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アームチェア・アルラウネの幻想事件録  作者: 小此木 祭
第一話 『首吊りゾンビ事件』
5/8

5 アームチェア・アルラウネ:わりと優しい犯人

 志牙しきと別れ、自分の寮に戻る途中、渉真しょうまは“架空公園かくうこうえん”に足を運んだ。

 夕暮れ時の空中庭園。雨祢あまねは、変わらずそこにいた。麦わら帽子もかぶったままだ。

 さきほどの沐木あらきの話を語って聞かせると、


「うん。やっぱり、大体は私の想像通りだったみたいね」


 雨祢あまねは満足そうに頷いた。


「いや。でも、高根騒たかねさわは『殺し』だって言ったじゃないか。沐木あらきさんは、自殺ってはっきり証言したんだぞ。それとも……沐木あらきさんが、犯人で……嘘を吐いたってことなのか?」

「嘘? ううん、沐木あらきさんは本当のことを言ってると思うよ」

「じゃあ、やっぱり自殺ってことじゃないか」

「自殺、といえばそうなのかもね。沐木あらきさんは正確には何て言ったか、思い出せる?」


 雨祢あまねの含みを持たせた口調に、渉真しょうま沐木あらきの言葉をなるべく正確に思い出そうとした。


「えっと、『花壇を荒らした。そして死んだ』……『自分で勝手に死んだ』だったかな」

「『勝手に死んだ』。そう、それが正確な表現だろうね」

「自殺とは……違う?」

「違うよ。死ぬ意思がなかったんだろうから、もっと端的に言うなら『事故死』かな」


 事故死。

 たしかに、殺人でも自殺でもなければ、事故死なのだろう。だが、しかし――


「事故……でも、わざわざ学校に潜り込んで、そこで事故死? それに、首吊りで事故死ってどういう状況だよ。そもそも、なんで学校に侵入を? 首を吊ってたロープにしてもどっから出てきたんだ」

「ロープはもちろん茶谷ちゃたに氏が持ち込んだに決まってるよ。警察もまずロープの入手先は洗っていて、購入したのは茶谷ちゃたに氏と断定したからこそ、今のところ殺人を匂わせるような発表はしてないんだと思う」

「じゃあ、茶谷ちゃたに氏はロープを何に使うつもりだったんだろ。学校に侵入するためのものにしても、何か大仰だよな。この学校、むだにでかすぎて、敷地内に入り込むのは結構楽そうだし……」


 鯨渦くじらうず学園はちょっとした町ほどの大きさがあり、監視の目も、囲う塀も、全部をカバーするというわけにはいかない。


「敷地内に入り込んだのは、夜の闇にまぎれてだろうね。懐中電灯も落ちてたみたいだし。ロープを使ったのは――」


 雨祢あまねは一呼吸置き、


「――マンドラゴラ、のため、かな」


 意外な単語を口にした。


「マンドラゴラ?」

「そう、マンドラゴラ。私がこの事件の真相についてある程度目星をつけてたのは、まさしくそれのおかげなんだ。ゾンビが並木道で暴れたってきいて、学校のサイトで写真を確認したら、ピンときた」


 雨祢あまねはパソコンを取り出し、昨日の学校案内の写真を拡大する。そして花壇に生えている植物を指さす。陰鬱な色をした大きな葉を四方に伸ばし、やはり放射状に飛び出た細い茎の先に赤い実がついている。


「この写真に写っているのが、マンドラゴラってこと?」

「そういうこと。茶谷ちゃたに氏は学園のサイトを見て回って、マンドラゴラを発見したんだろうね。媚薬、催眠剤、魔除け、それに万病に効く霊薬として名高い植物を」


 神秘的な効能を持つ薬草のために、茶谷ちゃたに氏は学校に侵入したというのか。ならば、マンドラゴラの用途は――


「万病に効く霊薬……もしかして、病気の犬が関係してるのかな」

「関係してるのかどうかは、断言できないな。もしかしたら、ただの金儲けのためかもしれないしね。でも、わざわざ異形・怪異の吹き溜まりのこの学園の紹介写真を逐一チェックするくらいには、マンドラゴラに執着してたのは確かだと思う。こんな紹介写真、真面目に見る人なんて少ないだろうし、写真の端っこに写ってるマンドラゴラも、同じ植物である私ならまだしも、研究者とか好事家とかじゃないとなかなか気づかないよ、普通」


