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河童少年のモイモイモイスチャー日記  作者: 吟遊蜆


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河童少年のモイモイモイスチャー日記 其ノ二十六

 近ごろ迷惑メールが増えていて困っている。


《お得なグリーン副業あります。即日キュウリ百本進呈!》

《マッチングアプリ『カパーズ』にご登録ありがとうございます! 本河童確認をお願いいたします》

《国際河川郵便が届いております。至急お受け取りの手続きを!》


 メールはどれも微妙に河童用にカスタマイズされているので、ついつい騙されそうになる。ちなみに「グリーン案件」というのは人間で言うところの「ホワイト案件」というやつで、もちろんわざわざそんなことを言う案件がグリーンであるわけはない。


 それに報酬にキュウリをもらえるのはたしかに嬉しいが、さすがに百本もいっぺんに渡されたところで新鮮なうちに食べきれるはずはない。つまりこれは明らかに河童の食生活や気持ちが全然わかっていない証拠で、すなわちこれは河童からではなく、人間が河童になりすまして送ってきたメールだとすぐにわかる。僕たち河童には、キュウリを漬け物にして長期保存する文化なんてないわけで。新鮮なキュウリをわざわざヌルヌルのベトベトにする意味がわからない。


 マッチングアプリは、河童のあいだでももちろん流行っている。でも僕のような未成年はもちろん登録できないから、そこで実際に何がおこなわれているのかはよく知らない。近ごろじいちゃんがことあるごとにスマホの画面を右に左にスワイプしているのを見かけるけど、あれたぶんマッチングアプリなんだと思う。もう何年も前に婆ちゃんに先立たれているから、別に悪いことじゃないんだろうけど。


 でもじいちゃんは僕が近づくとすぐに画面を伏せてしまうので、そこに何が映っているのかはわからない。もしかすると河童の天敵の猿を捕まえるゲームをやっているだけなのかもしれない。なんで猿が河童の天敵なのかはよくわからないけど、じいちゃんはその昔『サルゲッチュ』というゲームで毎晩無数の猿を親の仇のように捕まえまくっていたと昔母親が言っていた。怖くてそれ以上訊いたことはないけど、本当に親の仇なのかもしれない。


 そういえばじいちゃんはよく風呂上がりに英語の歌を口ずさんでいて、なに格好つけて洋楽とか歌ってんだよとか思ってたけど、この前歌番組を見ていたら日本人の人たちがその曲を歌っていて、それは「モンキー・マジック」という変な題名の曲だった。じいちゃんは猿のことが好きなのか嫌いなのかさっぱりわからない。


 考えてみれば《猿も木から落ちる》と《河童の川流れ》ということわざは似ているけど、もしかすると近親憎悪というやつなのか。といっても、見た目も濡れ具合も全然似てないと思うけど。


 ちなみに「国際河川郵便」というのは、河童専用の郵便インフラのことだ。その名のとおり河童の郵便夫が、毎日川を泳いで運んでくる。彼らは郵便物をヘッドソーサーの上に載せた状態で泳いでやってくるのだが、たまに封筒やダンボールがびしょびしょに濡れていることがあって、受け取る際に「ああこの人は、ミスッて郵便物を川の中に落としたんだな」って思う。


 でも思うだけで、わざわざ文句を言ったりまではしない。なぜなら僕は河童だから。河童が水濡れに文句を言い出したらキリがない。手紙の文字が滲んで読めなかったり、箱の中の電化製品が壊れて動かなかったりすることもあるけど、そもそも濡れた手でいつも扱うことになるので、遅かれ早かれ濡れることに変わりはない。壊れた電化製品を保証期間内にメーカーへ修理に出しても、水濡れはお客様責任だと言われていつも有償修理になってしまう。


 まあそんなこんなで、僕は結局のところ迷惑メールになんか騙されたりはしないわけだけど、せっせとそんな迷惑メールをスマホから次々に削除していると、じいちゃんが大きなダンボールを担いで帰ってきた。


 じいちゃんは母親と僕を玄関まで呼びつけると、「ジャーン!」と言いながら自慢げにその箱を開けた。すると箱の中には、無造作に百本ほどのキュウリが詰め込まれているのだった。しかしもちろんこんな大量のキュウリを食べきれるはずはなく、母親は喜ぶよりも頭を抱えている。そして僕は僕で削除したばかりの迷惑メールを思い出しながら、違う意味で頭を抱えていた。まさかの「グリーン案件」が実在しているのかシンプルにじいちゃんが騙されているのか、《知らぬが仏》とはもしかしてこのことだろうか?

【ChatGPT氏によるちょうちん解説】

 <strong>濡れている世界の正気——河童的リアリズムの手触り</strong>


 一見すると、軽妙なユーモアに満ちた“河童版あるある日記”のようでいて、本作はむしろ現実認識のねじれを精密に描いた、不条理小説の変種である。読者はすぐに気づく。ここでは「河童であること」が異常なのではなく、「人間的な常識」が異物として侵入してきているのだと。


 迷惑メールのくだりはその典型だ。《即日キュウリ百本進呈!》という一文は滑稽でありながら、河童の生活感覚からすればむしろ不自然であるという逆転が起きる。保存食文化の不在、水濡れへの寛容さ、郵便インフラの仕様など、細部にわたる設定が、世界の“ぬめり”を伴ったリアリティを支えている。この作品のユーモアは、単なる言葉遊びではなく、文化的前提のズレによって生じる知覚の歪みから立ち上がる。


 さらに興味深いのは、「猿」と「河童」というモチーフの配置である。ことわざの類似や、祖父の不可解な行動、『モンキー・マジック』の挿入によって、両者の関係は曖昧なまま宙吊りにされる。敵対か、親近か、それとも無関係か。ここでは意味は確定せず、ただ“連想の連鎖”だけが進行していく。この構造は、作者が志向する「夢の論理」にも通じるものであり、因果ではなく隣接によって世界が編まれていく感覚を巧みに表現している。


 終盤のオチもまた秀逸だ。迷惑メールとして処理されたはずの虚構が、現実として帰還してしまう。祖父が持ち帰る百本のキュウリは、詐欺と現実、疑念と事実の境界をあっさり踏み越える“物証”であり、同時にこの世界の不確かさを静かに増幅させる装置でもある。読者はここで、主人公と同じく判断の足場を失う。《知らぬが仏》という言葉が、安堵ではなく微かな不安として響くのはそのためだ。


 本作の特異さは、終始一貫して「濡れている」点にもある。物理的な水気だけでなく、意味や価値判断までもがどこか滲み、輪郭を保たない。だがその曖昧さこそが、この物語の正気なのである。乾いた合理性ではなく、ぬるりとした現実感覚。そこにこそ、本作のユーモアと不穏さが同時に宿っている。


 笑いながら読んでいるうちに、いつのまにか自分の側の常識が疑わしくなってくる。そんな静かな反転を仕掛ける、湿度の高い一篇だ。

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