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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち―  作者: 安里優
第二部:人界侵攻・蒼雷編
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第16回:接触(上)

「なんとなく垢抜けねぇ街だな」


 背の高い建物の間を歩きながら、リディアはそんなことを呟いた。今朝ファーゲンに入ってからしばらく街の中を歩き回っての感想がそれであった。


「まあ……中途半端っていうか、栄えきってないってのはありますよね」


 彼女の横を歩きながら、オリガが同意する。

 前から歩いてきた土地者とおぼしき女性が、彼女の額から頬にかけて走る傷痕を目に留め、ぎょっとした様子で体を避けていく。

 その露骨な様に顔をしかめて、リディアは少し考えるようにした。

 ちなみに、当のオリガは平気な顔をしている。


「やっぱ立地か?」


 ファーゲンは谷間を堰堤でふさぎ人工湖を作り、その堰堤に付属する島として作り上げられた都市である。

 元々の谷間の場所として、リ=トゥエ大山脈寄りとなるのはしかたのないところであろう。


 ソウライ地域を貫く街道からすると、西側の隣市リースフェルトから東側のショーンベルガーに向かう道から分かれて山中に入り込む形になる。

 道が整備されていないわけではないが、リースフェルト=ショーンベルガー間が本筋と思われても不思議ではない立地であった。


「ですね。なにしろ少し足を伸ばせば『街道の終点』があるわけですし」

「人間心理としてみりゃ、そっちに行ってみたくなるわな」


 ショーンベルガーはいわばソウライにおける最果ての地である。

 かつて先史時代の中心地であった『大いなる都』が大陸南西にあったことや、魔界との距離を考えると、人界全体の最果てと言ってもいい。

 自然、人々はそちらに集まることとなる。そして、交通の便もそれほど良いとは言えないファーゲンは比較すれば寂れてしまうことになる。

 もちろん、まるで田舎町というわけでもないのだが。


「あとは、面積ですかねー。元々人界の都市はそれほど余裕があるわけじゃないですけど……」

「ここはなんせ島だもんな。建物をどれも高くしてるのも、露店がないのもそのせいだろうが……。せせこましいというかなんていうかな」

「圧迫感に繋がっちゃってますよね」


 二人はそんな風に街の印象を語る。彼女たちの言うとおり、狭い土地を有効活用するためか背の高い建物をぎっしり詰めた町並みは、見る者に圧迫感をもたらし、あまりよい心証を与えなかった。

