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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち―  作者: 安里優
第二部:人界侵攻・蒼雷編
53/125

第26回:密約

 長い口づけを終え、唇を離すと、リディアはほうと小さく息を吐いた。


「うん……。悪くねえな」

「うん?」


 二人は、ほとんど姿勢を変えぬまま、お互いの唇をかすらせながら、ささやき声で言葉を交わす。


「怒らないで聞いてくれよ」

「内容によるな」

「ははっ」


 一つ笑ってから、リディアは言った。彼女にしては珍しいためらいがちな口調だった。


「あんたたちの協力は得たかったが、あんたをどこまで信じられるか、読み切れなかった」

「そりゃあ……。判じるには短すぎるつきあいだからな」

「うん。だから、自分の体に賭けてみたんだ。体が拒否するやつとは長くやってけねえだろうとな」

「なるほどな」


 それから、スオウは女の揺れる瞳を見つめて微笑んだ。


「合格というわけかな?」

「ああ」


 そこでなにかを吹っ切ったように、彼女は獰猛な笑みを浮かべる。


「あんたのこと嫌いじゃないみたいだぜ」

「そりゃ、光栄だ」


 同じくらい獰猛な笑みで応じて、スオウは彼女から身を退こうとした。話し合いに戻る頃合いだと見たのだろう。

 だが、リディアはその動きを押しとどめ、より強く彼に抱きついた。


「このまま聞いてくれ。こっから先はオリガにも話してねえ」

「……ん」


 ささやき声に強い緊張を認めて、スオウはそのまま彼女を支えた。


「実は、穢れた地の外れに、『港』を見つけてある」


 スオウはその言葉に目を見開いた。

 港――正確には港湾都市であろう。先史時代の開拓期に作られたものであれば、船舶の整備のみならず造船設備も併設されていたであろうことは想像に難くない。


「……ほう」

「人界のもんにそれを判別する術はねえから、それらしき……としか言えねえけどな。だが……。いや、すまねえ。あくまでもらしきもの、だ」


 おそらくは自分でもそうであると信じたい予測を述べることを控えて慎重な物言いをするリディアに、思わずスオウは微笑んでいた。

 その雰囲気を感じ取ったリディアが照れ臭そうな顔をする。


「君が俺たちを必要とする理由がよくわかった」

「そうだろ?」


 たとえ先史時代の施設が残っていたとしても、それを利用できるとは思えない。だが、先史時代に港湾として整備されていたとしたら、その場所が港として良好な条件を備えている可能性は高い。

 船を開発するのにも適している場所であるかもしれない。


 けれど、そうであったとしても、現代の人間たちにはその判断すら難しい。

 まして、人界における禁足地である。そこに入り込んでなんらかの調査を行うのも難しいのだろう。

 しかし、魔族であるならば。

 足を踏み入れることも、判断を下すことも不可能ではない。


「まあ、それともう一つある」

「ふむ?」


 そこでリディアはスオウの瞳を深くのぞき込んだ。


「あんた、ゲール帝国の帝位継承争いについてどれくらい知ってる?」

「よくは知らないな。現在、君が継承権を確保するために活動しているらしいと聞くくらいだ」

「そうか。それを知っててくれるなら助かる。正直な話、帝位継承権を得るためだけなら、船を造るなんてしなくたっていいんだ。試練はあるが、なんとでもなる。だけどよ……」


 語尾が曖昧に消えるその言葉にしばし考え、スオウは頷く。


「君の目的は、皇帝候補ではなく、皇帝そのものであるということだな」

「理解が早くて助かるぜ」

「これでも皇太子になったこともあるわけだからな」

「そりゃそうだ」


 継承権を確保するためだけならば、試練を成し遂げれば可能となる。だが、その後に続く帝位争奪戦を考えれば、ただ継承権を得られればいいというような姿勢ではやっていけない。

