そのご
その日、マメシバはいつものごとくマメシバだった。
マメシバとはマメシバであり、このクラスの担任であり、国語教師であり、クラスで一番背が低い真田さんよりもさらに低い身長を慣れないハイヒールでさば読みしてなお低い成人女性としてはあるまじきマメシバであり、柴田めぐ実31歳だからマメシバである。
マメシバはいつものごとくマメシバであり、いつものごとく無駄に歩幅広く教室に入ってきたけれど、マメシバはいつものようなひとりではなかった。
マメシバは、ひとりの少女を連れていた。
教室中がどよめいた。
背筋をぴん、と伸ばし、ミニのプリーツスカートからすらりと伸びた脚で颯爽と歩くその姿は、とても一年ちょっと前までランドセルをしょっていたとは思えず、セーラー服を着ていなければ、正直どちらが教師なのだかわからなかったかもしれない。相手がマメシバなのだからそれは仕方がないのではないかと思われるだろうが、クラス中が驚いたのは無論そのせいだけではなかった。
「金髪」「金髪だ……」「異人さん?」「脚きれーい」「色しろーい」「ど、どうしよう、俺、赤い靴はいてきてねーよ」「ばかやろう! むしろ俺は彼女を連れ去りたい!」「変態! 変態!」どよめきが広がる。
マメシバはマメシバであり、骨の髄から国語教師だからして転校生の名前も縦書きにする。横書きなどマメシバの辞書にはないのだ。
だけどマメシバはマメシバであり、どんなにがんばって背伸びして書いても、常人の腰の位置くらいまでしか届かない。
「お前ら、今日は転校生だ」
国語教師らしからぬ破滅めいた日本語とともにマメシバが指し示した黒板には、こう書かれていた。
ななななな
「〝なはなまな〟です、先生」
どうやら違ったらしい。すごく失礼だ。
金髪の転校生の冷静なツッコミにもまったく悪びれもせず、マメシバが問う。
「どう書くんだっけ」
「那覇の〝那〟に、菜の花の〝花〟です」
背伸びして、マメシバが書き直す。
菜花なな
おいマメシバ。誰もがツッコんだ。
「那覇の〝那〟です。あと、〝まな〟です」
「ナハ……?」
〝菜〟の部分を消しながらマメシバがフリーズする。
「漢字忘れた」
おい、国語教師。
「ってそうか、こういうのは自分で書け」
まったくもって悪びれもせずマメシバはまなへとチョークを突き出した。
まなもまた別に気にしたふうもなくチョークを受け取った。
くるりと背を向け黒板に名前を書こうとするけれど、マメシバが書いたところを修正するため体勢がすごく低くなる。絹糸のような髪が肩口からすべり落ちてチョーク受けにかかってしまう。耳元でかき上げるが、すぐさまさらりとすべり落ちてどうしようもないようだった。どんだけきゅーてぃくるなのか。
「失礼」
短く断ると、まなはポケットからヘアゴムを取り出し、こちらへ背を向けたまま手早く髪をまとめる。
クラスの男子全員が、いっせいに息を呑んでいた。
「うなじ……」「うなじだ……」「うなじだな……」「きらきらしてるな……」「うなじ……」
眼を閉じ、心底感心したように往村が呟いた。
「世に言う〝黄金のうなじ〟誕生の瞬間である」
もうガマンできないとばかりに咲良がツッコんでいた。
「言わねーよ! てかアレだろ! お前なんでそんな冷静なんだよ!」
教壇に立つまなを指さして、
「あの夜のアレだろあいつ!」
すこぱーん!
マメシバの投擲したチョークが容赦なく咲良の眉間に直撃していた。
「うっせーぞ咲良、でかいのは乳だけにしとけ」
「セッ、セクハラっ! セクハラですよせんせ!」
「わかったわかった、あとでPTAだろうがジェンダー論者だろうがいくらでも相手にしてやっから、今はちょい静かにしとけ」
「だ、だって、せんせー、このひと、」
「ああ、そうだな」
なにもかもお見通しだ、とばかりにマメシバは言う。
「お前より──でかいな」
ざわりと、うねるように教室中の視線がある一点へと集中していた。
確かにそれは──すごかった。
あまりの大きさにセーラー服の上着が浮き上がって、もうすぐでおへそが見えてしまいそうなほどだった。咲良もそうだけど、腰周りが抱けば折れてしまいそうなくらい華奢なのがまたすごい。身体の線が出にくいセーラー服でこれなのだから、脱いだらいったいどういう事態になるのか。考えるだにおそろしかった。
男子生徒だけでなく、今度はクラス全員がごくりと咽喉をならす。
乳コンテスト実行委員会の連中が、水面下でにわかに慌しくなる。
対してまなは、平然と立ち尽くしているように見える。
「ふむ、咲良がぱよん、なら、彼女はたゆん、といった感じか。いやそれとも──ゆさり?」
おっぱい魔人のどうでもいい乳ソムリエぶりに、とうとう咲良の堪忍袋が破裂する。
「って、あほか! そーじゃなくてっ、一週間前っ! いたんですよせんせー! 体育館前にこのひと! 斬ってたしすぱっと! 腕とか!」
「ばっ、お前っ」
我に帰ったおっぱい魔人が制そうとするが時すでに遅し。
「一週間前……?」「例の赫眼のこと? ねえ赫眼のこと?」「おっぱいさんいったいどうしたの?」「いやもはやおっぱいさんはおっぱいさんにあらずだろ……」「なにお前いきなりさくらちゃんディスってんの?」「うなじ……」
今までとは別種のざわめきに満たされる教室に、マメシバは忌々しげに舌打ちする。
ちらりと、隣のまなに視線を送るが、まな自身は別にかまわないとでもいうようにまったくの無反応だった。
どうとでもなれ、とばかりにマメシバは言う。
「ああ、そうだな、彼女は公社の人間だ」
ぴたりと、ざわめきが止まる。
「先週のこともある。保守と今後の対策を兼ねて転校してきてもらうことになった。今さら言うのもあほらしいが、このことは他言無用だ。期待はしないができるだけ自重しろ。とりあえず下校委員として校内闊歩してもらうことになっから──木桜」
いきなり向けられた水に、思わず雪晴は飛び上がってしまうところだった。
「まかせたぞ」
「え」
「同じ委員のよしみだ。面倒みてやれ」