 居住するほうにしてみれば、住む場所を少しでも広くしたいのは当然であったろうが。


「まあ、いい。飯でも食おうぜ」

「そうっすね」


 二人はそうして適当に店を選び、その二階席に向かった。この街では一階席は常に割高なためであった。


「ともかく、もう混乱はねえみたいだな」

「歩いてると兵の姿はちらほら見えますけど、その程度っすね」


 なにしろ魔族による占領である。

 ファーゲンの街の人々が恐怖で息をひそめていることも、不安に震えていることも、あるいは無闇と混乱していることも、どれもありえたし、容易に想像できた。


 しかしながら、ファーゲンの街を歩いた限りは治安が極端に悪化していたり、逆に活気がまるでなくなっていたりという様子は見られなかった。

 現地の住民であれば変化は見て取れたであろうが、外からの来訪者であるリディアたちが戦の直後の風景としてみると、驚くほど静かなものと思えるのだった。


「ショーンベルガーの兵をさっさと入れたのが効いてんのかもな」

「ですね。人間だからといっておもしろ半分に殺されるとか、そういう極端な恐怖は薄れるでしょうしね」

「そのあたり、かなり気を遣ってんだろうな」


 彼女たちはファーゲンに入る前、都市の前に張られた陣でこそ魔族たちを見ていたが、街に入って以来、それらしき姿を見かけていない。

 街のどこかにはいるのだろうが、少なくとも大通りを闊歩して、民を脅かすというようなことは無い。実際、ほとんどの魔族は都市の外にいるのだろう。


「戦王国群はともかく、ソウライじゃよそに征服される経験がありませんからね」

「魔族って存在の上、戦には慣れてねえ地域のおかげで、かなりお行儀の良い軍になっちまってるんだろうな」

「略奪も派手なのはやってなさそうですしね。まあ、都市全体としては絞り上げられてるでしょうけど」


 戦の後、略奪が行われれば、そう簡単にその後始末は出来ない。内部の品物が収奪されれば、建物も無事では済まないためだ。

 だが、そんな形跡はうかがえなかった。

 リディアは腕を組んで考え込む。


「実際のとこ、下っ端に分捕らせるよりは、都市全体から吸い上げる方が、軍としちゃあ儲かるもんだ。だがよ、それをきっちり統制出来る軍はまず無ぇ」

「普通は無理っすね。たいての兵士は略奪品まで含めて給金だと思ってますし」

「ああ。だが、魔軍はやってのけたんだろう。女ばっかりなところもあるし、人間とはそもそも意識が違うと切り捨てるのは簡単だ。けどよ……」

「軍を取り纏めてるやつらの手腕と見る方がいいっすね。もちろん、兵の練度自体もあるんでしょうけど」

「だよなあ」


 彼女は腕を組み直し、自分のこめかみをとんとんと叩いた。


「てことは、やっぱり本気なんだろうな、三界制覇」

「少なくとも、全部かっさらって魔界に戻ろうなんて動きではありませんね」

「だなあ」


 そんなことを話しているうちに、注文していた料理が運ばれてくる。彼女たちはひとまずそちらに集中することにした。


「なんか珍しいキノコが入ってんな」


 キノコとブタ肉の炒め物を食べながら、リディアがそんなことを口にする。


「ああ、名産なんすよ」


 同じものを食べていたオリガが、口の中のものをごくんと飲み下して応じた。


「この都市っていうか、湖を作ってる堰堤があるじゃないっすか。あれの内側ってみっしり土が詰まってるんじゃなくて、一部は洞穴になってるんですよ」

「ふうん。それで強度を保てるのか。さすがは先史時代の建造物だな」

「ええ。で、その洞穴で育てるんすよ、キノコ。耕作地が狭いせいもあるんでしょうけどね」


 なるほどなあとリディアがキノコを口に運ぶのに、オリガは豚肉を小刀でつついた。


「こっちも洞穴で育ててるらしいっすよ。なんでも光のないところで育ててるせいで、ブタの目が無くなってるとかなんとか」


 キノコの生える洞窟で育てられるそのブタが、現地ではモウモクヨロイナシヨロイブタと呼ばれていることまではオリガも知らない。いずれにしても、普通のヨロイブタと味はそう変わりなかった。


