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番外5【ゴブ1号の過去】2

ゴブ1号『ギヒヒヒ、最初の狩りつってもな、俺が覚えている限りのなんだがな』




?????『小ブリン!!朝飯はまだ出来ないのかい!?』


小ブリン『ギヒヒヒ、うっせーよクソ婆、食うしか脳のねぇ奴はのたれ死ね!!』


 …………小ブリンってのは俺で、婆がつけた名前だ。小さいゴブリンってことらしく、昔は嫌でしょうがなかったんだが今よりは格段にましだったな。


婆『ばっ、婆だって?!いくらお前が生体化してないとしても今のは聞き逃せないよ!!』


小ブリン『ギヒヒヒ、一人じゃ満足に飯も食えねぇ婆のくせしやがって』


 婆とは俺が気づいたときにはすでに一緒にモンスターと人間がより集まった集落に暮らしていた。そして婆は年だからと俺を召使いのようにこき使いやがった。


婆『なんだいお前だって一人じゃ生きていけない若造のくせに』


小ブリン『ギヒヒヒ、何だと!?』


婆『その飾りが付いた耳じゃ聞こえなかったんならもう一度言ってやろうか、一人じゃ生きていけない若造め!!』


 婆との小競り合いと罵り合いは日常茶飯事でいつものことだった。


小ブリン『ギヒヒヒ……うるせーよ。近所迷惑だろうが、声落としやがれ』


婆『おっと、まったく医者から止められてんのに血圧上がっちまうよ』


 そして二人でいきなり冷静になるのもいつものことだった。


 俺たちにとっちゃ挨拶代わりの口喧嘩が一段落して朝飯を食べていた頃、婆がおもむろに口を開いた。


婆『……そうだった、思い出したよ。小ブリン!!』


小ブリン『ギヒヒ、何だよ。急に大声出すなよ、隣にいるんだから聞こえねぇわけねぇだろうが!!』


婆『今年の祭りの禊ぎはうちに決まった』


 婆はどこか虚空を見つめながら、何でもない風に気楽な口調で言った。


 俺らの集落では、何年かおきに祭りを行っていやがった。

 祭りって言ってもな、そんなのは建て前ってだけでやってることは殺戮ショーと大差なかった。


 中でも禊ぎってやつが一番狂っていやがるやつでな、早い話、モンスターに人間を食わせるんだ。

 集落の中で共存していくために禁じられている『人間を食う』ってことが何でか知らねぇが、祭りだと許されていた。だが、食うのを許されているのは禊ぎに選ばれている人間だけだった。