 現実的な次への備えという面もあるし、先を見据えていることを周知しなければ支持を得ることも難しいという事情もあった。


 試練を乗り越えなければ話にもならないが、ただ継承権を得ただけではその先がないというわけだ。

 国としての形態は違うとはいえ、皇太子となったスオウである。そのあたりの感覚は鋭かった。


「帝国を差し出す意味はわかってくれたかい?」

「不審ではなくなったよ」

「なら良かった」


 リディアはそこで軽く触れるだけの口づけを一度して、ようやくスオウの上から体をどかした。


「ふうむ」

「どうした?」


 なんだか手を握ったり開いたりしているスオウに、リディアが小首を傾げる。


「名残惜しいぬくもりだ」


 その答えに、元の木箱に戻った彼女は愉快そうに声をあげた。


「そりゃいいや。存分に惜しんでくれ。次に楽しむまでな」

「少し先になるな」

「ああ、そうだな。そうそう行き来は出来ねえ」

「いや」


 きっぱりとスオウは否定の態度を示した。


「君はもう二度と陣城に来るべきじゃない。俺たちと本気で組むつもりならな」


 リディアはその言葉に眉をひそめる。


「そこまでか?」

「神界は侮るべきじゃないぞ。あれは恐るべき相手だ。それに、人界での評判もな」

「……わかった」


 彼女は一拍おいて、真剣な顔で頷き、スオウにこう言った。


「そのあたりも含めて、話を詰めるとしようぜ」

「ああ」


 そういうことになった。



                    †



「君が争う相手は?」


 話は、ゲール帝国における帝位争奪戦から始まった。


「第一皇子アダンと第四皇子ダヴィード。どちらも大貴族の妻を娶ってる」

「それは強敵だな」

「ああ。元々、女には厳しいんだ。なにしろ、嫁に行くと、帝位継承権は放棄だからな」

「ははあ」


 女帝を目指すなら、婚姻を用いて姻戚勢力を引き込む手は使えないということだ。後の夫となることを約束する手もあるわけだが、それではやはり弱い。


「なにより、あっちは先んじてるからな」

「いくつ年が離れてる?」

「第一皇子とは十五、第四皇子とは六つだな。だが、第四皇子は現皇后の第一子だ」


 それだけ年が離れ、後見となる集団もいる。となれば、彼らはそれぞれに自分の勢力をすでに固めているはずだ。リディアの不利は免れ得ない。


「正直、帝宮に詰めてるような連中は、あの二人のうちどちらかとみんな思ってることだろうぜ」

「だが、注目されていないから、期待されていないからこそ取れるやり方も、出来ることもある」

「その通りだ」


 スオウの言葉にリディアは真剣に頷いた。

 第一皇子(アダン)第四皇子(ダヴィード)も、帝国内の権力者集団の間での勢力争いに注力している。

 しかし、世界はゲール帝国だけで完結しているわけではない。

 そして、人だけがこの大陸で活動しているわけでもない。


「俺たち相手ならば、帝国の貴族からは得られないものも引き出せる。人界にはない考えが君には必要なわけだからな」


 それは、リディアだからこそ望むものであり、彼女だからこそ力となしえることだ。

 とはいえ、もちろん、魔界の民と協調するのには危険もある。


「そして、小勢力の俺たちに、君が出来る手助けは多い。そうして緊密な関係を築くこともできるだろう。……ただし、死なばもろともだ」

「ああ」

「危険だぞ?」


 魔族を味方とすることは、神界を敵に回し、人界の大半から嫌悪を引き出すことを意味する。

 魔族の本拠地に乗り込んでくるようなエリやリディアのような人物は、人界でも希有な存在なのだから。

 その問いかけに、リディアはわざとらしいくらいはっきりと肩をすくめた。


「大昔の言い回しだと、運命を共にすることをこう言うらしいぜ。『同じ船で行く』ってな」


 言ってから、彼女は呆れたように鼻を鳴らす。


「だいたい、危険なのはあんたらのほうだろう。いまは占領直後だからともかく、神殿も不満を溜めてんだろうし、戦王国群の奴らもじっと様子をうかがってる。いつ神界が動くかもわからねえ」

