帝国談義:魔界(一)
「殺戮人形は、『大いなる都』との戦における南部帝国の切り札であった、と噂されています。それが真実かどうかはわかりません。ですが、そう思わせるだけの力持つ存在ではありました」
静かな場に、エリの解説する声が続く。
「刀や槍の通らぬ金属の膚を持ち、大鎚を受け止める金属の骨格を持ち、ただひたすらに生けるものを破壊し尽くす人形。そんなものが、幾千幾万と現れたのです」
彼らの通り過ぎた場所では、生けるものはただ一人どころか、ねずみ一匹残らなかった。
人も、獣も、竜も、虫すらも区別することなく、生きるもの、動くものを、彼らは切り刻み、叩き潰し、引きちぎり、踏み散らした。
後に残るのはおびただしいほどの死骸と、無人の都市や村々。
「この進撃により、第二帝国と七つの領域国家、九つの部族が消滅します」
そこでエリは指示棒で地図の上を何度かなぞった。
「彼らの最大進出範囲は、おそらくこのあたり……と考えられております」
「リ=トゥエ大山脈を迂回した以外は、もうただ直進してるっぽいな」
「はい。全方向に向かって、ただただ進んでいます」
リディアがどこか疲れたような調子で言うのに、エリも固い声で応じる。
「直接的被害という意味では、『大消滅』すらしのぐかもしれません。その犠牲者の数は、推定さえ行われていません。あまりに桁外れの被害のため、どうやっても正確な数が掴めないのです」
それまで黙って話を聞いていたスオウが、そこで口を開いた。
「……なにしろ千年以上前の話だ」
皆の視線が彼に集まる。彼は静かに立ち上がると、前に進み出た。
「いかに有名な存在であろうと、殺戮人形がどれだけの脅威であるか、皆に伝えることは難しいだろう。だが、俺には出来る」
「スオウ様?」
エリが不思議そうに彼のことを見上げる。
歴史的な順番で言えば、ここからゲール帝国の成立につなぐのが自然だ。だから、自分の次はリディアであると思っていたのだろう。
しかしながら、司会であるはずのスズシロに目を向けると、落ち着いて頷いていることから、おそらくこれは予定通りなのだろう。
「代わってもらっていいかな?」
「はい。第二帝国は滅びましたから、話としてはいいのですが……。ここから魔界のお話に?」
「ああ、ちょうどいいんだ」
「なるほど。でしたら、異論はありません」
段取りがあるのなら、それでいい。
エリは指示棒をスオウに渡し、ぺこりと頭を下げてから自分の席に戻った。
「さて、それでは、魔界についての話をしようと思う」
そうスオウが言うと、彼に向けて声が飛ぶ。
「うちが最後かよ。あんまり大した話は出来ねえぞ?」
スオウはそんなゲール帝国第十一皇女の言葉に柔らかな笑みを送る。
「大半が魔族だからな。君の話のほうが興味深い」
「まあ……それもそうか」
言われてみればその通りだ。リディアは照れたように笑って手を振った。
そうして、スオウの話が始まる。
1.魔族
「さて、エリが話してくれたとおり、第二帝国は『荒れ野』に挑み、そこからわき出た殺戮人形の群れによって滅ぼされた。その殺戮人形の脅威を俺は伝えられると言った。その理由を明かそう」
スオウは言ってにやりと口の端を持ち上げた。
「俺は、殺戮人形の実物を見たことがある」
ひゅっと喉が鳴る音がした。彼自身が告げた通り、千年以上前の遺物である。そんなものの実物がどこに存在するというのだろうか。
自分に向かういぶかしむような視線に、彼は答えた。
「帝都スサの皇宮奥深く、太祖ハリの廟内に、いまも三体の殺戮人形が保管されている」
「なんと」
ユズリハが思わず声を漏らす。その様子からして、彼の語ったような事は氏族の重鎮たちにも知られていなかったのだろう。
驚きに包まれる面々を前に、彼は静かに言葉を続ける。
「そもそもかつての神界においてはハリ……当時はジャガンナータ神を名乗っていた我が祖先こそが、殺戮人形をはじめとした古代の技術の調査・研究を指揮していた。それだけではなく……」
そこで、彼は先ほどエリが示した殺戮人形の到達範囲より、一回り小さな円を地図の上に描いた。
「いま示したのは、殺戮人形の被害において、生存者がいなかった地域だ」
「……つまり、その円の外には、殺戮人形の到来を生きのびた人たちがいたわけかしらあ?」
「そうだ」
スオウは従姉であるシランの指摘に、満足げに頷いた。
「いかに殺戮人形が強力で疲れを知らず、万の単位で進撃を続けていたとしても、さすがにこれだけの領域まで広がれば、その密集具合はかなり減ってくる」
「そりゃそうだ。しかも、ただまっすぐ進んでるしな……」
フウロが腕を組んで地図を睨みつける。スオウはそれにも頷いて応じた。
「そうだ。殺戮人形には統率者らしき者が無く、軍としての行動を取れていない。彼ら自身の知覚範囲――おそらくは人間が目で見える距離とそうは変わらない程度の近さ――の仲間たちと連携することはあるものの、それ以上のことはしなかった。故に、一地域を進む殺戮人形がまばらになってくると、個別に撃破しようと試み、それに成功する者が出てくる」
