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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち―  作者: 安里優
第四部:人界侵攻・征西編
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第21回:偵察(上)

 ネウストリアの獣人の大頭目、あるいは獣人の『英雄』シャマラは迷っていた。

 自らの種族の自由のために、カラク=イオとの共闘を選び、その協力を取り付けたまではよかった。

 だが、問題は、いつ本拠地に戻るかであった。


「手紙はやりとりできるんだけどにゃあ……」


 いまも、シャマラの手には部下からの書簡がある。

 ネウストリアの近況を知らせ、どう対処しているかを克明に記したものだ。念のために暗号を用いているので読みにくいが、状況は把握できる。


 だが、そこに記された日付はだいぶ以前のものだ。


「どうしても時間はかかりますわよね」

「そうなんだにゃ」


 シャマラは書簡から目を離さないまま、ユズリハの言葉に応じる。

 とろけるような金の髪を持つ黒銅宮の姫は、シャマラの背後で長いすにゆったりと寝そべり、自分の書類に目を通していた。


 そのくつろぎようから、ここがユズリハの天幕だと錯覚しそうになるが、実際にはシャマラに与えられたものである。

 彼女はこうしてシャマラの天幕にたまに顔を出しては、なにかおしゃべりしたり、あるいは何も話さず寝そべっていたりするのだ。


 一人魔族の陣中にある自分を心配してのことでもあろうとシャマラは感謝している。一方で、ひっきりなしに報告が届き、指示を下さねばならない状況から一時的に避難するという理由もあるのだろうと、推測もしている。

 いかに責任ある立場の者でも、一息つきたい時というのはあるのだから。


「魔族の人たちに協力してもらって、アウストラシアに入ってからの速度は上がったけど、ネウストリアが紛争中なのはかわらないしにゃ……」


 ともあれ、いまはネウストリアとの連絡のことだ。


 カラク=イオとの共闘関係が決定された後、カラク=イオ影響下でのやりとりに関しては、魔族の伝達網を利用することが可能となった。

 各都市と陣城との間では、騎竜兵を用いた書簡の往復が日常的に行われており、重要度に従って、その速度も決められている。

 最高重要度の連絡など、替えの騎竜を何頭も用意し、都市ごとに伝令も入れ替わって、不眠不休でソウライを横断することになる。さすがにシャマラの部下からの書簡はそこまでの重要度には設定されていないのだが。

 それでも徒歩の獣人よりはずっと早く届くし、確実だ。


 とはいえ、ソウライに入るまで、あるいはソウライを出てからの行程は、いままでと変わらない。

 奴隷商人たちの襲撃を避けるため、安全な経路を取るとなれば、どうやっても時間がかかってしまうのだ。


「距離に加え、情勢もあるとなれば、致し方ないことではありますけれど……」

「的確に反応できないのは辛いとこだにゃ」


 うーんと唸るシャマラを、ユズリハはじっと見つめる。彼女は身を起こし、考えこむような顔つきになった。


「出来るならば、シャマラさんは本拠地に帰りたいんですのよね?」

「そうだにゃ。でも、ここにいるのも大事なんだにゃ」

「そうですわね……」


 いずれ、カラク=イオはネウストリアに対し大攻勢をかける。

 その時に行われる作戦をしっかりと把握し、獣人側でも呼応できるよう整えておく必要がある。


 もちろん、必ずしも獣人側の代表であるシャマラがその任を果たす必要は無いのだが、それをシャマラが行うことで得られるものがある。

 カラク=イオと獣人間の信頼関係だ。

 ネウストリア侵攻計画の策定段階から共に関わり、共に進めていく。共通の目的に向かって作業をしていけば、自然と仲間意識が生まれるし、なによりカラク=イオ側からすると代表者に話が通っているということで安心感が生まれる。


