エピローグ
エピローグ
今日は夏日を記録したみたいだけど、五月に泳げるのはやっぱり屋内プールだよね。
っと言うことで、その屋内のプールサイドで僕はどういうわけか近接格闘術と格闘している――勇太と一緒に。
もう言わなくてもわかると思うけど、ツバサさんの傷心を癒すために僕が(あと勇太が)生贄に差し出されているのがいまの状況。ちなみに、あの後どうなったかというと、不安定になった未来を予測することはかなり難しいらしく、彼岸は現状維持を渋々決めた。なので、僕は存在を消されないですんだというわけだ。とりあえずこの状況を保持するためにアヤメさんたちも、このままこっちに残ることになった。まぁ、暫定処置らしいけどね。
そんなこんなで勇太と取っ組みあっていると、その横でスク水姿のクルミが一眼レフをキラリと光らせながら、むふーむふーっと鼻息荒く激写をしていた。ポージングの要求が異常に細かい。『クルミさんも腐っているんじゃないか疑惑』が急浮上中ですよ、僕の中で。さらにその横でディレクションしているビキニ姿のツバサさんもかなりウザい。でも、スタイルはいい。スゴくいい。一応、言っておく。
「そこっ! こーたんはもっと苦悶の表情でっ! そう、そう! やればできるじゃーん! いいよぉーこーたん! ほら、ゆーたんも気を抜かなーいっ!」
いや、ほら。勇太にはホントのことは言えないからさ。近接格闘術のデッサン素材集を作るって言ってあるんだ。だって、言えないよね? おまえが攻めで僕が受けの妄想写真集を撮影する――なんて……。
すると、上腕二頭筋を見せつけながら勇太が耳元へ口を近づけてくる。そういうおまえのノリノリな態度が、被害を拡大していることをぜひ教えてやりたい。
「コータ。今日、おまえがオレを呼んでなかったら友達の縁を切ってたね」
「はぁ?」
被害者友の会的にか?
「だって、おまえ。こんな絶好の機会だぞ!? 目の保養どころの話しじゃないって」
そう言って勇太は顎をプールの方へとしゃくる。その先には、パステルピンクのパレオを纏ったアヤメさんと、フリル付きワンピースに身を包んだ郭町さんが水中でボール遊びをしている姿があった。アヤメさんがボールを追って動くたびに、動く動く……揺れる揺れる……。風呂場事件でわかってはいたけど、アヤメさんは着痩せするタイプだ。むっちりたっぷりでそれはもう…… やばっ、鼻血でるかも……。そんなアヤメさんの相手をしている郭町さんだって、胸だけは残念だけど(それはそれで需要があるから大丈夫)、正統派清純系の見た目と佇まいは、黙っていても多くの人の注目を集めていた。制服の時にはわからなかったけど、背中からウェストを辿って、さらにその先へと流れる柔らかな丸味を帯びたラインなんか、かなりドキドキさせられるモノがあるよ。……こりゃあ、鼻血じゃ到底済まないレベル。
「こらぁっ! こーたんっ! よそ見しない! ほら、そこで切ない表情っ!」
いやぁぁぁっ! 腐ってる人の目がマジだよ! どういう演出プランなのか怖くて聞けないよ!
すると、急にあらぬ方向から腕を引っ張られて僕は水中に引き摺り込まれた。突然のことに慌てふためいて手足をバタつかせていると、大小無数の気泡で白んでいる水の中で、いたずらっぽい笑顔を浮かべて楽しそうに僕を見つめているアヤメさんと目が合った。 アヤメさんが口をパクパクとさせて何かを伝えてくる。
(びっくりした? こーちゃん?)
合間に首を傾げる仕草が妙に愛らしい。アヤメさんが時折見せるこうした何気ない表情や仕草に、気が付くと僕は心を奪われている。
水の中に差し込んでくる光は、とても柔らかくて明るい。青い水の世界をきらびやかに照らしながら、優しく彼女の姿を包みこむ。
いまこの瞬間、本当に彼女が戻ってきてくれたという実感が僕のなかに広がってくる。
水の中でアヤメさんに向かって手を伸ばすと、彼女もこちらへ手を差し出してきた。
もう少しで指先が触れそうな距離まで近づく。
次にその手をつかまえたら、その時は――。
いまはもう、この胸に湧き上がる感情が何なのかを僕は知っている。
えっ? 何なのかって?
それは教えられないね。




