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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち―  作者: 安里優
第三部:人界侵攻・龍玉編
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第7回:防衛(上)

 ローザたちが配属されたのは、東門近くの城壁上の詰め所であった。

 東門は名前の通りゲデックの東側にあり、隣市リースフェルトの側に向かっている。また、都市の門の中では最大のものである。

 そのため、おそらく魔族たちが攻め寄せるならばここであろうと考えられていた。


 ただ、門の近くとはいっても、せいぜい弩ならば届くという程度であり、そこまで近傍というわけではない。

 門そのものには大手の傭兵団が集中して配備されているため、ローザたちのような小さな集団はその周囲に置かれているのだった。


 いまは敵襲があるわけでもなく、遠見からの報告もないため、傭兵集団はそれぞれの仲間ごとに散らばっている。

 一応は、城外を監視しながら、戦いに備えているというわけだ。


「正規兵が大手傭兵団を指揮し、中小集団はその援護を務める……か」


 ローザは都市防衛の全体像を呟く。

 その声がどこか嘆くような響きを帯びているのはなぜだろうか。


「そうするしかないのはわかりますが、果たして機能しますかどうか」


 ハンスもまた不安を込めて応じる。


「うまくは働くまい」


 ローザは簡潔に切って捨てた。


 人の集団が一丸となって動くというのは非常に難しいものだ。人はそれぞれ自分に都合のいいように状況を判断するし、その状況判断に従って好き勝手なことをし始める。

 それを統制するための方策は、訓練以外にはない。


 だが、もちろん、ゲデックの町では、都市防衛にあたる部隊に訓練を施す余裕などなかった。


「大手傭兵団は、まあ、いい。団内の規律は……というより効率は悪くないはずだからな」


 戦王国群の戦を渡り歩き、時に戦局を左右するほどの戦力となる大規模傭兵集団。

 彼らは雇用者からいかに給金を得るかに腐心し、自らの集団をそのために最適化している。


 雇い主の命令を果たすため、戦場での動きをたたき込んでいるし、新兵には古参兵を混ぜて動きを監視させるなどの方策も一通り行っているのだ。

 そうでなくては生き残れないし、自分の部隊を養っていけない。部隊によっては、自前の酒保商人や娼婦を抱えているところまであるのだから。


「だが、小集団はな……。我らであれば、古参の下士官を監督として送り込めるところだが……」


 対して、中小集団の傭兵は概して独立心が旺盛だ。

 この独立心というのも、大規模な集団にはなじめない性格をしている場合もあれば、功成り名を遂げることを目指している者もいたりとそれぞれにある。

 前者は小集団に愛着を感じ、後者は自分たちの集団を強大にしようと考えている。


 いずれにも共通するのは、戦場において先走りやすいということだ。

 自分たちの価値を示すため、あるいは大規模集団に対する競争心から、危険な場面でも突出しがちなのだ。

 これを制御するため、戦王国では中小集団にはたたき上げの下士官をつける。そうすることで、軍全体の作戦を逸脱しないよう彼らを締め上げるのだ。


「ここの正規兵では……難しいでしょうな。実際回されてきているのは予備の者のようですし」

「常備兵が少ないのだ。平和だった地域では致し方あるまい」


 常に戦乱が起きている戦王国と、百年単位で戦の無かったソウライとでは、備えに差があるのは当然のことだ。

 いつ起こるかもわからない戦乱のために都市人口の多くを兵士としてしまえば、都市経済が破綻する。

 そんなことを望む領主はいないし、兵力に関しては最低限で済ませようとするのも仕方の無いことだろう。


 おかげで、現在のゲデックでは現役の正規兵は各門や重要な拠点にあり、その他の傭兵を指揮するのはもはや退役したとおぼしき老人ばかりであった。


「老成とは言うが……。どうやっても限度もある」


 言いながら、ローザは自分たちの監督官のほうをちらっと見た。

