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こんばんは、人類の敵です。  作者: 漣たきをん
第二話 観測対象:R/E0017
6/32

そのに




 昇降口はすっかり人気が絶えていた。それまでの喧騒のせいで寂寥感は尋常ではなく、連なる下駄箱の列は巨大な墓標の群れを連想させる。

 聞こえてくるのは激しい雨音。誰もいなくなったはずの昇降口に、音無き足音が規則正しく響き渡る。かといってそれがこの場の寂寥感を払拭するかといえば決してそんなことはなく。

 玄関口の向こう、赤い雨のけぶる薄闇へと、黒スーツの一団が滑るように移動してゆく。寸分たがわず前傾姿勢で小さくなってゆく背中を見送ったところで、ようやく通信がきた。

『〝スリーキングス〟より〝火狐〟へ』

 少しうんざりした顔で、まなはインカムへと応える。

「姉さん、それやっぱりかっこわるい」

『仕方ないでしょ、公社の方針なんだから』

 絶対嘘だ、と彼女は思う。ここ数年会ってはいなかったけれど、昔とちっとも変わっていないのだからこの人は。

『出撃よ。準備はオーケイ? ばたばたしちゃって申し訳ないけど』

「問題ありません」

『編入の手続きは滞りなく? 制服とブルマは間に合いそう? 校長先生のお話はどうだった?』

「問題ありません。制服は間に合いそうにないですけどそもそもブルマとかないですから。校長先生からは人という字の成り立ちを教わりました」

『あれ、実は脚本家の創作なんだってね』

「……?!」

『……? 〝火狐〟? 応答せよ〝火狐〟』

「……ちょっとショック」

『オーケイ、世の中なんてそんなもんよ。嘘っていうのは包帯みたいなもんだって中島○ゆきも歌ってたしね。知らなければよかったことなんて、この世には山ほどあるんだから』

 そこで声は、突如真剣味を帯びる。

『それでもあんた、このまま行くの?』

 不意打ちだった。

『……〝スリーキングス〟より〝火狐〟へ。オーバー?』

 このひとはいったいどこまで知っているのかと、まなは思う。

『……那花まなAG?』

 問い質したところできっと答えは同じなのだろうと思うと何も言えなくなる。

『…………』

 そんな自分にも、心の底から嫌になる。

『……まな? だいじょうぶ?』

「……っ」

 うかつだった。どうかしていた。気を引き締める。

「〝スリーキングス〟、対策行動中です」

『……かっこわるいとか言ってたくせに』

 なにか言いたそうな雰囲気がインカムの向こうからは漂っていたけれど、

 それもほんの一瞬のことだった。

『オーケイ。状況確認。対象は現在中庭にて大暴れ中。第三班が先行して対策に当たっているけれど、今頃SMC弾を準備してるようじゃあ時間の問題ね』

「増援は」

『期待できない。せめてあんたのバディだけでも申請したんだけども──』

 〝赫眼〟は、人と人が手をつないだその時に限り、それを捕捉できなくなる。

 手を繋いだ両者と、それらが触れるものすべて、赫眼の五感から切り離されてしまうのだという。

 根拠はない。証拠もなければ原因もわからない。無責任な評論家や研究家たちが諸説立ち上げてはいるが、経験則のなぞりなおし以上の結論に至っているものはひとつもない。

 とはいえそれがどれだけ頼りない藁だとしても、つかんでみなければわからないとでもいうように、いつのまにか世論に深く浸透していった。事実、赫眼と遭遇し無事に生還した者の実に九割がお互いの手をつないでいたというのだから無視はできない。

 そのため対策行動時は常に二人一組が原則だ。即応集団の急襲部隊であるまなにあってはなおさらとも言える。だけど、

「必要ありません」

 インカムの向こうから、かすかなため息が聞こえた。

『言うと思ったけど』

「八久寺ではいつもひとりでした」

『でも今回の相手はダブルナンバーよ』

「ダブルナンバーだから。中途半端な力は死を招くだけです」

『それでもお互い手を繋ぐことができれば最悪の事態は免れるでしょう』

「……だから、必要ないっていった」

『どういうこと?』

「そういう意味では、私には意味がないから」

『……まさか、』

 まなは応えない。

『あんた、いったい八久寺で何回〝開けた〟?』

「状況を開始します」

 一方的に通信を打ち切る。

 怖気づくわけにはいかない。ようやく見つけた。ようやくここまできたのだから。

「……ジャキガンが疼きだしたわ」

 いつもの呪文を口ずさむ。

 意味はわからない。ただそれは、幼い頃によく聞いた。ここぞというとき、スイッチを切り替えるための〝あいつ〟の口癖だった。




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