 では、渉真しょうまたちが二日前訪れたときには既に、マンドラゴラがなかった理由は。


「じゃあ、窪地になっていたのは……茶谷ちゃたに氏の仕業か?」

「窪地は、茶谷ちゃたに氏がマンドラゴラを掘り出した跡に違いないと思う。渉真しょうま君、マンドラゴラについては多少は知ってるみたいだったけど?」

「根が人型で、抜いたらすごい叫び声をあげるってことくらいしか、知らないぞ」

「叫び。そう、叫びだよ。野生のマンドラゴラの採取には危険がつきものなんだ。埋まっている根に直に触れれば即死、引き抜く時にあげる叫び声を聞いても死。だから伝統的な採取方法として最も有名なのは、周囲の土を掘り返し、根にロープを巻き付け、犬にひかせる。マンドラゴラの叫び声を聞いた犬は死に、近くにいる人間も耳に蝋か何かで栓をしておかなければ、一巻の終わり」

「ロープと、ヘッドホン」


 ヘッドホンをつけたまま、死体が木からぶら下がっていた光景が、脳内でフラッシュバックする。


「悲鳴対策のため、ヘッドホンで大音量の音楽を聞きつつ、自分でロープを引っ張ったんだろうね。愛犬家の茶谷ちゃたに氏――犬の病気のために秘薬を探し回っていたかもしれない心優しい茶谷ちゃたに氏が、犬を犠牲にするような真似をしたとは考えづらいよね。でも、まあ距離をとるのが不十分だったとか、抜く瞬間に再生してた音楽が無音になったとか、いろいろな要因が重なり、哀れなマンドラゴラの叫び声を聞いて、茶谷ちゃたに氏は――死んだ」

「『花壇を荒らして、勝手に死んだ』か……」

「花壇を荒らしただけじゃなく、向かいの柵を壊したのも彼じゃないかな。――あの夜、マンドラゴラの悲鳴を聞き、即死した茶谷ちゃたに氏は倒れ、マンドラゴラの花壇の向かいにあった柵を壊す。そして、ブラウニーが柵を直した。親切な小人が働くのは夜中って相場が決まっているよね」


 沐木あらきも、事件の夜にブラウニーが直したのだろうと言っていた。道に落ちていた志牙しきの弁当箱を元通りにしたように。


「でも、待てよ。じゃあ、死んだ茶谷ちゃたに氏を吊るしたのは誰なんだ。性質たちの悪い悪戯いたずらも小人の十八番おはこだけど、まさか……」

「悪戯? むしろ、彼を吊るした犯人は、柵を直した小人たちに負けず劣らず、親切心からやってくれたんだよ」

「親切心だって?!」


 思わず、渉真しょうまは声を張り上げた。


「た、高根騒たかねさわ、どういうことなんだ。犯人は、どうして……いや、まずそもそも誰が吊るしたんだ?」


 雨祢あまねは、


「それはもちろん、ずっとその場にいた沐木あらきさんに決まってるじゃない」


 当然だ。

 といった表情で、断言した。

 たしかに、それは、当たり前の結論に思えた。


「……でも、どうして」

「どうして? それは、手段かな? それとも動機のことかな? まあ、手段から言うと、可哀そうなマンドラゴラを引き抜いた状態で倒れた茶谷ちゃたに氏を想像してみて。遠くから思いっきりひっぱるために、手にはぐるぐる巻きのロープ。もう一方の端には、同じようにぐるぐる巻きで囚われたマンドラゴラ。その横には、不法侵入者に、親切にも立ち去るように忠告していた沐木あらきさん」


 頭の中でイメージしてみる。

 ひっくり返って、沐木あらきの向かいにある柵を壊した死体。手には犬のリードを持つようにロープを固く握りしめ、その先は沐木あらきの根本あたりの花壇にまで伸びている。


「大地に根を下ろしている沐木あらきさんは、文字通りその場から一歩も動けないけど、ロープを引っ張れば、死体を自分のところまで引きずることは可能。枝じゃあ不便だから、幹の中から人型の状態で現れて、地面に落ちているロープを拾って、死体を引き寄せる。次にマンドラゴラを解放して、一方を死体の首に縄を引っかけ、もう一方を枝に結ぶ。ロープは一旦、自分の枝を曲げて、先端にでも引っかけたんだろうね」