 どこかの傭兵集団と話し込んでいる男は、かつてはがっちりとした体格の猛者であったろうことを想像させる。

 だが、いまやその肉はたるみ、膚はかさかさと潤いを失って、加齢による衰えを如実に見せていた。


「いざというときに号令をきちんと発することが出来てくれればよいですな」

「ああ」


 ローザは頷いてから、諦めたように肩をすくめた。


「まあ、まずは魔族の出方を見ることだ。もしかしたら、大手の傭兵団の働きによって無事撃退できるかもしれぬからな」

「そうですな」


 ハンスはローザの言葉に同意する。

 しかし、その声が、その瞳が、ローザの楽観は疑わしいものだとはっきり告げていたのだった。



                    †



 魔族が現れたのは、ローザたちが城壁に配置されてから六日後のことだった。

 夜陰に乗じるでもなく、曙光に紛れるでもなく、昼前の澄んだ光の中を堂々とそれは進んできた。


 見る限りは、せいぜい三十騎。

 いずれも二脚竜または四脚竜に騎乗した兵たちだ。

 人界では目にすることが出来ない、戦うために育てられたとおぼしき騎竜たち。その細身ながら強力な姿がまず目を惹く。


 それに騎乗するのは、いずれも外套をまとう背の高い兵士たち。

 だが、その下に鎧を着込んでいる様子がまるでない。下に着込んでいるならばあるはずの膨らみが見つけられないのだ。


「鎧をつけていないように思えるのだが……」


 そのことにローザも気づいている。

 彼女は手でひさしをつくって、その一団を観察しようと努めた。

 だが、相手は東門の門塔からでも矢の届かないあたりで留まっている。すでにぱらぱらと矢が射かけられているが、いまのところ届いたものはない。


 この距離だ。どうやっても確信はもてそうになかった。

 それを補ったのが修道騎士団の騎士、クリストフ。


「金属の照り返しはありません。おそらく、つけていても革鎧がせいぜいかと。魔族はあくまで人の姿に変じていることを考慮すれば当然かとも思えますが」

「なるほど。戦う時はおぞましき本性を現すというのか。ならば鎧はいらんな」


 ローザはその想像に身震いしながら頷いた。


「すぐに本性を現すのでしょうか?」

「どうかな。そうしてくれれば我らとしてはありがたいが、あの小勢だ。様子見であろう」


 ローザの推測通り、一団はしばらく矢の範囲外に留まった後、すぐに竜を操ってその場を立ち去ってしまった。

 後には手足を縛られた男が一人残されていた。


 その男は後からゲデック側に回収され、偵察に放たれた味方の兵であることが確認される。

 彼は偵察中に魔族に捕まり、降伏を勧告する書状を渡されて、あの場で解放されたのだという。


 当然ながら、ゲデック侯爵は降伏勧告には従わない。

 魔族との戦いは、こうして始まったのであった。



                    †



 魔族が捕虜を用いて降伏勧告を行った翌々日。

 魔族の一団は、一日おいて再び東門の前に姿を現していた。

 今度は、おおよそ五十騎程度が美しい隊列を保ちつつ竜をゆったりと歩かせている。


 実にいやらしいのが、その歩かせている場所というのが、こちらの矢が届くか届かないかという距離なのだ。

 前回でおおよその矢の射程を知ったのだろう。彼らはからかうように射程ぎりぎりを動いていた。


 たまりかねて矢を射る者があれば、途端にその動きは加速し、さっと逃げ去ってしまう。

 射かけるのをやめれば、魔族たちは元の場所に戻ってくる。中には明らかに射程の中にまで入ってこちらを挑発するような仕草をする者もいる始末であった。

 当然、それらには矢や投石が飛ぶのだが、効果を上げている様子は無かった。


「女ばかりだという噂は本当でしたか」


 それは、捕虜の口から出たという噂だ。

 捕虜となった時、彼を捕らえた魔族たちには女性の姿しか見なかったと証言したのだと。


 いま、魔族たちは、門の前だけではなく、ローザたちがいる城壁の前まで駆けてきている。

 そこまでくれば、ローザたちの目にも魔族の姿がよく見える。

 甲冑をつけていないらしいということを考慮すれば、丸みを帯びた体つきはいかにも女性らしい。中には長い髪を風になびかせている者すらいる。

