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こんばんは、人類の敵です。  作者: 漣たきをん
第二話 観測対象:R/E0017
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そのろく




『七瀬中校内で大規模な水素爆発! 損害は不明です!』

『水素爆発?! 対象の仕業?!』

『誘導放出の制御不足によるものと思われますが詳細は不明です』

『まなは?! 〝火狐〟はどうなったの?!』

『電波障害がひどく通信不能です!』

『だから〝ひまわり〟の制御こっちに寄越せっつったのよ! 双子山の第二施設は! 捉えらんないの!』

『無理です。先のレーザー砲撃で壊滅状態。しかしながら対象の反応もありません。特雨は小康状態に移行しています。フタマルで完全に沈黙するかと』

『雨とか赫眼とかどうだっていい! まなは?! 無事なの? 大丈夫なの?! ぽんぽん痛くないの?!』

 ──ぽんぽんは痛くないけど。

 耳元でがなる姉があまりにもうるさいので、まなは耳の穴に突っ込んでいたインカムを外して捨てた。

 ぽちゃん、と音を立てて、ゆらゆらと暗い水底へと沈んでゆく。

 冷却が間に合っていないにも関わらず、それでもレーザー砲撃を強行した赫眼の自滅により、夜空高く吹っ飛ばされたまなは、幸か不幸か校内のプールに落下していた。

 まなであればあれくらいの高度、受身なしで地面に突っ込んだとて命に別状はなかっただろう。が、さすがに幾ばくかの損傷は免れない。落下位置にプールがあったのはまさに僥倖。不幸中の幸いだといえた。

 こんな、真冬でなければ。

 がちがちと歯の根を鳴らしながらまなはプールから這い上がる。全身が痛いのか冷たいのかよくわからなかった。脳が緊急状態を察知して感覚をことごとく遮断しようとしているのかもしれない。ぽんぽんは痛くないけれど、とても大丈夫とはいいきれない状態だった。いろいろな意味で。

 濡れる全身を両手で抱きしめながら、まなは中庭の方へ視線を馳せる。

 インカムの向こうでは小康状態だと言っていたけれど、すでに赤い雨は完全にやんでいるようだった。

 爆発の残滓らしき白煙は未だ周囲を漂ってはいるけれど、特に火災などは発生していない。

 中庭に面した窓ガラスがほとんど割れているようにも見えたけれど、校舎自体は健在であるかのように見えた。さすがは世界が誇るモザイク社のSMCRコーティングといったところか。

 CF反応は、なかった。どれだけ探っても今度こそ感知することはできなかった。

 だけどまなは歯噛みする。それは決して寒さに震えているからではない。

 赤い雨はやんだ。CF反応も完全に途絶えた。インカムを捨ててしまったから詳細はわからないけれど、状況終了の合図が入るのも時間の問題だろう。

 なのに求めていたものは、爆心地のどこにも見つけることはできなかった。

 氷のような息をつきながら、まなは生まれたての夜を見上げる。

「──もう少しだったのに」



 鍵を差し込むにも苦労した。ノブを回すことさえおぼつかなかった。

 ドアを開けたところで緊張の糸が切れたのかもしれない。雪晴は玄関に入った途端、膝から力が抜けていた。

 倒れそうになるところを玄関備え付けの下駄箱に手をついてなんとかこらえる。

 5人家族が悠々暮らせるゆったり設計の4LDKのオートロックマンション。だけど雪晴が『ただいま』を言わないのは、さっきからいっこうに止まってくれない咳のせいばかりでは決してない。

 寒さで全身が震えていた。頭ががんがんしていた。無理が祟ったのかもしれない。かすむ視界とどこまでも続く痛みに、もう少しで雪晴はそれに気づかないでいるところだった。

 胸ポケットで、携帯電話が振動していた。七瀬市へ引っ越してきたときに、このマンションと共に叔母から与えられたものだった。

 往村たちには、嘘をついていた。だけど──そんなに使わないですし──それは、本当のことだった。

 無造作にポケットから取り出し、液晶画面を見る。メールだった。この番号を知っているひとはひととせ以外にはひとりしかおらず、内容も二種類しかない。入金報告か、入金催促。

