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河童少年のモイスチャー日記 其ノ九

 まもなく夏休みが終わる。僕は河童だけど人間の学校に通っているので、夏休みもあれば宿題もある。こんなに宿題があるなら夏休みなんていらない。


 というのはもちろん嘘で、むしろ人一倍(じゃなくて河童一倍?)この夏休みを「夏休んだ」覚えはある。オリンピックも甲子園もほとんど観て、僕も将来カパリンピックに出場して最高峰の緑メダルを取りたいとまで思いはじめた。そんな大会がもしあればの話だが。


 だから夏休みの宿題なんて、もちろんまだやってない。むしろ夏休みとはつまり、「宿題をやってない罪悪感」と向き合い続けたひと月半だった。心安まらないこと山の如し。河だと休まる。河童だから。


 こんなに「宿題をやってないこと」について悩み続けるのなら、その無駄に考える時間と労力を宿題本体に注ぎ込めばよかった。だがそこに気づくのは毎年八月末と相場が決まっており、おそらくはタイムマシンで何度やり直したとしても同じことになるのは目に見えている。気づいていないのではなく、気づいているのに気づいていないふりをして過ごしているだけだからだ。


 そうこうするうちに、いよいよ宿題をやるべき時が来てしまった。しかし不思議なもので、今から宿題をやると決めたら、「宿題をやってないこと」について悩むということがなくなる。こんなことならますます早く手をつけておくべきだったが、その代わり「宿題をどうやろうか?」という新たな悩みが発生して頭の皿が破裂しそうになる。経口補水液をかぶっていったん落ち着こう。


 夏休みの宿題は、例年通り「絵日記」「読書感想文」「漢字ドリル」「自由研究」の四つである。


 漢字ドリルはただたくさん書けば良いのだが、いっぺんにやると全ページびしょびしょになって乾かすのに時間がかかる。そもそも湿気を纏った河童の触れた箇所は、片っ端から濡れていくのだから仕方がない。だけど濡れたページの裏に書き込むのが困難を極めるのも事実で。左手にドライヤーを持って、乾かしながらやるしかない。


 読書感想文に関しては毎年、芥川龍之介の「河童」を読んで書いている。いや読んで書いているというのは嘘で、実は読まずに書いている。どうせタイトルからして河童のことが書いてあるのだろうから、僕のような本物の河童が「著者の想像は河童の実態とかけ離れている」とか「リアリティに欠ける」とか言いつつ、適当に「河童あるある」を並べておけば、それらしく見せるのは結構簡単なのだ。


 問題は絵日記と自由研究で、絵日記に書くほどの刺激的な出来事はそう毎日起こるものではないうえ、一ヶ月前のことなど何ひとつ覚えてはいない。食べた物くらいは覚えているが、事実をまともに書いたら毎日キュウリばかり描くことになる。


 そして自由研究に関しては、毎度本当に何をやっていいものやら皆目見当もつかず、みんながやりたがる昆虫採集も、捕まえたらついその場で食べてしまうので標本にすることができない。


 と、そんな風に頭を悩ませながら、毎年ペットボトルに「NASA」と書き込んだものをペットボトルロケットだと言い張って、担任に巨大な三角定規でぶん殴られたりしてきた。しかし今年の僕は違う。今回は実に良い一石二鳥、いや一石三鳥のアイデアを思いついたからだ。


 それは至極厄介な宿題三つ、つまり絵日記と読書感想文と自由研究を、たったのワンテーマ/ワンアイデアで片づけてしまおうという画期的な策、いやもはやこれは発明である。


 いろいろと(宿題やりたくなさゆえに)考えた結果、僕は自分が「世界に一つだけの花」であると気づいた。つまり僕は僕であるだけで個性的かつ唯一無二な存在なのであって、ということは僕が僕のことを書けばそれは必ず特別な成果を生み出すということなのだ。それはつまり僕が「河童」であるということ。


 河童が河童であるというアイデンティティを、すべての宿題に投影してゆく。これはとても自然なことなんじゃあないか。


 実際僕は読書感想文を書く際に、「河童」という小説を選び(一切読んではいないが)、思いつくままに「河童あるある」を並べたててきた。逆に言えばただそれだけで、つまり「河童」というテーマと「河童あるある」というアイデアだけで、すべての宿題をカバーすることができるのではないか。それが河童が河童として生き河童として宿題を片づけるための、いわば河童的ソリューションというものである。単なる「アイデアの使い回し」とも言う。


 というわけで僕は絵日記を、読書感想文で書いた河童あるある(もちろんその日に起こった出来事とは無関係)で埋め尽くし、さらにはそのノートの表紙に書いた「絵日記」の文字に続けて「兼自由研究」と書き足した。河童の生態は、人間にとって立派な研究対象になり得るはずだからだ。


 この絵日記は、河童が河童を観察してつけた河童の観察レポートであり、それは人間にとってトキの観察日記と同様の意味を持つはずだ。ただしここに書いてあるのは、日記でもなければ観察した事実を書いているわけでもなく、ただの嘘の羅列だが。


 九月一日には念のため、河原で拾ったヘルシア緑茶のペットボトルに「JAXA」とマジックで書いて一緒に持っていくことにする。ここから僕の『下町ロケット』がはじまるのかもしれない。何よりも横着を嫌う担任に、巨大コンパスでヘッドソーサーを貫かれないことを祈る。

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