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迷惑よりの使者  作者: 藍澤ユキ
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第三章

 第三章


 変態同士による宣戦布告から数日。なんでかまだ目を覆いたくなるような惨事には巻き込まれていなかった。

 いや、別にいろいろ期待をしていたわけじゃないよ? 違うからね?

 あの二人、牽制し合ってるのか、はたまた作戦行動のための仕込み期間なのか……あまりに何もないもんだから、僕は昨日もお気に入りの動画のお世話になってしまったじゃないか。いや、観ただけだからね!? 違うからね!? いまいち集中できなくて、一回でやめておいたなんて事実はないからね!? ったく心外だな。

 しかし、やっぱり妙だ。こうして学校に来る間にどちらにも会わないなんて。

 教室をそーっと覗いてみる。

 すると、クルミのやつは席に着いて何やら本なんぞ熱心に読んでいる。なになに――

『男の子のしつけ方』

 それって育児書だよね。誰をしつける気なんだろうね……。

 あの二人の沈黙がかえって不気味に思えて仕方がない。いったい何を企んでいることやら……と思っていたら、始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 慌てて席に滑り込むように座ると、直ぐに担任の石原先生ぺたんこがやって来た。ん? 寝不足なのかな? 今日は化粧のノリがイマイチだ。お肌の曲がり角を曲がっちゃったからね、不摂生は直ぐ肌に出るから……なんて本人が知ったら、はっ倒されそうな感想を抱きながらアラサーの粗を探していると、彼女の後ろに誰かがいることに気が付いた。

「さあ、入って」

 石原先生に促されて教室に入ってきたのは、見事なツインテールの可愛らしい女子だった。リアルにツインテールってかなり難易度高いけど、顔かたちに身体付き、彼女は文句のつけようもないぐらいに良く似合っていた。

 うーむ。だがしかし……。アヤメさんレベルとは言わないまでも、もう少しボリュームがあれば言うことなしなんだけどな……胸に。隣に立ってるアラサーばりにぺたんこだもんね。まぁ、これからの発育に期待しよう。要経過観察っと。

「みなさ~ん。今日から新しいお友達が増えますよぉ。仲良くしてくださいね?」

 残念ながら、こちらはもう発育に期待ができない。合掌。

郭町くるわまちサチです。よろしくお願いします」

 おぉ! 見た目に違わず可愛らしい声! いいんじゃない!? いろいろ期待しちゃうよ!?

 あれ? なんかこっちをガン見してるんですが……なんだろ? まさかっ!? 『あなたみたいなゴミ野郎が何で生きてるんですか? 呼吸しないでもらえます?』とか罵ってくれる憧れのパターン!? だとしたら、ものすごくアレでナニなんですがっ!? サディスティックな美少女……はぁはぁ。たまらん。

「じゃあ、郭町さん。そこの列の空いてる席、月吉くんの隣に座ってね」

 なんと!? 二年になってからずっと空席になっていた隣の席に女の子が!? 僕の隣だけ女の子が座っていないことで、どれだけ枕を涙で濡らしたことか! 今まで罵倒してごめんなさい神様。そしてありがとう神様。今日からは人並みに青い春を謳歌しまくります!

「よろしくね、月吉くん」

 席までやって来た郭町さんは、そう言うとニコッと僕に微笑んだ。

 あぁ、こりゃヤバイ。めちゃめちゃ可愛いぞ! その大きな瞳を眇めて見下されたら……! 

「あっ、そ、その……よろしく」

 あー! 自分のシャイボーイぶりが恨めしい!! せっかく変態じゃない女の子とお近付きになれるチャンスなのに!?  理想的に罵ってくれる女の子かもしれないのに!!

「わたし、まだ教科書ないから今日は一緒にみせてもらっても……いい?」

 はいっ、喜んで! もう、とーぜんじゃないですか!? そんな光栄に浴せるなんて恐悦至極でございますですよ! こんな私めの小汚い教科書なんぞでよろしければいくらでもご覧になってくださ――「……う、うん」 って、あぁー!! なんだってそんなことしか言えないのさ!? えぇ!? 僕のバカ! アホ! 根性な『ふにゃちん』し! マヌケ……。

 ん? 何か違う罵倒をされたような気が……。

「じゃ、机をくっつけるね」

 おっと、意識が飛んでた。ってマジですか郭町さん。

 こんなことして訴えられたりしないよね? ってか、これって何てプレイ? そもそも合法?

 マズイ。至近距離で机を動かしている郭町さんからめっちゃグッスメルがする。得も言われぬいいにほい……。頭がボーっとしてくるよ……。

 机を寄せ終わった郭町さんがちょこんと椅子に座ると、顔を赤らめながら小声で僕に話しかけてきた。

「つ、月吉くんが……好きになってくれると……嬉しいな――」

  落ち着け僕。聞き間違いとか、早とちりとか、その他諸々いろいろあるじゃないか世間には。だいたい、そんなうまい話があるわけがない。初対面だぞ? よく確認してみるんだ月吉公太。

「っと、何を……す、好きにって――?」

 はぁ、心臓がバクバクいってるよ。こんなに緊張した質問が今までにあっただろうか? いや、ない(反語)つ、ついにサディスティックな言葉責めが……。


「うん。半ズボン履いた男の子♡」


 あー今日も富士山がキレイだなぁ。

 教室の窓の向こうに広がる遠い山並みを眺める。


 ――なんだ。この娘もただの変態か。


 Sキャラじゃないなんて……返してくれ、僕の純情を! 憧れを! この胸のときめきを!

