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三界大戦記―好色皇子と三界の姫たち―  作者: 安里優
第四部:人界侵攻・征西編
106/125

第7回:約束(下)

「す……」


 わずかな沈黙を挟んで、ケイの唇から、そんな音が漏れた。

 そして、彼女は立ち上がり、諸手を挙げて叫ぶ。


「すっごい!!」


 唐突な――ある意味年相応の――反応に皆の視線が集まり、はっとした顔でケイはぺこぺこと頭を下げた。


「あ。すいません、すいません、すいません」

「若宮は、ただ、皇太子殿下の構想の遠大さに感激しているだけかと思われます」

「そうです、そうです」


 コクリュウが言うのに、彼女はこくこくと頷く。まだ立ったままの彼女の腕に手を当てることで席に戻しながら、コクリュウは続ける。


「正直、私も度肝を抜かれました。まさか魔界帰還よりも大それたことをお考えになっておられるとは」


 その言葉に笑みを浮かべるスオウをちらと見ながら、スズシロがまず答える。


「論理的帰結ではありますよ。魔界に攻め入るには現有勢力では不可能。ならば、勢力増強を図らねばならない。しかし、魔界を攻めるほどに人界で勢力を広げれば、神界とぶつかるは必定。ならば、最初から全てを呑み込むつもりで全てを計画すべきでしょう」

「なるほど……」

「まあ、なによりも、魔界から追い出された立場だ。好きにやらせてもらおうと思ってな」

「好きにやろうと思って、世界征服を唱える人はまずいませんよ」

「そうか?」


 平静な表情でとぼけるスオウにますます苦笑を漏らして、コクリュウはそれ以上追及することをやめた。

 どんな心情や事情から発しているにせよ、スオウたちが大まじめにそれを遂行しているらしいことはうかがえたからだ。


「現状、我々は人界全域から見ると北東部に当たるアウストラシアのさらに北部地域を手中に収めている。そして、これから戦線を広げていこうとしている」

「さすが皇太子殿下」


 ケイは興奮しすぎて、ふんふんと鼻息荒い。

 彼女の母が見れば、はしたないと叱るところだなどと思いつつ、スオウは注意することはなかった。いまのケイは子供っぽさが前面に出ていて、最初に会った時の堅苦しい様子よりはよほど好ましく思えたからだ。


「そこで、必要となるのが、ケイ。お前だ」

「なるほ……へ?」


 身を乗り出して話を聞いていたケイが驚いた様子で身を戻す。


「な、なぜでしょう?」

「俺の分身となりうる立場だからさ」

「なるほどねぇ」


 いまひとつ理解が及ばないという顔のケイを他所に、納得したように漏らしたのはシランであった。

 彼女はケイに向けて講義でもするように指を振る。


「古来、指導者の兄弟や子らは、名代を務めることはもちろん、指導者が他地域にいる場合の責任者として働いてきたのよぉ。貴方が皇太子の『息子』であるならば、それを任せることが出来る、というわけなのぉ」

