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番外6【ゴブ1号の過去】3

 シャランーーー……鈴が鳴く。


婆『裁きの雷よ、罪を洗い出し、ふさわしい罰を与え給え』


 婆が呟き、天へ突き出すように杖を構える。すると拳大の光の塊が杖から放たれフラフラと左右に揺れながら天に上っていった。

 情けない軌道を描いていたそれは途中で雲に当たり、見えなくなった。


『何だよ!!不発でいてやんの!!どこが『弱くない』だ?ババァ、お前この中で間違いなく一番弱いわ!!』


 目の前のモンスターが馬鹿にしたように鼻で笑う。


 しかし婆はそれ以上はなにも言わずただニヤリと不適な笑みを深くしただけだった。


 その直後、雷鳴が轟く。見上げるとちょうど杖を掲げている辺りの上空に不自然に雷雲が発生した。


 ゾクリ。

 背中に冷たいものが走る。


 雲がはらんでいる雷がバチバチと嫌な音をたてて、その姿を晒していた。一瞬だけ見えたそれはまるで鎌首を擡げて獲物を捕らえるような動きに見えた。


 本能が全力で警告を鳴らす。


 そして俺は婆が何をしようとしているかを悟った。


 あの杖と服装は前に婆から教えてもらった婆が魔法を使うときの正装だ。

 確か婆は魔力が薄いから祈祷をして効果を上乗せする。とか言っていたような気がする。


 そこまで思い出したところで。





 雷が、落ちる。





『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ』


 目の前にいたモンスターに雷が落ちた。

 鼓膜が震えて振動を伝えてくる、それは振動に耐えきれずに吐き気を催すほどの轟音。

 雷が落ちた音に負けてかき消されたはずのモンスターの醜い潰れた絶叫が雷の音に紛れて響きわたったように聞こえた気がした。


『ぁぁぁ。ーーーー』


 そして。


 あっと言う間に黒こげて煤けたそれはドサリ、と叫び声の余韻とともに倒れる。

 しかし、まだ完全には息絶えていないのか、それともまだ体に雷が残っているのかビクビクと痙攣していた。


 モンスターが倒れたときに鼻孔を突いた臭いは、脳裏に焼き付いて離れそうにもない。

 焼け焦げた肌から煙が上がり、それがより一層周囲に嫌な臭いを振りまいているような気がしてならなかった。


婆『罪により、纏うは蒼き焔、煉獄浄化』


 婆は特段気に止めた風でもなく、次なる呪文を唱え始めた。


 そして、杖を小刻みに揺らした。

 シャンシャンシャンシャン……ーー。


『あぎゃあ!!』『あついあついあついあついあついあついあついあついあついあつい!!いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!あああああああああああああああああああ!!』『いだい゛ぃぃぃぃぃぃ!!』


 各場所で悲鳴が聞こえる。


 耐性のないモンスターたちがあっと言う間に最初の死体のように焦げて煤けた。


 婆は額に浮かんでいる大粒の汗をたらたら流しながら、呪文を唱え続けた。


 そういえば、祈祷何チャラの後に婆が言っていた。


ーーーー私はね、爪の欠片ほどの魔力しかないんだ。しかも薄墨のような濃さのね。


『ごろぜぇぇぇぇぇぇぇ!!』『キハハハハ、婆許せる?許せない?許せない!!有罪ギルティ!!キハハハ』『ブチ殺し、皆殺し、全殺しぃぃぃぃぃ!!』


 モンスターの中でも特別耐性のあるものだけが、生き残っていた。


 その耐性のあるモンスターたちの怒りと攻撃が婆に殺到する。

 よく考えてみればこうなるのは避けられずある意味では当然と言えただろう。

 氷が炎が水が電気が、ありとあらゆる攻撃が、婆に向けて放たれる。


ーーーーだから、魔法を使うと対価として持ってかれちまうのさ。


 しかし、それでも婆は不敵に笑う。


ーーーー命。って、やつをね。


 最初に耳に届いたのは、狂った獣のような意味を持たない叫び。


『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


 轟音とともに爆風が襲ってきて、ふんばっていたはずの俺の体を易々と吹き飛ばした。


小ブリン『うぎぇ』


 そのまま数回転がって止まる。


 体が痛くて起き上がれなかった。

 だが、婆の安否が気になり、顔だけを動かして婆を探す。


 婆は爆発の中心地で立ってはいたが口に手を当てて激しくせき込んでいた。


 ーーーギヒヒ、まずい。その位置は非常にまずい。今すぐどかなくちゃいけねぇ。


 今や婆は四方から囲まれていていつ攻撃されてもおかしくはなかった。


小ブリン『ぁ、……ばぁ』


 しかし、声がでない。


 そうしてる間にも婆は気づく様子はなく必死にせき込んでいた。


 ーーーギヒヒヒ、やばい。どうする。俺も動けねぇ、婆は気づかねぇ、もうお手上げだ。たった一人で集落全体のモンスターを敵に回すなんて正気の沙汰じゃねぇしな、無理だったんだ。


 諦めに似た絶望がジワリ、ジワリと徐々に心を浸食する。


 それにしても婆、ちょっとせき込み過ぎ何じゃねぇのか?


