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こんばんは、人類の敵です。  作者: 漣たきをん
第三話 孤独の肖像
13/32

そのさん




「きーざくらー♪」

 敵機襲来。身体が勝手に迎撃しようとして、

 三時の方向。今度はどんぴしゃだった。どんぴしゃだったけれど、雪晴は目の前のその光景が一瞬なんなのかまったく判断できなかった。

 ──しましま?

 瞬間、両のほっぺをこの世のものとは思えないやわらかいものに包まれた。もしかして、ふとももっぽいなにかに挟まれたのか、と思ったその瞬間、天地が逆転して、そして。

「どーん!」

 背中を地面に叩きつけられた。痛い。ものすごく痛い。たまらず跳ね起きようとして、まったく上体を起こすことができなかった。これまたやわらかいなにかが胸の上に乗っかっていた。

「さ、咲良さん……」

 三百六十五歩譲って出会いがしらに襲撃するのはいいとして、年頃の女の子が男子にフランケンシュタイナー仕掛けるのはいかがなものか。しかもなんでこういうときに限ってスパッツはいてないんですか。

 そこまで考えて、さっきのしましまを思い出してしまって、きっとそれがおもいっきり顔に出てしまっていたのだろう、マウントポジションで爆笑された。

「あはははは、木桜顔真っ赤」

「さ、咲良さんっ、あ、あのですねっ」

「えーなにー咲良さんてなにー」

「え? なにってなんですか?」

「前から思ってたけどー、私たちってばー、朝っぱらからこうしてふたりでくんづほぐれつする仲なわけじゃん?」

「いや、そこだけ聞いたら非常に爛れた関係っぽいんで修正を求めます」

「名前で呼んで?」

 前のめりに小首をかしげる。どうでもいいけど、あの、おっぱいがすごいことになってます。

「いや、だって咲良さん、名前も苗字も同じですし」

「なんか違うし。絶対木桜苗字で呼んでるし」

 それは確かにそうだけど。

「なんでわかるんですか」

「なんとなく?」

「いいかげんだなあ」

「角度とか?」

 何度なんだろう。

「いいからなまえー。こーまいねー」

「さ、咲良さんだって僕のこと苗字で呼ぶじゃないですか」

「それはだってじゃないとどーんができないし」

 そんな理由で?

「てかなにー、それならそうと最初からゆってくれればいいじゃあん」

「は?」

「木桜も、名前で呼んでほしいってことでしょ?」

「いや、そうじゃなくて、」

 というか自分たちは朝っぱらから道の真ん中でなにをやってるんだろう。

 いいかげん周りの視線が痛くなってきた。

「なんて呼べばいい? ゆっきー? はるはる?」

「いや、だから普通でいいです」

「そんなのつまんなーい。意表をついてゆっはーとか?」

「そもそも僕には選択肢はないってことですか?」

「じゃあハル!」

「え、」


 ──雪ハ嫌イダカラ。


「ハルってのは、ど?」


 づぎん、


 まただ、雪晴は思う。

 それは、脳髄に直接杭を打たれたような凄絶な痛みだった。昔のことを思い出そうとすると決まって訪れる、それと同種の痛み。なんだろう、自分はいったい、なにを思いだそうとしたんだろう。

 わからない。それについて考えようとしても、きっとその先に待っているのはさらなる痛みしかないだろうから、雪晴はそこで考えるのをやめる。心が、勝手に防御線を張り巡らせる。

「……木桜?」

 いけない。咲良が怪訝そうにこちらをのぞきこんでいる。答えなければいけない。

 その名を呼ばれるたびにこんな痛みに襲われるかと思うとぞっとする。ぞっとするけれど、

「いいですよ」

 雪晴は、笑顔を造る。

「それでいいです」

 それは、いつもの冗談の延長かもしれない。ノリでやってるだけなのかもしれない。それならこのまま断り続けるべきなんだろうか。だけど間違いだったら? そのせいで咲良を落胆させることにならないか。

 ──嫌われるんじゃないか。

 だから雪晴は笑う。笑ってさえいればなんとかなる。

 いや、違う。

 それしか、方法がないから。

「よし、わかった!」

「え?」

 びっくりして咲良を見上げた。咲良はさっきの怪訝そうな表情はどこへやら、これ以上ない満面の笑顔を浮かべると、

「じゃあ、ゆっきーで!」

「ええー!」

 こっちの意見ガン無視?!