 あ、前の方に座っている、もう一人の変態が振り返ってこっちを見てる。しっしっ、こっち見んな。って、待て待て! そのシャープペンをどうする気なのさ!? えぇ!? いや、ちょっ――


「痛ってぇぇぇっ――――!!」


 あー、みなさん。シャープペンがクナイになるって知ってました? そう、忍者が使っていたあれですよ、あれ。無知蒙昧な僕は、自分の右肩に刺さっているのを見て初めてその事実を知りました。でも、まぁ、あれですよ。サンタクロースが両親だと知った時よりショックは少なめです。だから大丈夫。僕は今日も元気です。

「って、痛い痛い痛ぁーいっ!! クルミ! このちんちくりん! 殺す気なの!? 忍術でも習ったわけ!?」

 シャープペンを掴んで引き抜いてみると、シャツに引っかかっているだけで肩には刺さってなかった。あーびっくりした。まぁ、当たったから痛いは痛いんだけどね。

「あのぉ、月吉くーん。騒がないでねぇ? みんなびっくりしてるよ? どうしたのかな?」

 なに!? 石原先生は気がつかなかったとでも言うのか!? ぺたんこだからかっ!?

 周りを見渡してみると、みんなして不思議そうな顔をしている。どうやら胸のサイズは関係ないようだ。

 おそるべしクルミ――! 誰にも気付かれずにアレをやったとは!? もう、マジ忍者じゃないのかな?


 その後も郭町さんは、半ズボンを履いた男の子が如何に愛くるしいかについて、熱弁を振るい続けた(小声で)、授業中ずーっと……。もう、この娘は警察に引き渡した方が、世のため人のためのような気がする。


 そんな新種の拷問のような一日が終わると、僕は逃げるように学校を後にした。

 しかし、昼時も帰りもアヤメさんは姿を現さなかった。クルミも気が付くといないし……。どうやら意図的に接触を避けていることは間違いなさそうだ。でも、理由がわからないなぁ……。

 そんな考え事をしながら帰路を辿っていると、とある施設のフェンスにがぶり寄りで張り付いている人物が眼に入った。

 どこのフェンスかって? えー、いや、たぶん小学校かなぁ、これは……。ん? 誰がだって? あー、聞いちゃいますか、それ?


 郭町さんだよぉ――――っ!!


 これは通報した方がいいのだろうか!? あの正気を保っているとは考えづらい程に緩んだ頬と眼つき。口元から伝い落ちるヨダレ。プルプル震えている指先。

 そんな郭町さんの姿を見ながら、スマートフォンを握りしめて暫し悩む僕。

 今日、転校して来たばかりで心細いであろうクラスメイトを、ここで公的機関に売り渡して良いのだろうか? それはあまりにも酷な話しではないだろうか? いや、でも、それによって社会の平和と安全が維持されるならば、それは正しい行いなのかもしない。いやいや、しかし、まだ犯罪と決まったわけじゃないし、もう少し観察して見極めてからでもいいかもしれないし……。

 そんなこんなで悩んでいたら、いつの間にか郭町さんの姿が消えていた。


 ――敷地内に侵入したんじゃないことを祈ろう。


 ついでに僕の記憶から、この数分の出来事はデリートだ。

 うん。それがいい。よく考えたら、長い物には全力で巻き付けってのが僕の信条だった。


 郭町なんとかさんが小学校のフェンスに張り付いていた記憶なんかこれっぽっちもない僕が家に帰ってみると、家には誰もいなかった。

 どうやら母さんはお菓子教室に行ったようだ。ちなみに生徒ではなく、先生の方ね。結構いろいろと大変な仕事らしい。まぁ、好きでやってるから楽しいみたいだけど。


 ――ってぇーことは、チャーンス!!


 今日は郭町なんとかさんのせいで疲れたし、やっぱり気分転換リフレッシュが必要だよね!  お気に入りの動画コレクションでも眺めて英気を養わなくては!

 二階の自室に入るとドアの鍵を掛けて(重要)、ティッシュの箱を手近なところへ引き寄せて(ポイント)、PCの電源をオーンっ!!(ポチッとな) 起動音が鳴ってOSが立ち上がる。すぐさま目的のフォルダを求めてクリックしまくる。安全保障上、ショートカットをデスクトップに置いたりなんか――もちろんしていない。

 あれ? おかしいな? フォルダが――ないよ? 何度確認してみてもやっぱり見当たらない。検索を掛けても見当たらない。間違って消しちゃったのかなぁ……? ゴミ箱にも無いし……しかたない、捜索は後にして、お気に入りのサイトを開こう。よっと……。

 ん? インターネットに繋がっていない――だと? ルーターかな? どれどれ……っ!?

 

 ――LAN線が切断されている。ニッパー的な何かで……。


 困ったなぁ、スマートフォンはフィルタリングされてるから(てっきり、オレの時代にはそんなモノはなかった! 不公平だ! っという親父の逆恨みによる犯行かと思ったら、キャリアの設定だった)、えっちぃコンテンツは観れないし、プラン的にテザリングもできない。 

 んー、どうやらネット世界からは隔離をされたようだ。

 だが、しかぁし!  案ずることはない! こんな時にはアナログだ! デジタルデータと違って安心確実だよね! さぁ、出でよベッドの下のアナログデータ(エロ本)よ!