 今回は、後者だった。

 もうそんな時期か。叔母からのそのメールに機械的に返事を書いて、雪晴は死に物狂いで体勢を立て直す。

「……バイト、行かなきゃ」

 靴を脱ごうとして、ぐらりと世界が傾いだ。どっちが上でどっちが下かもわからなくなって、ああ、倒れるのか、もしかして。そう思った瞬間、

 いいにおいがした。

 雨と、おひさまが混じったにおい。うまく形容できない上に矛盾しているけれど、それが一番しっくりきた。

「……ひととせ」

 気がついたら、雪晴はいつのまにかそこにいたひととせを抱きしめてしまっていた。ひととせにとってみれば倒れこむ雪晴を抱きとめたつもりだったのだろうが、なにぶん大きな身長差のせいでまるで雪晴がひととせに覆いかぶさっているかのようにみえる。

 オートロックのこのマンションの、いったいどこから部屋に入り、そしていつからいたのか、聞きたいことはいくらもあったけれど、もう雪晴は詮索しない。この程度で驚いていてはこの小さな少女とはとうていつき合ってはいけないからだ。

 日本人形のような髪が鼻先をくすぐる。彼女のにおいを胸いっぱいに吸い込んで、だけど吐き出したのは、ひとつのため息だった。

「……もういいって、言ったのに」

 だけど間髪入れず、ひととせは応える。

「なんにもよくない」

 肩口で、小さな吐息が大きく震えるのがわかったけれど、ひととせはその先を告げることができなかった。

 どこか間抜けな電子音。雪晴の胸ポケットで、携帯電話が無遠慮なアラームを鳴らしていた。

 雪晴はゆっくりと離れようとして、だけどひととせの小さな手が背中をつかんで離してくれなかった。

「……バイト、行かなきゃ」

 ふるふると、ひととせは肩口で首を振る。

「今月、あんまり入れてなかったから、きびしんだよ」

「だめ」

「ひととせ」

「そんな身体で、だめ」

「だいじょうぶだよ」

 ひととせは首を振る。だけど雪晴はどこまでもやさしく諭す。

「約束だから」

 胸ポケットの携帯電話。そして自分ひとりにはどう考えたって広すぎる室内を見渡しながら、雪晴は笑う。

「借りたものは、返さなきゃ」

 幼い頃、叔母のもとへ引き取られた時からの約束。これは投資なのだと、彼女は言った。必要最低限、不自由のない環境は買い与えてやる。学校にも通わせてやる。望むなら義務教育以降の学費も出そう。だけど、いつか必ず、それ以上のものを雪晴に求める、と。

 だから雪晴はいつだって身を粉にして働かなくてはいけない。常にどうするかを考え続けなければならない。

「へん」

 雪晴の肩口で、小さな唇がもごもごと動く。

「貸し借りとか、へん。──家族なのに」

 携帯のディスプレイの、叔母からの一連のメールがずしりとのしかかる。

 だけど雪晴は思う。心のどこかで、その方がずっと気が楽だと思っている自分がいる。

 お金は、この世における数少ない確かなもののひとつだから。

「どうして」

 責めているわけではない、それはただ、哀しい、という感情。

「どうしてそうなの?」

 ひととせの小さな身体にしがみつきながら。

 ひととせの小さな手にしがみつかれながら。

 どうしてそうなんだろう。雪晴は思う。思うけれど答えなんて出ない。わかるわけがない。

 ──そんなの、こっちが聞きたいくらいなのに。

 ずるずるとふたり、しがみつき合ったまましゃがみこんで。

 雪晴は結局、バイトを休んだ。

 ひととせはずっと、怒ったように雪晴の背中をつかんで、離さなかった。




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