「前途多難だな」


 リディアの不吉な予想を、スオウは平然と受け止める。いま出た問題くらいはすでに幾度も考え、覚悟を決めているとすぐにわかる態度であった。


「それでも進むんだろう?」

「そうだ」

「こっちだってそうさ」


 リディアの瞳が月光に煌めく。先ほどごくごく間近でのぞき込んだその瞳の輝きを、スオウは思い出した。


「いいだろう」


 それから彼はしばし考え、自分の膝をその指でとんとんと叩く。


「そうだな。こちらで船に詳しいと思われる者を六十名出そう。君に預ける」

「そんなにか?……いや、ありがたいけどよ」


 驚いたようにリディアは身をのけぞらせた。だが、すぐに勢い込むように身を乗り出してくる。

 その様子にスオウは小さく首を振った。


「いや。単純に喜んでもらっても困る。君を信用しないわけではないが、こちらの勢力が及んでいない場所に派遣するんだ。それなりに身を守れる人数で送り出したい」

「ああ……」

「……という線で幹部たちを説得する」


 なるほどという顔で頷きかけた女性の眉が、くいっと上がる。その様子に、スオウは微笑んだ。


「俺としてはこの機会に大きく賭けたほうがいいと思ってる。思ってるんだが、幹部たちは君のことを俺以上に知らないからな。それなりの説得力が必要になる」


 リディアはそれに黙って頷いた。面白がるような笑みをまじめな表情で押し殺しているかのような微妙な顔つきであった。


「それに、六十名なら、小隊を二つ編成できる。魔族の二小隊はなかなか使い出があるぞ」


 その言葉で、リディアは察したようだった。

 組織的に動けるだけの人数を派遣するのは、穢れた地の中にある港を調査するためでもある。後方支援に関してはリディアが用意する必要はあるものの、彼女が進めてきた計画は飛躍的に進展することだろう。

 彼女は熱の籠もった頷きを返す。


「ただし、船に乗ったことがある、程度の者も混ざるがな」

「ありがたいに決まってるだろ。船に乗ったことのある人間なんて一人も生きてねえんだから」

「それもそうだな」


 今度はリディアが考え込む。彼女はその赤い舌でぺろりとその唇をなめてから話し出した。


「船については……あるいは、あんたらから刺激を受けて出来たもんが他にもあれば、それらの成果はお互いに共有する。それでいいか?」

「ああ」

「ただし、共同して開発してることはもちろん、できあがったものも、しばらくは秘密にする。あんたらが戦に使うのは構わねえが、作り方を簡単に漏らすのは避けてもらいたい。いつまでも独占するつもりもねえけどな」

「普及は君が皇帝になってからでいいだろう」


 危険を冒して手に入れたものから利を得ようとするのは、尤もな話である。

 いずれは世界に改革をもたらすものでも、それが世に出る形については色々と考えなければならないというわけだ。


「それと、金銭の援助だな」

「ありがたいが……。君の名に傷がつくのはまずいぞ」

「リディア・ゲルシュターからの資金援助は無理だ。だから、そうはわからねえ金を動かす。大金とはいかねえし、少し手間と時間がかかるけどな」


 彼女の言う大金の基準が、果たして自分と同じものなのだろうかとスオウはいぶかった。

 だが、三界制覇のために資金はいくらあっても構わない。彼は賢明にも沈黙を守った。


「それから、何人かは人を紹介出来ると思う」

「人か」

「ああ。ゲール帝国に従う気はなくとも世のためになりたいってやつも、儲かるならなんでもやってのけるってやつもいる。癖のあるやつばっかりだが……。まあ、一人か二人はあんたも気に入るのがいるんじゃねえかな」


