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こんばんは、人類の敵です。  作者: 漣たきをん
第六話 世界を敵に回すとき
31/32

そのに


「……できるんですか」

 黒光りする銃口からは決して逃げずに、雪晴は問う。

「あなたたちに、僕を殺せるんですか?」

「まあ、無理でしょうね」

 ねねはあっさりと言う。

 知らず、雪晴は唇を噛みしめていることに気づかなかった。

「でしょうね。なんせ僕はあの赤い雨を降らせた張本人だ。目につくひとみんなを喰い殺し、この街の半分を壊滅させた化け物だ。突いても切っても死ねない、自衛軍の大砲だってへっちゃらだ。そんな僕をそんな豆鉄砲で、」

「違うわ」

 どう聞いたって涙声以外の何物でもない雪晴の言葉をぶった切って、ねねは言う。

「そんなことしたら、泣いちゃうひとがたくさんいるからよ」

 思わず雪晴は視線を上げた。

 しかしねねは翻弄するように、さっと目の前の椅子に腰かけてしまう。

 机に肘を突き、組んだ手の甲に顎を乗せて、ねねは微笑む。

「そんなことないって顔ね」

 図星だった。

「あのこの力、見たでしょ」

 一瞬、なんのことかわからなかった。

「指定した物質を加速する能力。あなたの目の前で見せた力はたぶん脳内の電気信号を加速する力ね。だけどあのこが加速できる対象は電気信号だけじゃない。その気になればどんなものだって、どこまでだって加速することができる。たとえそれが、光の速度を越えることになっても。それがどういうことか、あなたわかる?」

 すぐに脳内でまとまらない。答えはわかっているのに、言葉にならない。

 かまわずねねは言葉を続ける。

「おかしいと思わなかった? 髪と瞳の色で惑わされた? ほんとは気づいていたでしょ?」

 なにを言っているのかわからない。頭が混乱する。いや違う。それも言い訳だ。ほんとは自分は答えに気づいている。

 そう、あの日、赤い雨が降る学校の渡り廊下で。再会してすぐに気づいた。違和感があった。とてつもない違和感だった。髪は金色。瞳は紅。だけどそこじゃない。そこは確かに以前と異なっていたけど、違和感の本体は、その他が、記憶の端に無理矢理追いやった彼女の姿そのままだったという点。

 あれから、三年も経っているのに。

「光の速さを越えるということは、時間を飛び越えるってことでしょ。あのこ昔から発育よかったからみんな気づかなかったのよね。我が妹ながら末恐ろしいとはこのことよ」

 ねねはかすかにいたずらっぽく微笑んで、

「だってあのこおっきいでしょ。おっきすぎるでしょ。三年前であれよ」

 なにが大きいかは言わずもがな。思わず雪晴は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

「現在捕捉されている赫眼は数十体。ひとつとして同じ能力を持つ個体はいないけど、たったひとつ、共通点があるんじゃないかって言われてる。それはそのすべてが、自分と他者──世界を、断絶するために働く力だということ」

 トーンを戻して、ねねは淡々と言いきる。

「1008──春夏秋冬乃々香の空間歪曲、あなたの赤い雨は言わずもがな。まなの対象の速度を加速させる力はたぶん、自分以外の誰かを置いてきぼりにする力ね。確かにそのとおりかも。説得力あるわよね。でもね、わかった。きっと逆ね」

「え……?」

「あなた自身が言ってた。赤い雨を降らせたのは、みんなにそばにいてほしかったからでしょ? 春夏秋冬さんの力もそう。あれは、自分と他者との距離を縮める力。まなだってね、きっと同じ。変わりたくなかったから」

 この次に、誰かさんと出会っても。

「気づいてほしかったから。あのこの力は誰かを置いてきぼりにする力じゃない。むしろ待っていたのよ。誰かさんをね。時間を飛び越えて」

 なにを言っているのだろうと、雪晴は思う。

 そんな──荒唐無稽な、夢物語のような話をして、このやさしい姉は、自分にいったいなにを気づかせようとしているのだろう。

「あのこ、よく言ってた。あいつは世界に、自分しかいないと思ってる。世界にはあいつしかいないわけじゃない。あいつ以外の誰かしかいないわけでもないのに。あいつが悲しいと、私も悲しいのに。なんでわかんないんだって」

 わかるわけがない。雪晴は思う。

 だって誰も、そんなこと教えてくれなかったんだから。

「まああのこ、あんなだからね」

 雪晴の気持ちを正確に読み取ったのかどうなのか、ため息混じりにねねは言う。

「素直じゃなくてぶきっちょで。かわいくないったらありゃしない。取り柄はあの乳くらいなもんだけど、」

「そ、そんなことないです!」

 思わず叫んでしまった自分に驚いていた。これ以上ないほどやさしく瞳を細めるねねを見ていられなくて、再び雪晴は視線を伏せていた。

「……あのこのこと、好き?」

 囁くようなやさしいねねの問いに、雪晴は消え入りそうな声で答える。

「……そんな資格ないです」

「自分のことが嫌い?」

 沈黙が答えだった。

「でもね、あなた、きっと自分を好きになれる」

 ねねの声音は、どこまでもやわらかかった。


「愛は、伝染するから」


 ふわりと浮かんだやさしい言葉は、だけど背後で開いたドアの音に跡形もなく打ち消されていた。




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