表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんばんは、人類の敵です。  作者: 漣たきをん
第三話 孤独の肖像
11/32

そのいち




「那花ねねL、入ります」

 自動ドアが、音も立てずに開いた。

 そこは、執務室というよりも図書館と言った方が信じるだろう、壁一面が本棚で覆われた一室だった。

「いつから第一即戦室は、リーダー権限でレベル4の申請が可能になったのかね」

 本に囲まれた部屋の奥。革張りの本と同じ色のデスクに腰掛けて、沢城室長は手元のページから顔も上げずに吐き捨てた。

 あれだけの対策をこなしたというのに、上席からの第一声がこれか。ねねはげんなりする。

「……申し訳ございません」

「四十九回だ」

「……は?」

「君が、三笠からここへ異動になってからその言葉を発した回数だよ」

 オーケイ、ねねはいつもの呪文を唱える。落ち着け。アレはかぼちゃだ。かぼちゃと思うんだ。かぼちゃは、人語を操らない。

「しかしながら今回はダブルナンバー相手に比較的軽微な損害で済んだということもある」

 軽微。実働班をまるまるひとつ失ったというのに。軽微。

「特別に私の権限で不問に処した」

 感謝したまえ、とでも言いたげに面を上げてきたので、お望みどおり最敬礼してやる。

「ありがとうございます」

 ぱたん、殊更大きな音を立てて、沢城は手にした本を閉じた。古ぼけた革張りの表紙にはコニー・ウィリス『ドゥームズデイ・ブック』の文字。このご時勢にいったいなんてものを読んでいるのか。

「いつから気づいていた」

 いきなり向けられた水に、ねねはとっさに反応できなかった。

「今まで比較的人口密度の低い地域に限られていたのに、どうして今回、ダブルナンバーが七瀬中校内に現れるということがわかった?」

 今回の対策の直前。ねねは何度も沢城へと進言していた。今回の赫眼はダブルナンバーだと。今すぐにでも中央へ支援要請すべきだと。

 だけど沢城はまったく取り合わなかった。話を聞こうともしなかった。中央からは第四世代のしかも管理下対象の定期哨戒だと聞かされていたからだ。

 が、結果はご覧の有様だった。

「八久寺からアレを呼び戻し、君自身三笠からここへ異動になったのも偶然ではあるまい?」

 デスクに片肘を突いて、視線だけでこちらを睨め上げてくる瞳にはだけど、悪びれた風もない。あるのは目の前のケツの青いコムスメに対する忌々しさだけだった。

「雨は嫌いですから」

 とびっきりの笑顔で、ねねは沢城の視線を迎撃する。

「嫌いなものは、徹底的に研究したくなる性分なんです。だって、そうでないと撃退できるものも撃退できないでしょう?」

 ちなみに沢城の大嫌いなものはケツの青いコムスメのとびっきりの笑顔だということはすでに研究済みだ。

「とはいえ、簡単な統計ですよ。特雨が捕捉され始めたのは今よりほぼ十年ほど前。当初は北海道から東北にかけて頻出していたものが、三年ほど前から県内を中心に目撃されるようになっています。しかも最近はここ七瀬市にほぼ集中している──となるとおのずと答えは」

「私は、」

 唐突に沢城はねねの言葉をぶったぎる。

「なぜ、七瀬中校内に、ヤツが出現すると予測できたのか、と聞いている」

 片肘を突いて、頑ななまでにねねを見ようとせず、一言一言ぶった切りにして詰問する。

 視線は決して合わせない、だからこその無限のプレッシャーの中、だけど。

 ねねは、とびっきりの笑顔で応える。

「それはヒミツです♪」

 沢城のこめかみにぶっとい青筋が三本ほど浮き上がるのが見て取れた。それでも怒鳴り散らさなかったのは、それほどまでにこの話題に沢城が食いついているということか。

「世が世なら軍法会議ものだぞ貴様……!」

「〝公社は軍隊ではない〟──いつも心に刻みつけつつ拝聴しております、沢城室長殿」

「コケにするのも大概にしろ。中央と八久寺が裏でなにをやっているか、私が知らないとでも思うのか」

「まさか」

 どうせその裏をとったからこそ自分を呼びつけたのだろうから。

 気づいているなら、最初からそう言えばいいのだ。

「捕捉できるだけの力を、アレが身につけたというのではないのか」

 本日始めて沢城は正面からねねを見上げると、

「アレは、八久寺でいったい何回〝開けた〟?」

「それは、私もお尋ねしようと思っていたところです、室長殿」

 新人AGが見れば一瞬で恋に落ちそうな、これ以上ない笑顔でねねは答える。

「あのこが〝開けた〟回数だけ、あの偏屈ばばあをぶん殴ってやろうと思ってるんですけど♪」

 必要以上にゲートを開かなければあのこがアレに近づくこともなかった。

 アレに近づかなければ、あのこがダブルナンバーに気づくこともなかった。

「……今からここの会話を録音することも可能なのだが?」

「別にかまいませんが?」

 苦虫を噛み潰したような顔で沢城が言葉を呑みこむ。

 八久寺の花澤室長と那花姉妹の不仲と遠慮のなさは誰もが認める公然の秘密だ。

「あのばばあと中央がねんごろである以上無理ですよ。もう止められません。なにしろあのばばあは偏屈な上に狡猾な偽善者ですからね」

 そう、止められない。ばばあが云々だからじゃない。なにしろ、当の本人が一番やる気なのだから。

「しかしだな、」

「責任は、私が取ります」

 ぴしゃりと、笑顔で沢城の反駁を叩き潰す。

「目処はもうついています。作戦は順調ですよ。先日も、編入届けを提出した帰りに、対象と遭遇したところです」

 癪だから、言われる前に言ってやる。

「毒は、毒をもって制しますよ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