 生き物のように沐木あらきの枝がしなるのを、渉真しょうまもたしかに目撃している。


「そして、枝を戻し、死体を持ち上げ、宙ぶらりんにしたら、一度引っ込んでエレベーターの要領で幹の中を登り、少し高い位置でまた身を乗り出すと、今度は隣のポプラの枝にロープを結び変える。あの並木道は木々の間隔が狭いから、まあ無理して乗り出せば、隣の枝に結び変えることも、難しいけど可能だったんだと思う」


 風がそよぎ、木々の枝と枝がこすれ合う並木道の様子が、脳内に甦る。


「まあ、そんな無理やりの空中作業だったから、ロープの結び目も不安定な位置になって、枝が折れやすい状態になっちゃったんだろうね。材質の強度的にポプラって、そんな物を吊るすのにも向いてなかったろうし。でも、沐木あらきさんにはそんなポプラしか選択肢がなかった。なにせ、彼女はその場から一歩も動けないんだから」


 『私のようにね』と、雨祢あまねは茎と同化した自分の足をさすった。


「台もないのに高い場所で首吊りをしていたってのは、こういうわけだよ。通常の死体なら、縊死者いししゃかどうかなんて、警察にはすぐわかるんだろうけど……あいにく茶谷ちゃたに氏はゾンビとなって甦っちゃった。ゾンビの法医学は危険性や倫理的事情からまだまだ発展途中だというし、マンドラゴラによる心停止なんてのもなかなかない事例だもん。さらに吊るされた状態で暴れまくったら、死斑しはんとか索条痕さくじょうこんも滅茶苦茶になってて……それにくわえて、人未ひとみさん」


 志牙しきの名前が突然出てきて、渉真しょうまは思わずぴくりと反応した。


「可愛い女食屍鬼グーラに首筋を噛みちぎられて……かなり死体も欠損した状態だったろうから、判別もつきにくかったんだろうね」


 雨祢あまねはふぅとため息を吐き、


「あの夜起こったことは、だいたいこんな感じだと思うよ、渉真しょうま君。何か質問はある?」

「状況はよくわかった。……でも、肝心なことが、わからない」


 沐木あらきが取った行動はわかった。

 しかし――


「そもそも、どうして、沐木あらきさんは死体を木に吊るしたりしたんだ?」

「どうして、か。最初に言った通り、沐木あらきさんは優しい精霊だったからだよ」

「死体を、木に吊るすことが、か」


 雨祢あまねがエメラルドグリーンの瞳でじっと見つめてきた。


「死体、か。渉真しょうま君、異世界を区切る扉の蝶番が壊れたこの世界じゃ、君たち人間も“多元世界統合ユニバーサル・コール”以前の存在とは違うってこと、よくわかってるよね? だって今回、身をもって体験したんだもん」

「……ゾンビ化現象か」

「ゾンビ化現象。起き上り。生前の姿を失い、人は死して違った在り方へと変化する。その変化は同朋を傷つけ、食らう、凶悪で物騒極まりないもの」

「じゃあ、沐木あらきさんは……」


 渉真しょうまにも、雨祢あまねの言いたいことがおぼろげにわかってきた。


「そう、沐木あらきさんは親切にも、()()安全(、、)()()()()()()()るしたんだよ(、、、、、、)。死体がゾンビ化した際、君たち人間を襲わないように、事故死の後始末をしてくれた。その場から動けない。木の横に公衆電話なんてない。携帯なんて、持っているわけもない。通報できない代わりに、死体を縄で縛って、動き回れないようにね――」





「……ふふ。それにしたって首吊りなんて残酷な真似、しなくていいと思ってるのかな? 沐木あらきさんにとっては、生きてる人間を守るくらいの親切心はあったけど、死体それ自体はただの厄介なモノだよ。ましてや、死体といっても、自分と種族のものとは違う。言ってみれば、単なる肉の塊に過ぎない」

「…………」

「価値観は様々だよ。種族の境を越えれば、それはもう、全く違って当然じゃないかな。でも沐木あらきさんの行動は、生前の茶谷ちゃたに氏が、大切な飼い犬のため、法を犯して自分の命を危険に晒し、そしておそらく何の良心の呵責もなく、罪もないマンドラゴラを引き抜いて『殺した』ことと比べれば、非常に明快で、筋が通っていると私は思う」