 そうして醸成される信頼こそが、自分とその仲間である獣人にとってなにより貴重なものであると、シャマラはよく理解していた。


「もう一回戻ってくるってのは……難しいだろうしにゃあ」

「ですわね」


 ネウストリアに戻れば、処理すべき事が山積みだろう。いなければいないでなんとか回るものだが、いるとなれば、当然彼女にそれらの仕事は回ってくる。

 こちらに戻る時間を作ることが出来るか、かなり心許なかった。


「どなたか、幹部をこちらに……というのは?」

「それが難しいんだにゃあ」


 シャマラはため息を吐いて、椅子の上でくるりと回転する。ユズリハの方に体を向け、彼女は実情を説明しはじめた。

 それによると、現在の獣人たちの集団で力を持っているのは、それぞれの地域の戦士たちを束ねる戦士長とでも言うべき者たちで、要するに前線指揮官である。

 暮らしの面倒を見る、文官と称されるべき者たちもいないではないが、獣人たちの中ではあまり重視される立場にないらしい。


「なるほど。戦士長たちをそれぞれの戦場から引き抜くわけにはいかないというわけですのね」

「そうなんだにゃあ。折衝が出来るのもいないではないんだけどにゃ……」

「そういう者ほど重要な場所に配置されていることでしょうね」

「むぅん……」


 奇妙な声で応じるシャマラであるが、その態度はユズリハの推測を否定するものではなく、むしろ肯定している。


「そこまで重要な現地指揮官を不在にするよりは、代表であるシャマラさんが外交を一手に引き受ける。それはそれで一つの選択ではありますわね。ただし、不在の期間をどれだけ見積もるかは……」


 ユズリハはそのたおやかな指をひらひらとひらめかせる。シャマラの目がそれを追い、耳がぴくぴくと蠢いた。


「実際の所、ネウストリアでの状況はどのようなものですの?」


 改めて、ユズリハは尋ねる。もちろん彼女とてネウストリアの情勢については何度も聞いているし、シャマラの様子からして、それが大きく動いていないことは察しているだろう。

 だが、それでも最新情報を持つシャマラに確認しておきたかったのであろう。


「これまで通り、膠着状態だにゃ。獣人側こっちには都市を攻撃するのは難しいにゃ。逆に人間側むこうにとっては都市から出てきて森で戦うのは大変だにゃ。ただ、やっぱり狩猟人を使う一派には押され気味だにゃ」

「狩猟人……。たしか、人を狩る種族でしたわね?」

「そうにゃ。別名は食人鬼オーガっていうにゃ」


 狩猟人は人から分かれた種族ではあるものの、言葉を棄て、おそらくは知能もそのほとんどを棄て、集団で人類とその近縁種を狩ることに特化している。

 その狩猟人をけしかけてくる場合があることはユズリハも聞いていることだ。

 さすがに獣人の身体能力をもってしても、人を狩ることで生きている者たちに対抗するのは難しいらしい。

 もちろん、その場その場での数の優劣にもよるのだろうが。


「その狩猟人ですけれど、何部隊もおりまして?」

「んー。一度に出てくるのは、だいたい一箇所だにゃ。たまーに二箇所に分かれてることもあるかもしれないかにゃってくらい?」

「少数なのは間違いないと」

「多くはないにゃ」


 投入される狩猟人の集団が多くないからこそ、全体としては膠着状態を保っているということなのだろう。


「けれど、いつまでもその数かはわかりませんわね?」

「そうだにゃ。あっちにしてみれば、成功ってことだからにゃ……」


 毛深い顔が渋面を作る。

 投入された戦場では、狩猟人のほうが優勢に立っているか、引き分け程度には持ち込んでいる。

 ならば、十分に成功とみて、次々に繰りだして来ないとも限らない。


「問題は、どれほど増やせるのかですわね?」

「そこはわからにゃいにゃあ……」


 難しい顔をするシャマラに、ユズリハも渋い顔をしていたが、しばらく考えた後でふと疑問を持ったかのような表情になった。


「シャマラさん。ネウストリアのことについて、一つお聞かせ願えまして?」

「もちろん、なんでもいいにゃ」

「では、お尋ねしますけれど、狩猟人が用いられた戦場以外では、基本的に膠着状態が続いているのですわよね?」

「うむにゃ」

「それは、お互いに、お互いの領域が、攻める方は攻めがたく、守る方は守りやすいためでして?」

「そうだにゃ」


 獣人は都市の城壁を抜くことが難しく、人間たちは森の中では容易に獣人に狩られる。

 お互いが、お互いの領域に深く踏み込むのは難しい状況だ。


「それは、人間の側も獣人の側も以前から承知のことではありませんの?」

「もちろんだにゃ。だから、ここ最近の戦闘前の数年……十年に近い間は、正面衝突がなかったんだにゃ」

「小競り合いはあったわけですのね?」


 たおやかな仕草で首を傾げるユズリハに、シャマラはしっかり頷く。


「人間たちはたまに森まで襲撃に来て、仲間を奴隷として連れて行ったにゃ。こっちは捕まった仲間を助けようと都市の外周を襲撃したりしたにゃ。他にも街道を行く奴隷商人たちを襲って仲間を解放したりにゃ。向こうは向こうで、目に付く獣人をかたっぱしから捕まえるものだから、ずっと険悪なのは続いてたにゃ」

