第四章
第四章
「しかし、こーちゃんはなんでロリコンになるのかな?」
僕が風呂で倒れてから数日経った帰り道、アヤメさんが前提からして誤っている問題を提起してきた。どうあっても僕はロリコンなんだね。
「なんでもなにも、本当にそうなるかわからないじゃん」
むすっとしながら答えると、アヤメさんがひゃっひゃと笑い出した。怪鳥かあんたは。
「いやいやー、だってさぁ、こーちゃん素養十分じゃん! いまさら何言っちゃってんの?」
「そんな素養がどこにあるのさ。アヤメさんが削除ったフォルダにも、そんなブツはなかったはずだよ?」
「ほー、証明すればいいんだね? んじゃ、ちょっと二、三人捕まえて、」
「待つんだ――!!」
これ以上、罪を重ねないで! 僕が社会的に死んじゃうから!
「えー!? 証明するには必要じゃん」
アヤメさんがぶーっと口を尖らせて抗議してくる。いや、それ犯罪だからね。わかってる?
「一般市民に危害を加えないでよ」
「仕方ないなぁ……んじゃ、」
そう言うとアヤメさんは、並んで歩いていたクルミの方へ向き直った。クルミはさっきからカメラを覗き込んだまま、撮影した写真を吟味していた。
アヤメさんはそんなクルミのスカートの裾を掴むと、思いっきり捲り上げた。ライトグリーンの布地が現れる。人間としてオトコとして当然の嗜みだが、忘れぬよう素早く脳内HDDに書き込み保存をする。
これは反射作用なんだ。膝を叩けばピコっと前蹴りが発動することと同じなんだ。そう、脚気でもない限り。ってことはだよ? このシチュエーションに反応しないオトコはある意味、脚気みたいなもんだよね? 精神の脚気。正常な状態じゃない。もしそうなら早めに病院に行った方がいいと思う。というわけで、僕がクルミに反応してしまったのは、正常であるが故の悲しい反射作用であって、決してあのちんちくりんに何かしら含むところがあるからとか、僕がロリコンだからとか、そんなんではないんだからねっ!?
「何をブツブツ言ってるの、こーちゃん?」
アヤメさんが訝しげに目を細めて尋ねてくる。
「アヤメ先輩。これは重大なセクハラ」
あまり重大そうに感じられない調子でクルミが抗議する。
「いや、だってクルミちゃん。見たぁ? こーちゃんガン見してたよ? やっぱロリコンだよねー!?」
「それはおかしいよアヤメさん。だって僕とクルミは同じ歳だからね。なんの問題もないはずだよ」
「はぁ? どー見たってクルミちゃんは小学生にしか見えないって! よって、こーちゃんはロリコンの変態でギルティ!」
「わたしは小学生じゃない」
クルミが不服そうにむくれてる。でも、仕方ないよね、その見た目じゃ……。
「若々しく水々しいだけ」
なかなかポジティブですねクルミさん。
「二人ともわかってないよ。これはオトコの習性であって、本人の趣味嗜好とは関係のない条件反射なんだよ!」
「えらそーに変態を正当化すんなっ!」
アヤメさんのアイアンクローが炸裂する。
頭蓋が、僕の頭蓋がぁぁぁっ!!
「己の異常な性癖を条件反射だと言い張るその性根が気にいらん」
指先に更なるチカラを込めるアヤメさん。このままだとマジ陥没するんじゃないのかな!?
「すみませんすみません僕が悪かったですマジごめんなさい許してください」
「最初からそう言えばいいものを。じゃ、ロリコンだって認めるんだよね?」
「い、いや……それは……」
だってそれって論点が変わってきてるじゃん!?
「あぁっ!?」
うぎゃーっ!! 何かがギリギリいってるよぉ!!
「はいそうですロリコンですもうそれでいいですからやめてぇぇぇ!!」
「手間かけさせるんだから、もう。素直じゃないなぁ」
暴力による自白の強要だ。こうやって謂われのない罪をヒトは着せられていくんだね。もう、ロリコンってことじゃないとアヤメさんにとって不都合なことでもあるんじゃないだろうか。
「こーくんはロリコン」
なぜ写真を撮るクルミ。なんの瞬間を捉えたと悦に入っているのかな?
「告解の瞬間」
「って、なに!? 心読めんの!? 読心術!? マジで!?」
2ミリだけクルミの口の端が上がる。いや、なんとか言ってよ!
「なんとか」
うわぁ、そんなベタなっ――やっぱ読めてるよこのヒト!
助けてぇ! 誰か僕に心の安息をぉぉぉ!!
