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第2話 二人の山道

 どうしよう、おりちゃん。宇宙人の部屋に行って早々、白井くんにクリスマスイブの予定を入れられてしまったよ。

 でも山でUFO探し。

 なんて笑いのネタになることをおりちゃんに言えるはずもなく、この問題を一人で解決しなければならない。私は白井くんの約束を即決してすぐさま家に帰り、こんなことを部屋に閉じこもってずっと考えている。

 誘われたこと自体それはすごくうれしかったよ。一緒に山に行こうって言われたときは天変地異の前触れかってほど驚いて、思わず大きい声が出たから白井くんに変な眼で見られるほどうれしかった。けど、もしこれが遊園地とかなら無問題だよ、素敵だよ。いつもより大人っぽい服装と化粧して、彼から手をつないでくるかどうかドキドキしながらアトラクションを周るよ。でも私の現実は寒空の中、面白さの一片も感じないUFO探しをしなければいけない。

 なんて愚痴っていてもストレスが溜まるだけだ、ポディティブでいかなきゃ。

 約六時間前までは見つめるだけで精一杯だったのにここまで発展したもんね。うん、これはデートと言っても過言ではない。発想の転換だ。山へUFOを探しにいくのではなく、星を、夜景を見に行くって考えればいいんだよ。恵那天才、そしてナイス自画自賛。そうなればうんとおしゃれして化粧もいつもより気合い入れてやっちゃおう。

 その為にはあの方の手を借りなければ。

「姉様、お願いがあるのですが」

 私は隣の部屋の扉を開けながら、寝転がってテレビを観ている美那に声をかけた。

「いつも通り美那って呼びなさいよ気色悪い。で、何? その様子だと物品でもねだりにきたようね」

 大正解、さすが生活を共にして、更に血の繋がりもあるだけあるよ。

 未成年のくせに煙草をくわえながら話す美那は私の二つ年上の姉で、今年行っても行かなくてもいいようなランクの低い大学に受かり、現在4週間連続サボリ中だ。

 中学と高校共に女子校だったから、男遊びが激しくなるかと思っていたけどそうでもなく、学校にもほとんどいかず、家でゴロゴロしている。せっかくのキャンパスライフがもったいない。

「引きこもってるならそのお高そうなコート貸してくれないかな? あとワンピも……ついでにブーツも!」

 美那はテレビから目を離さず一気に口から煙を吐き出して、タバコを吸い殻に押しあてて消すと、いやらしい笑みを私に向けた。

「一式じゃない! ははん、その顔を見る辺りもしかしてデート? イブだしね。次は何オタクなんだい?」

 異星人と名乗ってます、何て言えない。もしかすると今まで好きになった人の中でも最高レベルの変人だ。本当のことを言うと正直者が馬鹿を見るのは目に見えてるよ。

「えっSF好きな人だよ。それにデートって言えるほどじゃないよ」

「そのくせ着飾るつもりかよ。まあいいや。恵那がそいつのことを好きで一緒に出かけるならそれはもうデートと言って間違いないでしょ。好きな服持っていきな。そのかわり汚したらクリーニング。破けば修復、もしくは弁償だから」

「わかってるよ、十分承知だから安心して」

 私はそう言いながら、洋服棚からハンガーに吊るされている、目当てにしていた白のトレンチコートと、黒いワンピースを取り出した。

 白のコートに黒いワンピが合うかどうかは気にしないでいよう、私の場合気に入った物を着るがポリシーだから。あっ、そうだもう一つ忘れてた。

「美那。香水も貸してよ」

 美那は私がどの服を持っていくのか確認してから短い溜め息をついて、

「それブリミアのだから本当に気をつけてよね。香水? 好きにしな、でも香水は返せないだろ。まあ、いいや。そのかわりデート上手いこといったらなんかお礼しなよ」  

 と言って、手の届く範囲に置いてあったタバコに手を付け、くわえ、火をつけた。


 夕飯を食べ終わってから、鏡の前で化粧やら一人ファッションショーをしているうちに、あっという間に時間が過ぎて、白井くんとの待ち合わせ時間残り一〇分を切ってしまった。

