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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち―  作者: 安里優
第二部:人界侵攻・蒼雷編
35/125

第8回:対陣(下)

 再開される会談へと向かうスオウは、防柵を出ようとするところでふと横を見やった。

 柵の内側には、兵たちが整列している。もちろん、全員というわけではないが、正面の防柵には数多くの兵がついていた。

 その兵たちの一部を見て、スオウは首をひねる。


「なにか?」


 見送りについていたフウロが尋ねた。声は平静だが、その態度は緊張に満ちている。

 皇太子親衛旅団の栄えある第一隊を預かる身として、部下を鍛えに鍛えてきた彼女である。

 なにか叱責を受けるような事があれば、恥辱に震えることだろう。

 だが、スオウは襲撃大隊の兵たちに不満があるわけではなかった。


「あそこの……右から四人目の兵」

「え? ああ、はい」

「体調が悪そうだ。休ませてやるといい」

「……はい。必ず」


 スオウが視線で示した兵を確認し、フウロは頭を下げる。彼は一つ頷いてヤイトとの再びの会談に向かっていった。

 その背を見送って、早速兵の方へ向かおうとしたフウロの前に腕が伸ばされる。

 自分を通せんぼしているその手の持ち主に目をやって、赤毛の女は不思議そうな顔をした。


「スズシロ?」

「私が」

「え?」

「顔が怖いですよ。調子の悪い兵をさらにおびえさせてどうするんです」


 その言葉に驚いたフウロが足を止めている間に、スズシロはさっさと兵のほうへ向かってしまう。

 機先を制されたフウロは、少々情けない顔つきになって、少し離れていたカノコに近寄って尋ねかけた。


「……あたし、そんな顔してたか?」

「……残念ですけど」

「……そっか」


 体調が悪いことを隠してまで任務につくんじゃない、と兵を責める気持ちがあったことは否めないため、諦めてスズシロに任せるしかないフウロであった。


「あ、ヤイトも出てきましたね」


 話題を変えるようにカノコが会談の様子を口にする。二人が座って話し始めるのを見ながら、彼女はそのかわいらしい顔をしかめさせた。


「太子様の本心としては、ここで始末しちゃいたかったりするんでしょうか」


 スオウがくびり殺したいのを我慢すると言ったのを受けてか、カノコはヤイトに真剣な目を向ける。

 そんなカノコの肩にフウロは手を置いた。


「やめとけ。お前の『相』でも、殺しきる前に救出されちまう」

「むぅ……」


 彼女が不満そうに頬を膨らませるのに、フウロは苦笑して説明を加えた。


「魔界の皇帝家は暗殺されない。そう言われてる。なぜかっていえば、とてつもなく生命力が高いからだよ。皇帝家の『相』自体が、そういうもののようだけどな」

「獣化していなくてもです?」

「獣化していなくても、だよ。そりゃあ、抵抗できないような状態でいきなり八つ裂きにすりゃあ殺せるだろうけど……。まずその状況を作り出すのが難しい」


 ユズリハの毒でさえ、人の姿のスオウを痺れさせるのがせいぜいだと言っていた。フウロたちがくらえば痺れるではすまない毒でもだ。


「抵抗されちゃったら、まず無理ですか……」

「だな」


 皇帝家の生命力を持ってすれば一撃目で致命傷を喰らうことはまずない。

 そして、一撃で倒しきることが出来なければ相手も獣化してしまうだろうし、皇帝家の者を守る者たちが参戦してくるだろう。

 そうなれば、相手を殺害するという目的は達することが出来なくなる。

 いま、ここでカノコが暴走しても、ヤイトを殺せずスオウを危険にさらすだけの結果となりかねない。それではなんの意味もないのだ。


 カノコはしょんぼりと肩を落とした。

 一方、フウロは止めておいてよかったと安堵の息を吐いている。彼女は、その手の下でうねるカノコの体の熱を、はっきりと感じていたからだ。


「でもな、だからこそ気をつけないといけないことがあるんだぞ」

「はい?」