この日の夜。
僕は震えが止まらず、クルミの部屋の電気が消えるまで寝付くことができなかった。
* * *
「しかし、本当にクルミは読心術が……」
思わず声が洩れてしまった。今日は帰りに変態三人組をなんとか撒いたので、その声は虚しく宙を彷徨う独り言だ。すれ違った人に白い目で見られてしまった。気をつけなければ……。
どうも最近のクルミは人知を超えた不可思議な部分があって、いまいち読みきれない。いや、もともと無表情で何考えてるのか、わかりづらくはあるんだけどね。
そんなことを考えていると、あっという間に家に着いてしまった。玄関ドアに手をかけると鍵はかかっていなかった。今日は母さんがいるみたいだ。
「ただいまー」
家の奥へ声をかけて靴を脱いでいると、突然、目の前が真っ暗になった。
「えっ!? もぐぁっ!?」
目隠しをされる感触に続いて、口を布のようなモノで塞がれた。それと同時に、手足も素早く拘束をされて、そのまま廊下に転がされる。
そして、何人かが身振り手振りのハンドサインで意思疎通を図っているような気配がしたかと思うと、僕は担ぎ上げられて二階へと運ばれた。手荒に放り投げられた場所の感触からすると、ここはどうやら僕の部屋のベッドのようだ。――ってかさ、バレバレなんだよね。みんなは僕が匂いフェチってことを理解してないのかね? さっきから、アヤメさん、クルミ、郭町さんの匂いがしているんだよ。てっきり撒いたと思ってたけど、そうじゃなかったみたいだね。しかし、いったいあの変態どもは何をする気なんだろうか……非常に不安を感じる。
すると、ごそごそと動き回る気配がして、ラジオのスイッチが入ったようなノイズの存在感が伝わってきた。
『――月吉コータ。痛い目に会いたくなければ、我々の言うことを聞け』
ボイスチェンジャーを通した声が響く……んだけど、地声も一緒に小さく聞こえてるよ……アヤメさん。
『いまから言う台詞を情感を込めて言うのだ』
嫌な予感がすんごいする。
『好き好き大好き、アヤメおねいちゃん。――はいっ』
はいっ、じゃない。何これっ!? ってか、さるぐつわのままじゃ喋れないでしょ。
「むんーんー……」
まずはこれを取っ「っぐぎにゅぅぅぅーーあぅあっ!?」
痛い痛い痛い痛いぃぃぃ――っ!! ってこの衝撃はスタンガン!?
『言わないと、お仕置きがあるからな』
言えないようにしたのは誰だよっ!?
僕が言葉にならない呻き声を上げていると、またもやハンドサインで意思疎通を図っている気配がしてきた。
「あ、そっか」
って、声を出しちゃってるじゃん! ハンドサイン意味なし!
すると誰かが近づいてきて僕のさるぐつわを外した。
「――っ、アヤメさん、どーいうことなのさっ!?」
口が自由になったので、勢い込んで糾弾する。こんなことやってられるか!
『――アヤメさんなどではない』
いや、だから地声が聞こえて「っんぎゃぁぁぁ――っ!! だから痛いってぇっ!!」
スタンガンによる第二波が炸裂。殺す気かっ!?
『つるぺた大好き。はい復唱』
「おまえかもかクルミっ!?」
『クルミなど知らない』
聞こえてる聞こえてる地声ぇ!
ん? なんか腰回りがモゾモゾするぞ……。って、えっ!? いや、ちょっとズボン下ろさないでよ! って、おぉっ!? 動きまわってたら目隠しがズレてきたぞ。
開いた隙間から覗いてみると、郭町さんが半ズボン片手に僕の制服ズボンを脱がそうとしていた。
「っちょ、郭町さん! 僕に半ズボン履かせてもしょうがないでしょ!?」
「えっ!? だって月吉君、可愛い顔してるし、体毛も薄いからイケるってハーレム一号さんが……」
「いや、イケないからっ! 無理だからっ! 騙されてるよっ!」
「そ、そういう気はしてたよ!? でも、何でもモノは試しって言うから……」
急にモジモジし始める。郭町さんは妙なところで素直だったりするよね。そういうとこは嫌いじゃない。
「それにさぁ、脚の拘束を解かないとズボン脱げないからね?」
「あっ!? そうだよね。先にこっちやんないと」
そう言うと郭町さんは、脚を縛っていたトラロープを焦って解き始めた。やっぱり妙なところで素直だよね、郭町さんは。
「あー!? さっちゃん! ダメだよ取ったらっ!」
いまさら騒いでも遅いよ、アヤメさん!
