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迷惑よりの使者  作者: 藍澤ユキ
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第一章

 第一章


 音楽の授業が終わって、譜面台やら何やらを片付けて鍵を閉める。そして鍵を職員室へ返しに行く。

 これが当番の仕事。

「こーくん。鍵はわたしが返してくる」

 一緒に当番になっていたクルミが、そう言いながらキーホルダーを摘んで鍵をブラブラさせる。

「ごめん、頼んだ」

『こーくん』ってのにはいい加減抵抗あるけど、クルミとは旧知の仲なんで、あまり気を使わなくて済むところは助かっている。

 僕んちの隣に住んでるちんちくりんなんだけど、昔からちんちくりんだ。

 中等部に上がった時に、やめとけばいいのに、これから大きくなるだろうとワンサイズ上の制服を用意したんだ。で、これがまた見事に成長しなくてね。二年になっても大きめの制服に着られたまんまだ。

 ぱっつん前髪ショートボブがアイデンティティの氷川クルミ。

 その凹凸の極めて少ないなだらかなフォルム。幼さ全開の顔立ち。キューティクルありまくりの天使の輪が浮かび上がるツヤツヤな黒髪。

 マニア向けの逸材と一部では呼び声も高いらしい。

 まぁ、僕に言わせればリアル座敷童って感じなんだけど。

 せいぜいが小学校中学年といった見た目。子供料金でも誰も疑わないだろう。

 そんなクルミが階段を降りていく姿を見送りつつ、なんとなく廊下の窓から空を見上げる。

 昨日のアレは何だったんだろうか。

 激痛に気を失った僕は、次に気が付くと元いた五階の廊下に座り込んでいた。

 特別、身体におかしなところもなく、胸もなんともなっていなかった。

 それに、襲いかかってきた女子の記憶も何だかハッキリしない。あの時、かろうじて廊下に漂っていた残り香だけが、唯一、彼女が存在したことの証明だった。

 こうして一日経って思い返してみると、本当にあったことなのかすら怪しくなってくる。

 さては、ストレス社会の歪みが遂に僕の身に変調をもたらしたのか。僕ってば、デリケートだからな。みんなもっと僕に優しくするべきだ。

 っと、まぁ、そんな取り留めもないことを考えていると、前から歩いて来る人影が視界にはいった。

 すると、どうだ。またもや高等部の制服を着た女子だよ。

 何やら歌を口ずさみながらやってくる。

 シンディ・ローパーの『Girls Just Want to Have Fun』だ。

 ちなみに、あんまり上手くない。

 それでも制服女子は『女の子は楽しみたいだけ』と唄いながら、どんどん近づいてくる。

 反対に、僕は無意識のうちにどんどん後ずさりをしていた。

 いつの間にか廊下の突き当りまで来ていたようで、背中にひんやりと硬い壁の感触があった。

 制服女子は独りで歌の世界に浸りながら間合いを詰めてくると、右手を僕の肩に置いてきた。

 そして、おもむろに真っ黒な左腕を僕の胸に突き立てる。

 ――またですか。

 既視感のある光景と痛みを感じながら、制服女子の顔を見据える。

 ちょっと勝ち気な印象を受ける吊り気味の猫目。細い鼻梁に血色の良い薄い唇。シャープな頬から顎へのライン。かなりの美人だった。

 しかし、非常事態でもこんなことを考えているオトコのさがってやつの罪深さときたら、もう呆れるしかないよね。

 仕方がないので美人の顔を見ながら、気を失う心の準備を始めようかと思っていると、

「あれ? 掴み出せない……って、誰かが先にツバつけてんじゃん!」

 制服美人が素っ頓狂な声を上げた。

「んー、こんなこと初めてだなぁ……。どーすっかな」

 何やら困っている様子。

 座り込んでいる僕を見下ろしながら、美人はここで初めて眼を見て話しかけてきた。

「ねぇ、キミ。最近、誰かにタマシイ取られなかった?」

 タマシイ……? 覗きこんでくる彼女の茶色がかった大きな瞳に、見上げている僕の姿が映っていた。思わず吸い込まれそうになる。

「――ってか、あなたは……何なんですか?」

 彼女に見惚れながら、僕はようやく初歩的な疑問をぶつけることに成功した。

「あたしはねぇ『彼岸よりの使者』。キミに歴史から居なくなってもらうために来たんだよね。まぁ、イメージ的には『お迎え』ってのが一番近いのかなぁ? 名前? 札辻ふだのつじアヤメ。あ、当然、人間じゃないよ?」