「年格好が似てたら、文字通りの分身……影武者をやることもあったみたいだしな」


 フウロが補足するように言ってから、ケイのことをじっと見つめる。


 その途端、背筋どころか体中が冷たくなるのをケイは感じた。

 けして長いとは言えない人生であるが、彼女は同年代の魔族に比しても様々な出来事を経験してきているほうであろう。

 要塞ごと押しつぶされることを覚悟したこともあるし、近接戦闘で死の間際にあったこともある。


 だが、いまほど濃密に死の気配を感じたことはなかった。

 体中の感覚が無くなり、どくんどくんと鼓動を早める心臓の存在だけが意識を占める。

 そして、どくどくという鼓動の中に、全てが塗りつぶされていく。

 それは、恐怖ではなかった。

 それは、絶望でもなかった。


 それを諦めというのだと、いまの彼女はまだ知らない。


「悪くないかもしれませんね」


 楽しげに言うフウロの声で、ケイの意識は復帰する。何事か起こったかわからない彼女は、硬直したままに、隣でコクリュウが小さく息を吐くのを聞いた。

 それは、黒銅宮に潜伏していたときも聞いたことのないような緊張と安堵をはらんだ音であった。


「悪戯はよせ、フウロ」

「もうしませんよ」


 スオウとフウロの会話もどこか遠くに聞こえる。

 そんな呆けたようなケイとコクリュウをよそに、スズシロが自らの主を見つめて発言した。


「殿下のお考えはわかりました。たしかにまだまだ小勢力の我々にとって『首長の息子』というのは得難い人材といえます。ましてや、それが魔界において僭主どもへの反攻を指揮するほどの気概の持ち主であれば」

「い、いえ、ですから私は……」

「ケイ」


 思わず口を挟むケイを、コクリュウが止める。


「殿下もスズシロ殿も実態を仰っておられるのではない。人々の耳目に対してどのような意味を持つかを重視しておられるのだ」

「な、なるほどー」


 完全に得心したという風でもなかったが、ケイは頷いてコクリュウにその場を任せることにしたようだった。

 これはこれで主従のあり方ではある。そんな風にエリは人界の貴族としての目で観察していた。


「わかってもらえてありがたい」


 スオウが言ったのは、スズシロに対してであったか、ケイたちに対してであったか。


「ひとまず、ケイにはショーンベルガーに……」

「お待ちいただきたい」


 スオウが論を進めようとするところで、コクリュウが口を挟む。彼は言葉を遮った非礼をわびるように頭を下げようとしたが、スオウがそれを止めた。

 親衛隊とは別組織に属する彼が、より礼儀にこだわらずにいられないのは魔界の常識からいえば当然ではあるものの、いちいちそんなことをしていたら話が止まってしかたない。


 その意図が十全に伝わったかはともかくとして、彼は頭を下げるのを止め、話を進めることにしたようだった。


「殿下のお考えは理解しました。しかし、それは信頼あってこその話ではありませんか? 血縁という保証もない状況で、そこまで信を置いてよろしいので?」

「彼女を奉じて魔界を脱出することまでしてのけたお前が、ケイが信頼できないとでも?」

「ご冗談を。ですが、私は彼女の為人を知っていても、殿下はそうではないはずではありませんか」


 その問いに、スオウはしばし黙り込んだ。

 自分の顎をこりこりとかきながら、彼ははにかむようにして言った。


「俺はアサツキの信頼を何度も裏切ったぞ」


 説明はそれで終わりだとばかりに微笑みを讃える彼に、ケイは虚を突かれたようにぽかんと口を開け、一方でその隣に座る男は警戒するように目を細めた。


「……裏切れるものなら裏切ってみろと?」

「誰がそんなことを言っている」


 思わずと言った様子で笑い出すスオウ。だが、コクリュウの警戒と困惑の表情は解けなかった。


「だめよぉ。二人は、あなたに慣れてないんだから」

「しかたないでしょうね。この人は昔のこととなると、どうも自分に酔いやすくなりますから」

「それはあるわねぇ」

「まあまあ。シランも、スズシロも」


 主に対するとはとても思えない口調でぼやく二人をなだめるようにしてから、フウロはケイとコクリュウのほうに向き直った。

 スオウはといえば、傷ついたような表情で唇をすぼめている。


「殿下は、ケイが人を裏切ることなんてとても出来ないって承知だよ。そんなもの、対面してすぐわかる。この場の誰もがそう思ってる。そうだろ?」

「そうですね」


 同意を求められたエリはにこやかに頷く。その表情から、疑心などうかがえるはずもなかった。


「むしろ危ないのはお前だよ、コクリュウ」

「……私がケイに野望を吹き込むとでも?」

「側近なんて、そういう疑いを持たれるものだぜ? だが、お前はそれもわかってる。だから大丈夫だって踏んでるわけさ」


 自分の役割は終わった、と言わんばかりの表情で赤毛の女は参謀のほうを見る。スズシロはその視線に諦めたように口を開いた。


「もう少し言わせてもらえば、彼女が女性であり、かつ実際には血が繋がっていないことを理解している点が大きいと言えるでしょう。あえて意地の悪い言い方をするならば、立場が弱いことを自覚している。だからこそ、おかしなことはすまいと考えるのですよ」