 おんや? 確かに隠しておいたんだけどな……一冊もないぞ? ――まさかっ!?

 ガサ入れかっ!?

 そう、中学男子にとって、自分の留守中に勝手に部屋を掃除する母親ほどの脅威があるだろうか!? いや、ない(反語)

 しかし、待てよ。デジタルデータが消失してネットも封殺されているこの状況。おまけにアナログデータも回収されているとなると……。こいつは母さんの犯行じゃないぞ!? もっと中学男子リテラシーが高い何者かによる犯行だ!

 そう確信して顔を上げた時、クローゼットからはみ出ているタータンチェックが目に入った。

 

 そういうことか。


「そこかぁぁぁ!!」

 クローゼットのドアを勢いよく開けると、ニッパーを手にした制服姿のアヤメさんが出てきた。もちろんスカートはタータンチェックだ。ついでに言うとかなりのミニだ。

「バレたか♡」

「バレたかじゃないよっ! LAN線切ったのアヤメさんだよね!? あと、僕の可処分時間を最大限に投下して収集したお宝画像動画フォルダは!?」

「消したよ♡」

「うんぎゃーっ! 僕の限りある寿命を人生を削って集めた財産をぉぉぉ!」

 なんてことしやがんだ!! このおっぱい!!

「大げさだなぁ、こーちゃんは。あんなのより、もっといいことしてあげるのに♡……ねぇ?」

 そう言うとアヤメさんは僕の背中に腕を回して抱きついてきた。

 あ、いや、ちょっと。触れ合いはマズイですよ……って、耳っ!? ちょ、耳はダメだって――っ!

「こーちゃん、かわいい♡」

 あ、理性のタガが外れていく……もうダメかもしれない。

 僕がなけなしの理性を手放そうとしたその時、ものすごい勢いで部屋の窓が開かれた。

「アヤメ先輩。それは協定違反。いま直ぐこーくんから離れて」

 正義の味方クルミさん窓から現る。ちなみに、この窓はクルミんちの部屋から大きく身を乗り出せば、どうにか手が届く絶妙な距離にあったりする。

 しかし、クルミさん。Tシャツにハーフパンツって、完全家仕様だね。首から一眼レフカメラをぶら下げてるけど、部屋で趣味にでも興じていたのだろうか。

「ちっ! もう嗅ぎつけたか」

 そう吐き捨てるアヤメさんは、もう完全に悪役だな、これ。

「――協定違反って……?」

 なんか妙なことを口走ってたよね?

「こーくんの周りから、えっちぃアイテムを排除するまでは休戦が合意事項」

 クルミがキッとアヤメさんを睨みつける。

「そのはず。アヤメ先輩」

「あれ? そーだっけぇ?」

 アヤメさんは髪の毛を指先でクルクルと弄びながらすっとぼけた。

「なんだってそんなことを?」

「んー、兵糧攻め?」

「オカズ不足による飢餓状態が狙い」

 アヤメさんとクルミが、それぞれ理由を口にする。

 そうか、だからこのところ近寄ってこなかったんだ。

「じゃ、じゃあ、僕の大切なデータは意図的に消されたってこと?」

「ハッキングしちゃった♡」

 そっちもいけるのねアヤメさん。

「アナログデータ(エロ本)は?」

「某古本チェーンにOFFった」

 平然と無慈悲に答えるクルミ。

「えっ? ってことは……?」

「そう。そっちはわたしがやった。ちなみに二百八十円だった」

「――はい?」

「アヤメ先輩では隠し場所がわからないから」

「んー、なんでクルミだとわかるのかな?」

「こーくんの行動は把握している」

 一眼レフがキラリと鈍い光を放つ。

「クルミ……まさかとは思うけど、普段、何を撮影しているわけ……?」

「こーくんの生態」

「……い、いつから?」

「小学四年生」

「うわぁぁぁぁ――っ!!」

「初めて一人遊びした日も知ってる」

 僕のプライバシーがぁ――!! 人間としての尊厳がぁ――!!


 変態どもを追い返したあと、僕は部屋に遮光カーテンを取り付けた。

 ――気休めだけどね。


 次の朝、学校へ行こうと部屋のドアを開けると、コンクリートマイクで盗聴しようとしていたクルミと、一階の動きを絶賛警戒中のアヤメさんに出くわした……。

「――おはよう。ふたりとも……」

「おはよう」「おっはよー」

 当然のように返ってくる爽やかな朝の挨拶。もはや変態性を隠す気とかないのね。しかし、この二人、どんどん犯罪チックになってきているのは気のせいだろうか。

 どうやら休戦協定は撤廃されたらしく、アヤメさんは黒ストポニテの臨戦体勢だ。胸元を大きく開けたりして、さっきからわざとらしく見せつけてくる。ストライプのタイが胸の谷間で揺れている。

 さすがにそこまでされると、あざとさに鼻白んじゃうよ――とかクールに言えればどんなにいいことだろう。


 ――鼻血でそう。


 さっきから心臓がバクバクいってる。アヤメさんマジ神っ! っぱねっすよっ!

 あぁ、後れ毛が不規則に跳ねる白い滑らかなうなじ……形の良い脚を適度に締め付ける耽美な光沢を湛えた黒スト……素晴らしいではないですかっ!!