「……はぁ?」

「いや、信じられないのも無理ないと思うけどさ、ホントなんだよね。キミね、未来で人類の歴史に大きな悪影響を与えちゃうんだよ。んなもんで、『彼岸』がキミを排除する決定をして、あたしがキミのタマシイを貰いに来たってわけ」

 ――この人、なに言ってんだろ? 変な宗教かな? 壺とか御札とか言い出したら注意しないとね。しかしよく見るとスタイルいいなぁ……モデルみたいだ。スラリと伸びた手足にメリハリのある身体のライン――胸もこうボンっと――って、偉大なるかなリビドー。一瞬でも気を許すと直ぐこれだ。本能には逆らえませんなぁ。気を取り直して――。

「いや、ぜんぜん意味がわからない」

「わかんない!? 説明めんどいんだけどなー。キミは未来で悪いことするわけ。だから、悪いことする前に退場してもらいましょうってのが今回の話し。オーケー?」

 アヤメと名乗った美人は、長い黒髪をすき下ろしながら、本当に面倒くさそうに答えた。気が付くと、いつの間にか左腕には色と質感が戻っていた。

「雑な説明だね……。で、僕は……未来で何をしでかすわけ?」

「そうだね、自分が何をやらかしてこうなったのか、知っておいた方が成仏もできるよね? じゃ、教えてあげましょう。キミはね、将来、クローン技術を応用して人間をゼロから自由に創り出す技術を確立するのよ。それも、ホームベーカリーでパンを焼くぐらいにお手軽な方法のやつをね。キミは人間の禁忌を犯して神を冒涜したのよっ! って、宗教的な解釈は今は置いておいて、ここからが最悪。それをオープンソースとしてすべて公開しちゃうの。これって、もうテロ行為みたいなもんよね。その結果、どうなったと思う?」

「……さぁ?」

 そんな突拍子もない話、まず信じられないし、どうなったかなんて想像もつかないわけで。

「日本中に幼女が大量に発生するのよっ!」

「…………なんでっ!?」

 因果関係がまったくもって不明なんですが!?

「日本人はロリコンばっかりだったのよ! みんなして、キミが公開した技術で幼女を生成し始めるの。この国ってばホント終わってる!」

「はぁっ!?」

「詳しくは敢えて言わないけどね、もう、日本は何処もかしこも変態ばっかりで、どうにもならなくなっちゃうのよ、キミのせいで。国際社会からは非難轟々だし、まともな人たちの国外流出は止まらないし、GDPはだだ下がりだし……っということで『彼岸』はキミの排除を決めたわけ♡」

 そう言うと、アヤメさんとやらは、とびっきりの笑顔を僕に向けてきた。あ、かわいい。

 っじゃなくて、

「……いろいろ訊きたいことはあるんだけどさ、とりあえず、さっきから出てくる『彼岸』ってなに? 悪の秘密結社的な何かなの?」

「過去・現在・未来における、人類のおはようからおやすみまでを生暖かく見つめるアソシエーション。まぁ平たく言うと、あの世?」

「なにその微妙に聴いたことあるような無いようなコピーは!? ってか、あの世ってそんなとこだっけ!?」

「この世でどう理解されてんのか知らないけど、『あの世』が人類の生き死にをコントロールしてんだよね。だからそのための調整もいろいろやったりするわけ。大変なんだぞぉ?」

「いや、語尾をかわいく言ってみるとかいらないから! あと、なんで疑問形!?」

 なんなんだ、この適当なノリは!?

