしくお願いします。」


 本能に従い、彼に頭を下げるだけだった。

 そんな俺に向かってセバスはご案内いたしますとうやうやしく礼を返した。

最近の主流は一話で転生まで行ってしまうテンポの良さが売りなのにその片鱗さえも見せずに次回へと続く鬼畜の所業。それもこれも妖怪のせいだ!!


次回:妖怪フォトショ職人


お楽しみに。

あくまで予告です。実際の内容とは異なる場合があります。

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海の日記念の新作です。次のリンクから読もうのページに行くことが出来ます。

「退職記念のメガヨットは異世界の海を今日もたゆたう」
https://ncode.syosetu.com/n4258ew/

少しでも気になった方は読んでみてください。主人公が真面目です。

おまけの短編投稿しました。

「僕の母さんは地面なんだけど誰も信じてくれない」
https://ncode.syosetu.com/n9793ey/

気が向いたら見てみてください。嘘次回作がリクエストにより実現した作品です。
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