 人間よりも背が高いこともあって確信は持ちにくいものの、おそらく女性ばかりであろうとローザも判断していた。


「魔族の男女の別はよくわからんが、見る限りは女性のように見えるな」

「ええ。少なくとも、今日出張ってきているのは大半が女性のようですな」


 ローザとハンスは会話しながらも、その視線は魔族の動きから離れない。城壁に並ぶ他の傭兵たちも他のことをしているしていないに関わらず同様であった。

 ローザたちが受け持つ場所では、ゲデック正規軍から派遣された監督官の指示で、矢の無駄打ち厳禁が言い渡されていた。


 それは正しい判断だとローザは思う。

 明らかに魔族たちは守備兵を玩弄しに来ている。矢を放とうが、石を投げようが、ろくな打撃も加えられないだろう。

 そもそもこちらに向かってくる相手でも騎兵という速度のある者に当てるのは難しいのだ。

 相手が最初から逃げるつもりの騎兵に狙って当てられるものではない。


 本格的な攻撃に備え、矢と体力を温存しつつ相手を観察しておけというのは実に真っ当な命令であった。


「だが、いつまで耐えられるかな」


 ローザたちは、そもそも大元の目的として、魔族の戦い方を知るというものがある。

 そのため、こうして魔族がこちらを煽っている様子を眺めていても、後に役立つものであると割り切ることが出来る。

 だが、他の傭兵たちはどうか。


 彼らは戦いに来ている。それに加え、ソウライという慣れない土地で、魔族という得体の知れない相手との戦いとあって――意識しているかはわからないものの――相応の緊張を抱えている。

 そんな者たちが、度胸試しをするかのように矢の射程に入ってきては、無駄になった攻撃を嘲笑う女たちの姿に、どこまで冷静でいられるものか。


 実際、いまも魔族のきゃらきゃら笑う声が、風に乗ってローザの耳にまで届くのだ。

 その笑い声は実に明るく、実に楽しそうで、どうしようもなくローザを苛立たせる。


「挑発に女性兵士を使うというのは……我らは考えもしませんでしたな」

「いや、クルンドの戦いで、エンガース軍が娼婦を前面に押し出して踊らせた事があったろう」

「ああ、あったな」

「しかし、それは……違うだろう。侮辱にはなるだろうが、あくまで戦う相手は別だ。まさか娼婦どもがあのように竜……いや、馬を駆れるものではあるまい?」

「それはそうだな」


 ローザの供たちが、魔族の挑発行動を見ながら、そんな会話を交わしている。ローザは会話に加わらずに、少し考え込んでいた。

 そのうちに、魔族たちは彼女たちの前から去って行ってしまった。東門の方へ再び向かっているので、そちらで兵を煽り立てるのを続けるのだろう。


 去りゆく騎竜兵たちを見つめながら、旭姫と呼ばれる女性は考え考え呟く。


「そもそも、人界では女性兵士の割合は少ない。自衛のために武器を取る女性はいても、軍に志願する女性は少ないからな。もしあったとしても、指揮官としての素養……兵学を修めた者が多い。私のようにな」


 ローザの言葉を供の四人はじっと聞いていた。


「実際の所、純粋な膂力りょりょくで女が男に勝つのは難しい。それを覆す技を身に着けるには、それなりの修練が必要だ。そして、子にその修練を身に着けさせられるだけの親は、たいていが実力者だ。人界で、貧しい家から出た女剣士が立身するのは非常に難しい。まあ、時折それを成し遂げる者がいないではないが……」

「しかしながら、それは稀な話だからこそもてはやされる類のものですからな」

「そうだな」


 クリストフがにこ毛の生えた頭をなでながら言うのに、ローザは素直に頷く。


「結局の所、人界の軍では貴族、豪族の娘が指揮官としてあるのがせいぜいだ。部隊行動を取る兵士として女性がいる。しかも数十人という単位で……などというのは、ほぼあり得ない。だが……」

「魔界ではあり得ると言うことですな。男女の別が、あるいは差異がそれほどないのでしょうかな」


 ハンスがローザの言を引き継いで話し始める。彼は東門前で隊列を組んで美しい機動を見せている魔族たちを、睨みつけるようにしている。


「たとえばあれが典礼のためといった特別な任を帯びた女性だけの部隊ということも考えられないではありません。しかしながら、そうであったとしても、その練度は大したものです」

