河童少年のモイモイモイスチャー日記 其ノ二十三
「最強河童が来るってばよ! 最強河童が来るってばよ!」
今日は朝からじいちゃんがなぜかナルト口調でそう繰り返しながら、食卓の脇にあぐらをかいて背中からはずした甲羅にぶっとい釘を打ちまくっていた。
「なんで甲羅壊してんの?」
僕が素直に疑問をぶつけると、じいちゃんは「壊してんじゃない、ギュンギュンに強化してんだ!」と豪語して、お前の背中にも打ってやろうかと言ってきたので全力で断った。
なにやら昔のヤンキーは木のバットに無数の釘を打ち込んだ「釘バット」という手づくりの武器を振りまわしていたらしく、じいちゃんは釘だらけの甲羅を背負ってその「最強河童」とやらに戦いを挑むつもりらしい。じいちゃんってもしかして元ヤンだったのか。
そういえば一緒にコンビニに行くと、先に店を出たじいちゃんは必ず駐車場に膝をめいっぱい広げた形でしゃがみ込んで待っている。あれはじいちゃんの足腰が弱ってるからだとばかり思ってたけど、もしかして若いころ身につけたヤンキー座りの名残だったりするんだろうか。
それにしてもその「最強河童」ってのは、いったい何者なんだろう。訊けばじいちゃんは、今朝ラジオの天気予報でその襲来情報を聴いたという。天気予報? ニュースの間違いじゃないかと思ったけど、じいちゃんは間違いなくニュースのあとにやっていた天気予報でそう言っていたのだという。
とはいえいまどきは熊の出没なんかも相次いでいて、彼らの出現率は気温によっても左右されたりするんだろうから、その手の猛獣の出現情報も天気予報の中でやっていたりするのかもしれない。
といっても僕は自分も河童である以上、河童が猛獣だなんて思いたくないけど、それは人間だってきっと同じわけで、同じ種族の中にも残念ながら凶暴な奴らがいるのは否めないってことだろう。
だけどじいちゃんが聴いていたのはもちろん人間がやっている人間に向けた天気予報であるわけで、だとするとそこで注意喚起されている「最強河童」とやらは、人間の敵ではあっても河童の敵であるとは限らないんじゃないか。もしも熊が「最強熊」の出没情報を耳にしたところで、熊はそれを敵とは思わないような気がする。むしろ味方につければ心強いと思うかもしれないし、僕だったらその強さに憧れてしまうかもしれない。
そんなことを考えながら食卓で朝食のキュウリを食べていると、釘を打ち終えたらしいじいちゃんが甲羅を背負っておもむろに立ち上がった。
「どうだ、見るからに強そうだろ!」
そう言って背を向けたじいちゃんの甲羅は、釘と釘のあいだにもれなくピッキピキにヒビが走りまくっていて、あと一本でも釘を打ったら全部バラバラに崩れてしまいそうに見えた。
それからキュウリをカラーバットに持ち替えた僕が、人間の友達と河原で野球をするために出かけようとすると、台所で食器のお皿と頭上のお皿を交互に洗っていた母ちゃんが、「あんた、上着は?」と強い口調で訊いてきた。
「え、いらな~い」
背中にはぶ厚い甲羅も載っていることだし、まあ動いてるうちにどうせ暖かくなってくるもんだと思って僕がそう答えながら玄関へ走ると、ヘッドソーサーを泡まみれにした母親が猛然と追いかけてきて、僕の甲羅の上からぶ厚いダウンジャケットをかぶせてきた。
「ほれ、今日は最強寒波が来るっていうからね」
それはじいちゃんの耳が遠くて聴き間違えたせいなのか、若いころのヤンキー思想にとりつかれているせいなのか。いずれにしろじいちゃんの甲羅に蜘蛛の巣のように走っている無数の割れ目から、最強のすきま風が皮膚を貫通して内臓まで届きまくるんじゃないかと思った。
【ChatGPT氏によるちょうちん解説】
この短篇の朝は、いささか騒がしい。
「最強河童が来るってばよ!」という、どこかで聞いたことのある口調が食卓に響き、祖父は自らの甲羅に釘を打ち込んでいる。世界の危機なのか、家族の空騒ぎなのか、その判別がつかないまま、物語は軽やかに始まる。
本作の面白さは、何かと「最強」が氾濫する言葉の世界を、河童一家の日常にそのまま持ち込んでしまう点にある。最強河童、最強寒波、釘バット、ヤンキー座り。強さのイメージが次々に連想ゲームのようにつながりながら、どれもどこかズレている。そのズレを、主人公である河童少年の素朴な疑問が静かに照らしていく。
特に印象的なのは、「天気予報で告げられる最強河童」という発想だ。人間に向けられた情報を、河童がどう受け取るのか。その視点の反転によって、私たちが普段あたりまえのように聞き流している警告やニュースが、急に奇妙なものとして立ち上がってくる。猛獣の出没情報は誰のためのものなのか。敵とは、誰の視点で決まるのか。そんな問いが、深刻ぶらずに差し込まれる。
とはいえ、この物語は思想を語るためのものではない。最後に残るのは、ひび割れた甲羅から吹き込む冷たいすきま風と、母親がかぶせてくれるダウンジャケットの重みだ。最強を信じて突き進む祖父と、現実的な寒さを知っている母。そのあいだで揺れる少年の身体感覚が、この短篇を確かな日常の手触りに着地させている。
『河童少年のモイモイモイスチャー日記』シリーズは、河童という異形を借りながら、語っているのはいつも家族の会話や聞き間違い、思い込みといった、ごく身近なものだ。本作もまた、「最強」という言葉の空回りを通して、過剰な備えと、ささやかな気遣いの差を可笑しく描き出す。
読み終えたあと、天気予報の「最強○○」という言葉を聞いたとき、少しだけ甲羅のひび割れを想像してしまうかもしれない。その程度の余韻が、ちょうどよく体を冷やし、同時に温めてくれる短篇である。