 征服した土地が広がれば、人材はいくらでも必要となる。

 幸いにもファーゲンとリースフェルトでは――武力を背景にしているとはいえ――旧来の支配者である伯爵たちの協力を得ることが出来た。だが、これからもうまく行くとは限らない。

 カラク=イオの根幹を成す親衛旅団だけでは、手が回らなくなる事態が必ず生じてくる。


 その時のためにも人材を確保するのは必要なことであった。

 ただし、その口ぶりからして紹介するという人材は、彼女が目をつけていながら部下として抱えられなかった相手のようだ。

 それを生かせるかどうかは、スオウたち次第というわけであろう。


「喜ばしいな。そうして、大きくなった俺たちから、君はより大きな利を得るというわけだ」

「是非そうあってほしいと願ってるぜ」

「こちらもだよ」


 魔族の知識や発想はともかく、カラク=イオの現状の勢力に鑑みれば、資金援助や人材の斡旋は賭けの部分が大きい。

 だが、魔族と協力するというだけですでに危ない橋を渡っているリディアは、けちけちする気はなかった。


 口づけをして確かめた時、彼女は様々な覚悟を決めたのであろう。

 そして、そのことをスオウも承知している。


「最終的には、俺たちを利用しつつ君がゲール帝国の主となる」

「そうして、あんたの嫁になるってわけだ」


 くくっと喉にかかる笑いをスオウは立てた。


「それまでに、君を俺に惚れさせてみせよう」

「いいねえ」


 黒髪が揺れる。リディアは目の前の男の言に、本気で頷いていた。


「だが、お互いに気をつけなければいけないぞ。先は長い」

「わかってるさ。だから、帰り道は、せいぜいあんたらの悪評をばらまかせてもらう」

「ほう?」


 スオウが慎重に行動するよう言うのに、リディアは楽しげな様子で応じた。おそらくその調子からして、すでに考えてあったことなのだろう。


「魔界の民と聞いて、気まぐれにからかいに行ってやったことにすんだよ。ところが、これがなかなかのくせ者で、金をぶんどってやるつもりが、逆に巻き上げられたってな」


 魔族への個人的な恨みを偽装すると共に、手強い相手だと喧伝する、と彼女は告げているのだった。


「これでもゲルシュターを代表する皇女様だ。食いつく商人は必ずいるぜ。あの皇女をやりこめたやつらと渡り合ってみようじゃねえかってのがな」

「警戒されるのは元からだからな。後は俺たちのあしらい方次第ってわけか」

「そうそう。そのあたりはお手の物だろ?」

「どういう決めつけだ」


 二人はからからと笑って、どちらからともなく手をさしのべ、相手の手を強く握りしめた。


「では、盟約はなったわけだな」

「ああ、よろしく頼むぜ」


 こうして、帝国臣民が誰一人知らぬ間に、南方の雄・ゲール帝国はカラク=イオの一員となることが定められた。

 だが、皇子と皇女の心中がどうあれ、果たしてそれが実現するのかどうかは、このときの誰にも予測できないものであった。



                    †



 リディアとオリガは当初の契約通り、馬車に魔界の貨幣を満載して帰途についた。その間にリースフェルト伯やファーゲン伯も同様にそれぞれの都市に戻り、陣城は新たな活動を始めようとしている。


 やるべきことはいくつもあった。

 新たな侵攻の準備、すでに占領した都市の統治、防御と治安維持のために街道沿いに出城を築く計画策定、そして、リディアに約束した人員の派遣と、それに伴う部隊再編。


 その日もまた司令部天幕には幹部の大半が集まって、様々なことを話し合っていた。


「望みうる最良の流れとしては」


 書類を確認しながら、カラク=イオ参謀スズシロは隣の卓で同じように書類を繰っている己の主に語り掛けていた。


「まず皇女殿下に継承権争いにおいて優位を占めていただき、次に争奪戦の相手のうちどちらかがあまり行儀の良くない方法で巻き返してゲール皇帝となります。そうして、卑怯にも国を奪われた皇女を我々が支援することで、帝国を『奪還』する……などというものが考えられますね」