そこで彼は小さく肩をすくめた。
「それでも、たいていは返り討ちにあっていたようだ。だが、殺戮人形一体に対して、おおよそ十人をあてることが出来た場合、つまりは十倍以上の兵数差で挑んだときには、殺戮人形を活動停止に追い込むことに成功している例が多かったようだ」
「それでも十倍ですか……」
カノコが呆れたように言い、その言葉を聞いたエリが小首を傾げる。まるでなにかが意識にひっかかったような様子であった。
「十倍ってどこかで……。あ」
記憶をたぐって答えにたどり着いたのだろう。エリは布を巻いた頭をぴょこんと跳ねさせて、驚いたように口を開けた。
「うん。おそらくその推測は当たっているぞ」
「そうなのですか? でも……」
ためらうようなエリを勇気づけるようにスオウが微笑むのを見て、彼女は思いきって口を開いた。周りが興味深げに眺めていることもあったろう。
「ええと、人界にはこう伝わっているんです。『魔族は十人力』だと。魔族に対抗するときは最低でも十倍の数をもってしろと。もちろん、それが記された当時の感覚だと、真龍からの援護が前提となるわけですが……」
その記録は、魔族が人界への侵攻を繰り返していた時代、つまりは真龍との協力体制が確立されていた時代のものだ。
それなりの時間を魔族と過ごし観察もしているエリからすると、現代の魔族にそれが適用できるかはかなり怪しい。
だが、十倍という数は――いかに切りの良い数字とはいえ――妙に一致する。連想するのも当然と言えた。
「さて、エリの言葉と、ハリの廟にある殺戮人形。察しの良い者は気づいているかもしれんな」
もちろん、それを顔に出す者はいないだろう、と彼は同時に思ってもいる。
なにしろ、魔族の根幹に関わる話だ。皇族の彼自身はともかく、他の者が軽々に口にしようとは思わないだろう。
「これは記録に残された話ではない。だが、俺は確信している。初期の魔族は殺戮人形に独力で対処できるように生み出されたと」
耳にした者のほとんどが目を見開き、身じろぎもしなくなるような推測であった。
スオウは特に魔族の者たちの驚愕を見回し、安心させるように目で語りかけた。
人界の者がどれほど知っているかはわからないが、と前置きして彼は続ける。
「そもそも、魔族とは神々と道を異にした者たちだ。我らの祖は、神であることを拒否し、不死を拒絶した。この肉の体を自らのものとして誇り、生き、死ぬことを受け入れた」
「その……。神々は違うんですか?」
「違う。奴らは肉の体を、代替の効くものとしてしか認識していない。肉体が老いれば、それを捨て去って新たに生み出した体に移るだけだ」
オリガのおずおずとした問いかけに、スオウが応じる。それでもいまひとつ理解できていないという風情のオリガに、彼は説明を加えた。
「奴らは自らの精神を肉体から肉体へと移し替えられるんだ。神々の肉体は精神の乗り物であって、それ以上のものではない」
スオウはその言葉を憤然と放った。彼にとって、神々のそんなあり方は軽蔑に値するものであった。
「だが、我らの祖先はそれがどうにも不自然だと感じたんだな。肉の体で生き、死を迎えれば高天に還る。それが命というもののあり方だと信じた。そして、神界から離反した」
「なるほど……」
オリガと共に、リディアも深く頷いている。そもそも肉体と不可分に生きて死んでいく人間にしてみれば、魔族の感覚のほうがわかりやすいのだろう。
逆に、服を着替えるように肉体を替えられる神々の精神のほうが理解しがたいはずだ。
それをうらやましく思ったりするかどうかは別として。
「そんな魔族たちだが、それまで神々として生きてきた自分の体を、本当の意味で己のものとする必要があった。まあ、このあたりは簡単には説明しにくい部分でな……。魔族としての肉体を得る必要があったと思っておいてくれ」
「正直、ワタシたちにもよくわかりませんものね……」
ミズキがくるくる丸まった自分の髪の毛に指を絡めながら、ため息を吐くように言った。
いかに自分たちの祖先のこととはいえ、千年近く昔の話である。
種族としての特性が定着していなかった頃のことを実感しろと言っても難しいものがあるだろう。
「第二世代以降は生まれたときから魔族ですからね。第一世代の感覚は想像するしかありません」
スズシロも同意するようにそう言った。スオウはそれに押されて話を続ける。
「そんなわけで、太祖ハリは魔族の……魔族としての特性を形作る必要があった。神々の権能を肉の体に収め、この大地で生きていくための耐性を作り……。そして、人々を守る力として、殺戮人形に抗し得るだけの能力をこの肉体に与えた」
どんっとスオウは自分の胸を叩いた。それから、彼は苦笑いのようなものを、リディア、オリガ、エリの三人に向ける。