 やばい、ここから待ち合わせ場所のコンビニまで歩いて五分以上かかる、速攻で家を出ないと遅刻決定だよ。

 私はカバンに適当な化粧品とハンカチ、ケータイ、財布を入れて急いで家を出た。

 

 時間ギリギリ。小走りしたおかげでなんとか待ち合わせ時間に間に合った。

 しかし白井くんの姿が見当たらない。店内を見渡してもどこにもいない。もしかして、私が来るの遅かったから先に行ってしまったとか、それとも……騙されたのかな。

 白井くんは、私が白井くんを好きだと知って、好みのタイプじゃないから騙して遊んで楽しもうって魂胆かもしれない。だとすると、どこかから私を監視しているかもしれない。だから探したって見つからないのかな……いや、見つからないならもしかして白井くんは嘘の待ち合わせをしたのかもしれない。そして白井くんは家で私を騙した達成感とこたつのほんのりとした暖かさに包まれているのかも。そんな妄想をすると余計寒くなってきた。

 きっとそうでしょ、間違いないよ。やっぱり変な人を好きになると、こういうこともあるのか。着飾った自分が馬鹿みたいだよ。てか馬鹿だよ。 

 なんてしょげた妄想していると、甲高いブレーキ音とコンクリートとタイヤがすれる音が聞こえた。目を向けるとジャージ姿の白井くんが、自転車でドリフトをして私の前で器用に止まった。

「遅れてごめんな。チャリンコの鍵が見当たらんくて」

 私は妄想を一瞬で消し去る衝撃的な出来事に眼を丸くした。のは白井くんも同じらしく、

「羽田。お前パーティー気分か! 飯食いになんて行かないぞ」

 と言いながら私の頭から足下までくまなく見つめられた。思わず顔が火照ってしまう。

「わかってるよ。UFO探しでしょ? でもそれにおしゃれしちゃいけないって誰が決めたの?」

「異星人である俺が決めた。だから文句は言わせない……って、おい!」

 白井くんはさっきよりも更に驚いた表情で、私じゃなくてコートを見つめ、わずか二〇

センチほど近くまで寄って来た。いったいどうしたの?

「お前これブリミアのコートだろ? 高いだろ。それにブーツも。尚更そんな格好では行かせられないな。着替えてこい、家まで乗せて行ってやるから、そのかわり五分以内で着替えろよ」

「白井くんなんでこの服とブーツがブリミアって気付いたの?」

 男の人は女の人の服のメーカを知っているものだろうか? 白井くん話しをごまかすように自転車にまたがり、顔を前に向けたまま荷台を指差した。

「異星人だからそういうことも研究してるんだよ。いいから早く乗れ。時間がない」

「時間?」

「お前門限とかあるだろ? ……ないのか?」

 白井くんは振り返って不思議そうな目で私を見つめた。

「あるけど日が変わるまでだから余裕じゃない?」

「余裕じゃない。ギリギリだ。いいから早く乗れ」

「もしかしてバスとか乗らないでチャリで行くの?」

 もちろんだ、という表情で白井くんは睨み、もう一度自転車の荷台を指差した。仕方なく溜め息まじりで荷台に乗ったその瞬間、白井くんは私の重みを荷台に感じると同時にペダルを思いっきり踏み、勢い良く発進した。

「ちょ、いきなり漕ぎすぎだって!」

 私はその勢いで体を後ろに反らされながら慌てて注意したけれど、白井くんは何のその、さらにスピードを上げる。

「ボーッとしてないで右とか左とか言って。羽田の家の場所知らんぞ」

 あっ、そうか。私は半分落ちそうになっているお尻を、しっかりと荷台の中央に乗せて、彼の体に触れないように気をつけながら手をめいっぱい前に伸ばし、人差し指で私の住む団地を指した。

