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こんばんは、人類の敵です。  作者: 漣たきをん
第四話 ふたり、ふたたび
21/32

そのに



『那花L! 那花L応答せよ!』

 思いのほか早かったな、と思いつつ、ねねは耳もとでがなりたてる沢城の通信を無視して、部下へと指示を続行する。

「ええ、そう。規制はいつもどおり。例のマンションは無事なのね? 了解。不審な人物がいたらすぐに報告して。どんな小さなことでもかまわないから」

『那花L貴様、応答しろ!』

 いいかげんしつこいとは思う。

『おい、回線を一番につなげ。そうだ一番だ! かまわんさっさとやれ!』

 不穏な発言がかすめた。さすがに潮時か。全館で呼び出された日にはたまらない。仕方なくねねはチャンネルを開いた。

「あー、いや、なんだか回線の調子が悪いみたいでですね、」

 いつかのまなと同じ言い訳をするも、沢城はまったく取り合わずに真正面から切り込んできた。

『いったいどういうつもりだ』

「なんの話です?」

『しらばっくれるな。私の名を騙り、双子山に避難勧告を出したのは貴様だろう』

「いいじゃないですか、ぶっちゃけ今のところ役立たずなわけですし」

『そういうことを言っとらん』

「上司に相談なく独断先行した件に関しては陳謝いたします」

『……アレはどこだ』

「アレ、とは」

『〝火狐〟はいったいどこにピクニックに行っている?』

 相変わらずだ、とねねは思う。わかっているならストレートに言えばいい。ねねはなんだかめんどくさくなってきて、

「狐を囮に、ヤツを狩ります」

 この場合、狩るのもまた狐なのだが。

「しかしながら現時点で対象を対策する有効な手段が〝火狐〟のプラズマエンチャントによる斬撃以外にない以上、狩場は慎重に選定する必要があります」

『……水蒸気爆発か』

「斬りつける度にあれだけの爆発を起こされていてはたまりません」

『そのための双子山か』

「先週砲撃を受け、事実上稼動不可な双子山演習場は狩場として最適かと愚考した次第です」

『なぜだ』

「は?」

『なぜ、その対策が成立する、と判断した?』

 返答しようとして、だけどわずかに息を呑むことしかできなかった。

 沢城が畳み掛ける、

『なぜ、狐は囮となりえるのか、と聞いている』

 ねねは呑み込んだ息をそのまま吐き出してしまいそうになって、すんででこらえた。

 いつもの笑みを浮かべて――見えるわけもないのに――こう答える。

「それはヒミツです」



 明るい緑をたたえていた双子山演習場は見る影もなかった。

 あまりに瞬時に、あまりに高熱にさらされたため火災発生にまでは至らなかったようだが、かつての日本有数の竹林はただ無残なまでのクレーターへと姿を変えていた。

 当初は苛烈なまでの追撃をみせていた赫眼も、途中でまなの意図に気づいたのか、七瀬市を外れたあたりで姿を消していた。

 しかしながら消えたのはあくまで姿だけであり、もはや忘れようと思っても忘れられないヤツのCF反応だけは常にすぐそばにあった。

 そう、今も、すぐ目の前に。

 むき出しになった地層にのたうつかつての竹林の茎が、なにかの血脈のように見えた。

 降りしきる雨はさらにその勢いを増し、地面などすり抜けるはずなのに、まなの目の前で水溜りとなり、水柱となって、再びその姿を現す。

 雨に凍えた冬の夜を、さらに凍らす冷気の向こう、のっぺりとしたヤツの顔が見えた。

 中央には、さっきまではなかったはずの大きな隻眼があった。

 激しく閃くような輝きを放つ、その名のとおりの赫眼。

「……っ」

 感じるCF反応が、尋常ではなかった。

 某マンガの宇宙の帝王のように、全身に弾けるような燐光が冷たい夜を押しのけるかのようだった。

 ――あれは、摩擦熱のようなものだよ。

 八久寺の花澤室長が、そう言っていたのを思い出す。

 ――CFってのは、世界からの負荷を跳ね返すための力だからね。

 世界は往々にして辛辣で狭量だから。だから自分たちは進化し続けなければ生きていくことができない。

 進化する力とは、世界からの負荷を排除するための力であり、世界との軋轢を生む力だ。

 カウンター・フォース。

 それは生きとし生けるすべてのものに備わっている力だけれど、赫眼の持つそれは、例外なく強力なのだという。

 別世界からの異邦人である赫眼にとって、自分以外のすべてが、敵だからだ。

 赫奕たる赫眼を中心に、未だ自らの身体の復元も終了していないだろうに、いくつもの光点がともる。その数十数個。

 耳をすますことなく聞こえてくる高周波はなにかが狂ったような速度で往復を繰り返している音だ。

 出力を犠牲にし、全身を冷却材にしてまで廃熱問題を克服してきた。ヤツの狙いがいったいなんなのかは、ちょっと考えなくてもわかる。

 まなは右足を前、左足を後ろに、わずかに腰を落とす。

 重心を後ろ足に置き、手を左腰の愛刀の柄に添えて、そして。

 CFを、一気にレベル4まで跳ね上げる。

 絹糸のような髪が金色の燐光を放つ。赫眼の無色の閃光とは違う、ともすれば消え入ってしまいそうな輝きではあったけれど、右の瞳を染める赤光は決して赫眼のそれに引けを取るものではない。

