No.6 共犯者
結城さんの車が角を曲がるまで見送る。
なんだか、夢の中にいたような ふわふわした感覚が身を包んでいた。
あんなキス……何年ぶりかしら
知らず唇を指で触る。
また二人で会いたいと言ってくれたけど、返事はできなかった……。
「そんなトコにぼうっとしてると蚊に刺されるわよ?」
ふいに声をかけられて反射的に振りかえる。
「ちょっと店に入んなさい」
呆れたような五月の声に足元から震える。
「緑茶でいい?」
「あ、うん……」
真夏でもお湯割りの五月らしいチョイス。
「で?いつからなの?」
「え?」
「結城さんとは、いつから付き合ってるの?」
「付き合ってるなんて……」
「付き合ってないの?キスまでしといて?」
っ!!
指先が冷たくなっていく。
「あんなトコで無防備にキスしてちゃダメよ?」
「あ、はい……」
「結城さん、そういうとこ抜かりないと思ってたけどガッカリだわ」
「そんな!!彼はとても素敵な人で……」
「それだけ裕子に夢中って事か……」
「………」
重い沈黙が続く。
何を言っても墓穴を掘りそうで、言葉が出てこない。
「裕子……アタシは別に あなたを責めてる訳じゃないのよ?」
え?
「正直言うと、あの真面目な裕子がこんな事するなんてってビックリしたけどね」
「わ、私だって……」
「この先どうなるかは分からないけど、アタシはずっと裕子の味方だからね!!」
五月……
「ありがとう…」
ちょっとウルウルしちゃうわ。
「でも、裕子もお目が高いね!!結城さんてウチの店でも一二を争うイケメンだもんね」
「わ、私そんなつもりは……」
「分かってるわよ(笑)ただ、アタシは知らない事にしとくからね。その方が結城さんも誘いやすいだろうからさ」
「誘うだなんて……」
でも、店主が従業員と客の不倫を知ってちゃダメよね。
「妊娠だけは気をつけてね?」
「ええ!?あ、はい……」
五月ったら、生々しいよ(泣)
苦笑いしていると、携帯が鳴った。
「メール?結城さんからじゃない?」
「ええ?さっき別れたばかりよ?」
でも、結城さんからだった。
《夢のような時間をありがとう。また食事に行きましょう》
「うわぁ、スマートだね」
「ちょっ、勝手に見ないでよ〜」
「いいでしょ?アタシは共犯者みたいなもんだし」
んん〜(泣)
「ふふふ。裕子が恋するのって18年ぶりかしら?」
「……結婚してから、トキメキとは無縁だったからね」
でもそれは、どこの主婦も一緒でしょ?
「まぁアタシはバツイチだからね、もう少し短いわよ?」
「え?今、恋人いるの?」
「こんな美人が一人でいる訳ないでしょ?」
あ、はい。ごめんなさい(笑)
「お客さん?」
「職場恋愛はしない主義なの」
「あら?ごめんなさいね(笑)」
「いいのよ。裕子なら許すわ」
なんか高校時代に戻ったみたいね。
あの頃も こうやって二人で恋の話をしたっけ。
「この調子だとデートは店の定休日かしら?」
「ん〜。そうなるかな?夫も水曜日なら飲み会で午前様だしね」
「旦那さん、そんな時間まで飲んでるの?裕子ったら甘やかしすぎよ」
ぷくっと頬を膨らませる五月。
「でも、お付き合いも仕事のうちだからね」
「はぁぁ、よく出来た奥様だこと」
「そうでもないわよ?手抜き主婦よ?」
「手抜きは賢い主婦なら当たり前よ(笑)」
結城さんとのデートで高揚していた私たちは、空が明るくなるまで語り合っていた。