「あえて勝たせないというのか」

「ええ。皇帝になってから我々を引き入れるとなれば、売国とそしられますし」

「それを気にするかどうかはわからんがな」


 手を止めて、面白そうにスズシロの話に応じるスオウ。彼らの会話に、さらにその場にいた幹部たちが加わった。


「競争相手だけに都合のいい時機に、いまの皇帝がころっと逝ってしまわれるなんてのはいかがかしら?」

「暗殺を疑われる形で、かしらぁ?」

「そうですわね」


 防諜隊長のミズキが言うのに、にやにや笑いの偵察大隊長シランが尋ねると、ミズキはあっさりと頷く。

 もちろん、それを『演出』するのは彼女の役目だということだろう。


「またいやらしい話してんなあ。まあ、馬鹿正直に攻めるにはちと厳しい位置にあるけどな」


 襲撃大隊長のフウロが呆れたように唇の端を持ち上げながら、そんなことを言う。彼女の言うとおり、ゲール帝国を攻めるには『穢れた地』を踏破する必要があった。たとえカラク=イオの成長が順調で人界北部をすでに手中に収めていたとしても、大軍を率いて攻め入るのは厳しいことだろう。


「そうとも言えないわよぉ」


 だが、シランがその片目をくりくり回しながら、彼女の言を否定する。その様子にフウロは小首を傾げた。


「え?」

「船が上手くいけば、海から攻められるじゃないの」

「ああ……。そういやそうだ」


 フウロは、頭の中で大陸の地図を思い浮かべて納得する。

 ゲール帝国の本拠地は人界南東部・トゥーリンギアにある。そこは、人界北東部・アウストラシア――すなわち、いまフウロたちがいる地域と海を隔てて向かい合っているのだ。


 アウストラシア全土の確保を前提として、船を仕立てて攻め寄せることが出来れば、かなり効果的な襲撃となることだろう。

 なにしろ、人界の者たちは海を渡って何者かがやってくることなど想像したこともないのだから。


 そんな部下たちの会話にスオウは苦笑しながら場をまとめるように言葉を放つ。


「まあ、いずれにしても先の話だ。まずは彼女への協力とその見返りだな」

「はい。幸い、人界ではゲルシュター隊商団を頼って旅をすることは珍しいことではないようです。ですから、皇女殿下の息のかかった隊商団に合流させて派遣を進め……」


 スズシロはそこまで言ったところで口を閉じた。司令部天幕の入り口で騒ぎが生じていたからだ。

 外から飛び込んできた幾人かの兵が、警護に置かれている兵たちに押しとどめられている。どうやら、あまりに興奮している様子の兵をなだめているようだった。


「どうしました!? 殿下の御前ですよ!」


 スズシロはその体格に似合わぬ大音声で叱責の声を飛ばす。途端、揉めていた兵が全てその場で膝をついた。

 だが、その中でも外からやってきた兵たちの代表格である女性はすぐにばっと顔を上げ、スオウたちに向けて、こう叫びを上げるのだった。


「真龍です!」


 と。



                    †



 三界の空は飛竜のものである。

 それは、人界、魔界、神界全てに共通する認識だ。

 だが、その中でも、王者と言われる存在がある。


 大ぶりな鱗に覆われた体が、陽光にきらきらと光る。

 強力な二枚の翼に支えられた巨体から伸びる長い首がもたげられ、周囲を睥睨する。

 のど元に光る宝玉が美しくも恐ろしく煌めく。

 鋼鉄をも切り裂く鋭い爪を持ち、大地を踏み割ると言われる力を秘めた巨獣。

 それこそは、空の王者、竜の中の竜、真龍族の姿に他ならない。


 真龍の外見で特徴的なのは、なによりも、そののど元についた宝玉だ。七色の光を放つそれは、三界に存在するいかなる宝石よりも美しく輝いている。


「三体……」