「安心して利用できるということですか」

「コクリュウさん」


 張り詰めた表情で言葉を放つコクリュウにたまらず声をかけたのは、エリであった。


「ケイさんを守ろうと気を張るのはわかりますが、もっと気を楽にされたほうがいいですよ。いまはもうこの……カラク=イオの仲間と思われたほうが。たとえどんな事情で合流したにせよ、そういうものです」


 魔族ではない彼女のそんな言葉になにを思ったか。

 コクリュウはしばしエリの笑顔を見つめていたが、無言で一礼することで彼女に敬意を示した。


 その後、彼はケイに耳打ちする。それを受けて、ケイは何度か頷き、最後に『んっ』と可愛らしく喉の調子を整えて話し出した。


「殿下のお考えは理解いたしました。私が至らぬ部分も、このコクリュウが助言してくれるでしょう。本来ならば、皇子を騙った罪を問われてもしかたないところを、思ってもみない厚遇であります。しかしなが……えっと」


 舌がもつれたのか、ケイの口上が途切れる。コクリュウが助けを出す前に、スオウがぱたぱたと手を振った。


「慣れない話し方はしなくていいぞ、ケイ」

「それは……」

「俺たちは親子なんだからな」


 その言葉の持つ威力はすさまじかったようだ。

 ケイはぴょーんと伸びをするように立ち上がると、顔を真っ赤にしたまま早口で話し出した。


「で、では、そのですね。えっと、あの、いただく役割に文句はもちろんないんですけど、それをうまく出来るか自信がないんです。ですから、その」

「うん」

「こちらに詳しい方をどなたかつけていただけると!」


 勢い込んでそこまで言って、すとんと腰を下ろすケイ。


「ああ、なるほど。俺たち以外からも話を聞いて、しばらくゆっくり考えてみたいか」

「妥当な判断ですね」


 スオウとスズシロの視線はケイよりもむしろコクリュウに向いている。そのことをもちろん言われる側もわかっていた。


「まあ、そのあたりも考えてショーンベルガーが適していると思うんだが、どうだろうな、エリ?」

「うちですか?」


 スオウの言葉に小首を傾げるエリであったが、続けてこういうことだと意図を説明されて、深く頷いた。


「ああ、なるほど。それはいいかもしれませんね」


 そうして、その提案にコクリュウも納得し、ケイはショーンベルガーへと預けられることとなったのであった。



                    †



「ああ。コクリュウは残ってくれ。少し話したいことがある」


 しばしの雑談の後、天幕を出て行こうと腰を上げた二人にスオウがそう声をかける。その後で、彼はケイに困ったような笑みを向けた。


「そんな目で見るな。おかしなことはしないよ」

「あ、いえ、別にそんな!」


 不安そうな様子を指摘され、ケイは真っ赤になってわたわたと取り乱した。


「仕方のないところでしょう。とはいえ、大丈夫ですよ、今後の戦にかかわることを話すだけですから」


 安心させるようにスズシロが笑いかける。それでようやくケイは落ち着いたようだった。


「はい、わかりました。ええと……」

「じゃあ、ケイさんは私と少しお話ししてましょうか。ショーンベルガーの紹介をしておきます」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 そうしてエリとケイが連れ立って天幕を出て行き、残されたコクリュウは緊張の面持ちで幹部たちと対した。