「とりあえずまっすぐ、見えるでしょ? あの団地だよ」

 右! 左! 右、あっ間違えた左! 以外の言葉を発しないままアンバランスな服装をした私達は無事、団地に着いた。本当ならここの肉屋のコロッケがおいしいよとか、小学生の頃よくそこの駄菓子屋行ったよ、とかそういう思い出話を白井くんにしてあげたかったのだけど、コンビニから団地までは蛇のように曲がりくねった道で、同じような家が建ち並んだ住宅街にあるものだから、さながら迷路のようになっているので案内しないとすぐにルートからそれてしまう。これほど自分の家の立地条件を恨んだことは初めてだ。

 白井くんも自称宇宙人、いや異星人ならGPSとかそういう機能持ってないの? どれだけ科学音痴な異星人なんだろ。それに五分以内に着替えてこいとか無茶苦茶だよ。

 私は白井くんへの愚痴をぶつくさ言いながら、彼に言われた通り、汚れてもいい格好に着替えていた。美那に借りた服はしわが付かないようにハンガーにかけ、タンスの奥にしまってあった中学校のえんじ色のださいジャージに着替えて、バーゲンで衝動買いをしてから一度も着ていないコートを羽織って部屋から飛び出した。

「あれ? 恵那。私が貸した服着て行かないの? てか一回出て行ってまた戻ってきたよね……。もしかしてその服装は。待ち合わせに彼がいなかったから、やけくそランニングでもするわけ?」

「ちがーう!」

 一番会いたくない人に出会ってしまった。美那は私がデートに行くことを知っているし、着飾った姿も見ている。上機嫌な私も。きっとクリスマスイブだから遊園地やらそういうところに行って高校生らしい甘い夜を過ごすのだろうと考えているに違いない。

 でも実際はこの寒い中、山でUFO探し。

 「ごめん時間ないから!」 

 私は正面に立つ美那を押しのけ、走って玄関まで行って、スピードを落とさないでスニーカーを履き、扉を素早く開けて閉め、さらに全力疾走で白井くんが待っている自転車置き場に向かった。これで美那もついてこれないだろう。

 肩で息をしながら階段を下りていると声が聞こえた。良く耳を澄ませてみると歌声だった。でも風の音かもしれない。そんなことを考えながら自転車置き場を覗くと白井くんが電灯にもたれながら歌っていた。 

 ほころむ顔。

 緩んだ目つき。

 澄んだ声。

 私は白井くんに見つからないように団地の壁に張り付いて、風の音と間違えるくらい透き通る弱々しい歌声を聴いていた。改めて思った。

 約束してよかったと。



 ………



 羽田を待つ間、制限時間の五分を計る為に夏の歌を歌っていた。そう言えばこの歌二年前くらいまではよく歌ってたなあいつと。

 少しセンチメンタルになりながらも歌い終えると、羽田がタイミングよく戻ってきた。さてはこいつ俺の歌聞いてたな。

「お、おまたせしました。どう? この格好なら文句ないでしょ」

  何故か頬を赤くした羽田は腰に手を当てて偉そうなポーズで俺を見つめる。

「文句ないよ。それに時間通りだし、じゃ、早く行くぞ」

「そうだね」

 俺は勢いよくペダルを踏み、これから約一時間以上二人乗りしないといけないのかと少し憂鬱な気分になった。羽田は見かけ以上に重かった。こんなことを言うと空気が悪くなるので絶対に言えないが、山道を登るとなると重労働になるかもしれない。何の遠慮もなく荷台に乗る羽田に、わずかな可能性をかけて言った。

「お前の自転車は? 二人乗りだと時間がかかる」

「ごっめん。今パンク中なの」

 心底申し訳なさそうな顔をして手を合わせて言うのだから咎めることは出来ない。仕方ないか、明日はきっと筋肉痛になるだろうけど、誘った俺が悪い。それに異星人なのに飛べもしない自転車に乗っていることに問題があるのだろう。洋画の出来事のようにふらふらっと飛んでいってくれればいいが、そうなればそうなったで怖い。