 ニューロンを駆け巡る電気信号が限界まで加速される。すさまじいまでの頭痛とめまいと耳鳴りを奥歯と一緒に噛み潰しながら、さらにまなはレベル2のCFも同時に起動する。

 愛刀を纏う空気が一瞬でプラズマ化される。新調したばかりの鞘が一瞬で蒸発して消える。

 ――長引かせるわけにはいかない。

 それは、相手も同じ思いだろう。

 ――レベル4は一日五秒まで!

 姉の言葉が呪いのようにのしかかる。勝つにせよ負けるにせよ、この一合で、決まる。

 ――あと四秒。

 地を蹴った。

 同時に放たれるのは、十数のレーザーのシャワー。

 常人ならばその瞬間なにが起こったかもわからず全身を分子レベルまで分解されていたであろう凶悪な光の雨を、だけどまなはしっかりと見ていた。

 見て、

 そして、すべてを迎え撃つ。

 彼我の距離は二十メートルはあっただろうか。大気中でも脅威の非減衰率を誇る赫眼のレーザーにとってはゼロに等しいはずが、それでも今のまなには止まって見える。

 踏み込んだ右足を起点に旋転、最初のひとつを刃で跳ね上げ上方へ弾くと、蹴り足の反動をそのまま踏み込む力に変換、返す刀を振り下ろし、続くふたつを叩き潰す。次の三つはかわそうと思えばかわせたけれど、あえて頬の肉を抉らせる。バランスを崩したくなかった。振り下ろしたままの刃を引き絞る。夜の演習場を明るく照明する残りのレーザーたちを見送りながら見上げた前方。水蒸気の渦の中、ようやく復元を果たしたヤツの姿が見えた。

 ――あと三秒、

 第二波よりも、まなが地を蹴るほうが速かった。レーザーの軌道を見越して、今度はやや二時の方向に跳躍。空中で横転、その回転力と重力を利用して軌道修正、渾身の刃を振り下ろそうとして、

 そこに、ヤツの姿がなかった。

 ――二、

 何が起こった。頭がパニックを起こす。確かに今、ついさっきというには憚られるほどの億分の一秒前、自分はそこに、確かにヤツの姿を捉えていたはずだ。なのにヤツは、限界まで反射神経と運動神経を高めた自分の認識力を上回ったというのか。

 超伝導、ボース凝縮、パズルのピースのように言葉と思考が駆け巡るが今のまなにまとめる時間も余裕もあるはずがなかった。

 これが答えだとばかりに、レーザーは背後から放たれていた。

 ――一、

 為すすべもなく着地するしかなかったまなに、もはや頭上の攻撃を迎え撃つ時間は残されていなかった。両脚が悲鳴を上げていた。腰がもうぴくりとも動かせそうになかった。身体が重い。空気が重い。世界のなにもかもが敵に回る。

 だけど、いや、だからこそ、

 ――二ぃ!

 CFを続行する。歯を食いしばる。死に物狂いで頭上を見上げる。今までにない痛みが脳内を直撃。なにかが焼け焦げ、断ち切れるイメージ。姉の呪いの言葉、

 ――レベル4は一日五秒まで!

 でもね、姉さん。まなは唇を噛み千切って地を蹴る。

 ――こういうものを屠るために、ここまできたのよ、私は。

 レーザーの雨は、まなの白いふとももを一直線に貫いていた。夜と光と赫しかなかった演習場に鮮烈な鮮血の赤が迸って、だけど、それだけだった。

 まなは格好もなにも気にせずただただ右手へ跳んだ。這いずった。

 その一瞬後、今まで自分のいたところにレーザーシャワーが突き刺さり、続いてヤツが落ちてきた。

 その瞬間を、待っていた。

 気の狂いそうになる痛みも重みもすべてかなぐり捨てて、まなは地を蹴った。

 引き絞ったプラズマの刃を、


 ――だめ、


 まただ。先週も聞いた、小さな声。


 ――殺さないで。


 跳ね上げた切っ先はもう、止まらなかった。




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