 その様子に、スズシロは再び微笑む。


「そんなに構えないでください。ちょっとした現状確認ですから」

「確認ですか」

「ええ。あなたがたが持ち込んだ銃器ですが、稼働状況はどのようなものです?」

「ああ……」


 そうしたことであれば、答えるのは容易い。


「三十五挺ありますから、なんとか一人に二挺を確保しております。ただし、弾薬については心許ないですね」


 それを聞いた四人は顔を見合わせ、視線を交わし合う。結局、シランが口を開いた。彼女が聞くこととしたのは、銃器の知識に関して最も自信がないためであった。

 水晶宮のシランに取って遠隔兵器といえば熱波、光波が主であり、物理的射出兵器、ましてや小さな銃弾を用いるものなど縁遠いのであった。


「あれって扱いは大変なのかしらぁ? 本体のほう」

「ええ、まあ。しかし、通常使う範囲であれば、分解清掃を丁寧にほどこし、軽い修理をしていれば十分です。逃走続きでは、その手間がなかなか取れずに投棄せざるを得ないこともありましたが」

「ふうん。弾のほうはぁ?」

「弾薬もある程度は再利用が利くのですが、戦場では回収そのものが難しいですから、手持ちでやりくりするしかありません」

「魔界ではそのあたりの補給はどうしてたの?」

「弾薬は小規模ながら生産設備がありましたし、再利用も出来ました。本体に関しては、修復に修復を重ねてですね」


 ふうん、とシランは繰り返した。

 彼女はスズシロの顔を見てから、問いを重ねる。


「生産は可能なのかしらぁ?」

「銃そのものでしたら、構造は理解しておりますし、修理に際して部品は自作しておりますから、不可能ではないでしょう。時間は必要ですが……。ただし、弾薬に関しては数のいるものですし、設備を整えたいところです」


 そこで、コクリュウはしばし迷うように視線をうごめかしたが、結局まっすぐスオウを見つめて言葉を放った。


「個人的にも、羅刹病の人数分だけは確保しておきたいと考えております」

「それが己の身を守る術だからか?」

「それだけが我々が戦うための手段だからです」


 その言葉の勢いに、スオウは目を剥き、次いでスズシロと顔を見合わせた。


「コクリュウ、ここは人界だぞ」

「……はい」


 頷いてはいるものの、コクリュウにはスオウがなにを言いたいのか、よくわからない。

 人界であることは知っている。ようやく、敵対者たちに支配されている魔界を抜け出てきたのだから。

 そうした思いに囚われていたからこそ、彼には見えていないものがある。


「わかってないな。コクリュウ。ここは人界だ。いまも騙され続ける我らが同胞の住む場所だ」


 そして、とスオウは大きく手を広げた。


「ここでは『相』など持たぬ者のほうが多いのだ。むしろ姿を変えられる者のほうが少ない。今後は、我々の軍の中でも獣化出来る者のほうが少数派となっていくだろうさ」


 その言葉に、雷に打たれたかのようにかっと目を見開き、コクリュウは硬直する。しばらく後、彼の拳が胸の前でぎゅっと握られた。


「慣れておいたほうがいい。魔界の常識が通じるところばかりではないとな」

「胸に刻んでおきましょう」


 彼の脳裏になにが去来しているのか。

 その声はわずかに震えていた。


「ともあれ、銃器や弾薬に関しては、補充及び生産の準備を進めておいてくれ。細かいところはスズシロと打ち合わせてな」

「わかりました」


 そこでフウロが身を乗り出して興味深げに言う。


「順調にいけば人界の兵に与えて訓練するのもありかな?」

「そのあたりは慎重に進めないといけないんじゃない? 神界がどう出るかわからないわよぉ」


 シランがひらひらと手を上から下に振る。どうやらヴェスブールを消滅させた神界の攻撃を示しているようだった。


「ついこないだやったのにまたやるかあ?」


 フウロが疑わしげに言って、スズシロのほうを見やる。予測は参謀に任せたということなのだろう。


「魔界の者が小規模に生産している限りは気にしないでしょう。ただし……たとえばショーンベルガーに工房を構え、大々的に生産でもすれば、神界も黙ってはいないでしょうね。彼らにとっては禁忌の技術ですから」

