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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち―  作者: 安里優
第三部:人界侵攻・龍玉編
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第3回:攻守

「ふうむ、これは……。なんと申しますか」


 リースフェルト伯は、眼前の老将ハグマから受け取った図面を眺めながら、なんとも言えない声をあげた。


「城市の外に魔族が駐屯する城塞を、というのはファーゲンの狭さ故のことと思っておりましたが……」

「違うことはわかってもらえただろう」


 一方、隻腕の魔族はそんな伯爵の反応を楽しむようにしている。北方語じんかいのことば極北語まかいのことば混じりの会話も、彼は楽しんでいるようだった。


「しかし……このような場所に、城を作ってどうするというのです?」


 リースフェルトのかつての支配者にして、いまや魔族たちに隷属するしかない立場である伯爵は、慎重に尋ねかけた。

 現在、彼らが会談しているこの居城も、彼のものであって彼のものではないのだ。


「どう思うね?」


 図面によれば、都市の正門から続く街道を挟み、市壁から五百歩ほど離れた場所にある小さな丘に盛り土して城を建てる計画になっている。

 城門を基礎とした『王城』を再建するのではなく、少し離れた位置に城を作る意味が、伯爵には理解できなかった。


「申し訳ありませんが、理解の外にありますな」


 故に、彼はそう素直に答えた。

 ハグマはその様子にしばし考え、言葉を選ぶ。


「君たちと我々では、城というものに対するとらえ方が違うということだな」


 彼は、伯爵に講義でもするかのような調子で説明を始めた。


「君たちにとって、城とは……この場合は城市、つまり都市全体を含めて、守るべきものだろう?」

「もちろんですとも」

「だが、我々にとっては、戦うための建築物なのだよ。攻めるとまではいかないかもしれないがね」

「……どういうことでしょうか」


 伯が図面を卓の上に置くと、ハグマはその図面をとんとんと指で叩く。


「伯、君がリースフェルトを攻めると考えてみたまえ。我々から奪還すると思ってもいい」

「……どれほどの兵で?」


 伯爵はへつらう時ではないと判断した。この老将の前で、奪還など考えていないと言ってみても、軽蔑されるだけで益はあるまい。

 そう考えたのだ。


「どれほどでもいい。さすがに百万の兵では戦いになるまい。展開も難しい。まあ、五千の兵だとしてみよう」

「五千……」


 それでも魔族に対するには万全ではない。だが、現状に鑑みれば、ソウライ地域で五千を集めるのも容易いことではないだろう。

 伯爵はひとまずはハグマに示された前提にしたがって考えを進めることにした。


「君も見たとおり、新たに築かれる城は、最大限の兵力を籠もらせてもせいぜい五百。継続的に駐屯するのは百がせいぜいだ。この場合、多少は準備が間に合ったとして、三百の魔族がいるとしよう」

「そうなると……。正門から攻めるのは得策ではありませんな。城と城門の両方から攻められることになる。挟撃を避けるのは常道です」

「そうだろうな。となれば、裏門か水門……ああ、いや、君たちの場合は裏門のみか」


 ついつい魔族特有の思考で水面が利用できると考えてしまったハグマが苦笑して訂正する。だが、伯爵は真剣な顔でそれに首を振った。


「いえ、我々とて日々学んでおりますよ。実現はともかく、思考実験はしております。……さすがに、ファーゲンのような湖を越えてというのは無理ですが、川面であれば……」

「ほう?」

「たとえば、はしけ同士を連結させたものを川に浮かべ、並べます。そうしてずらりと川岸から川岸まで艀を通貫させるのです。これならば、いかに水に慣れぬ人界の兵であろうと水上に展開できるというもの」