「キノコを育てて、そのキノコでブタを育てて、最後はあたしらがみんな食うってか」


 なんだか愉快そうに言いながら、リディアは肉をはむっと口にする。オリガも楽しげにその炒め物を平らげていった。


「食うと言えばですね」

「うん?」

「魔族は魚を食べるらしいですよ」

「魚」


 リディアは虚を突かれたようで、見事に口を開いたまま固まった。しばらくして、彼女は感心したように頷く。


「なるほどなあ。食についてはかなり融通効くんだろうな、魔族は」

「でしょうねぇ」


 二人は魔族と人間の共通点と相違点について考えながら、しみじみと頷き合うのだった。



                    †



 そうして言い交わしながら食事を進め、食後の軽い酒を口にする。ヨロイヒツジの乳から作られた酒は、ほのかに甘く口当たりが良かった。


「それにしても、やっぱりこれだけ大きい都市で帯剣出来ないのは不安じゃないっすか?」

「まあなぁ。小さな宿場町じゃそこまで気にしないんだが……。人が多いとな」


 リディアとオリガの両人とも、都市に入る段階で腰に吊っていた剣を預けるよう強要されていた。

 慣れた場所ならばともかく、来訪回数が少なく、かつどんな人々がいるかわからない都市部で武装できないのは不安もあったが、預けないわけにもいかない。

 おかげで両者とも少々心許ないところがあった。


「これ、姐御も持っておきます?」


 言いながら、オリガは自分の袖に逆の手を突っ込む。

 そこから彼女が引っ張り出したのは六角に削られた木の棒だ。長さは彼女自身の肘から手首ほどか。


「いや、慣れねぇもんは持たないでおくさ。素手で敵わねぇ相手はお前に任すよ」

「そうっすか? じゃあ、まあ……」


 彼女はその棒を再び袖口にしまい込もうとする。ところが、そこに声がかかった。


「スミマセン」


 見れば、二つ隣の席から、一人の男性とおぼしき人物がこちらを見ている。確定できないのは、その人物が頭からつま先まで灰色の衣服で覆っているせいだ。顔も布で覆われ、出ているのは目元だけ。

 つい先ほどまではその席にはもう一人――彼の連れであろう少女がいたはずだが、いまはどこかに行っているようだった。


「突然話しかけて、申し訳ありまセン」


 男の言葉には、時折奇妙な発音が混ざる。さらにかぶっている頭巾はぴょこんと飛び出た獣の耳の形を示していた。

 これらのことから、相手はどこかの地方から出てきた獣人であろうとリディアたちは見当をつけた。


 獣人に限らず亜人たちが差別を怖れて特徴的な体を隠すのは珍しいことではなかったし、喉の形が人とは違うために発音がおかしくなることもよくあることだった。


「いや、いいけど。なんだ?」

「その……棒は、なんでスか? すみません。私にハ珍しいものばかりで」

「ああ、これっすか。護身具ですよ」

「ゴシング?」


 首をひねる男。その様子にリディアとオリガは顔を見合わせ、微笑んで彼を手招いた。

 二人にそうさせるだけの空気を、彼はまとっていた。


「近くで見てみな」

「ありがとうございマス」


 ぺこりと頭を下げて、男は空いていたオリガの隣に移動してきた。彼女はしまいこもうとしていた棒を、彼によく見えるよう示してやる。


「基本的には硬い木を削って握りやすくしたもんです。こうして握って……」


 言いながら、オリガはその棒を軽く握り、構えてみせる。見るからに堂に入った構えであった。


「身を守るんす。実は、これ、芯に鋼入りなんで短剣くらいなら受けられますよ。折れませんしね」

「なるほど……」


 男は感心したようにオリガの構えを眺めている。


「それに、地方によっては刃物を持ってるだけで難癖つけられますけど、これなら身を守るためって堂々と言えますしね」

「ほう。旅慣れているのですネ」

「まあ、商人だかんな。あんたは?」

「私は、戦う……。アー、軍人です」

「なるほど。それで武具に興味あるんすね」


 オリガは構えを解いて、にっこりと微笑んだ。


「アタシも軍人になろうとしたんすけどねー。途中で止めなきゃいけなくなって」

「そうなのデスか」

「まあ、商人も楽しいっすよ。色んな所いけますしね」

「それはうらやましい。ところデ、先ほどの構えですが……」


 オリガが男と気さくに話している様子をリディアは楽しげに眺めていた。

 オリガは人見知りする性質でもないし、気むずかしいわけでもない。だから、どこへ行ってもそれなりに人の輪の中に入ることが出来る。しかし、当たり前だが商売に行った先で武術の話になることは珍しい。