「でも、大きな戦闘はありませんでしたのね?」

「昔はそこそこ大きい戦闘もあったにゃ。なぜっていえば、都市の外……森の中に製材所やらを建てて、そこに獣人たちも寝起きさせてたからだにゃ」

「ああ、それは……」


 森の中に獣人奴隷たちの宿舎があるとなれば、シャマラたちが解放に動かない理由がない。

 だが、そうした襲撃が繰り返されるようになると、人間たちは森の中に施設を作るのを止めた。


 宿舎は都市の外壁沿いに作られ、奴隷たちを働かせるのも都市からすぐに援護の来る場所に限られるようになっていく。

 そうなると、シャマラたちもなかなか手が出せない。

 監視の目が緩んだときにちょっかいを出して、少人数を逃がすのがせいぜいとなってしまったという。


「お互いに敵意を持ちながら、手を出しかねる状況がそこそこ続いていたというわけですわね?」

「そうなるにゃあ」

「ところが、それが変わった……。その理由はつまびらかになってはおりませんのよね?」


 ユズリハの言葉に、シャマラは手を広げ大きく肩をすくめて見せた。彼女にはさっぱりわからないということだろう。

 つまり、戦闘が激化したきっかけを、獣人の側は把握していない。

 では、その理由はネウストリアの人間の側にあるはずだ。


 ユズリハはその金の髪を自分の指に絡めながら、考え考え言葉を紡ぐ。


「お互いに、相手を攻め難い。そのことは承知していて、実際に変化が無い。では、変化が生じているのは……」

「狩猟人?」


 ユズリハが導きたいと思われる結論を先読みして、シャマラが声をあげ、そして、疑わしげに顔をしかめる。


「でも、そんなことで戦争を始めようとするものかにゃ?」

「シャマラさん」


 獣人の英雄、理想を追い求め、そして、それを実現してきた人物に、ユズリハはほほえみかける。


「戦争などというものは、実に下らない理由で始まるものでしてよ」


 その言葉の重みは、シャマラをして背筋を寒くさせるほどのものであった。口元に刻まれた笑みが実に美しいことも、シャマラは恐ろしく思う。

 これが、戦うために生まれてきた者――魔族かと。


 目の前のシャマラがそんなことを考えているとわかっているのかいないのか、ユズリハは笑みを収めて考え込む。


「とはいえ、これは、殿下にも聞いていただかなければならないことかもしれませんわね」


 そう言って、彼女は可愛らしく小首を傾げるのだった。



                    †



「なるほど、戦の始まった理由か」


 翌日になってシャマラとユズリハの話を聞いたスオウは、興味深そうにそう応じた。


「それに、シャマラが戻りたいと願うのも理解出来る」

「当然といえば当然ですな」


 スオウの言葉に頷くのは老将ハグマ。

 スオウの名代としてソウライ運営に注力している彼が陣城に戻るのは珍しい。だが、さすがにネウストリアへの侵攻という大事業を前にして、スオウと顔を合わせて相談する必要があったようだ。

 スズシロが外出していることもあり、このときはスオウの相談役として脇に控えていた。


 そんな隻腕の男と視線を交わしてから、スオウはユズリハとシャマラに向き直った。


「近々、先行偵察の部隊をネウストリアに送り込む予定がある。どうだろう。シャマラにはその一行と一緒にネウストリアに戻ってもらうというのは」

「なるほど……」


 ユズリハにもシャマラにも、スオウの言いたいことは理解出来た。

 代表者であるシャマラがわずかなりといえども援軍を連れて戻れば、獣人たちの士気はいやますであろう。

 それに、協力を取り付けたといっても口約束だけでは無いかと疑われることもなくなる。

 今後の協力体制を強固にするのには悪くない策であった。


 当然、先行偵察なのだから、本拠との連絡も密に保たれる。カラク=イオ側の動静を伝えるためにも有効であろうと思われた。


「その者たちに人間たちのことも探らせるというわけでして?」

「そうなるな」

「数はいかほどにゃ?」

「最低で百」


 ユズリハとシャマラ、それぞれの質問に応じてから、スオウはにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。

 その表情をユズリハは、そして、ハグマはよく知っていた。


 ユズリハはほうと熱い吐息を漏らし、ハグマは思わず額を押さえる。


「それと、俺だ」


 二人の反応に相応しい言葉を、彼は告げた。

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