「もう。こーちゃんってば、見過ぎだよ?」

 アヤメさんが人差し指で僕のおでこを軽く突いてくる。

 もうここまでくるとね、己の性癖の一貫性を誇らしく思うよ。

「って、クルミっ!? 何故にスカートをたくし上げる!?」

「大丈夫。下はスクール水着だから」

 そう言ってクルミは魅惑の三角地帯を惜しげも無く見せつけてくる。

「いや、普通に下に着てるけどプール開きってまだだよね!? なに、下着代わりなわけ!?」

 勢いでツッコんだけど、不覚にもクルミに反応しちゃったなんてことは絶対に秘密だ! でも、家族同然の幼馴染で幼児体型……そんな存在に反応してしまったこの罪悪感と背徳感……ゾクゾクして意外と悪くないかも。

 しかし、甘いなクルミ。恥じらいがなければ、その魅力は三分の一以下になることを覚えておくがいい! 何がいいって、羞恥心に身をよじり顔を紅潮させる姿が一番グッとくるんだ! そのモノの魅力だけでは不完全なのだよ。修行が足りん!

 そんな人生の真実に想いを馳せていると、廊下の角から二つの頭が覗いていることに気が付いた。

 好奇心に目を見開いている母さんと、嫉妬に目を充血させている親父だった。

「そこ! いちいち観察しない! 息子のプライバシーを尊重する気はないの!?」

「だって、楽しそうなんだもの……」

 母さんが胸の前で人差し指を付き合わせてイジイジとしている。

「やらせはせん、やらせはせんぞ!」

 可哀想に。親父の方はあまりのことに錯乱しているようだ。酸素欠乏症じゃ……ないね、これは。しかし、困ったもんだね。

「ったく。んじゃ、行ってくるからね」

 僕はそう告げると、痛い両親と変態二人を振り切るように階段を駆け下りた。


 しかし、その後、学校に着くまでの道中もヒドいものだった。

 直ぐに変態二人にはキャッチアップされて、気を抜くと手をいろんなトコロに押し付けられたり挟まれたり入れられたりした。おまけに撫でられたり摩られたり摘ままれたりもして、朝からボロボロになってしまった。

 ぐったりしていると、アヤメさんが耳にふうっと息を吹きかけながら小声で伝えてきた。

「さっきから後ろを隠れながら付いてきてるのって、こーちゃんのファン?」

 首を捻って後方を窺うと、ツインテールの片側が思いっきり電柱からはみ出していた。

「郭町さんだね……たぶん」

 ショ……特殊な性癖の郭町さんは、半ズボン着用でもない僕に関心があるとは思えないんだけど……なんか用でもあるのかな?

「こーちゃんも隅に置けないねぇ」

 アヤメさんがうりうりと頬っぺたに人差し指を突き立ててくる。

 ふと横を見ると一緒に歩いていたクルミの姿が見えなくなっていた。

 って、あ、わざわざ隠れている人をそんなに激写したらダメだってクルミ! いや、ポーズを要求すんなよ! 伏せてローアングルで撮るのもダメだって! 中身が写っちゃうだろ!?

  

 ――――。


 その写真。クオリティによっては言い値で買おうか、クルミ。


 気が済むまで激写し終わるとクルミが戻ってきた。

「誰もいなかったと言って欲しいとお願いする人なんか誰もいなかった」

 ……口止めされたわけね。

 んじゃ、知らぬ存ぜぬがお望みのようだから、そのままにして先を急ぐとしよう。


 アヤメさんと別れて教室に着くと、どういうわけだか郭町さんが先に来ていた。

 んー、抜かされた覚えはないんだけどね。窓から入ったとか? いやいや、さすがにねぇ。

「おはよう、郭町さん」

 貴重なお隣さんだからね、挨拶はしておかないと。

「おはよう月吉くん」

 にこっと微笑んで挨拶を返してくる花のかんばせ。そんな表現がぴったりとくる完璧なまでの美少女ぶり。いや、中身はド級の変態だけどね。


 その日の放課後、帰ろうとしたところを郭町さんに呼び止められた。

「月吉くん。ちょっと付き合ってもらえる?」

「うん、いいけど……」

 そのまま郭町さんの後について近所の公園までやってきた。郭町さんがベンチを勧めてくる。僕が腰をかけると、郭町さんも続いて隣に座った。横目でチラリと郭町さんを窺う。しかし、こうして見るとホントに完璧なまでの美少女だ。じっと一点を見つめたまま微動だにしない。背筋を伸ばし、凛とした空気を醸し出している。ヘタに声をかけてはいけないような、そんな雰囲気すら感じる。でも、僕は知っている。その視線の先で小さな男の子たちが走り回っていることを……。たぶん、横に僕がいることすら忘れているんじゃないかな、夢中になり過ぎて。

「く、郭町さん? 何の用かなぁ?」

  話が始まる気配がないので促してみる。

「はっ! あぁ、ごめんね。ついうっかり……」

 ついうっかり何なんだろうか……。

「月吉くん。わたしはとても残念に思っているの、この現状を」

 いったい何の話を始める気なんだろうか。政治の話かな? 悪いけど僕に世界を変えるチカラはないよ?