 『殺した』と、雨祢あまねは真剣な顔で、はっきりと言った。


「木にぐるぐる巻きに縛っておけばいいと言っても、隣の木の幹に縛るのは、かなり無理がある。自分の幹に巻き付けることは、枝や何やら駆使すれば出来るかもだけど……私だったら、他の動物の死骸を自分の体にくっつけるのは、嫌かな。同族の死体はなおのこと嫌だけど。そういう意味では、一連の作業の中で、沐木あらきさんにとって一番嫌だったのは、抜かれたマンドラゴラの死体に触ることだったのかもね」


 茶谷ちゃたに氏の遺体を『動物の死骸』、渉真しょうまがただの薬草と思っていたマンドラゴラを、雨祢あまねは『死体』と表現する。

 なるほど。雨祢あまねにとってこの事件は、『人間の首吊り事件』ではなく、同族殺し――『マンドラゴラ殺害事件』だったんだと、渉真しょうまは気が付いた。


「それに、考えれば合理的でもあるんだよ。胴体を縛っても、頭が自由に動くと噛みつかれる危険性も高い。首から上を固定する形で宙高く吊るしておけば、うっかり近づいた通行人に噛みつくってことはなくなるよね。後は、通りがかった人が通報してくれるのを待つだけ。……沐木あらきさん自身がゾンビを処分すれば手っ取り早いけど、人体を解体するような物騒な知識や考えがなかったのかもしれないし、血で汚れるのを単純に嫌がったのかもしれない」


 もしかしたら――と雨祢あまねは言った。


「たとえ何とかできても、『人間の事情に余計な首を突っ込まない』という“通境者パッサー”の立場から、しなかったのかも。だって、頭部を人外の怪物がぐちゃぐちゃにしたりなんてしたら、いらぬ疑いを招きそうだし、誤解がなくても人間が騒ぎそうだもん。肉体に損害を加えることなく、捕縛するのに最も効率の良い形を、沐木あらきさんなりに考えた結果が首吊りだったんだよ」


 ――価値観の違い。

 おそらく茶谷ちゃたに氏が窃盗を犯す以外の何の倫理的抵抗もなく、マンドラゴラを縄で引き抜いたように、沐木あらきにとっても人間の死体を縄で吊り下げるという行為は、ただそれが合理的だからという理由で選択されたものなのだろう。


「人のことは人任せ。光栄養生物ひかりえいようせいぶつ的日和見対応ともいえなくもないけど、彼女は出来るだけのことはやったんだよ。……結局、努力もむなしく、夜から昼にかけて誰も通りかかることはなく、枝は折れちゃったわけだけど」


 ああ、それに――と雨祢あまねは付け加えた。


渉真しょうま君たちがゾンビに襲われていたときに、沐木あらきさんが沈黙を決めこんでいたのは、べつに無視していたわけじゃないと思うよ。あれだけゾンビ対策に手間かけたのに不自然だからね。きっと活動時間じゃない夜中に骨を折りすぎて、肝心な時に休眠状態になってたんだと思う。これも皮肉だね」

「なるほど、な……」


 ふと、渉真しょうま雨祢あまねが事件について『あべこべだ』と言っていたことを思い出した。

 確かに、あべこべだ。

 マンドラゴラを採取して、犬の代わりに人が死んだ。

 マンドラゴラは首吊り死体の下に生えるといわれるが、吊られたときにはすでに掘り起こされた後だった。

 そもそも首吊り死体も死後に吊るされて、吊るす理由も殺すためではなく他の人を生かすため。


高根騒たかねさわ……僕が話す前から、だいぶ事件の概要についてあたりをつけてたみたいだけど……事件のことをネットで検索して、学校の案内写真だけを見て、それで全部……わかったのか?」


 渉真しょうまは頭を振り、訊ねた。

 雨祢あまねは真剣な表情を崩し、悪戯っぽく唇に笑みを溜めると、


「全部じゃないけど、大体は、ね。それに、ソースはネットだけじゃないよ。私には妖精脈があるんだから」

「『風の噂』、ってやつか。でも、そこまで詳しいものじゃないんだろ? 実際に目撃した僕の証言だって、そんな頼りになるものじゃなかったし。それこそネットの方が、首吊り事件の客観的な背景については……」

「首吊り事件だけじゃないんだよ。覚えているかな、渉真しょうま君。『ポプラ並木でゾンビと生徒が活劇を演じた話も、L組での不純異性交遊のゴシップも、私の耳にはしっかり入ってくる』って言ったこと」