小ブリン『っ……ぎ、ギヒヒヒ、随分と笑えねぇ冗談だな?』


婆『冗談じゃ、ないからねぇ』


小ブリン『だとしたら、何で、何で!!婆が選ばれんだよ!!』


 婆から禊ぎに選ばれるのは若い娘だ。と聞かされていた俺は少なからず動揺していた。

 若い娘なら、集落のなかに5人はいたはずだ。

 だから、なぜ、後は枯れるのを待つだけと言った風の婆が選ばれたのか理解が出来なかった。


 さっき俺が入れたばかりの茶を片手に婆は少し疲れたように笑った。


婆『さぁてねぇ、選ぶのは人間。選ばれるのも人間。って言ったら分かりやすいかい?』


 その、笑顔の裏に隠されてごまかされてしまった何かがたまらなく嫌で、俺は婆に必死に言い募った。


小ブリン『ギヒヒ、まだ祭りまで時間があるだろ!!一緒に逃げようぜ!!』


婆『……モンスター共がこのおいぼれて、やせ細っちまった体で満足してくれるといいんだけどねぇ』


 しかし婆はそう言ったっきり、俺の誘いには答えず。お茶を啜って動かなかった。


小ブリン『ギヒヒヒ、おい!!婆、暢気に茶ぁなんか啜ってねぇで答えろよ!!』


婆『小ブリン。』


 ただ名前を呼んだだけ、しかし今までずっと暮らしてきた俺でも聞いたことがない地を這うような低い声だった。


婆『小ブリン。お前が私を、見くびるのか』


 婆がこちらを向いた。


小ブリン『っひ!!』


 俺が見た婆の目には何の感情も写っていなかった。


 何もわからない。何も感じ取れない。ガラス玉という言葉がぴったりの透き通った目。


婆『小ブリン。お前も私を、見くびるのか』


 先ほどとまったく同じトーンで聞かれた問いに、何も答えられなかった。


小ブリン『ば、婆?』


婆『……私は、恐怖で逃げるくらいなら、恐怖に立ち向かうことを選ぶ。小ブリンは私に、逃げろと言うな。逃げ道を作るな』


 婆は急に弱々しい息を吐き出した。


婆『……確かに私は……弱い。だが、お前に同情されるほど弱いつもりはない』


 最後にはキッパリと言い張った婆にそれ以上何も言うことが出来ず、ただ情けなく『おぅ……』とか言うので精一杯だった。


婆『しかしまさか若造に、小ブリンに同情される日が来るとはねぇ、私も、歳をとったかねぇ』


 そう言って婆はまたお茶を啜った。そして、落ち着いたように、ほぅ。と息を吐く。

 俺も何となく婆の隣で茶を啜った。だが、それはもう冷めきっていて全然旨くなかった。


 祭りの日がとうとう数時間後に迫った。


 だが、婆には焦る様子は見られず、いつもと変わらなかった。


婆『小ブリン!!晩飯はまだ出来ないのかい!?禊ぎに遅れっちまうよ!!』


小ブリン『……何であんたはそんなにいつもと変わらねぇんだよ』


 変わらない婆の様子に、思わずそんな言葉がこぼれた。


 婆は心外だとばかりに目を大きく見開いた。


婆『いつもと変わらないだって!?とんでもない!!私は今とても肉が食べたい!!菜食主義は今日でやめだ、これからは肉をむさぼり食うぞ!!』


 婆はどこから取り出したのかナイフとフォークを両手でもってカチンカチンと打ち鳴らした。


小ブリン『だから、そういうことじゃねぇんだよ』


婆『いいやそう言うことだよ。人間悲観的になっちまったら、ちっとも前に進めやしない。人間は適当ぐらいに肩の力を抜いて生きるのが一番なのさ』


小ブリン『だけどよ!!』


婆『以外と気づかないだけで人間なんて、人生なんて、そういうもんさ。だから早くしな!!私は今腹ペコなんだよ!!』


 早く早くと急かされるままに肉を焼き、皿に乗せ、婆に渡した。

 ジロジロとなめ回すように皿に乗った肉を見つめた婆が呆れたと言わんばかりに大きなため息を吐いた。


婆『無粋だし品がないねぇ、どうせ最後の晩餐なんだ。もっと綺麗に盛り付けようと思わないのかい!!』


小ブリン『うるせぇ!!くそ婆のくせに最後だなんて言うな!!これからも俺が婆の為に飯を作り続けるんだ!!最後じゃねぇよ!!最後になんかしてやらねぇ!!』


婆『何だい、小ブリン。お前いっちょまえなこと言って、悲しんでるのかい』


小ブリン『悲しくなんてあるわけねぇだろ!!婆とはまた祭りが終わった後で会えるんだ!!悲しくなんてねぇ!!』


婆『…………、そう言うことに、しておいてやろうかねぇ』


 何だかんだ言いつつも本当に時間が無かったらしい婆はその後素早く飯を平らげると、禊ぎに出かけていった。

 最後の晩餐云々はどこへ行った。と時間が余っていたら聞きたかった。


 俺は最終まで悩んで婆の最期を看取るためだ。と自分に言い聞かせ、祭りに参加した。


 俺が行ったときに祭りは既に佳境に入っていて、婆が寝そべるはずの神聖な祭壇にまで、酒樽とモンスターが転がっていた。飲めや歌えやのドンチャン騒ぎで、辺りには噎せ返るようなどきついアルコールの臭いが漂っていた。