「月吉くんだって、おかしいと思っているはずだよ? これは世界のあるべき姿じゃないって」

 おっ? やっぱり、世界を変える系の話なのかな? だったら丁重にお断りしなければ。そんな酔狂には付き合えないからね。

「どれだけの人が嘆き悲しんでいることか……想像したことはある?」

 僕は首を横に振る。ってか、そもそも何の話なのこれは。

「わたしは、この歪んだ世界を正そうと思っているの」

 それと僕はどういう関係があるのかな……そろそろ聞いてもいいのかな?

「で、郭町さんはこの世界の何が問題だと言うの?」

「ほら、見て」

 そう言って郭町さんは遊んでいる男の子たちを見やる。僕も一緒に彼らを見つめてみる。んー、別に変わった点はないように思えるけど。

「ごめん、よくわからないや。何があるの?」

「えっ、わからないの?」

 信じられないといった様子の郭町さん。わからない僕は何か間違っているのかな?

「いいよ。教えてあげる」

 郭町さんはそう言ってから息を小さく吸い込むと、この世界に隠された真実について語りだした。

「最近はみんなハーフパンツなの」

「はぁ?」

「半ズボンじゃないのっ!」

 おい、まさか。

「いまや体操着ぐらいなの! 半ズボンって!」

 ブルマーの絶滅を嘆くおっさんと同じレベルっ!?

「そ、それって、そんなに重要なの?」

 僕の言葉を聞いて、目をこれでもかってぐらいに見開いて絶句する郭町さん。

「つ、月吉くん……? なにを言ってるの?」

「いや、わりとどーでもいいようなぐおっしゅっ!」

 郭町さんにヘッドバッドをお見舞いされた。郭町さん、意外に武闘派なのね!?

「月吉くん! 見損なったよ! 恥を知るべきね!」

「なんでよ!? ってか、痛いんですけど!」

 恥知らずはどっちだよ! ド変態のくせに! って、この罵られるやり取りはゾクゾクして結構いいかも……。

「やっぱり月吉くんは要注意危険人物なのね。監視体制を強化しないと」

 なんか郭町さんが小声でぶつぶつ言ってる。嫌な予感がするよ。

「じゃ、じゃあ、僕はそろそろ帰るね? ほら、あれだ、洗濯物取り込まないと湿気っちゃうからさ……っじゃあね!」

 もう少し罵ってもらいたかったけど、身の危険を感じて僕はその場をダッシュで離れた。

「あっ、月吉くん! 話しはまだ終わってないんだけど!」

 郭町さんが何か言ってたけど振り返っちゃダメだ。きっと爛れたこの世の冥府に連れて行かれてしまう……。


 その後も郭町さんによるストーカー行為(?)は続き、現に今もこのツツジの植込みに潜んでいます――。いやもう、清々しいほどにバレバレだよ。こうなったら、もう仕方ないよね?

「あの……郭町さん。なんか用でもあるのかな?」

 できるだけ自然な感じで声掛けをする。犯人を刺激すると危ないからね。

「つ、月吉くん。奇遇だね」

 ガサガサっと葉音を響かせて郭町さんが立ち上がる。いや、奇遇って……。

「えっと……なにか困ったことでもあるの?」

「えっ!? あ、いや、困ってるわけじゃなくて……。そうそう、今日は北町小学校で運動会だから急がなきゃいけないんだった!」

 慌てた様子で「じゃあねっ」と言うと、郭町さんは逃げるようにいなくなってしまった。

 たぶん保護者親族関係者として行くんじゃないよね、運動会……。

「――こーちゃん」

「うわっ! いたのアヤメさん!?」

「置いて帰るとはいい心がけじゃないの。わかってるよねぇ?」

 学校が早く終わったから、クルミとアヤメさんの二人を撒いて自由を満喫するつもりだったのにっ!

「い、いや、置いて帰ったわけじゃなくて、僕にも独りの時間が必要というか何というかアレなわけでしてっぐし!」

 両の頬を片手で掴まれてむぎゅーっとタコ口になる。

「まぁ、いいか。ところで、さっきの女の子。例のストーカーちゃんだよね?」

 こくこくと頷いて肯定の意を示す。

「あの娘、ひょっとするとコッチ側の者かもしれない」

「――なぜに?」

 アヤメさんの手をゆっくり振りほどいて尋ねる。

「普通の人間がこーちゃんに興味を示すとは考えづらいもんね」

 ヒドい言われよう。ん? ってことは……。

「クルミは?」

「だってクルミちゃんは変態さんだもん」

「……郭町さんも立派な変態さんだよ、アヤメさん」

「んー、あたしの使者としての勘かな。あの娘には変態以上の何かがある気がする」

「例のリザーブした使者ってこと?」

「それはないと思う。誰にもタマシイが取れない状態である以上、監視する理由がないもの」

「んー、使者は同類を見分けられたりしないの?」

「こっちに来ちゃえば人間となんら変わりないんだよね。つまり、見ただけではわからない」

「すると、どうやって確認したらいいのかな……」

「危機的状況に陥れば、己の持てるチカラを尽くして対処するんじゃない?」

「危機的状況?」

 僕が問い返すとアヤメさんは、もはや見慣れつつある悪そうな笑みを浮かべながら答えた。

「こーちゃん、あの娘を襲うのよ。思春期の劣情でもって本能の赴くままに蹂躙しちゃいなさい。もちろん性的な意味で」

 なに言っての、この人。

「クルミちゃんの監視にビビって禁欲十日目突入でしょ? エンプティーまで熱い迸りをぶちまけちゃって♡」

「そんなことできるわけないでしょ!?」

 いや、それって犯罪だからね? ってか、なんで知ってるのさ……。

「――根性なし」

「えっ!? 根性の問題!? ちがうよね!?」

「――ちっ。手間がかかるなぁ。何だかんだ理由を付けたって、やるこたぁやるんだから、いいじゃない別に……」

 そう言いながらアヤメさんは制服の胸元に手を突っ込んでゴソゴソとやり始めた。

 テレレレッテレー♪

「簡易人格設定マシン!」

 ネズミに耳をかじられた某どら焼き狂いのロボットみたいな声音を作るアヤメさん。

 それと同時に、胸元から取り出した何かを高く掲げる。

 