「そうかあ。まあ、少数でも使い所はあるか……」


 いかにして今後少数は生産されるであろう銃器を戦闘で活かすかという思考にフウロが沈む横で、スズシロもさらに思考を進めている。


「あるいは……あえて戦利品として敵の手に渡すという手もありますね」

「なんでそんなことを?」

「人界に広めさせるためですよ。神界も、魔族に対して使われる前提であれば、目こぼしする可能性があります」

「自分たちが直接介入するよりは、ましだって?」

「ええ。そして、一度広まってしまえば、全てをなかったことにするわけにはいかなくなる。神界が禁忌としている技術を広める一つのきっかけとしては悪くないでしょう」

「それはあたしらが最終的に勝てる前提ならなあ……」


 スズシロが展開する論に目を白黒させているのは、その場ではコクリュウ一人だった。

 シランは楽しげにその片目をきらきらさせていたし、スオウは本気で考慮するように顎をなでている。


 本当に色々慣れなければいけないようだ、とコクリュウは心の中で独りごちた。


「まあ、いまはその話はいいだろう。生産が確実に可能となったときに検討しよう」

「それもそうですね」


 そうしてその話は終わり、スオウはコクリュウに向き直る。


「ひとまず、ケイも含めてお前たちにはショーンベルガーに滞在してもらう。部下を休めておけ。人界のことを知り、いつでも動けるようにな」

「はっ」


 言葉の様子から話も終わりに来たと判断したのだろう。コクリュウは立ち上がってその命を受ける。


「最後に」


 魔界の皇太子は顔を引き締め、秘密を打ち明けようとするかのように声をひそめた。その重々しい態度に思わず姿勢を正し、耳を傾けるコクリュウ。


「いまはケイの腹を膨らませるようなことはするなよ。名目上は息子なんだからな」

「するわけないでしょう! 相手は子供ですよ!」


 思わずと言った様子で激しく反論した後で、からかわれたと思ったのだろう。なんとも言えない表情になりながら、コクリュウはさっさと天幕を出て行った。


「冗談だと受け取られたかな」


 スオウは首を傾げながら、そんな言葉を漏らす。シランもフウロもスズシロも、賢明にもそれになにか言おうとはしなかった。

 その代わり、スズシロが確認するように問いかける。


「では、彼女は表向きは全き『皇子』として扱うということでよろしいのですね? それにふさわしい待遇と責任とを与えると」

「ああ」


 きっぱりと頷いてから、スオウはどこか遠くを見るようにする。


「これが違う場所、違う時であったなら、また別のやり方もあったのだろうと思う。だが、いまの俺にはこうするしかない」


 そこで、彼は自分を見つめる三人に笑いかけた。


「あれの母への恩義もある。アサツキと交わした約束もある。だが、なによりも俺を頼りに故郷を飛び出してここまでやってきた少女の力になってやりたい。そう思うんだ」

「それでいいと思いますよ」


 三人を代表するようにフウロが言い、その後は誰も言葉を発しなかった。

 それは、けして不快な沈黙ではなかった。



                 †



「よろしくお願いします!」

「あー、よろしくー」


 あからさまに緊張をたたえながら頭を下げる男装の少女に、亜麻色の髪をした少女が気の抜けた挨拶を返す。

 ショーンベルガー城の奥の奥、知る者とて少ない一室でのことであった。


「まあ、これからしばらくは共同生活になるわけだし、そう気負わなくていいよ」

「あ、はい。その……お邪魔します」


 その部屋の主である少女がそんな風に言うのに、ケイは再び頭を下げる。目の前の少女には前日も会っているのだが、彼女はその時と同じ感想を抱く。

 なんとエリに似ているのだろう。

 だが、筋から言えば、ケイが最初に会った人物のほうが彼女の――エルザマリア・ショーンベルガーという少女の――影なのだ。


「本当は、部屋に人を入れるのはそんなに好きじゃないんだけどね。でも、一人も二人も変わらないし」


 言いながら、エルザマリアは部屋の隅を手で示す。そこには、一人の人物が座っていた。

 窓から差し込む陽光を受けて、柑子色の髪がまるで燃え上がるようにも見える。

 ケイの入室にも何一つ反応せず、ただぼんやりと窓に向かうその人物こそ。

 戦王国群北辺にその人ありと言われた旭姫ローザロスビータ・ミュラー=ピュトゥであった。


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