「君たちは不思議に思うかもしれないな。魔族の敵は神界であり、神々だろうと」
こくりと揃って同意の意思を示す三人。
「だが、そもそも魔族たちは、広い意味での同胞として人類を捉えていた。だから、当時としてはそこまで遠くない時代の脅威であった殺戮人形を凌ぐ力を持つ必要があると思っていたようだ。少なくとも俺はそう信じている」
そこで、彼はなにかを思い出すかのような表情で瞑目した。
「それを確信させたのは、さっきも言ったが、太祖ハリの廟に保管された三体の殺戮人形だ。獣の相を露わにした魔族の力でようやく突破できるだけの装甲を持ち、体の各所に様々な武器の内蔵された人形。あれに勝てるだけの存在として、俺たちは生まれてきた。そのはずだ」
スオウは目を開くと、しかしながら、と言った。
「現代の魔族はさらに強い。それを生み出した体制の話をしよう」
2.魔界
「最低でも人界の脅威に対抗できる者として生み出された魔族たちだが、それだけでは神界に勝つことは出来ない。そのために魔族が行ってきた方策が主に二つある」
スオウは指を二本立てて皆に見せてから、まず一本を折った。
「一つは個々の力を強めていくことだ。我々魔族はそれぞれ独自の『相』……つまり、特異な能力を持つが、それらは子孫にも伝わる上、父母の『相』が作用し合って新たな『相』を生み出すこともよくある。もちろん、悪い方向へ変化することもあり得るが、幸いにもこれまでの魔界の歴史では発展方向に進んできている。初期の魔族に比べれば能力の幅は増え、その威力も増しているんだ」
「世代を重ねるごとに強くなってくのか。敵には回したくねえな」
「ごくゆっくりとしたものではありますけれどね。それに、人間たちの数の増え方ほどではありませんよ」
「我らに比べれば大地の毒に弱いというのにな。そのしぶとさは学ばねばならないな」
「ははっ」
リディアが感心したように言うのにスズシロが冷静に応じ、スオウがまじめぶってさらに言葉を重ねて笑いを引き出す。
リディアだけではなく、オリガやエリも微笑んでいた。
「そうして、次に来るのは軍隊だ」
指を拳に戻し、スオウは告げる。
「魔界の民は、神界に対抗するため、軍事力を用いることにした。個々に戦うだけではなく、軍隊として統制の取れた戦いをすることで、神々の力に対抗しようとしたわけだな」
神界の神々は強力ではあるものの、魔界に住まう者たちよりは数が少ない。その有利であるはずの数を利用するためには、軍としての行動が必要となったというわけだ。
「そのため、天を覆う民、いわゆる魔界は軍事優先の国家となった。軍事最優先と言っていい」
「最優先か」
リディアが言うのに、スオウは重々しく頷く。
「ああ。最優先だ。わかりやすい例を出すと、魔界の民は、その全員が軍人だ。少なくとも一度は軍に所属する。一切の例外はない」
えっと声があがった。その声の主であるエリは、そのまま驚いたように尋ねかける。
「例外はないって、病人とかはどうするんでしょう?」
「病人こそ軍に入るのよぉ。軍の病院に入ることができるんですもの」
「そ、そういうものなんですか……」
シランが――もちろん彼女にとっては常識なのだろうが――当然のように言うのに、目を白黒させるエリ。
その様子を見ていたフウロが、赤髪をかきながら口を開いた。
「たとえばの話だけど、あたしの親戚に『羅刹病』の奴がいるんだけどさ」
羅刹病とは、魔族の真の姿と人の姿とを行き来する行為が阻害される病である。だんだんと人の姿を取るのが難しくなり、ついには獣の相でその姿が固定され、省力形態である人の姿を取れなくなる。
そのため、体力の消耗が激しく、寿命も短くなるのだとフウロは説明した。
「そいつはいま十六歳だけど、もう人の姿に戻れなくなってる。そうなるとさ、かなり不便なんだよ。建物の中じゃ動きにくいし、いつも腹が減るしでな」
彼女は落ち着いた態度で話している。
だが、他の魔族の目に浮かぶ同情の光を見れば、その病が当人にとっても、その一族にとっても辛いものであることは明らかであった。
「一方で、常に獣の相だから、力仕事とかには向いてるんだ。そういうのを軍は集めて物資補給の部隊とかで働かせてる。羅刹病でも困らない場所に配置して働かせることが出来るのは、魔界では軍だけなんだよ」
魔界の実態をはじめて知った人界の三人を、魔族たちはなんとも言えない表情で見つめていた。
「氏族の病院も、氏族の学校もありますわ。けれど……」
とミズキが口を開けば、
「高等教育を行うのは、軍です。高度な医療技術を持っているのも軍です。そして、魔界の通信を一手に担う雷樹網を管理しているのも魔軍なのです」
そうスズシロが明言する。
「魔界は、文字通りに魔軍を中心に動いているんだ」
スオウがそう言い切ったことで、リディアたち三人は、ほうとため息のような息を吐くしかなかった。