「そうですな。こちらを挑発するために多少は隊列が崩れておりましたが、それ以外では、実に整然とした動きで」


 ハンスの言葉にクリストフが同意するのに、ローザもまた頷いている。


「てっきりその本性を現すことで力押しをしてくるものとばかり思ったが、違ったようだな。我らの知らぬ事ばかりだ」

「ですな」

「あるいはリースフェルトやファーゲンに入り込むほうがよかったかもしれませんな」

「いや、それでは敵として対することが……」


 そんな風にローザたちが低い声で語り合う間に、魔族たちは去って行ってしまったのだった。



                    †



 魔族たちはその翌日も、翌々日も挑発行動に出た。

 数はわずかに増え、翌々日には八十ほどとなっている。

 しかし、騎兵の数は増えても城壁にまで達するような攻撃をするでもなく、ただ、射程のぎりぎりを狙って竜を走らせる。その行動は初日と変わることが無かった。


 変わったのは、ゲデック側の対応だ。

 業を煮やした守備隊は、三日目に門を開き、兵を出した。

 各傭兵団から抽出した騎兵百を東門前に集結させ、魔族たちが門の正面から外れて左右に散ったところで門を開いたのだ。


 それまで守備隊を煽ることしかしてこなかった魔族たちは、この騎兵集団が出てきた途端、さっさと逃げ去ってしまった。


 ゲデックは魔軍の遁走に、快哉を叫んだ。


 魔族たちの動きからしてその逃走は意図的なものであろうと簡単に推測できる。だが、そうであってもゲデックの守備隊はのせられるしかなかった。

 常に守勢に立つ傭兵たちの士気を維持するためにも、都市住民の恐怖をわずかにでも軽減するためにも、勝利は喧伝されなければならなかったのだ。


 魔族たちは、さらにその翌日も攻め寄せ、同じように『撃退』されることとなる。これまで通り、刃を交わすことすら無く。


「歯がゆいな」

「ええ……。故意にやっていることはわかっておりますからな」

「ゲデックの側でもそれはわかっておるでしょう。しかし……」

「排除出来るものなら排除したくなるものだからな。挑発する敵軍をそのままにしておけるほどの胆力を持てというのはなかなかな」


 ローザたちは割り当てられた宿舎でそんな会話を交わす。

 魔族たちはこちらの戦力に怯えて逃げていったわけではなく、自らの意図で退去していた。そのことは、城壁に詰める傭兵たちは皆理解している。


 ゲデックの正規兵の一部もそれはわかっているし、上層部にもそのように伝わっているはずだ。

 それでも、ゲデックは連日の『勝利』にわいているし、いずれは都市が解放されるのではないかと期待せざるを得ない。

 ローザたちにはわかってはいても、どうすることも出来ないのだった。


「こざかしい策ではあるが、効果はある。果たしてこちらの気が緩んだとき、何を仕掛けてくるか……」


 ローザのそんな懸念は、翌日に現実のものとなった。

 その日、門の前に現れた魔族たちの数はおおよそ百騎。

 その挑発は連日の行動に比べればほんのわずかに派手派手しく、矢の射程内に入る頻度ははっきりと増していた。


 さらには今回に限って、魔族の集団は騎兵たちが出てきても即座に逃げ去ることをしなかった。

 逡巡するようにその場に留まり、そして、ついに逃げ出した魔族たちを、傭兵団の騎兵が追いかける。


 これまでと違う敵の行動に戸惑いつつも、彼らは魔軍を追い散らすことを目的として馬を走らせた。

 そして、ついにその先頭が、妙にもたもたした魔族の最後尾に追い付いてしまった。


 ばっと血の花が咲く。


「魔族も流す血は赤いんだな!」


 そんな嘲り声がどこかから聞こえてくる通り、それは、魔軍のほうが切りつけられ空にはね上がった血であった。


「なにが狙いだ……?」


 城壁中が歓声に包まれる中、ローザたちだけが冷静に思考を巡らせていたのだった。

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