小ブリン『うぇ、ぷ』


 嗅ぎなれない臭いにたまらず鼻と口を押さえる。


 そんな俺の隣で酒を浴びるほど飲んで悪酔いしたモンスターから冷やかすような声が上がる。


『人間はまだかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』『はやぐ、ぐいだい゛ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』『にんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげんにんげん』


 それはもはや恥も外聞もない。モンスターとしての本性と欲望を丸出しにした醜い集まりと化していた。


『にっく!にっく!にっく!にっく!』


 俺よりも小さいモンスターすら無邪気な笑顔を満面に浮かべて拳を空へと突き上げる。


小ブリン『ぎ、ギヒヒヒ、なんだよ……これは一体よぉ』


 余りにも異質な光景に俺はたじろいだ。

 肉を食いたくないと思っている俺はおかしいのか?

 思わずそう考えてしまうほどモンスターは人間の血に、肉に、飢えていた。


 そんなとき、よく響く声がモンスター達の声を裂いて聞こえてきた。


『うるさいねぇ!!こちとら最期なんだ!!何が楽しくてそんな死に急ぐような真似をしなくちゃならないんだい!!…………最初に誤解の無いよう言っておいてやるが、私は一応禊いだが、大人しくてめぇらみたいなバケモンに喰われる気なんてこれっぽっちも、髪の毛ほどもない!!私の!!人間の肉が喰いたかったら私をブチ殺してからにするんだね!!』


 よく聞きなれた声だった。


 見るとそこにはなぜか祭壇に足をかけた婆がいた。姿は赤い袴姿で、手には細かい細工の入った鈴付きの細身の杖を持っていた。


 婆を見たモンスターが一斉に静まり返る。しかしすぐにざわざわと騒がしくなる。


『なんだ?あのババァ?』『知らねぇか?ほら、あのゴブリンの……』『ああ、あのババァか、なんでここにいやがる?』『そんなことどうでもいい、オレらのことバケモンっつったぞ!?』『禊ぎって……どういうことだ?』『ババァが禊ぎ?つまりババァが食ってもいい奴?』『にっく!にっく!にっく!にっく!』『村娘はどうした?』『にげたにげたにげたにげたにげたにげたにげたにげたにげたにげたにげたにげたにげたにげたにげたにげたにげた!!ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないない!!』『それどころかいつの間にか村に誰もいなくなってんぞ!!』『にんげん、はやぐ、たべたい゛ぃぃぃぃぃ!!』『おじいちゃん食べるにんげんがいないの!!わかる!?』『お、お、お、たべたい゛ぃぃぃぃ』『だから誰もいないんだって!!』『喰う……ババァを?』『……ないよりは、ましだろう』『そしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそしてそして』『そうだ、そして、捕まえて、腹が膨れて満たされるまでむさぼり食えばいい』


 モンスターたちは血走った目で婆を見た。


 今、この瞬間ほどモンスターたちの息が揃うことは無いだろうと言い切れるまでに統率の取れたキレのある動きだった。


婆『話がまとまったとこ悪いんだけどねぇ……私はてめぇらバケモンにそう易々殺されてやれるほど弱くはないんだよ』


 婆は不適な笑みを浮かべ腕と一緒に杖を振るった。


婆『ブチ殺されたくなかったら、全力でブチ殺しに来な』


 杖に付いた鈴がこれから婆と戦う全てのモンスターをあざ笑い、歓迎するかのように、どこまでも軽く、どこまでも澄んだ汚れを知らない音でシャリン、と鳴いた。


 それはこれからたくさんモンスターが傷つき血生臭くなるであろうこの場にはふさわしくないようでいてこれ以上探しても見つからないほど妙にこの場にあっていた。


婆『私は、手加減なんてもんはとうの昔に忘れちまったから』

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