政略結婚の道具にされて公爵家に嫁いだ私は、最後に笑う
「これは政略結婚であり、俺がお前を愛することはない」
15歳の私が公爵家に嫁いだ時、夫であるレオナルドが最初に言ったのはこの言葉だった。
レオナルドは伯爵家である私の家との関係を盤石にするために結婚したのであって、私への愛は全くない。
「ほしいものはあたえてやる。だが俺たちの夫婦関係はあくまで表面的なものだ。それを勘違いするなよ」
「はい、それは重々承知しております」と私は答えた。
夫のレオナルドは35歳で女好きだ。女遊びばかりしていたのでこの年まで未婚だった。過去に平民の女に子供を産ませたという噂もある。レオナルドに妻を寝取られたと言って彼を恨むものも少なくない。
そんな彼が好きなのはあくまで大人の女であって、まだ15歳の私は眼中になかった。
公爵家の屋敷の中で私はぜいたくな暮らしをさせてもらっていた。食べたいものは食べられるし、好きな本も読める。しかし心はさみしかった。夫は私に全く関心を持たず、常にほかの女をはべらせていた。
どうにか夫の気を引きたいと思い、いろいろ試みたが、すべて無駄に終わった。
鬱々とした日々の中で、徐々に私は食欲を失い、本を読んでもその内容に没頭できなくなっていった。宝石もドレスも、私の心を満たすことはできない。心のむなしさは物で埋めることはできないのだ。
そんな私が出会ったのは公爵家で料理人として働くひとりの少年だった。
「最近あまり料理を食べてくれないね」
庭のベンチに座ってボーっとしていたら、コックコートを着た少年が近づいてきて私に声をかけた。栗色の髪で青い目をした、端正な顔立ちの少年だった。年は私と同じ15歳ぐらいに見える。
「あなたは?」と私は尋ねた。
「僕はこの屋敷で料理人として働いているサムだ」
「私はエミリ」
「知ってるよ。旦那様の奥さんだろ」
「そう、表面上はね」
「旦那様は女好きなんだ。けど悪人じゃあないよ。僕たち使用人にもよくしてくれている」
「それはわかるけど、全然私に興味を持ってくれないの。私、すごく寂しいのよ」
「僕でよかったら話し相手ぐらいにはなるよ」
「ありがとう」
それ以来私はサムとよく会っておしゃべりをするようになった。
彼と一緒にいる時だけが、唯一心が満たされる時間だった。
しかしその時間は長くは続かなかったのだ。
×××
「もう君と話すことはできない」と。ある時唐突にサムは言った。
「え? どうして? 私、何かあなたの気に障るようなこと言った? それなら謝るわ」
「いや、違うんだ。旦那様が、僕と君が仲良くしていることを嫌がってるみたいなんだ。使用人の長である家令から、もう君と話してはいけないって言われた」
「そんなのってひどい! レオナルドは女遊びをしているくせに、私がサムと話すことを禁じるなんて」
「確かにそうだ。君の言っていることはもっともだよ。旦那様は間違っている」
「そうでしょ」
「けど、使用人である僕が旦那様に意見することなんてできないんだ」
「ねえサム」と私は彼の手を握った。「私と一緒に逃げましょう。こんな家から出て、ふたりで新しい生活を始めるの」
「そう言ってもらえてうれしいよ。僕は君のことが好きだ。君と夫婦になれたらどんなに素晴らしいか」
「私もあなたのことが好き。だからふたりで・・・」
サムは少し考えこんでから、
「いや、この屋敷から出る必要なんてない。僕にいい考えがあるんだ」
「考えって?」
「それは今は言えない。だけど必ず、近いうちに僕は君を迎えに行く」
サムは私の目をじっと見つめてそう言った。
×××
サムと最後に会ってから2週間が過ぎた。彼は家令の言いつけを守って私に近づかなくなった。私の方から彼に会いに行こうかとも思ったが、そのせいで彼が罰を受けるかもしれないからやめておいた。
サムに会えなくなってから私の心はまた虚しくなった。空虚さが大きな風船みたいに私の胸をふさいでいる。
サムはいい考えがあると言っていたけど、それはどんなものなのだろう? 気休めでそんなことを口走っただけで、考えなんて本当は何もなかったんじゃないか?
そんなことを部屋で考えていたら、あわただしく家令がやってきて私に訃報を告げた。初老の男性家令は狼狽しながらこう言ったのだ。
「旦那様がお亡くなりになられました」と。
寝耳に水だった。まだ35歳の若さで、持病も持ってないレオナルドが突然死ぬなんて。事故死だろうか?
「なぜ死んだの?」
「毒殺です」
「毒殺? つまり殺されたってこと?」
「そうです。昨夜旦那様は大勢の客人を招いて宴会をしておりました。宴会の後で倒れられ、そのまま息を引き取ったのです。医者の見立てですと、毒薬を飲まされたとのことです」
「犯人は誰?」
「昨日あの場にいた人物ならば、旦那様の飲み物に毒を入れることは誰でもできたので、まだ犯人の特定はできておりません。過去の女関係のもめごとで旦那様に恨みを抱く者は大勢いました。きっと犯人はその中の誰かなのでしょう」
家令が出て行くと、入れ替わりにサムが入ってきた。
「エミリ」と彼は満面の笑みで言った。
「サム、大変なことになったわ」
「ああ知っている。レオナルドが死んだんだろ」
「ええ、これからどうなるのかしら」
「この先にあるのはハッピーエンドだ」
「え?」
私はサムの言っている意味がよくわからなくて首を傾げた。
×××
サムの言う通りになった。彼はレオナルドの後をついて公爵になり、私と結婚した。
サムは昔レオナルドが平民の女に産ませた子供であり、レオナルドはそのことを世間に隠して、サムを料理人として雇っていたのだ。
レオナルドの唯一の血縁者であるサムが公爵家を継ぐことになったのは当然のことである。
サムはレオナルドとは違って、私をこよなく愛してくれた。まさにハッピーエンドだ。
「これも神様のはからいね」と私は言った。
「いや、神なんていないさ。僕は無神論者なんだ。運命は自分で切り開くものさ」と言ったサムの目は怪しく光っていた。
私はハッとした。
「まさか! あなたがレオナルドを!?」
「その通り。僕は料理人だから毒を入れるのは簡単だった」と悪魔的に微笑む。
「ばれたら大変よ」
「ばれっこないさ。レオナルドはいろんな人間から恨みを買っていた。あいつを殺したがっていたやつはたくさんいたんだ。それに、虫も殺さなそうな、見るからに無害な僕を犯人とは誰も思わないよ」
「それもそうね」
私たちは、笑った。