 未だにせき込み続ける婆に嫌な予感をせずにはいられなかった。

 その時、婆が一際大きな咳をした。

 びちゃ、と質量のある何かが婆の口から飛び落ちる。


小ブリン『う……そだろ。おい!!』


 飛び出たそれは、紛れもない。血。


 婆は血を吐き出していた。


小ブリン『…ぁあ……ばぁ…』


 意味なんて伝わるわけなかったが、ひたすらに叫ぶ。


 気づきやがれ!!そこから逃げろ!!


小ブリン『……ばぁ……ばばあぁぁ……』


 聞こえたのかはたまた祈りが通じたのか偶然だったのかその全てだったのか、婆が弾かれるようにこちらを見た。


 俺と目が合うと僅かに目を見開きそして微かに微笑んだ。それは覚悟を決めた奴だけがするような穏やかな表情だった。


婆『爆』


 瞬間、視界が白一色に変わる。叫んだはずの名前もかき消されて、体も吹き飛び上も下も右も左もわからないぐらいに滅茶苦茶に弄ばれた。


 ああ、クソったれ!!

 あの婆自爆なんて一番割りに合わねぇの選びやがって!!


 言いたいことはたくさんあったが、それが口から出るよりも先に白い世界に意識が引きずり込まれた。


 ああ、本当にクソったれ!!




 手放した意識が戻ったのは割りと早めだったらしい。


 体を動かそうとして体全体に広がっている痛みが思考を焼く、しかし今こうして感じている痛みが婆のところへ行けるという証明に他ならない気がして、婆のいた辺りへ体を引きずり這いながらも、近寄っていく。


小ブリン『ばぁ……ばあ?』


 声はしわがれていて、一気に歳をとったようだった。


 爆発の影響か地面にぽっかりと穴が空いていた。

 そこに全身いたるところが傷つき満身相違に程近い婆が肩で息をしながら立っていた。


 姿を見て安心する反面、まだそんな状態で生存していることに驚いた。

 最後の……気を失う前のあれは、多分爆発なのだろう。

 あれだけ強力なものはなかなか魔法じゃ作り出せない。


 一体婆はどれだけの物を対価として持っていかれちまったんだろうか。


小ブリン『……ば、……ばばぁ……』


 婆のいる穴の縁に手をかけたとき不意にグラリと視界が傾いた。


 頭の冷静な部分が理解したことを呟く。


 落ちてるぜ。


小ブリン『ぎゃ……ぁぁぁぁぁぁ!!』


 しかし、予期したような衝撃や痛みは無く、代わりに呆れ返ったようなため息が聞こえた。


婆『なんだい、天使様かと思ったら、小ブリンじゃないかい。全く、使った魔力が無駄じゃないか!!』


小ブリン『……今……なんて?』


婆『使った魔力が無駄だったって言ったんだ、ゴホゴホガホ!!』


 婆は自分の治療すらろくにせずに俺に魔力を使っていた。

 そして頭に手を当てて気づく。

 痛く、ない。


小ブリン『なんで……』


 婆は口元を乱暴に拭うと、言い放つ。


婆『天使様かと思ったからだよ!!うるさいな!!理由なんか何でもいい!!私の魔力だよ!!どう使おうが私の勝手だろう!!』


小ブリン『だけどよ!!婆!!』


婆『じゃあ、私も対価として要求する』


 そして婆は真剣な顔をして、押し殺した声で告げる。


婆『私を殺して、喰え』


小ブリン『っ!!冗談になってねぇぞ!!』


婆『当たり前だよ!!冗談でこんな悪趣味なこと言い出す奴がいるもんかい』


 絞り出すような婆の言葉に、俺は、こう答えるしかなかった。


小ブリン『ーーーーーーーー。ーーーーーーー?』





ゴブ2号『ぎひひ?どおしたお?』


 気遣うようなゴブ2号の声で我に返る。


 ……今何をしていた?そうだ、最初の狩りの話になって。それで?


ゴブ1号『……ギヒヒヒ、すまねぇな、昔のことだ、記憶にねぇよ』


 いつの間にか額に浮かんでいた脂汗を幾分か乱暴に拭う。


ゴブ2号『……うん』


 ゴブ2号はまだ納得していないのだろうが、小さく頷いた。


ゴブ1号『ギヒヒ、見ろ、あれが【シャクシャイ】だ』


 それ以上聞かれるのが嫌で強引に話題を変えた。

 今度は答える声はなく、ただ頷いただけだった。

一応これで終わりになります。

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