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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち―  作者: 安里優
第三部:人界侵攻・龍玉編
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第5回:干渉

今回出てくるアウストラシア南部(戦王国群)の登場人物たちがわからない場合、『波紋(一)』を読み直したりすると、わかりやすいかもしれません。

 ペトルスの渡しことヴェスブールを支配する戦王、マテウスアンドレアス・アンゲラーがそのでっぷりとした体を応接室に運び入れたとき、すでに客は席に着いていた。


「やあ、マテウス。久しぶりだな」


 まるでその場の主のごとく卓についている細身の男があたたかな笑顔を向けてくる。


「知っての通り、この体だ。椅子から失礼させてもらうよ」


 卓の下で、自らの脚をぱんぱんと叩く男。その脚が、とてもその用を足せないほど細く萎びているのを、マテウスはよく知っていた。

 彼こそが足萎えの雷将と名高い戦王国群北辺の雄、ヴィンゲールハルト・ミュラー=ピュトゥであった。


「ああ、久しぶりだな、ヴィンゲールハルト」


 マテウスは鷹揚にそう言って、ヴィンゲールハルトの対面に座った。彼の体重に耐えかねてか、椅子がわずかに軋む。


「ヴィンでいいよ、マテウス」

「わかったよ。ヴィンゲールハルト」


 ヴィンゲールハルトはマテウスのその返答に、諦めたような苦笑を浮かべる。一方、ヴェスブールの戦王はそれを気にした風もなく続けた。


「あの動甲冑は娘に譲ったそうだな」

「ああ。私が使うよりあれのほうがよく使える」

「あれは、お前が歩けるようにと神々が下賜されたものだろう?」

「それでもさ」


 その答えにマテウスはふんと鼻を鳴らした。


「変わり者だな」

「よく言われるよ」


 ヴィンゲールハルトは軽く応じてから、マテウスのことをじっくりと見つめ、肩をすくめた。


「ずいぶんと太ったものだ」

「そっちはずいぶんと痩せたな」

「動けないからな。あまり腹も減らんのさ」

「そんなものか」


 そこで、マテウスはそれまでの面倒そうな態度を一変させて、真剣な様子で相手を見据えた。


「それで? いまをときめく雷将様がなんの用で出張ってきた? 手紙ではすまんことか?」


 マテウスとヴィンゲールハルトは若い頃、共に戦ったことがある。それ以来、書簡のやりとりを続けてきたが故の問いであった。

 マテウスもヴィンゲールハルトも戦王であり、それなりの影響力を持つ。若き日の戦友とはいえ、そうそう簡単に会える間柄ではない。


 まして、ヴィンゲールハルトは歩くことの出来ない体である。

 騎乗に支障は無く、人を使えば移動は出来るにしても、わざわざやってくるとなれば意味のあることに違いない。


「挨拶に来たんだよ。お隣さんにな」

「お隣さん、なあ」


 彼の言葉に、マテウスはなんとも表情を選びかね、奇妙に平板な顔付きになった。


「暴虐王を下した後始末も終わったか」

「ああ、おおよそは」


 ヴィンゲールハルトは戦王国群北辺の雄と呼ばれる。

 その北辺の雄はしばらく前に、『暴虐王』マルヴィンゴッツを破り、ついに戦王国群北西部を完全に支配下に置いた。

 これにより、戦王国群の約七分の一の領域が彼の支配地域と化している。


 そして、暴虐王の支配地を手に入れたことにより、ヴィンゲールハルトの支配域は、マテウスが領有するヴェスブールに接することにもなったのだ。


「で? 宣戦布告にでも来たか?」

「ばかばかしい。わざわざそれで私が姿を現す必要もないだろう」

「それはそうかもしれんが、挨拶に来たというだけで納得できるものではないだろう」

「そう言うな。旧交を温めに来たのも事実だよ」


 ヴィンゲールハルトはそう言って、にやりと笑って見せた。


「だいたい、私はこのヴェスブールの存在を大いに評価しているんだよ」

「評価だと?」

「ああ。君たちが存在していてくれるおかげで、交易に絡む厄介事から我々は解放されている。送り出し、受け取るのは我々だが、その調整はこちらがしてくれるんだ。ありがたいことじゃないかね」

「俺にとってはそれが飯の種だからな」


 マテウスは再び鼻を鳴らした。ただし今度はわずかに己を誇る色が乗っているようにも思えた。


「そうだ。君はこの土地を商人たちが円滑に通り過ぎることで儲けを得る。我々は面倒なことをせず金か最終的な物品を手に入れる。我々の関係はそういうものだ。君が管理している蜂の巣箱に手を突っ込む気はさらさら無いよ。たとえ蜜が取れるとしても、だ」