 楽しげに話すオリガを見ているのは、リディアにとっても楽しい時間であった。


「色々とありがとうございマス」


 しかし、そんな会話は男の同行者である少女が戻ってきたところで途切れる。ちょうどよいとリディアとオリガは店を出ることにした。


「じゃあな。またどこかで会うかもな」

「はい。お元気デ」


 挨拶を交わし、一階へ向かおうとしたリディアが、男と少女の会話の断片を耳にした途端、表情をこわばらせる。


「姐御?」

「しっ」


 不思議そうなオリガを黙らせ、店を出てから早足で通りを歩き出す。


「どうしたんすか?」

「あいつ、極北語を使ってやがった」

「え?」

「魔族だよ。魔族の男だ」

「……それって」

「ああ。スオウとかいう奴だ」

「あれが……」


 リディアの言葉に驚きを覚えながらも、オリガは慌てて振り向いたりはしない。代わりに、元の店からは見えにくい位置にある小さな路地を指さした。

 そこに隠れて、二人は言葉を交わす。


「どうします?」

「……こりゃあいい機会だろ」

「行っちゃいます?」

「いや、その前に観察だ」

「了解です」


 そうして、二人は店から男女が出てくるのを待つのだった。



                    †



「お金が足りませんです」


 リディアとオリガが食事を摂っている頃、ファーゲン近傍のカラク=イオ陣ではそんな言葉が発せられていた。

 薄暗い天幕の中、カラク=イオ参謀のスズシロは、発言者である庶務中隊長カノコのことをじっと見つめ、小さくため息を吐いた。


「やはり、足りませんか」

「はい」


 カノコは手元にある書類をわざわざスズシロに示そうとはしない。彼女は庶務中隊の長として、カラク=イオの経理を司っているが、大きな動きには当然スズシロやスオウの決裁も必要となる。

 スズシロが現況を知らぬわけはないのだ。

 それでも、あえてカノコの側から口にしなくてはいけないこともある。


「カラク=イオがファーゲンを支配したことで、太子様とエリちゃん……というよりはエルザマリア・ショーンベルガー嬢との婚約が成立。これによってショーンベルガーと我々との間に正式な同盟が成り立つわけですが……」

「実に喜ばしいことです。本来は」

「はい。でも、その慶事を祝うためにも……お金を返さなきゃいけませんです」


 カノコの言葉に、スズシロは再びため息を吐いた。


「ショーンベルガーへの未払い金を一度精算しないことには格好がつきませんからね……」


 スオウ側の面子の問題もあるが、ショーンベルガーの側もそれを求めるだろう。利を求めるための婚約なのだから、当然と言えば当然であった。


「一応、すぐに借り換えできる分もありますが……」

「どれほど?」

「ぎりぎりで半分かと」

「足りないのは?」

「ファーゲンからの貢納を急がせたとして、全体の六分の一ほどです」

「足りませんね」

「足りませんです」


 カラク=イオはファーゲンを支配下に入れたように、資産がまるでないわけではない。

 だが、現金は圧倒的に不足していた。

 そもそも神石リンガムを貨幣とする人界に対して、魔界は魔界で鋳造される貨幣を用いている。


 魔族の貨幣を換金してくれるような組織はないし、魔界からの補給を前提とした作戦行動で、人界で換金出来るようなものをそれほど持ち込んでいるわけもない。

 そんなわけで、カラク=イオの現金保有高は極端に低かった。


「ファーゲンもショーンベルガー並みだと予想していたのがいけませんでしたね……」


 スズシロがそんな風に自分の見積もりの甘さを嘆く。とはいえ、最初に見た人界の都市を基準に考えてしまうのはしかたのない部分もあったろう。


「同盟相手として豊かな都市が得られたのはよかったと思いますです。エリちゃんもとっても協力してくれて」

「ええ。それは本当にありがたいと思っています。エリも、色々と融通はしてくれますしね。だからこそ、あまり無理をさせたくはないとも思います」

「はい」


 カノコが真剣な調子で頷くのに頷き返し、スズシロは独り言のように呟く。


「やはり、婚約自体をリースフェルトを落とすまで待ってもらうことに……。しかし、そうなると……」


 カノコはしばらく彼女の思考を邪魔せずにいたが、ついにぶつぶつと漏れる言葉も途切れ始めたところで、声をかけた。


「そういえば、エリちゃんは今日は?」

「ん? ああ、殿下とお出かけです。ファーゲン市内の視察ということになってますが、まあ、散策ですね。彼女にはファーゲン降伏の際の交渉などでずいぶん手を借りましたから」


 多少は休んで欲しいということだろう。もちろん、そこにはスオウへの気遣いも含まれている。


「お二人だけで?」


 そこで不安そうな表情を浮かべたカノコに、スズシロは安心させるようにこう言うのだった。


「大丈夫ですよ。ファーゲン市内には、シランと彼女の配下の者が潜んでいますからね」

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