「ふうむ……」


 ハグマはすっと目を細めて、リースフェルト伯の発想に感心した様子を見せた。

 それが本心からのものであるかどうか、伯爵にはわからない。

 ただ、魔族が魔族だけで戦い続けるのではなく、人界の兵の運用も考えるならば、こうした方策も有用であるはずだ


 そして、伯爵が生きのび、このリースフェルトとそこに住む民を守るためには、彼自身、ひいては人間そのものの有用性を訴えていく必要があると、伯は信じているのだった。


「……とはいえ、これは都市攻めでは有効とは言えませんな。やはり、そうなると裏門を攻めることになりましょう」

「だが、裏門周辺では、兵の展開は容易ではなかろう」

「ええ。あのあたりは、容易にぬかるみますからな。敵が来れば、当然のように堰も切るでしょう」


 リースフェルトは――ショーンベルガーと同じく――地下湖の上に建てられた都市である。

 その地下湖から地上に露出した都市内の湖から、リースフェルト川が流れ出る。


 川は正門とは離れているが、裏門には比較的近く、その地域の土壌に多くの水分を供給している。

 さらに、水門近くの堰を切れば、裏門周辺は完全な泥濘地となるだろう。

 リースフェルトは、都市防衛のためにそうした自然地形を利用することも当然に考えていた。


「同時に展開できるのは六、七百といったところか?」

「そうですな。だが、五千いれば、昼夜分かたず攻撃が出来ます」

「そうだな。三交代も可能だろう。だが、我らはその隙を狙って騎兵を出すぞ。数はせいぜい二百だがな」

「む……」


 裏門前は泥濘地のため、数が展開できない上に交替するにも時間がかかる。当然、整然と事を進めるためには、ある程度の余裕と鉄の規律をもって兵をはりつかせる必要があるだろう。

 そこに、小勢とはいえ、ちくちくと邪魔をされたなら?


 戦闘行動は間違いなく遅延させられるだろう。

 いかに寡兵とはいえ、それなりの突破力を持つ魔族を無視することは出来ないのだから。


「兵を分けて、対処にあてますか。いや、しかしそれはいたずらに突破までの日を延ばすことに……」


 伯爵は対処に頭を悩ませた。

 出てきた二百の騎兵を殲滅、と簡単にはいかない。最初から攪乱に努める騎兵を誘い込んで大打撃を与えるなど、熟練の指揮官でもそうそう出来ることではないからだ。

 押せば退くだろうし、退けば打撃を加えてくるだろう。


「時間をかけるのはお勧めしないな。カラク=イオは、事態を把握すればすぐに本隊から兵を派遣する。どんなに長くとも二十日はかかるまい」

「それは……」


 ハグマの言葉に伯爵は苦悶の表情を見せた。

 老将の指摘はもっともなものであるが、伯爵の戦略にとっては痛打であった。



                    †



「理解したかね?」


 額に薄く汗をかいて考え込む伯爵の姿をしばらく黙って見つめた後、ハグマはそう語りかけた。


「え?」

「君は、我々の築く城によって、採ることの出来る行動を制限されている。それこそが、我々の城の持つ意味だ」


 沈黙する伯爵に、ハグマは静かな調子で話しかけた。


「君は挟撃を避け、正門から攻めることを避けた。それだけでも意味はあるとは思わないかね? 都市から離れた城を、君は無視することが出来なかった」

「それは……」

「いや。もちろんそれが当然だ。いかに小さな城塞であり、多数の人員が詰めていないとわかっていても、高所に位置する陣地を無視することなど出来ない。そんなことをするのは愚か者だけだ」


 伯爵はいつの間にか強く握りしめていた拳をゆっくりと解きながら、ハグマの言葉について考える。


「だが、それによって君は不本意な行動を強制される。都市を攻め落とすという主目的に対して、城塞を落とすことなどほとんど意味は無いというのに、無視することはできないのだ」