「お前の手を刺す根性のある蜂がどれほどいるものかね」


 マテウスは疑わしげに言ってから、小さく首を振った。


「まあ、それはいい。だが、それだけではあるまい?」

「ああ。私は君と君の領地にはこれまで通り順調であってもらいたい。ところが、それを望まぬ勢力があるようだな?」

「耳が早いな」

「隠せるようなことではあるまい?」


 その言葉に、マテウスは深々とため息を吐き、疲れたように――否、心底疲れた調子で言葉を発した。


「まあな。橋は焼けちまった」


 十日前の夜、ヴェスブールに賊が侵入した。

 賊としか言いようのないその一団――果たしてどれだけの数なのかもわからない――は、ヴェスブールの城壁を登攀して侵入を果たすと、セラート大河に唯一残存する『西の大橋』に火をかけた。

 一体、どんな風に火をつけたのか。気づいたときには橋の全面が炎にまかれていた。


 そして、一切の証拠を残さず、その襲撃者たちは姿を消してしまった。

 残ったのは消火活動に謀殺されるヴェスブールの街と、殺害された歩哨数名の骸だけだった。


「橋はもう使い物にならないのか?」

「いや、見た目ほどひどい状態じゃない。基礎は焼け落ちてないからな。表面をはがして張り直せばなんとかなるだろう。それだけでも十分大仕事だがな」

「どれほどかかるんだ?」

「おおむね六月くらいか。どこまで損傷が及んでいるかの調査にまず時間がかかるからな」


 ヴィンゲールハルトはその言葉に腕を組んで考えるようにしてから、次の問いを発した。


「その間の物流はどうなる?」


 その質問を受けて、マテウスはヴィンゲールハルトがここを訪れた意図の一端を掴んだ気がした。


「大型の艀を仕入れて、人足に押させることを考えている。対岸からウシかなにかで引っ張りつつな。試算では、これでも普段の七割までは持っていけるだろう」

「天候が許せば、だろう?」

「まあな」


 マテウスは大きく肩をすくめた。それ以上を望まれてもどうしようもないのだ。


「私が来た理由はそこだよ。橋の復旧をもっと早められないかとね」

「馬鹿を言うな。金はともかく、用意できる物と人ではこれが限界だ」

「それを私が提供すると言ったら?」

「なんだと?」


 マテウスは目を剥いた。


 あるいはヴィンゲールハルトの力と伝手があれば、人を集めることは可能かも知れない。

 だが、彼がそんなことをする理由が見えない。

 物流が滞ることで多少の不便は被るにしても、そこまで焦る必要は無いはずだった。


「どういうつもりだ?」

「古き友への心ばかりの手助け……と言っても信じてはくれまいな」

「俺や領地を気遣う気持ちがないとは思わん。だが、それだけだったとしたら正気を疑うな」


 マテウスは素直にそう告げた。

 友としての親交はあってもいい。

 だが、小国とはいえ、お互いに領地を持ち領民を持つ支配者である。感情だけで動いていいはずがない。


「そうだな。では、私が何を企んでいるか話して聞かせよう。そのために人を呼びたい。いいかな?」


 ヴィンゲールハルトはマテウスの反応にどこか満足げに頷いて、そんな申し出を口にするのだった。



                    †



 ヴィンゲールハルトに呼ばれた人物は、質素な生成りの衣服に身を包んでいた。唯一の装飾と言えるのが、胸と背に縫い取られた十字の印であろうか。

 それを見ただけで、マテウスはその青年の正体に気づかされる。

 ソフィア修道会の修道士だ。


「カールフランツ・エダーと申します。いと高き神に仕える『聖鎚の守護者』団の団長を務めております」


 青年は生真面目そうな顔にぎこちなく笑みを浮かべてマテウスに対した。

 その表情に少しひっかかるものを感じたマテウスであったが、すぐに表情を収める青年を見て納得する。どうやらこの青年は笑みというものを浮かべることそのものに慣れていないらしい。