「皇帝家は暗殺されない。だが、その周りはどうだ?」

「……なるほど。私たちにですか」


 皇帝家の者は害することが出来なくても、その手足を奪うことは容易い。

 通常なら暗殺対象とはならないだろうが、上を暗殺不能なために下が狙われるということはあり得るのだ。


「まあ、あんまり意識しすぎてもあれだけど、一応念頭には……」


 そこまで言ったとき、背後でどさりとなにかが倒れる音がした。

 カノコもフウロも振り向いた時にはすでに駆け出す体勢になっている。その視線の先で、二つの人影がもつれあいながら大地に倒れていた。

 二つの体のうち、下敷きになっているほうがスズシロだと見て、フウロは最大の力を込めて大地を蹴った。


「列を乱すな!」


 自分たちが一番近いと見て取ったフウロが声を張る。

 それによって、各所から駆けつけようとしていた者たちの動きはその場で止まった。

 そのまま飛ぶように走って、フウロとカノコは一人の女の下敷きになっているスズシロのもとへたどり着く。


「カノコ、誰も近づけるな」

「はいっ!」


 カノコを傍に立たせて、フウロはわたわたもがいているスズシロを引っ張り出した。

 その間、彼女に乗っかっていた女はなにも動こうとせず、低いうめきを上げているだけだった。


「無事……か?」

「ええ。そのようです」


 女の下から引きずり出されたスズシロは、フウロの手を借りて立ち上がった。そうして、三人は意識を失っているらしい女を囲んで立つことになる。


「どうしたんだ? こいつは?」

「調子が悪いというのが相当のことに見えたので、彼女を軍医のところに連れて行こうとしていたんです。ところが、途中で彼女が私に倒れかかって」

「……っ!」


 フウロとシランの会話を聞きつつ様子をうかがっていたカノコが、女の手を軽く蹴った。すると、拳が開き、そこから落ちたものが金属音を立てる。


「……どうやら、なにかされそうだったところで、彼女の方が倒れたようですね」


 拳に握り込まれていた針状の武具を見て、スズシロが結論づける。フウロは額をおさえながらため息を吐いた。


「……のようだな。自分で用意した毒にでもあたったか」

「間抜けな暗殺者ってところですね……。ああ、武器には触れないように」

「はい」


 早速女を縛り上げるカノコにスズシロが注意する。武器には毒が塗られている可能性が高かったからだ。


「わっ、すごい熱です」


 持っていた縄で女を縛りながら、カノコがそんなことを呟く。その声を聞きながら、スズシロはフウロに目を向けた。


「注意した方がいいでしょう。暗殺は機を合わせることがよくありますから」

「あたしたちも襲われるってか?」

「それも考えられます。ただ、それだけではなく、他の攪乱があるかもしれません。たとえば……」


 彼女がそこで事例を挙げようとした矢先、スオウとヤイトの様子を注視していた小隊長の一人が大声を上げる。


「大隊長!」


 振り向いたフウロたちはその小隊長が指さす方を見て、なにが起きているかを悟った。


「おいでなすったようだ」


 フウロのそんな呟きが、ことの不穏さを示していた。



                    †



「あんたに賛同するというわけにはいかん」


 会談の再開第一声は、スオウのそんな厳しい発言であった。だが、すぐに続いた言葉に、ヤイトは思わずにんまりと笑み崩れる。


「……が、魔界のためというのは理解してもいい。かなり譲って考えて、だがな」

「うむ。そうか。いまはそれでいい。大事なのは、スオウ。魔界の安寧であり、帝室の存続だ。わかるであろう?」


 スオウは大きくため息を吐いた。ヤイトはその大げさな態度を、精一杯の抵抗と受け取った。


「そうだな。それは魔界にとっては重要なものだろうな。しかし、メギがそれを実現できるものか?」

「さて、そこよ」


 沈鬱な表情になり、ヤイトは声を潜めた。


「メギは儂にとっては可愛い息子だ。これまでもしっかりと期待に応えてきてくれたものだ」

「俺と違って、だろ?」