 カラク=イオの通信大隊長ユズリハは、騎竜にまたがりながら、とろけるような金の髪を持つ頭を傾けて空を見上げる。

 彼女の言葉通り、そこでは三頭の真龍が円を描くように飛翔していた。


「ここに降りるつもりですわね」

「どういたしましょう? 殿下のお出ましを……」

「無理ですわね」


 副官のミミナが動揺した声で言うのに、ユズリハはきっぱりと首を振る。

 魔族はかつて真龍と同盟を結び、共に戦ったこともある。そのため、お互いの意思疎通をはかる手段を持っていた。


 言葉のみならず、空に描く形で示す合図もその中には含まれている。

 そして、いにしえよりの伝統を誇る黒銅宮宗家の一人娘ユズリハは、彼ら真龍の示す合図の意味も理解できた。


「すぐに降りてきますわ」


 ユズリハが言った途端、真龍のうちの一頭が相変わらず円を描きながら、ぐんぐんと高度を下げ始めた。

 その目指す先は、ユズリハとその部下十数名がいる場所の目の前だ。


「まあ、陣城に降りるわけにもいきませんでしょうしね……」


 真龍の降下を見守りつつ、ユズリハはちらりと背後を見やる。そちらには彼女たちの本拠地、陣城があった。騎竜に乗って走ればすぐの距離ではあるが、離れていると言えば言える。

 真龍が陣城を攻めに来たのでない限り、わずかに離れた場所に降りようとするのは理解できた。


 そして、いかに真龍といえどもたったの三頭で魔族が詰める城に挑みに来るとは思えない。

 ましてや降りてくるのは一頭である。


「な、なにかの示威行動でしょうか」

「さて……。まあ、こうなったらどうしようもありませんわね」


 もはや真龍は地上にほど近い。その巨体はすでに彼女たちに強い圧迫感を与えている。実際、真上に落ちてくれば、魔族といえど簡単に潰れてしまうことだろう。

 だが、真龍はそんなことはせず、ユズリハたち巡邏の部隊が形作る半円の、その真ん中に滑るように着地する。

 見上げるような巨体であるくせに、なんの衝撃も感じさせない見事な着地であった。


 ユズリハは、騎竜の上から真龍の姿をじっと見つめる。

 その真龍のまとう鱗の色は漆黒。周囲の光を吸い取るかのようなその体の中で、宝玉だけがきらきらと輝きを放っていた。

 その玉が何度か明滅する。明らかになんらかの意図を持った光の点滅であった。


「ゆ、ユズリハ様……」

合身がっしんを解く、と言っておりますわね」

「え?」


 ミミナが疑問の声を上げるや否や、それは起きた。

 宝玉を中心に、真龍ののどの付け根あたりに亀裂が走る。そうして、まるで花弁が開くように、あるいは閉じていた拳が開かれるように、鱗と肉がめくれあがった。


 魔族たちが息を呑む音が聞こえ、無音の驚愕が周囲の空気を振るわせる。

 そこに現れたのは一人の男性。

 真龍の胸元の肉に埋もれるようにして、男性の上半身が生えている。

 そして、その頭部には宝玉が光っていた。


 そう、宝玉の持ち主は龍にあらず、この人体のほうであった。

 男の上半身は一つ身を震わせて咳をすると、ぱっと目を見開き、とてつもなく明るい表情を浮かべた。


「やあやあやあ! お久しぶりだね。魔族のみなさん」


 その表情に違わぬ明るい声で、彼は手をあげ、それを振った。


「僕たちはツェン=ディー。真龍族から君たちへの使いの者だよ」


 真龍の肉の中から現れた男は、楽しげな声でユズリハたちにそう告げるのだった。




(第二部・完 / 幕間に続く)

今回で、第二部は完結です。

次回からは、今回の話の間に起きたこと――リディアたちが陣を離れる前に、大陸の情勢を話し合うという幕間が四回あります。

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