「ん? ああ、そんなこと言ってたな、首吊り事件だけじゃないって。そんなゴシップが何か関係あるのか?」

「関係あるんだよ。だって、事件の晩に壊れた柵を直したのはL組の生徒なんだから」


 L組の生徒。ドワーフ。ブラウニー。ピクシー。レプラコーン――

 悪戯と親切が好きな、小人たちリトル・ピープル


「小人の親切も無料じゃないって、私を含め色々な“通境者パッサー”と懇意こんい渉真しょうま君なら知ってるよね?」

「たしか、『お供え物が必要』とか何とか聞いたような……」


 渉真しょうまは、同じ寮に住むレプラコーンの姿を思い浮かべていた。そして、志牙しきの弁当箱の中身を食べて、きれいに戻しておいた小人のことを。


「お供え物。まあ、ブラウニーなんかは施しを嫌ってたりして、さりげなく置かなきゃ駄目だとも聞くけど……そういう意味では、あの夜の『お供え物』は、条件としては完璧だったんだね」

「現場にパンとか、ミルクとか……食べものが置かれてたってことか?」

「食べ物というか、マンドラゴラ」

「あ」

沐木あらきさんも『死体』にはあまり触りたくなく、地面に放置しておいたんだろうね。それに、茶谷ちゃたに氏はマンドラゴラを採取するために、鞄とかシャベルを持ってきたはずなんだよ。柵を直したブラウニーはそれらまとめて『お礼』として持って行ったんだろうね。懐中電灯はお気に召さなかったみたいだけど」


 そういえば、機械はきらいだと、同居人の小人も言っていた。


「鞄やシャベルが残ってれば、警察ももうちょっと疑念を持っただろうな……。っていうか、誰だか知らないけど、L組の生徒もゾンビに気づかなかったのか」

「まだゾンビ化してなくて、真っ暗な夜に高い場所で静かにぶらさがっている死体が、その小人には見えなかったとかじゃない? ともかく、マンドラゴラ、別名『恋茄こいなすび』を持ち帰った親切な小人さんは、さっそく賞味して、その抜群の催淫効果に任せて――」

「『不純異性交遊のゴシップ』が起こったわけか」


 渉真しょうまはため息を吐いた。


「何ていうか、何とも言えない事件だったな」

「何とか言うなら、『被害者も犯人も、他の種族のために行動した結果の事件』みたいな感じかな。私からすればマンドラゴラ『殺し』は非常に猟奇的で、エゴイスティックで、『他者のため』なんてきれいな言葉では片づけたくないけど。まあ、死ねばみんな仏様。仏様になる前にゾンビになるっていう可哀そうな結果にもなったわけだし、私もあまり悪口を言うのはやめる」


 はい、おしまい。と、雨祢あまねは笑って手と葉を広げた。

 ぼんやりと無邪気な雨祢あまねの姿を眺めていると、突然、渉真しょうまの胸中に嫌な予感が渦巻いた。


「……そういや、高根騒たかねさわもマンドラゴラと同じような存在、って言ってたよな。それって、今回みたいな事件が起こりかねなくはないってことなのか? お前の身が狙われるような事件が、起こりかねないって――」


 不安そうな渉真しょうまに、なぜか雨祢あまねはにやりと笑い、


「私の身が狙われる……。ふふ、渉真しょうま君、それは言外に私を食べたい、って言ってるのかな。異種交配的な意味で」

「断じて違う」

「違う? じゃ……じゃあ、まさか!?」


 雨祢あまねの目が恐怖で見開かれた。


渉真しょうま君が私の体を狙っているのは、私を使って他の女と動物的不純異性交遊するためだって言うの!?」

「全然っ――違う! そもそも、狙ってもいない!」

「狙ってないんだ。つまらないの」

「おまえ……」


 シリアスな雰囲気がいっきに霧散していく。

 疲れたように肩を落とす。


「まあ、私のことが不安なら、様子を見に来ればいいじゃんか。毎日……いや、毎休み時間」

「増やすな増やすな。やっぱ、お前、友達いないんじゃないか」


 ひどいこと言うなあ、渉真しょうま君は――

 ねた雨祢あまねは、両手でぎゅっと麦わら帽子をひっぱって目深にかぶり、


「じゃあ、暇なときは相手してあげるよ。私は、ずっと、ここにいるから」


 夕日の加減か、心なしか赤く染まって見える顔で、言った。




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