「そんなわけでさ、ロリコンの神よ。キミには居なくなってもらわないと、おねいさん困っちゃうのよね」

「ロリコンじゃないからね!? 勝手に神格化しないで!?」

「いやーん。大きな声ださないで! こわーい。優しくして、ほ・し・い・なっと♡」

 アヤメさんが僕の鼻の頭を人差し指で、ちょんちょんと突ついてきた。そんな仕草が無性に腹立たしい。

「でもねー、タマシイが掴み出せないんだよ。誰かが先にキミのタマシイの欠片を持ってっちゃったんだよね」

「――だと、どーなるの?」

「残りのタマシイを掴み出せるのは、その欠片を持って行ったヒトだけなんだよね。言うなればリザーブ?」

「じゃ、僕は誰かにタマシイを予約されてるってこと!?」

「そゆこと」

「そんで、その誰かに殺されると!?」

「んー、それはわからないなぁ。どんな目的があってキミのタマシイをリザーブしたのか……いつ誰に取られたか憶えてないの?」

「それなら心当たりがめちゃめちゃある。昨日だよ。場所はここ。アヤメさんと同じ高等部の制服着た女子で、黄色いラインの入った上履きだったから二年生のはず」

 そう。条件はいちいちこのヒトと同じだ。

「なるほどねぇ。あたしのこの格好とかってさ、今回の案件向けに出された『彼岸』からの指示なんだよね」

「――ってことは……」

「よし!  わかった!」

 そう言いながら、アヤメさんは手のひらをぽんっと一回打つと、しゅびっ! と右手を手刀のように振り上げて叫んだ。

「犯人はこの中にいる!」

 んー、そういうボケを挟んでくるとは思わなかった。

「いやぁ、一度やってみたかったんだよね。もう、あたしったらおちゃめさん♡」

「――そろそろグーでもいいですかね?」

 どこまで信用していいのか、さっぱりわからん。

「嫌だなぁー冗談だってば、ジョーダン。その握りこぶしは何かなぁ?  まぁ、真面目に答えると、犯人は今回の指示内容を知っている『彼岸』の関係者だねっ!」

 えーっと、なにその爽やか笑顔とサムズアップは……あなたの身内ってことでしょうに……。

「んで、結局、僕はどーしたらいいの?」

「そうねぇ。あたしを『アヤメおねいちゃん』と呼んで? こーちゃん」

「なんでそーなるの!? 脈絡なさ過ぎでしょ!? あと、こーちゃんやめて!」

 この人の思考パターンがぜんぜんわからないよ!

「こんなケースは初めてだし、犯人がまた接触してくるかもしれないからね? ってことで、密着調査を行いまーす。まぁ、どのみち、このままだと帰れないしね」

「密着調査? それと『姉』呼称は何の関係があるの?」

「しばらくは一緒に居ることになるからねぇ、快適に過ごしたいじゃない? 主にあたしが。だから、あたしがやる気でるように『アヤメおねいちゃん』なわけ? オーケー? それでは、さぁ、ご一緒に、」

「アヤメおねいちゃーん♡」

 デカイ声でそう叫ぶと、アヤメさんは片手を開いて耳元へ当てる。そして、「んー? どーしたのかなぁ? 聴こえないぞぉ?」とかやってる。

「この歳だと、ホントの姉でもそんな呼び方はなかなかできないと思うよ……」

 思春期男子のナイーブさを舐めてはいけない。

「あたしはさぁ、こーちゃんが望むなら、ママにでも、おねいちゃんにでも、恋人にでも、かわいい女の子にだって――なってあげられるんだけどなっ♡」

 ふふふっと、妖艶な笑みを浮かべるアヤメさん。意味深な言動に、どうにも心拍数が勝手に上がってしまう。変な期待に膨らむのは胸だけじゃなかったりするかも。

 動揺して二の句を継げないでいると、アヤメさんがニンマリと口の端を吊り上げながら、肩をぽんと叩いてきた。

「んじゃ、とりあえず治そっか? ――ロリコン」

「あ、やっぱそれなの?」

 完全にそっち扱いされてる……。


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