「その通りですな」

「我々の城は守るべき対象ではない。内になにか大事なものを抱えていたりもしない。だが、確実に相手が取り得る手段の数を減らす。そういうものなのだ」


 ハグマはそこで伯の理解を待つかのように言葉を切った。彼は何度か図面の上に指を滑らせ、ようやくのように頷いた。


「なるほど。なにかを囲い安心を得るのではないと。ただ、戦いが起きたときに有効に対処が出来るよう考えられていると」

「そうなるな。そのあたりは土地という資産を抱え込まなければならない君たちにはなかなかに難しいことかもしれない。だが、たとえばこの城は、支配者の住居としても政庁としても機能し、さらには都市の最終防衛拠点でもある。我々はそうした集約を好まない。戦う城には、戦う時だけ詰めれば良い。そう考えるのだよ」


 理屈はわかる。

 たしかに、多少離れた位置にあるとはいえ、城塞は無視しうるものではないし、攻めるとなれば厄介であろう。


 だが、もし汚染を免れるためという理由がなかったとしても、やはり人間たちは自分たちの居住地の周囲には壁を築くのではないだろうか。

 いかに城塞を築くことで軍の脅威を低減できるとわかったとしても、『壁』のもたらす安心感には代え難いものがある。


 そこを思い切ることが出来るか否かは、やはり種族的な文化の違いであろうか。

 そう、伯は考えるのだった。


「受け入れ難い概念ではありますが、意図は理解できたように思いますな」

「それはよかった」


 だが、伯爵はそこで顔をしかめて見せた。この図面を見せられたときに提案されたことを思い出したのだ。


「しかしながら、建築にリースフェルトの人間を使うという案は、いかがなものですかな……」

「難しいか? なにもただ働きをさせるつもりはないぞ」

「いえ。それは問題ではないのです。そして、これがリースフェルトのためになることも私は理解しております。しかしながら、民草の感情まで操ることはかないません」

「感情か」


 ハグマは健在な右腕で、失われた左腕の痕をなでた。それから、伯爵の目をのぞきこむようにして言う。


「恐怖だな?」

「はい」

「まさか魔族は人間を頭からばりばり食べるなどという噂を信じている者はおるまい?」

「さすがに、それは子供たちだけでしょう。しかし、他都市への駐留部隊を集めるだけでもあの始末」


 言われて、ハグマは数日前の閲兵式を思い出した。


 カラク=イオは、ファーゲンにはショーンベルガーの兵を入れ、リースフェルトにはファーゲンから連れてきた兵を駐留させている。

 これはなにも都市同士の諍いを誘発させるためではない。カラク=イオの一員となった者は、その出処に関わらず用いられることを示すためのものだ。


 人質だとか、都市が違えば癒着も生じづらいだろうとか、そんな側面が皆無とは言わない。だが、まるきり悪意から生じた制度というわけでもないのだ。

 その証拠に、他都市に駐留する者には、それなりの手当を支給している。稼ぎがいいことが彼らを通じて知られることで、カラク=イオへの印象改善に役立つだろうとも願っている。


 だが、今後占領されるであろう都市に派遣されるため選ばれたリースフェルトの若者たちは、ハグマの前で実に悲壮な顔つきを見せていた。

 まるで、これから生贄にされるのを覚悟しているかのような表情であった。


「もちろん、彼らが馬鹿なことをしでかせば、リースフェルトには痛手です。しかし、それだけではないことはおわかりでしょう?」


 ハグマはそれには答えなかった。これは問いかけではなく、確認だ。

 あの閲兵の折、伯爵はハグマの横に立っていたのだから。


「ふうむ」


 人間たちの中にある魔族への恐怖心は、なにもカラク=イオが侵攻してきてから生まれたものではない。

 かつて、魔族が頻繁に人界へ侵入していた時代――何百年も前から人々の間で醸成されたものであろう。

 ならば、それを解きほぐすのに短い時間で済むわけがない。


 魔族と現地住民とで共同作業をすることで、それらの感情がわずかにでも好転することを狙った案でもあったのだが……。

 諦めるか、とハグマが決断を下そうとした時、リースフェルト伯が意を決したように口を開いた。


「一つ提案があります。将軍」

「なにかな?」

「私が、民が恐れるであろうというのには根拠がもう一つあるのです。軍事施設には機密が重要でありますな。故に、城作りとなると、働かされた後で口封じに始末される……などと考える者も出るだろうことを想定してのこと」