「ははっ。それは、それよ。だが、あのような酷薄さを持ち合わせておるとは思ってもみなんだ」

「親族を害するような……か」


 ヤイトは重々しく頷く。

 彼は目の前の息子の指がぎゅっと己の腿をつねりあげるのに気づかなかった。どういう感情がそこにあるのか見つけることはなかった。

 その代わりに、彼は思い切って秘密を打ち明けるような態度でスオウに語り掛けた。


「儂としては、混乱を長引かせたくはない。いまはメギをもり立てていくしかないのだ。しかし、だ」


 ヤイトがスオウを懐柔するために考えた耳に心地よい言葉は、そこで途切れた。

 スオウ自身が遮ったからだ。


「ちょっと待った」

「ん?」


 ばっと手を掲げヤイトを止めようとしているスオウの視線は、ヤイトには向かっていない。

 その顔は自分たちの陣のほうを向いていた。


「どうした?」

「何か……起きた」


 ヤイトには察せられぬことであるが、防柵の傍にカノコとフウロの姿がない。こちらを警戒する幹部がいないというのは異常事態に近かった。


「少し様子を……」

「ん?」


 スオウが顔を戻し、声をかけたところで、今度はヤイトが不審そうに首をひねった。

 彼はスオウに倣って自陣を見やり、スオウの陣とは段違いに慌ただしく動く兵たちに目を留めたのだ。


「一体、なにを……」


 自分が把握していない動きに、苛立ちを露わにヤイトが立ち上がろうとしたとき、それが宙に舞った。


「なっ……!」


 魔界の監国は中腰の姿勢のままで絶句し、一方で、黒衣をまとった青年は言葉を発する間も惜しいとばかりに椅子から転げ落ちた。

 その勢いのまま低い姿勢で駆け出すスオウ。

 まるで、遊技にでも使いそうなまあるい球が数個、空に高く打ち上がっている。それを見た結果だ。


 そして、スオウが座っていた場所からたった数歩の場所にばらばらと球が落ちてくる。

 地に落ちた球は弾むでもなく内から破裂し、炎を吹き出した。

 瞬く間にスオウとヤイトの間に炎が走る。

 炎の壁が立ち上がったところで、ようやくスオウは背後を振り返り、一声放った。


「ははっ! どうやらメギの方が一枚上手だったようだな!」

「なっ」


 スオウの言葉で、ヤイトは事態を悟る。

 メギに派遣されたあの男が配置した部下たち――諜報を専らにする者たちが、周囲を巻き込みながら、攻撃を始めたのだと。


 ぎりぎりの緊張状態にあった兵がそれに煽られ戦闘に参加すれば、これを鎮めるのは容易いことではない。

 ヤイトやスオウの意図に関わらず、戦闘は拡大するだろう。


「今度は、こちらから会いに行くぞ、ヤイト。それまで死ぬなよ!」


 それだけ言って、スオウは身を翻す。

 炎と煙の向こうに消えていくその背を、ヤイトは呆然と見つめるほか無かった。



                    †



 自失していたヤイトは、熱と煙にあてられて、はっと気づいたような顔をした後すぐに走り出した。

 滑るように駆けていったスオウと比べるのは酷であったものの、その外見から予想するよりはずいぶんと身軽に彼は自陣へと向かった。

 部下たちが駆け寄ってくるのに、大声で怒鳴りつける。


「誰が攻撃を許可した!」

「そ、それが誰もそのようなことは……」

「そんな馬鹿なことがあるか!」


 黒銅宮の者たちもヤイト自身の側近もろくに事態を説明できない。実際、大半の部隊長が現状を把握しようと右往左往している状況であった。

 そんな中で、禿頭の小男がすすっと彼に近づいてくる。


「閣下、これは事故です」

「事故だと!?」


 ヤイトは憤懣やるかたないという様子で辺りを見回した。上の者たちが止めようとしているというのに、すでに獣化している者がざっとみただけで半分ほど。

 ここまで来ると、部隊はすでに戦闘態勢にあるといっていい。


 これが事故の一言で片付けられるというのか。


「はい、事故です。関の兵の幾人かが緊張に耐えきれず、攻撃に出てしまいました」

「関の兵が、な」


 それが真実であるならば、スオウの言葉は言いがかりだったということになる。

 だが、本当にそうだろうか?