 ――紐を通した五円玉だった。


「ねぇ、絶対バカにしてるよね!? 今どきこれはないんじゃない!? ってか、マシンなんてご大層なもんじゃないよね!?」

 そんな僕の言葉を無視して、真剣な顔をしたアヤメさんが五円玉をゆっくりブラブラさせ始めた。

 こんなモンに引っかかる阿呆が何処にいるってんだよ、まったく……って、あれ? おかしいな……だんだん意識がぼんやり……して……

「――郭町サチにむしゃぶりつきたくなる……沸き起こる衝動を抑えられなくなる……」

 ――アヤメさんの声が遠くなっていく…… 


 マズイ。バカにしていたのに、本当に催眠術をかけられたのかもしれない。

 気が付くと、ニヤニヤ笑をしたアヤメさんの顔が眼前にあった。

「気分はどうかな、こーちゃん?」

「ま、まさか、こんなんでホントに操られたりしないよ……ね?」

「どーかなぁ?」

 アヤメさんがにっしっしと変な笑い声をあげる。マズイ。非常にマズイ気がする。僕の直感が危険を知らせている。

「さっちゃんと早く遭遇しないかなっ」

 傍から見てもわかるほどに、ワクワクと落ち着きなく身体を揺するアヤメさん。

 郭町さんと遭遇しないようにするには、どうすればいいだろう? でも、あっちが勝手につけてくるからな。家に引き篭るぐらいしか手はないか……?

 楽しそうに横でスキップするアヤメさんを無視して、取るべき対策に頭を悩ませながら家へと向かっていると……見つけてしまった。

 イヌツゲの茂みの中に郭町さんがいた。

 運動会は終わってた……のかな?

 よし。気が付かなかったことにして通り過ぎよう!

「さっちゃーん! なにしてんの?」

 ちょっと!! なに勝手なことしてんのアヤメさん!?

 またもやガサッという葉音とともに郭町さんが立ち上がる。全身葉っぱだらけだ。

「いえ、ちょっと探し物を――って、月吉くんとハーレム一号さん!?」

 ハーレム一号さんってアヤメさんのことだよね、たぶん。

「まぁ、チカラの二号扱いしなかっただけ褒めてあげるわ」

 何を言っているのアヤメさん。

「さぁ、こーちゃん。やっておしまい!」

「やらないよっ!!」

 やっぱりもう悪役ってことでいいんじゃないかな?

 しかし、郭町さん、葉っぱまみれだな。葉っぱまみれの美少女。あぁ、なんだか下腹部の奥が充血してくる感じがする。あの葉っぱを一枚一枚剥がしながら、緑の匂いと郭町さんの匂いが混じり合った香気を胸いっぱいに吸い込んだら――それは悦楽の境地に達することができるんじゃなかろうか……。郭町さんをこの両腕に抱きしめたら、心行くまでフガフガできるんじゃないかな。そうだ、そうに違いない! いや、むしろそうしよう!

「――郭町さん……っ!」

 僕は衝動を抑えきれずに、荒々しく郭町さんを抱きしめた。マズイ。これが五円玉効果か!?

「ひゃあ!? つ、月吉くん!? 情熱的なのは個人的には歓迎なんだけど、わたしは、その……ちょっだけ年下が好きで……」

 僕はもう、わけがわからなくなって郭町さんを更に強く抱きしめる。

「あっ、ダメ! やっぱダメだよ、月吉くん! お願い離して!」

 ごめん郭町さん。もう、僕も自分では制御できないんだ。僕の中のケモノがキミを求めて止まないんだ。

 抱きしめた郭町さんの身体は、華奢な見た目に反して意外なほどに柔らかく、すごくいい匂いがした。白くスベスベした首すじをペロペロしたくて、どうにも堪らずにかぶりつく。

 っとその時、

「ダメ――っ!!」

 大声が耳元で響いたと思ったら、僕の世界がグルンと回転した。

 横向きの僕の視界いっぱいに映るのは黒いローファーに紺のハイソックス。そのまま視線を上げると魅惑の水色デルタ地帯。このアングルは素晴らしいね。

 どうやら僕は地面にうつ伏せで転がっているようだ。

 そのまま魅惑の水色デルタ地帯をガン見していたら、黒いローファーに顔面を躊躇なく踏まれた。

 痛い……踏まれた顔もそうだけど、なんだか身体中が痛む。地面に打ったのかな……?

 頬を踏みつけられながら右眼で見上げると、郭町さんの左腕は真っ黒だった。

 ――やっぱりそうなのか。

「月吉くんはこんなに変態さんなのに、どーして半ズボンの男の子はダメなのっ!?」

 ――なんでそこなわけ。違うよね?

