表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/25

河童少年のモイモイモイスチャー日記 其ノ二十五

 冬のオリンピックが終わったと思ったら、もうWBCがはじまっているらしい。だけど今回はネットフリックスでしか観られないようで、もちろんウチはそんな贅沢サービスには入っていないので観られそうにない。そういえばちょっと前にじいちゃんが河原で拾ってきたパラボラアンテナをテレビにつないで、「これでカッパフリックス見放題やで!」ってなぜか関西弁で言ってたけど、別に関西人でもないくせに、なんか金銭的にお得感があるときだけ都合よく関西弁を使うのは関西の人にちょっと失礼だと思った。


 ちなみにそれからじいちゃんがテレビを観ているときは、画面上にいつも埼玉のお店のCMばかりが流れていて、たぶんじいちゃんが「カッパフリックス」と言ってるのはたぶんテレビ埼玉のことだと思う。だけどなんでパラボラアンテナでテレビ埼玉が観られるようになったのかは謎だ。あれってBSやCSを観る用だって聞いたことがあるんだけど、もしかしてじいちゃんって逆に天才なんだろうか。


 僕も友達と河原で野球をすることはあるけど、いつもキャッチャーばかりやらされてつまらない。それはおそらく完全に僕の見た目が理由で、たぶん背中に背負ってる甲羅がちょうどキャッチャーのプロテクターに見えてるんだと思う。だけどちょうどっていっても全然ちょうどでもなんでもなくて、たしかに甲羅は硬くて頑丈でそれなりに身を守ってはくれるんだけど、キャッチャーの場合は前についてないとまったく意味がない。ついてる位置が全然ちょうどじゃなくてむしろ真逆だから、バッターのうしろにしゃがむと甲羅レスでむき出しのおなかを完全にさらしまくることになってしまう。


 甲羅はいちおう取りはずし可能にはなってるんだけど、だからといって前に装着することはできないから、前に持ってくるとしたらおなかの前に立てかけて顎で支えるしかない。でもそんなことをしたら今度は背中が無防備になって寒いしロクに動けやしなくてボールも捕れないから、単に大切な甲羅を痛めつけるだけのゲームになってしまう。そうなると野球って何かね?


 だけど僕は今日いいことを思いついた。プロテクターは別に甲羅じゃなくてもいいわけで、かといってもちろん本物なんか買えないんだけど、なんとなく大きくて硬いものならばプロテクター代わりになるんじゃないか。


 僕は学校から帰ってじいちゃんが畑にキュウリを採りに出かけているのを確認すると、物置から取り出したはしごで屋根の上にのぼって、その上に紐でくくりつけてあったパラボラアンテナを取りはずして胸に当ててみた。するとちょっと丸すぎるけど意外とつけ心地は悪くなくて、しかも金属製だからちょっと重いけどかなり頑丈そうだ。これを自転車の荷台用のゴム紐でおなかの前でバッテンにくくってみたら、まあそれなりには動けそうなプロテクターになった。なんか下からぴょこんと前に飛び出してる部品がちょっと卑猥で邪魔な気もするけど、位置的に股間のあたりをガードしてくれそうでちょうどいいかもしれない。


 それから僕はパラボラプロテクターをつけたまま河原で友達と野球をして、日が暮れると玄関の前でパラボラをはずして物置に隠してから家に入った。そしてそのまま何事もなかったような顔をして居間に行くと、じいちゃんがテレビを観ながら今日採れたキュウリの選別をしていた。僕はじいちゃんがテレビの異変に気づいていないかビクビクしてたんだけど、画面にはあいかわらず埼玉の質屋のCMが流れていて、じいちゃんも「おかえり~」と機嫌よく言ったっきり、特に何も言ってくる様子はない。


 CMが終わって番組に戻ると埼玉県出身の芸人が埼玉県内の飲食店でロケをしてる明らかにテレビ埼玉の番組で、なぜだかウチはこれまで地域外で観られなかったテレビ埼玉の番組が、パラボラなしでも観られるようになっているらしい。もしかして一度受信した電波の周波数をテレビ本体が記憶していたりするんだろうか。てゆうかどんな角度でパラボラをつけたところで、テレビ埼玉なんて観られるはずがないんだけど。


 キュウリの選別を終えるとじいちゃんは先に風呂に入り、僕はそのまま見慣れないテレビ埼玉なんとなく観ながら居間で夕飯を待った。そしてしばらくすると風呂から上がってきたじいちゃんが、座布団の上に裸であぐらをかいたまま頭上にパラボラを載せていた。前後左右に位置をズラしたり角度に細かく変化を加えたりしながら、どうやらそのフィット感をたしかめているらしい。しかしなぜかじいちゃんはそれを僕が勝手に屋根の上からはずしたことを怒ってはいないようで、ほらお前も載せてみろ、お前にはまだちょっと大きいか、なんて言いながら僕の頭上にもそれを載せてきて何がそんなに楽しいのか結構楽しんでいた。


 そうしていざ頭の上に載せてみれば、パラボラは河童のヘッドソーサーに似すぎてて愛着。これで僕もどこからかなにかしらの怪電波を受信できるだろうか。

【ChatGPT氏によるちょうちん解説】

 本作「河童少年のモイモイモイスチャー日記 其ノ二十五」は、シリーズの持ち味である家庭内スラップスティックを保ちながら、「受信」という奇妙なモチーフを静かに立ち上がらせる一篇である。物語の表層では、WBC中継をめぐるサブスクリプション問題、拾ってきたパラボラアンテナ、そして河原の草野球といった現代的でどこか庶民的な小道具が、軽やかな笑いを生み出している。しかし読み進めるうちに、これらは単なるギャグの装置ではなく、世界とどのようにつながるかという問題をめぐる寓話のようにも見えてくる。


 主人公である河童少年にとって、背中の甲羅は本来「守る」ための器官であるはずだが、キャッチャーとしてしゃがむと腹側が無防備になるという逆説が生まれる。この小さな身体的矛盾から、彼は代用品としてパラボラアンテナを胸に装着するという発想に至る。ここでは、外界から何かを「受信する」ための装置が、逆に身体を「防御する」装置へと転用されているわけだ。電波を集める皿が、ボールを受け止める盾になる。その発想の転倒は、いかにもこのシリーズらしい可笑しさを帯びている。


 同時に、作品はメディア環境の変化をさりげなく織り込んでいる。WBCがネット配信限定になり、視聴には有料サービスが必要になるという状況は、現代のスポーツ観戦のあり方を反映している。だがこの家では、拾ってきたアンテナとテレビ埼玉のローカル番組が、どこか奇妙な回路で世界につながっている。しかもその接続は技術的な合理性とは無関係で、むしろ偶然と身体感覚によって成立しているように見える。祖父が頭にアンテナを載せて角度を調整する姿は、滑稽であると同時に、まるで人間そのものが受信機になったかのような奇妙なイメージを残す。


 シリーズを通して河童の「皿」はしばしば象徴的に扱われてきたが、本作ではパラボラアンテナがそれと重なり合う。水をためる皿と電波を集める皿。自然と人工、身体と機械。その境界がゆるやかに溶け合うとき、河童たちの生活はどこか未来的でありながら、同時にとても原始的でもある。最後に語り手が「怪電波を受信できるだろうか」と想像する場面は、子どもの遊びの延長のようでいて、世界のどこかから届く見えない信号に耳を澄ませる姿にも重なる。


 笑いながら読み終えたあと、ふと頭上に透明なアンテナが生えているような感覚が残る。そんな不思議な余韻をもたらす短篇である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