脚の自由が利くようになると同時に、僕は立ち上がって部屋の扉を目指す。一刻も早くここから脱出せねば! しかし、ここで痛恨のミス。ベルトにホックにジッパーといったズボンを固定するパーツを、既に郭町さんがご丁寧に外していたのだ。走りだした途端に、ズボンがずり下がって膝のあたりで止まってしまう。そして、そのまま脚を取られて前のめりに床へダイブ。――のはずが、ものすごく柔らかいところへダイブ。むにゅもにゅふにふに。こ、これは……。
アヤメさんのたっぷりむっちりとしたふくらみだった。
「もー、こーちゃんったら、胸に飛び込むのはヒロインの役目でしょうに。こーちゃんが飛び込んでちゃダメじゃん 」
なにその満更でもない感じは。あと、頭をよしよし撫でないでよ。
そして、クルミ。写真を撮るんじゃない。
写真の恐ろしいところは、ある瞬間を恣意的に切り出すことができてしまう点にあると思う。全体や前後の流れをまったく無視して事実を創れてしまう。
クルミが見せてくるカメラの液晶画面に映った写真は、後ろ手に縛られた僕がズボンを下ろしたパンツ姿でアヤメさんの胸に全力で頬ずりしているという、誰がどう見てもそこに僕の変態性を見出だずことのできる見事な一枚だった。
「グッジョブ! クルミちゃん。芸術的な一枚だよ! さぁ、こーちゃん。この写真をバラ撒かれたくなければ、我々の要求を飲むのだ!」
やってることがつくづく悪役だよ、やっぱり!
腕を縛られてパンツ一枚で正座をさせられながら、三人の変態に見下されているこの状況。そ、そんなに悪くないかも……。無理矢理に恥ずかしいことをさせられるって、ちょっとドキドキするよねぇ? えっ? しない? おかしいな……。
「さぁ、じゃあ、あたしのやつからね。ほら、こーちゃん」
アヤメさんが右手で僕の顎をクイッと引き上げる。必然的に上目遣いになる。
こうなりゃヤケだ。
「好き好き大好きっ! アヤメおねいちゃんっ!」
どうだ言ってやったぞ!?
アヤメさんを見てみると、両手を頬に当ててぽわーっと顔を赤らめながら、内股をモジモジと擦り合わせている。んー、こんなアヤメさんは見たことないな。ちょっと新鮮かも。
「――いい♡」
あー、いや、大丈夫かな、この人?
「じゃあ、わたしの番」
クルミが一歩前に出てくる。もう何だって来い!
「つるぺた大好きっ!」
これを言ったがために罪に問われるとか、ないよね?
クルミの顔を窺うと、なんだかイマイチな表情をしている。いや、まぁ、ぱっと見はいつもと変わらないんだけどね。
「あんまり面白くなかった」
なにこれ、やり損? こっちはけっこう思い切ったんだけど。すると突然、
「よしょ、よいしょっ……」
膝のところに引っかかっているズボンを引っ張られて、思わず床に転がる。
「月吉くん、これに履き替えて」
「やるのっ!?」
大きく頷く郭町さん。いや、だからイケないからね!?
無理矢理キツ目の半ズボンを履かされたうえに、白いハイソックスも着用させられた。人に着替えさせてもらうとか、ちょっと興奮してしまったことは黙っていよう。
「――これじゃナイ感がハンパない」
「だから言ったじゃんっ!」
僕のせいじゃないからねっ!? そんな恨みがましい目で見ないでよ!
散々騒いだ挙句、ようやくみんなが帰っていった。部屋に静けさが訪れる。
結局、今回の作戦でサティスファクションを大いに得られたのは、アヤメさんだけだったようだ。そういえば、あの写真のデータはどうなったんだ!? 忘れてたよ!
窓から腕を伸ばして、クルミの部屋の窓を軽く叩いてみる。スッと窓が引き開けられて、クルミが顔を覗かせてきた。
「さっきの写真、データを消してもらおうか」
「無理。そんな約束はしていない」
「いや、確かにそうなんだけど、みんなの要求には応じたじゃないか」
「こーくんは甘い。人の善意に期待しすぎ。そんなんじゃ淘汰される。自然の掟と厳しさを知るべき」
そう言うと、クルミは無慈悲にも窓をピシャっと閉めやがった。あの座敷童め……。
翌日、学校に行くと案の定、掲示板に大々的に張り出されていた。例の写真が。
着実に僕は変態の地位を不動のものにしているようだ。ちょっとやそっとじゃ、誰にも負ける気がしないね。ぶっちぎりの変態だ。ホント泣けてくるよ……。