「出たな怪人! おまえの悪事もこれまでだっ!」

 アヤメさんが腹式呼吸的に声を張る。悪役の方が似合うアヤメさんが言ってもリアリティに欠けるセリフだ。あ、なんかヒーローっぽいポーズとってる。

「さっちゃん……『此岸の使者』でしょ?」

 ん? 彼岸の使者じゃないの? 何その新設定は?

「――そう、わたしは此岸の使者。月吉くんに仇なす者へ正義の鉄槌を下すためにやってきたの!」

 現状、鉄槌を下されてるのは僕なんですが――そろそろ足を下ろしてくんないかな。

「へぇ、あたしを倒すつもりなの?」

 何のつもりか、モデル立ちをしてキメ顔のアヤメさんが高飛車感満点で尋ねる。さながら悪の女王。さてはラスボスか!?

「わたし達の悲願を叶えるためには月吉くんが必要なの。彼は此岸の希望なのよ」

 その希望をいま足蹴にしているんですが郭町さん……。

「だから、障害になるというならハーレム一号さんも倒しますっ!」

 郭町さんはそう言うとグッと全身に力を込めた。脚も踏ん張る。僕の顔の痛みも割り増し。でも、紺ハイソックスの美少女にローファーで踏まれて虐げられるのは――ぜんぜん悪くない。いや、むしろいいかも……って、なんかクセになりそうだから、そろそろ参加しようかな。

 郭町さんの脚元から、後ろ髪を引かれつつ這い出して立ち上がると、アヤメさんへ尋ねる。

「此岸の使者って何なの、アヤメさん?」

「そうね。与党に対する野党ってとこかな。人類の歴史の改変には否定的な立場を取っている組織よ」

「ってことは、僕の存在がこの世から消えることを防ごうとしているの?」

「そのとおり月吉くん。わたし達があなたの味方なの」

 そうか、やっぱりアヤメさんは悪役だったんだな!? どう見たって言動がアレだもんね。

「こーちゃん、そんな単純な話じゃないよ。さっき言ってたじゃん、悲願を叶えるためって。あっちはあっちでこーちゃんを利用するつもりだよ?」

 ん? 確かに。言われりゃそうだね。危うく騙されるところだった。

「郭町さん達、此岸の使者の目的はなんなの、いったい?」

 ツインテールの美しい顔に問いかける。

「月吉くんは、自分が未来の世界でロリコンの神になることは知ってるの?」

「知ってるけど、僕はロリコンじゃないし、神でもないからね! そこは断固否定しておくよ!?」

 ねぇ、それって未来では共通認識なの!? 一般常識なの!? 僕に明るい未来はないの!?

「わたし達はロリコンの神なんて望んでいないの。そんな一部の人間のために存在する神なんていらない。真の神を切望しているの」

「真の神――?」

「そう、真の神よ。あなたには、わたし達の神になって欲しいの。どういう意図があるのか、月吉くんが公開したオープンソースで生成できる人間は染色体が必ずXXになる」

 えっ? それってつまり――

「女性しか生成できないの。そして、わたし達は染色体がXY、つまり――」


 嫌な予感しかしない。


「男の子が欲しいの――っ!!」


 ショタコンだもんね。


「月吉くんには男女平等をお願いしたいの! ロリコンだけ優遇するなんて人として違ってると思わないっ!?」

「いや、その前に人間を生成することに疑問を持とうよ!?」

 ホントに僕はそんなことをするんだろうか? いまの僕の倫理観からは大きく逸脱する行為なんだけどな。

「そうよ。こーちゃんは真人間になるんだから。年上でしか興奮できないマトモな男子になるの。神になんてならないわ」

 あー、それがマトモなのか大いに疑問が残るんですがアヤメさん。

「とにかく、わたし達は男女平等を月吉くんに働きかけて行きますから」

 アヤメさんにそう宣言をする郭町さん。あくまで男女平等云々の問題だと言い張るんだね……。

 二人の睨み合いが始まった。初めに、アヤメさんが郭町さんの頬っぺたをつねる。郭町さんも負けじとやり返す。さらに引っ張ったり縮めたり、ぐにぐにと互いにやりだした。あー、二人ともひどい顔になってるけどいいのかねぇ――もう放っておいて帰るか。

 

 厄介な変態がまた一人増えてしまいました。

 

 * * *


 今日は郭町さんに振り回されっぱなしの一日だった。疲れたので(精神的に)早めに風呂に入って寝ることにしよう。しかし、学校のみんなは僕を変態扱いするけど、アヤメさんたちの方がよっぽど変態だけどな……納得いかない。

 そんなことを考えながら、服を脱いで浴室に入り、おもむろに浴槽のフタを外す。っと、


 ザッパーっ!!

 

 お湯の中から何かが飛び出してきた。

「うわぁぁぁっ!!」

 白いバスタオル姿のクルミだった。

「めちゃめちゃびっくりしたじゃないかー!」

 クルミは髪の毛を頭の上でアンテナみたいに結っていて、おでこは全開。手には謎の竹筒というスタイル。

「遅いからのぼせるところだった」

 クルミは真っ赤に上気した顔でのたまう。

「いつからいたんだよ!?」

「こーくんが家に入る時に後ろから一緒に入ってきたから、だいたい三十分ぐらい。これは水遁の術」

 それで竹筒なのか……。って、よく見たらおいっ!