 そこで、ヤイトは考えた。目の前の男の性質を考えれば、自分の部下を直に使うようなことはしまい。

 ならば、関の兵が、というのは事実だろう。

 問題はどうやってその兵たちを焚き付けたか、だ。

 彼は、最初に攻撃を行った爆炎鬼ばくえんきのことを思い出す。


「そうか……放火魔オグンか」


 ヤイトは口の中だけで呟き、自らたどり着いた結論に納得した。


 放火魔オグン爆炎鬼ばくえんき轟炎鬼ごうえんきなどの炎鬼えんき系列の亜種とも言える相である。

 外見はそれら炎鬼と変わらず、基本能力も同等のものを備えている。

 特徴的なのは、その炎から発する香気である。その香りは魔族たちを昂揚させ、戦闘への恐怖を忘れさせる。

 物理的な炎ではなく、精神に放火し、狂乱へと導く。それが、放火魔オグンだ。


 そんな放火魔オグンを兵の間に紛れ込ませていたとしたら。

 同じ炎鬼系で、影響を受けやすい爆炎鬼ばくえんきが暴発するのも理解できる。

 だが、この場でそれを証明することは難しい。

 だから、彼はとりあえずは追求を諦めた。


「まあ、よい。ともかく兵を鎮めよ。無駄な小競り合いで損耗してもしょうがあるまい」

「いえ、閣下」


 兵を抑えろという命に口を挟んだのは、禿頭の男ではなく、ヤイトの側近の一人だった。沈痛な面持ちで、側近は首を振る。


「もう手遅れです」


 彼の言葉を裏付けるように、彼らの陣に向けて、スオウたちの反撃が飛来する。

 こちらが放ったのと同じ爆炎球ばくえんきゅうが落下し、炎を広げる。

 針の塊のような球体は、大地に落ちるまでもなく空中で破裂し、その鋭い破片をそこら中にまき散らす。

 なんの前触れもなく地面が溶けたようにえぐれるのは大出力の光線砲。

 轟音と共に紫電が走り、それをまともにくらった中型竜が泡を吹いて膝を折った。


 全てが被害を生じるような場所に命中したわけではない。むしろ、大半が届いていなかったり、見当外れの場所に向かっていたりした。

 だが、それはすぐに修正されるだろう。

 いずれにしても、激しい攻撃が始まっていることに変わりはない。


「ばかな……」


 ヤイトは顔色を失う。

 現状、対峙している兵の数はほぼ互角。だが、ヤイトたちの背後には鳳落関が控える。

 スオウの側が攻勢に出て、なにを得するというのか。彼にはまるでわからなかった。


「閣下!」


 だが、わからないからと固まっているわけにはいかない。彼はついに腹を決めた。


「全軍を獣化させよ! 奴らを追い払うぞ」

「はっ!」


 周囲の人間たちがその命に応じて動き出す。

 その中で、禿頭の小男だけが、スオウたちの軍の攻勢を見て瞳の奥に奇妙な光を灯している。


「さすがはかのハグマが鍛えた部隊。攻め時を心得ているか……。さて、手強いな」


 しかし、男の呟きは戦の喧騒の中で誰の耳にも届くことなく消えていくのだった。



                    †



 スオウが駆け戻る間に、兵たちは獣化を始めている。

 柵の内側から飛び出してきそうな幾人かを手を振って制止し、彼は自分の足で陣の中に駆け込んだ。


「我が旗を掲げよ!」


 その声に応じて翻るは、黒に三月さんげつ

 全てを覆いつくさんとする、スオウの意思。

 声が届かない場所にいた兵も、それを見て俄然士気を上げた。

 獣化した兵たちがその巨体を揺らしながら戦意を高めていくのが、膚で感じられる。


「殿下!」


 幹部の三人が駆け寄ってくる。カノコはなぜか縛り上げられ気絶しているらしい兵を後ろに引きずっていた。

 彼女たちの顔つきに、スオウはほっと安堵の息を吐いた。なにか起こったのはたしかであろうが、それほどの重大事ではなかったと判断出来たためだ。


 ひとまずフウロにあちらからの攻撃の対処だけを命じて、残った二人に彼は尋ねる。


「なにかあったな?」

「スズシロ様が暗殺者に狙われて」

「私は無事ですのでご心配なく」

「なるほど」


 縛られているのは暗殺者ということかと彼は納得した。

 それでもスオウは自分でも確認しようとスズシロを上から下まで観察する。その視線になにか落ち着かなさそうにしつつも、彼の参謀はまじめな口調で進言した。


「ですが、急ぎませんと。ここでの攻撃だけではないかもしれません」

「なに?」

「私の暗殺に合わせ、攻撃を仕掛けてきました。他も同時に行おうとしているかもしれません。たとえば……陣城で」

「なるほど」


 同時に何箇所でも事を起こし対処を難しくするのは破壊工作の常套手段だと、スズシロは告げる。

 それにはスオウも同意であったが、まずはここを無事に切り抜けなければならない。


「そのためにも速やかに退却せんといかんな。準備は?」

「出来ております。しかし、機を掴みませんと」

「うむ」


 機を掴むと、スズシロは言った。

 そのことの意味をスオウはよくわかっている。

 だからこそ、彼はスズシロとカノコに退却の準備を進めさせ、自らはフウロの横まで進んだのだ。


 最前線で兵たちに指示を飛ばしていた赤毛の女性は隣に立つスオウに獰猛な笑みを向ける。

 それに応じて口角を上げ、実に朗らかに彼は宣言する。


「さあ、黒銅宮の者たちに、目に物見せてやろうじゃないか!」


 いつも通りよく通るその声が、戦闘の開始を明確に伝えていた。

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