 ソフィア修道会の修道騎士であれば、ありそうな話であった。かの組織にはとびきりの堅物が揃っているのだから。


「ふむ。ヴィンゲールハルトのところに派遣されているというわけだね」

「ええ」


 ソフィア修道会は古い組織である。

 神々がこの地に降臨する以前よりの教えを守る宗教組織であり、公的にはこの大地に『大いなる都』が築かれる前から崇められてきた神の教えを守っていると主張している。


 そんなソフィア修道会であるから、その内部にはこれまでの知識や経験の積み重ねが残されている。

 それを利用して、ソフィア修道会は、軍事顧問としての騎士団や、宮廷顧問としての役人集団を各地の戦王国群に派遣しているのだった。


 もちろん、その協力は無償のものではない。

 強力な集団ではあるものの、ソフィア修道会に情報が流れるのを嫌って彼らを雇い入れない戦王たちもいる。

 マテウスもその一人であった。


「彼はよく働いてくれているよ。昔を思い出す」


 しかし、ヴィンゲールハルトはソフィア修道会とは良好な関係を維持していると聞く。修道騎士団を受け入れることにも抵抗は無いようだった。


「昔……な」

「なんでしょうか?」


 マテウスがなんとも言えない複雑な視線を向けてくるのに、カールフランツが落ち着かない様子になる。

 すると、ヴィンゲールハルトが奇妙に穏やかな声で告げた。


「私とこのマテウスはね。若い頃に修道騎士団に所属していたのだよ。立場の問題もあり、すぐに離れたが……。一時ひとときとはいえ、君のところのヴァレリと肩を並べて戦っていたのさ」

「ヴァレリ枢機卿と! そうでしたか!」


 途端に尊敬のまなざしを向けてくる青年に苦笑して、マテウスは続ける。


「まあ、昔話はいい。それより彼を迎えての話とは?」


 その問いに応じたのは、ヴィンゲールハルトではなくカールフランツの方であった。


「はい。実を申しますと、我々は貴国への襲撃の実行者を魔族と見ております。ミュラー=ピュトゥ殿も意見を同じくしております」


 彼の言葉を指示するようにヴィンゲールハルトはしっかりと頷いている。


「魔族だと?」


 マテウスは卓の上に乗り出すようにした。ぎぃと椅子が不吉なきしみを上げる。


「魔族が橋を燃やしてどうするというのだ?」

「もちろん、ソウライ支配のためだよ。マテウス」


 驚きよりもむしろ怒りのような表情を浮かべる旧友に、ヴィンゲールハルトは落ち着いた声をかける。

 ヴェスブールの戦王はその態度に苛ついたような視線を飛ばしてきた。


「どういうことだ?」

「アンゲラー殿も、魔族が二百年の沈黙を破り、リ=トゥエ大山脈を越えて人界へとやってきたのはご存じのことと思われます」

「ああ。ファーゲンやリースフェルトを征服して調子に乗っているらしいが……。所詮は少数のはぐれ者だろう?」


 ヴィンゲールハルトの話がぽんぽんと色んな方向に飛んでいくのに対して、カールフランツは最初から筋道立て手説明するのを好むようだった。

 やはり、まじめな性質なのであろう。


「本格的な侵攻ではないという点については、我々も同意見です。しかし、はぐれと断じていいほどの数ではありません。我々の見立てでは、千五百を超える魔族が戦闘態勢を取れるものと判断しております」

