プロローグ
プロローグ
くだらないよ。
なんだってあんなことでムキになるのかね?
さっきからクラスの連中が教室で騒いでいる。
「石原は絶対オレたちのこと舐めてるよ。オレらは幼稚園児かっての! なっ、コータ!?」
こいつは松郷勇太。僕とは初等部に入る前からの付き合いになる一番の友人だ。
その勇太の言う「石原」という人物は、南海学園中等部の社会科教師で、僕たち二年三組の担任。俗に言うアラサー女子というやつだ。ちなみに胸はぺたんこで独身。いや、この二点を並べたことに他意はないからね? ところで、女子っていくつまでが女子なんだろうね?
まぁ、いいか。
で、何を騒いでいるのかと言うと、この石原女史、語尾にかなりの頻度で『ね』と付けてくるんだけど、そいつがちょっと問題で――
『だからね、こうなってね、そういうふうになるのね』――まぁ、そんな感じなんだ。
オマケにその後、『みんなぁ~わかったかなぁ~??』なんて、E◯レの『歌のおねいさん』みたいな問いかけをしてきたりする。己の扱われ方に敏感なお年頃の中学生にそれはないよね。
『子ども扱いをされている!』と、多感なみなさんはエラくご立腹だよ。
でも、僕はぜんぜん気にならないんだよね。そんなわけで、この話題については聞き流していたんだ。だから急に話しを振られてもさ、
「――そうだね」
なんて、つまんない返しになるのも仕方がないよね?
そうそう、『コータ』ってのは月吉公太のことで、僕の名前だ。
「コータ。オレの話しをちゃんと聞いてたか?」
「聞いてたよ失礼な。そうそう、石原先生はぺたんこだよね」
「誰が石原の乳の話しをしたよ」
「このクラスの女子平均より小さい」
「――調べたのか?」
「僕を甘く見ないでほしいな」
互いにニヤリと笑みを浮かべて固い握手を交わす。
「その話、あとで詳しく聞こうか」
「オーケー」
「――で、あの教師の舐めた態度を如何に正すかだけど――」
あれ? またもや、話題がそっちに戻っていったよ? 中学男子におっぱいより重要な話題なんてあるのかね? まぁ、いいか。
僕は勇太たちの被害妄想にこれ以上付き合うのも飽きてきたので、五階へ行くことにした。
校舎の五階は特別教室が並んでいる人気の少ない階で、独りになるには丁度いい場所だ。結構よく行く。
んで、僕が五階へ上がっていくと、ちょうど前から高等部の制服を着た女子がやってきた。
ここの学校には初等部から高等部まで揃っているんだけど、普段は他の課程の人に会うことって、あんまりない。そもそも建物が別だからね。
だから高等部の彼女に会った時、一瞬、違和感があったんだ。
だけど、その違和感を確かめる余裕はなかった。
なぜなら、気が付いた時には彼女の左腕が僕の胸に刺さっていたから。
彼女の左腕は肘から下が真っ黒で、おおよそ質感というものがなかった。ただの闇。空間が腕の形に黒く塗りつぶされているような感じで、 それが僕の胸にズブズブと沈んでいくんだよ、これが。
んでもって、めちゃくちゃ痛い。
死ぬんじゃないかってぐらい痛い。
それでどうしたかっていうと、まぁ、こういう時は人間アレだよね。自己防衛機能が発動するわけで。
――そう。僕は気を失った。