 それは用心のしすぎだろうと思うものの、もとから恐怖心があった上での反応としては致し方ないのかもしれない。

 ハグマはそう考えながら、伯爵に先を促した。


「しかしながら、さすがに盛り土をしただけで口封じを心配する者はおりますまい。ですから、土台となる盛り土とその整地まではリースフェルトの民を用いるというのはいかがでしょうか」

「機能を持つ部分はこちらでか」

「はい」


 そうなると、当初想定していた『魔族と人間が肩を並べて』という光景とはかけ離れてしまう。

 とはいえ、現状ではそのあたりが妥協点であろう。

 後々、あれは自分たちも参加して作ったのだと思ってもらえればいいとする他ない。


「わかった。ではそのようにしよう」

「それでは、私は人足の募集をかけましょう」

「ああ。お願いする」


 伯爵は立ち上がり、一礼すると部屋を出て行った。

 ハグマはしばらく自分の椅子に座ったまま黙考していたが、厳しい顔でぽつりと呟く。


「人と魔は違う、か」


 わかっていたはずのことだ。

 だが、彼の目には、人の目が捉える光景は見えていなかった。


「百戦錬磨よ、歴戦の猛者よとおだてられ、頭が鈍っておったか」


 彼は自嘲するようにその言葉を紡いだ。だが、すぐに自分を叱咤するように続ける。


「所詮は小池のぬし。大海のあるじではなかったまでのことよ」


 己の分をわきまえればいいだけのこと、と彼は心を切り替える。


「さて、殿下ならばなんと言うかな」


 ハグマは思う。

 小さな頃から見守り、そして、いまは心から仕える主のことを。

 そんな彼の耳に、楽しげなスオウの声が聞こえてくるように思えた。


『見えぬものが知れたのだ。喜ばしいことではないか。新しいものを見る機会が訪れたのだぞ』


 と。


「さてさて、スオウ様はこの老いぼれにどこまで見せてくださるのやら」


 彼はそう言って、彼の中のスオウと共に呵々と笑い声をあげるのだった。



                    †



 リースフェルトが、ミズキとその率いる兵を受け入れたのは、ハグマとリースフェルト伯が城塞について話した、その数日後のことであった。


「真龍が、な……」


 スオウとスズシロの連名で書かれた書状を読み終えて、ハグマは顔を上げる。

 そこには、陣城への真龍の訪れと、その後の顛末が書かれていた。


「それで、『王城』を探りに来たというのはわかるが、少々多すぎはしないか?」


 今回、ミズキと共に派遣された兵は、憲兵隊丸ごとに加え、シランの偵察大隊の六割ほどという、かなりの人数であった。

 リースフェルトには襲撃大隊の一部が居残っているので、現状カラク=イオの兵力配置はリースフェルトにかなり偏っている形になる。


「探索にあたるのは憲兵隊のみですわ。それはワタシが指揮いたします。偵察大隊のほうは、シランがすぐに参りますわ」

「ほう?」

「カラク=イオは、断固としてソウライ支配を進める。殿下はそう決断なされました。真龍との件も鑑みますと、いまはそれを邪魔されるわけには参りませんでしょう?」

「では、偵察大隊は元来の役割を果たすと。そういうことか」


 スオウの意思を伝えた途端、ハグマはなにもかも了解したようだった。さすがの反応に内心舌を巻きながら、ミズキは表面はあくまでも冷静に告げる。

 シラン以下の偵察大隊に与えられた任務を。


「はい。殿下もしくは旅団長が指揮なさる本隊の前に、ソウライ各都市の敵情を探り、かつアウストラシアの他地域が我が方に干渉せぬよう、前もって叩く。周辺全域の威力偵察となりますわ」


 そうして、カラク=イオによるソウライ地域の征服は、真龍の干渉を経て、さらに猛然と進められることになるのだった。

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