「バ、バスタオル透けてるぞ!?」

「大丈夫。肝心なとこ絆創膏貼ってるから」

「いや、それ、いろいろアウトだから!」

 羞恥心ってモノがないのか!? この座敷童は!?

「こーちゃーん! 何を騒いでいるのかなぁ?」

 っという声と同時に、ガラガラっと浴室の扉を開ける音が響いた。

 こちらもバスタオル一枚のアヤメさんだ! ってか、いつの間に家に入ってきたし!?

「なんでアヤメさんも入ってくるんだよ!?」

「決まってるじゃん。オカズ勝負してるからね。ここでこーちゃんの脳裏に、あたしの暴力的なまでにセクシーなナイスバディをしっかり焼き付けておかないとね。あ、なんなら、ここでいたしてもいいよ? 見ててあげるから♡」

「んなもんできるかぁぁぁっ!!」

 って、アヤメさんの姿――バレッタでひとまとめにした髪と露わになったうなじ。むき出しの鎖骨と深い胸の谷間、嫌でも目を引く腰のくびれ、張り出したお尻のラインから流れるむちっとした太もも――そんなの見ちゃったら、もうダメだ……。

 慌てて前かがみになると椅子に腰掛けた。

「ふ、二人とも出ていってよ!」

「おんやー? なんで座ったのかなぁ?」

 ニヤニヤとアヤメさんが聞いてくる。この悪魔め。あと、竹筒で突つくなクルミ!

「そ、それは……立てなくなったからだよ……」

「勃ってるのに?」

「上手いこと言ったみたいな顔するなぁっ!」

 断じて上手くないからね!? そんなネタに座布団はあげられないよ!?

「こーくん。出てる」

「えっ?」

 クルミの一言に視線を下腹部へ落とすと、タオルが無残にもはだけていた。ツッコミを入れる時に、つい腰を浮かせてしまったようだ。思いっきりコンニチワしているね。慌てて内腿をピタッと閉じて隠蔽する。

「……み、見た?」

「見ちゃった」「見た」

 アヤメさんはニシシっと妙な忍び笑いをたてながら、クルミは顔を少しだけ朱色にしながら、両者ともに目撃を肯定する。

 羞恥プレイってちょっと憧れがあったけど、身近な人が対象だと人生終わった感がハンパないね……。身悶えするほど恥ずかしいです。しかも通常モードをチラリと見られたとかならまだしも、猛り狂うバーサーカーモードを見られてしまうとは……そんなモノを見せるのは好きな人だけと心に決めていたのにっ!

 ……はぁ、はぁ。いや、こ、これはこれで悪くないかも……。もうこれ以下はないという底辺を這いつくばるような感覚……ぞわぞわしてきた。ヤバイ。余計に立てなくなってきちゃったよ。

「こーくんが羞恥プレイを堪能している」

「えーっ!? 何でも楽しめちゃうなんて、変態ってお得だよねー。しかし、こーちゃんは想像を遥かに超えるレベルの高さだよ」

 アヤメさんに呆れられてしまった。あのアヤメさんにだよっ!?

「もう、なんだってオカズになっちゃいそうだからさぁ、クルミちゃん。勝負はお預けにしない? 測定ムズイし」

「異存はない」

「いや、測定が難しいのは最初からわかってたよね?」

 なんだか僕のせいで勝負が流れたみたいな雰囲気やめてよ。

「ホント、変態ってやーねー」

「激しく同意」

「おまえらが言うなぁぁぁっ!」

 ベクトル違えど二人だって変態じゃないか!? 僕だけ変態扱いなんて納得できるか!? ドチクショー! こうなったら二人のバスタオル姿を瞼に焼き付けて後でいろいろやってやる!

 じーっと二人を見つめていたら、また充血してきたので慌ててクルミを押しのけて湯船に入る。これなら目立たないよね。

「おりゃー!」

 すると、威勢のいい掛け声とともにアヤメさんが湯船に飛び込んできた。この狭いのに何てことを!?

「ちょっとー!? アヤメさん!!」

「まぁまぁ、一緒に浸かろーよー」

 ってか、狭過ぎて密着どころじゃない。僕の脚はアヤメさんの太ももに挟まれながら、その先でクルミの膝裏に圧迫されていて、腕はというとクルミの脇の下に入り込んでから、アヤメさんの胸の谷間に挟まれるように飛び出しているし、クルミの片足は僕の首筋に乗っかっていて、アヤメさんの片腕が僕の首に巻き付いてる。っというあり様で、もはや人間知恵の輪状態。そんな状況に冷静でいられるわけもなく、僕は頭に一気に血がのぼって、下腹部も充血してきてお湯は熱々で……。


 ――朦朧とする意識の中、目の前の景色が白んできたかと思うと、ふわっと唐突に僕の視界はブラックアウトした。


 気が付くと、僕は部屋のベッドに寝かされていた。

 ズキズキと痛む頭を捻って横を向くと、アヤメさんとクルミがアイスキャンディーをかじりながら団扇で僕を扇いでいた。

「あ、起きた。もー、大変だったんだからね。のぼせるわ鼻血はだすわ勃ってるわで」

「――ご、ごめん。ありがと」

 とりあえず介抱してもらったようなのでお礼を伝える。

「生き恥を大公開」

 竹筒でこちらを覗きながらクルミがぼそっと洩らす。


 ――僕の尊厳のためにも詳細は聞かずにおこうと思う。

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