「ねーねー。白井くんっていつもどんな音楽聴いてるの?」

「何でそんなこと聞くんだ? ……お前はどんな音楽を聴くんだ?」

 俺は答えることが面倒なので羽田に聞き返すことにした。

「えーっと、私はね――」

 羽田はうれしそうにラジオやテレビでよく聴こえてくる曲名を口にし、「知ってる?」と問いかけるが、俺は異星人が音楽を知っているとどこか不自然な気がしたので、すべて知らんと言う言葉で返した。でもそれだと何故洋服のブランドは知ってるの? と聞かれれば返す言葉が見当たらない。それは嘘をついているからだ、と言う以外は。でも羽田はそんな質問はしないで、流行の芸人の話しやケータイ小説のことを思わず振り返って顔を見たくなるようなくらい上機嫌に話してくれた。 

「何だか私ばっかり喋ってるよね? ごめんねうるさい女で」

「いや、そのまま話してくれていい。BGM代わりにちょうどいい」

「そっ、そうかな? で、でも同じような話題ばかりじゃ退屈だよね……じゃ、白井くんが興味ありそうな話しでもしようかな」

「どんな話しだ?」

 そんな気を使わず自分の話したいことを話せばいいのに。それにしても話しの内容が普通過ぎて全然面白くない。すんなり俺が異星人と言うことを信じたから、異常な奴と思って声をかけたのに期待はずれも外れ過ぎだ。拍子抜けだよ。

「ロズウェル事件って知ってる?」

 こいつは俺を馬鹿にしているのか? 嘘だが俺の設定は異星人だ。知らないはずがないだろうそんな有名な話。自信満々に言うから期待したがやはりこいつは普通の女子高生だ。

「知ってる。1947年のロズウェルの牧場に宇宙船が落ちて、それを軍が隠蔽したって話だろ」

「へー、そうなんだ」

 自分から話しを振っておいて、「そうなんだ」はないだろ。こいつもしかしてこの事件を元に作られた外国のドラマを思い出して言ったのかもしれない。事件そのものに興味はなくてもドラマには興味ありか。一気に話す気がなくなってきた。

 でも思い返すと羽田はUFOや異星人を捜したいから旧図書室にいる俺に会いに来たはずだ。でないと生徒から変な噂が流れているあの場所に自分から足を踏み入れようなんて思わないだろう。だとすれば、まだこいつが普通の思考や嗜好を持った女子高生なんていう考えに至るのは早すぎる。もしかすると最近超常現象に興味を持ち始めたのかもしれない。

 俺は出来るだけUFOに詳しくない人でも理解できるようにUFOブームの幕開けとなった事件についてじっくり話した。

 いつの間にか夢中になっていて、気付くと目的地に着いていた。一時間以上かかる道のりだからもっと苦痛に感じると思ったけれどそうでもなかった。 

「白井くんありがとう、ロズウェル事件ってそんな裏があったんだね。すごい面白かったよ!」

 と半ば興奮気味で話す羽田も俺と同じ思いだったのかもしれない。これだけ喜んでくれると頭を使って話した甲斐があったってものだ。

 俺は自転車を車の邪魔にならないように道路の端に置いて、軽くストレッチをしてから大きく体を伸ばした。

「よし、ここからが本番だ」

 達成確率〇%の探索に俺は気合いを入れた。


 

 ………



 白井くんは気合いを入れた声を出して、両頬を両手で軽く叩くと、自転車のカゴに入れていたリュックから重そうで黒い警棒のような形をした懐中電灯を取り出した。いかにも遠くを照らすぜ! と言う感じがしてカッコいい。

 白井くんはもう一つ、赤いどこにでも売ってそうな、しょぼい懐中電灯を私に手渡し「よし、この辺りを探すぞ」と言って、ささっと前を歩いていく。私も慌てて追いかける。

「ねえ、ここにUFOが出たの? そんな噂聞いたことないよ」

 山の頂上へと続く道は、木に囲まれて薄暗く、緑の香りも夜になるとどこかに息をひそめ、怪しい感じがして少し怖い。電灯は数十メートルおきにあってほんのたまに車も通るけど、それでも暗い。

「聞いてるの? ……それよりちょっと暗いよね。そのライトつければ?」

「だめだ、一時間しか充電もたないから、ここぞってときに使わないと」

「で、っでも」

「うるさい、もし彼らがいたのに自分たちの声に驚いて逃げてしまったら馬鹿もいいところだろ。だから今から一言も喋るな。これは遊びじゃない」

 彼らっていうのは多分、宇宙、いや異星人のことだろうか。確かに白井くんのいう通りだけど、異星人って私たちを見つけて逃げるような存在なのかな? 逆に捕まっちゃうかもしれないよね、これってなんていうんだっけ? アブトロニック? 違う、アブタクション? なんか惜しい気がしてきた……ってイライラする!