「じゃあ今度は、ゆっきーの番ね」

「へ?」

「へじゃない。私がゆっきーのことゆっきーって呼んだんだから、今度はゆっきーの番でしょ?」

「いや、でもその、咲良さん……?」

「咲良さん違う! 〝さくらちゃん〟でしょ。ゆってみ?」

「い、いくらなんでも、ちゃんづけはちょっと……」

「えー、なにもおー。呼び捨てにしたいってこと? しょーがないなあー」

「あああああ、」

 どんどんドツボにハマっているような気がした。

「じゃあはい、さ・く・ら。はりきってどうぞ!」

「ぅ……」

「きこえなーい。もういっかい。さ・く・ら、でしょ?」

「おい、そこのおっぱい」

「そうそう、おっぱい。って! 誰がおっぱ」

 どかん。

 ノリツッコミもそこそこに、唐突なまでにさくらが視界から消えていた。

 誰何するまでもない。いつものけんかキックでもってさくらをぶっ飛ばしたのは、たった今登校してきたであろう、往村真太そのひとだった。

「フラシュタは猫相手にしてろっつったろうが。通行の邪魔だ」

「おまっ、」

 咲良は脳天から突っ込む羽目になった植え込みから猛然と立ち上がろうとして、

 ぐぎ、

 ものすごい音がした。

 おそらくツインテールが枝に引っかかったのだろう、白いのどをのけぞらせて、もう少しでもんどりうって倒れる勢いだった。

「あーあーほらほら、だからあれほど植え込みから起き上がるときはゆっくりにしなさいっていったのに」

 うずくまって悶絶するさくらのツインテールをほどいてあげたのは、珍しく往村と一緒に登校してきたのであろう、冠月 桂だった。

「だいじょうぶ?」

「だ、だいじょぶじゃないし……もっ、どっからツッコめばいんだかわかんないし……っ」

「それはこっちのセリフだ」

 その場の誰もが思ったことを、往村が代弁していた。

「朝っぱらからなにやってんだ、いろんな意味で」

「お前のせいだろ! 蹴んなっつったろ! しかも狙ったよね?! 植え込みあるとこ狙ったよね! ものすごい音したよ! ぐぎって音したよ! 曲がんないしね! 人間の首あんなふうにね! あと、あと、えーと、えーと、お前はお前で名前で呼べよ!」

 とりあえず全部ツッコまないと気がすまなかったらしい。

「呼んでんじゃねえか」

「あーあーそーですよ! どうせ私はおっぱいですよ! おっぱいにすぎないですよ!」

「……んだと?」

 しまった、咲良の顔からさっと血の気が失せる。

 ただでさえ悪い往村の目つきが、凶悪なまでに吊りあがって、咲良に突き刺さっていた。

「てめえ、おっぱいをばかにすんのか……?」

「いや、あの、ばかにするとかでなくてですね……?」

「座れ」

「へ?」

「そこに座れ」

「いや、でもだってさっき通行の邪魔だって」

「正座」

「はい!」

「いいかさくらよく聞け。世の中には、二種類のおっぱいがある」

「すみません、あの、その話、長くなりますか……?」

「わりと」

「えーと、ほら、そう! 学校とか! 遅刻とかまずいし!」

「わかった。じゃあお前、罰として明日からブラウスなしで登校してこい」

「……? わけわかんないし。なんでそれが罰になんの?」

 これまたその場の誰もが思ったことだったけれども、想像してみる。

 咲良たち女子の制服の上着は丈が短い。胸元、正しくは脇下ほどまでの超ショートジャケットに属するものだ。しかも中央下部が少し開いた感じの。

 普通の胸部の子ならギリでおそらくは大丈夫だろうが、さくらの場合は規格外だ。そんなジャケットをブラウスなしで着込んだ日には──

「え、エロっ! ばっ、えろ! 見えるでしょ! そんなんしたら見えるでしょ!」

「バカヤロウ! 見えねえ! 下乳しか見えねえ! むしろ見えたらだめなんだ!」

「なんだこのオールレンジなおっぱい魔人は!」

 いつものごとく空中分解的な展開へと突入していくふたり。

 そろそろ止めなくていいのかな、と見上げたその先に、目的の彼女がいつのまにか目の前で手を差し伸べていた。

「お久しぶりね、ゆっきー」

 ゆっきーって、

「冠月さんまで……」

「えー、冠月さんー?」

「へ?」

「私はゆっきーって呼んでるのにー」

「え、や、でも、」

「おかーさん」

「え」

「お・かー・さん」

 天使のごとき悪魔の笑顔で、冠月は言う。

「か・つ・ら、でもいいよ?」

「あぅ……」

「こーまいね?」

 咲良を真似て、かわいく小首をかしげる。というかこのひと、いったいいつから見てたんだろう。

「……お、かーさん」

 大満足、と顔に大書きしたような満面の笑顔を浮かべる冠月もといおかーさん。雪晴の手を取り、たすけ起こしながら、

「ごめんなさいね、ちょっと舞い上がっちゃってるかもなのよ。私も、さくらちゃんも、もちろん真太くんもね」

「……舞い上がってる?」

「ゆっきーに、久しぶりに会えたから」

 どきりとした。ほんわかいつもの笑顔で冠月はとんでもないことをなんでもないように言う。

 だけど雪晴の胸に沸き起こるのはぬくもりでもなければ感動でもない。

 ただただ居心地の悪い、底抜けの焦燥感。

「私たち何度もゆっきーんち行ったんだけど……」

「バイトだったんです」

 用意しておいた嘘で応える。

「水曜日も?」

「せっかく休みだったですから。入れたんです。臨時で」

「大丈夫だったのか?」

 おっぱい談義はもういいのか、突如割り込んできたのは往村だった。

「手をつなぐヤツはいたのか?」

 雪晴は首を振る。

「いなかったけど、大丈夫ですよ。赫眼もそれも、どうせ迷信でしょ?」

 いけしゃあしゃあと、なにを言っているんだと、自分でも思う。

「ゆっきーダメそれ! 絶対!」

 今度は咲良だった。往村を押しのける勢いで詰め寄ってくるやいなや、

「私たち見たんだからこの目で!」

 近い。近いです咲良さん。そないあかんべしなくても。

「私も見たよ、ゆっきー」

 見ると、冠月まで咲良を真似てあかんべしていた。

「赫眼はいるよ」

「おい」

 鋭い声で制したのは、往村。

「他言無用だって言われたろ」

 咲良が即答する。

「いいじゃんゆっきーなんだし」

 冠月もまた、にっこりと笑って、

「いいじゃん、ゆっきーなんだし」




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