「千五百か……」


 そこまでとは思っていなかったマテウスは慎重な顔付きになって考え込んだ。

 人界では魔族は十人力と言われている。それが過大評価だったとしても、数倍の戦力と考えなければいけないのは確かだろう。


「最低でも八千の兵力を持つ集団と捉えておけばよろしいかと思われます。そして、いまや彼らは人界での拠点を手に入れております」

「ファーゲンとリースフェルトをな。次はゲデックだと?」

「おそらくは」

「ゲデック侯の臣下でもある俺としては頭の痛い話だ。だが、それと橋を焼く理由が繋がらんぞ。俺の領地に攻め寄せるならともかく、橋を焼く必要はどこにある?」


 青年騎士の推測に、マテウスはヴィンゲールハルトとカールフランツの二人をねめつけるようにした。


「彼らがまずソウライを統一するつもりであろうと思われるからだよ」

「ソフィア修道会の本部でもそう考えております」


 二人が揃って言うのに、マテウスは思考を巡らせる。


「俺がゲデック侯の助力に向かえんようにか? いや、違うな。邪魔なのは、お前たちか」

「なにも私のことではなかったろうが……。結果的にはそうだな」

「彼らは、戦王国群からの干渉を避け、ソウライ統一に注力できるように、大橋を焼いたものと思われます」


 マテウスはじっと二人を見ていたが、小さく息を吐いて深く腰掛け直した。


「つじつまは合う。だが、所詮は推論に過ぎん」

「そうだ。魔族がお前の橋を焼いたという証拠など無いし、彼らの意図についても、私たちの考えすぎかもしれん」

「ですが、事実として、橋は使えません。これにより、大規模な軍事行動は不可能となりました」

「元々よその軍の通過など許すつもりは無い!」


 マテウスはカールフランツの指摘に対して反射的にそう怒鳴っていた。だが、ヴィンゲールハルトは小刻みに首を振って彼に問いかける。


「よく考えろ、マテウス。ソウライに統一政体が生じるのは、ヴェスブールにとって良いことか?」

「それは……」


 ソウライを統一するような勢力が生じれば、ヴェスブールの独立など簡単に吹き飛んでしまうだろう。

 そして、交易上の旨みは全て中央に吸い上げられてしまう。交易の要地としては残るだろうが、これまでのような繁栄は望むべくもない。


「私たちにとっても、それは損失だ。アウストラシア全域の損失と言ってもいい」


 ヴィンゲールハルトの言葉にカールフランツはなにも反応しようとしなかった。それはつまり、ソフィア修道会もおおむねヴィンゲールハルトと意見を同じくしていることを意味する。


 アウストラシアにおける食糧の主要供給地であるソウライ地域は分裂しているからこそ扱いやすい。敵わないほど強力な組織が出来てしまっては、自分たちの利益とならないのだ。

 アウストラシアの他地域に住む者にとってはそれが真実だ。


「そうだな。それは認めよう。だが、どうしようというのだ」

「だから援助しようというのだよ。ソフィア修道会と我がミュラー=ピュトゥがね」


 雷の将と呼ばれ、苛烈な戦を得意とする男は、旧友の問いに、その目をのぞき込みながらこう告げる。


「そうして、早期に復旧した橋を通じて、私と君、そしてソフィア修道会の連合軍が魔族討伐に赴くのだ」

「魔族を討ち、神の威を示す。これは正義の戦いです」


 青年騎士が、熱っぽくそう付け加えた。



                    †



 ヴェスブールの地でそんな会談が行われているとは知るよしもないカラク=イオでは、スオウがついにリースフェルトの地に着陣していた。


「『王城』は空振りのようだな?」

「おそらくは。細かいところはまだしばらく調査いたしますけれど」


 王都を逃れソウライ王家の存続を主張してリースフェルトに依っていた王族の居城の探索は、いまも続いていた。

 しかし、その責任者であるミズキがスオウに報告したように、おおまかな捜索は終わり、ほぼ望みが無いことが判明していた。


「しかたありませんな。ここは先に希望を持つことです」

「ああ」


 ハグマがまとめるように言うのに、スオウが頷き、もう一人の幹部へと目を向ける。

 彼に潰された片目を眼帯で覆うシランは一つ頷いて、偵察の報告を始めた。


「ゲデックに関しては、傭兵がたくさんいるようね。ただし、指揮系統がまだ整ってないような感触もあるわねぇ」


 周囲の情報を収集し、野盗に扮してゲデックを襲ってみた感触を彼女は告げる。


「早めに攻めろと?」

「それも手かと」


 スオウはシランの意見に考え込み、ハグマを見やった。歴戦の将は主の意を受けて頷く。


「考慮には値します。それも含めて案をいくつか出しましょう」

「うん。任せた」

「ああ、それと」


 シランは思い出したように付け加えた。


「ペトルスの渡しっていう、アウストラシア南部に繋がる場所の橋を燃やしておいたわ」

「ほう?」


 彼女は、それが大河セラートにかかる唯一の橋であり、アウストラシア南部――戦王国群との重要な通過点であることを説明する。


「燃やしたといっても、落ちない程度、また使えるくらいにね。しばらくは復旧に忙しくて、こっちを構っていられないと思うわぁ」

「なるほど。南部の牽制にもなるか。よくやった」


 スオウは言って、ふと何か気づいたように尋ねかける。


「このことによって、リディアへの協力者を送る経路に影響があったりするものだろうか?」

「むしろアウストラシア北部からネウストリアに向かう道の利用者が増えるのでは? 南部回りが減るとなれば当然そうなりましてよ」

「ああ、かえって紛れやすくなるか。ならば好都合だな」


 ミズキの言葉に満足げに頷くスオウ。


 彼は、その後もいくつかの報告を受け、最後に一つ大きく頷くと、その場にいる幹部たちの顔を見回した。

 いまは陣城に残っているスズシロたちをも彼は意識していたかもしれない。


「偵察大隊が集めてくれた情報を使い、ソウライ地域を速やかに支配下に置く。頼んだぞ」

「はっ」


 そうして彼が宣言することで、カラク=イオの征途はさらなる勢いを持って切り拓かれていくのだった。

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