「ねえ、白井くん。異星人が私達を見つけたらさらってくかもしれないね」

「そうなったら俺は万事解決だけどな」

 確かにそうだろうね。白井くんは異星人だから『さらう』じゃなくと『送って』もらう、だもんね。でも私はそんなことを聞きたいんじゃなくて。

「それって専門用語みたいなのあったよね、……何て言うの?」

「……アブタクション。ついでにその後、体に何か細工をされたりすることをインプラントと言う」

「あ、ありがと」

 やっぱり異星人的な話しなら耳を貸してくれるみたいだ。顔はよく見えないけどさっきみたいに刺々しい感じがしないから、少しは機嫌よくなったのかな。噂の出所が気になるけどまた機嫌損なわすのも気が引けるし、大人しくついていくことにしよう。

 色気のないジャージ姿で人気のない山道をしばらく歩くと、山沿いに、神社に続く階段が無造作に敷かれていた。絶対こんな不気味な場所歩きたくないな、と思ったのもつかの間。白井くんは何のためらいもなくその階段へと足を進めた。

「ちょっ、ちょっと。そこ暗くて危険じゃない?」

 私がそう言うと、白井くんは重そうで黒い懐中電灯の明かりを灯すことで答えてくれた。思っていた以上に光は強く、明るくなったけど、まだ心は落ち着かない。

「異星人も怖いけど妖怪とか幽霊が出たらどうするの? ねえ、ここ出る気がするよ」

 私は怖くなってつい、白井くんのジャージの袖を引っ張って呼び止める。

「でねーよ、そんなの羽田みたいなビビリが作り出した幻想とか幻聴だ。それに掴むな、歩きにくい」

 そんなこと言われても怖いから仕方ないじゃない、ちょっとくらい気休めの為に掴ませてくれてもいいでしょ。なんて言い返そうと思ったけど、ちらりと覗く白井くんの横顔があまりにも怖いので思わず袖を離してしまった。

 もしかして私、山登りしている間に相当嫌われたのかな? ここに来るまでの道のりは結構普通に接してくれてたのに、今じゃ優しさの一片すらも見え隠れしない。出会って数時間で飽きられた可能性だってあるかも。

 こうなったら名誉挽回だ。必死になって、もしかしたらこの世のモノじゃないものが出てくるかもしれない、木の固まりだって見てやる。さっきまでは周りを見るのが怖くて白井くんしか見てなかったけど、そんなことしている場合じゃない。

 そう決心して、私は左手に持つ赤い懐中電灯のスイッチを入れて、木々を薄く照らしながら白井くんの後ろをついて歩いた。

 神社へと続く、長く暗い階段を、愛する気持ちで恐怖心を中和しながら、ゆっくりと一段ずつ、その気持ちの強さを測るみたいに踏みしめていく。

 風で瞬間的に揺れる木の枝、自分が踏む落ち葉の音、山道を走る車のエンジン音、それらが聴こえるたびに驚いて体をびくつかせ、声が出そうになるけれど、口を抑えて必死にこらえる。これ以上、うるさい女だと思われると白井くんにいっそう嫌われてしまう。

 そんな気持ちを押し殺しながら、やっとの思いで神社にたどり着いた。三〇分くらいかかったかもしれないと思って時計を見ると、一〇分くらいしか経っていなくて、その体内時計の誤差に、私はもしかして異世界に迷い込んだかもしれないと、結構本気で怖くなって、体が震えてしまった。寒さのせいだと思いたかった。



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