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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第3部

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第67話:同じ拳、違う魂

『からくり空手』

第67話:同じ拳、違う魂


 「第三試合——佐藤 対 後藤田! リングへ!!」

 佐藤が立ち上がった瞬間、嵐が声をかけた。

 「佐藤」

 「何ですか」

 「後藤田さんは第32話でアメリカのカズヤに敗れた。しかし——」

 「しかし?」

 「負けた後の人間は、変わる。気をつけろ」

 佐藤は一秒だけ嵐の顔を見た。それから頷いた。「分かりました」

 後藤田がリングに上がっていた。

 第32話で見た後藤田と、明らかに違った。あの時は「モノリス」の完全同期システムの中にいた。五人が一体となって動く、後藤道場の規格化された戦闘機械だった。

 しかし今日の後藤田は——一人だ。

 黒いライセンスカードが胸元で揺れている。アーマーは後藤道場仕様の日拳装備だが、第32話で見た「量産型モノリス」ではない。個人用に調整された、固有の設計だ。

 佐藤がリングに上がった。

 後藤田が佐藤を見た。「秋吉会館の新人か。——ライセンスは黄色だな」

 「そうです」佐藤が答えた。「後藤田さんは黒ですね。80勝以上の差がある」

 「怖くないか」

 「怖いです」佐藤はにやりと笑った。「でも、嵐さんも黄色で後藤道場と戦いましたよね」

 後藤田は少し黙った。それから言った。「……アメリカのカズヤに負けた話、知っているか」

 「はい」

 「あの試合で俺は、システムの中にいた。一人で考えていなかった」後藤田は静かに言った。「今日は——一人だ」

 「始め!!」

 後藤田が踏み込んだ。

 日拳の縦拳——最短距離の直突きが、佐藤の顔面へ向かう。

 佐藤は止まった。

 桑原が教えてくれた「仕切り」だ。踏み込む前の一瞬の静止。その静止の中で、後藤田の重心を読んだ。

 後藤田の縦拳が来る直前——佐藤は半歩、斜め前へ踏み出した。縦拳の軌道の外側へ入り込み、そのまま後藤田の脇腹へ右拳を叩き込んだ。

 「ヒット、佐藤! 1点!」

 【佐藤 01 - 00 後藤田】

 後藤田が目を細めた。「……縦拳を見切った。しかも前へ出た」

 「後ろへ下がるより、前へ出る方が早い時があります」

 後藤田の攻めが変わった。

 縦拳だけではなく、日拳の「メン」への横拳、「ドウ」への蹴りを混ぜてきた。単調さがなくなった。システムの「最適解」ではなく、状況を読んで手を変えてくる。

 「クリーンヒット、後藤田! 2点!」

 【佐藤 01 - 02 後藤田】

 逆転された。後藤田の日拳は、第32話の「量産型」より遥かに読みにくい。

 (システムで戦っていた時より、強い——)

 佐藤は距離を取りながら考えた。

 後藤田の攻撃には「最適解」がない。だからこそ予測が難しい。しかし——予測できないということは、後藤田自身も「次に何をするか」を決めながら動いているということだ。

 (決める瞬間に、迷いが生まれる。その迷いを突く)

 佐藤はスラスターを噴射した。

 直線ではなく、不規則な軌道で後藤田の周囲を回る。佐藤の得意とする「予測不能の動き」だ。

 後藤田が「次の手」を決めようとした瞬間——佐藤の位置が変わっている。決めた手が、もう使えない。

 後藤田が一瞬だけ止まった。

 佐藤はその一瞬に飛び込んだ。右拳が後藤田の胸板を叩いた。

 「クリーンヒット、佐藤! 2点!」

 【佐藤 03 - 02 後藤田】

 後藤田が立て直した。

 「……不規則な動きか。システムが読めない種類の動きだ」後藤田は静かに言った。「だが——俺はもうシステムに頼っていない」

 「どういうことですか」

 「システムが読めなくても、俺自身が読めばいい」

 後藤田が踏み込んだ。今度は縦拳ではなく——日拳の「組み討ち」だ。佐藤の腕を掴もうとした。

 佐藤が躱した。後藤田が追った。佐藤がまたスラスターで軌道を変えた——後藤田は変えた先を読んで、そこへ踏み込んでいた。

 「クリーンヒット、後藤田! 2点!」

 【佐藤 03 - 04 後藤田】

 (システムなしで、俺の動きを読んだ——)

 残り2分。

 【佐藤 05 - 07 後藤田】

 2点差。スラスターの燃料が減ってきた。不規則な動きを続けるほど、消耗が激しい。

 佐藤は少し考えた。

 (不規則な動きが通じなくなった。じゃあ——逆に、一番シンプルな動きをしたらどうなる)

 佐藤はスラスターを切った。

 後藤田の目が変わった。「……スラスターを止めた」

 「はい」

 「なぜだ」

 「不規則な動きを読まれたなら——一番単純な動きをします」

 佐藤は真っ直ぐに踏み込んだ。

 日拳の基本中の基本。直突き。前へ出て、胸板を狙う。予備動作なし、フェイクなし。ただ真っ直ぐに。

 後藤田は縦拳でカウンターを合わせた。

 二つの縦拳がぶつかった。

 「クリーンヒット——両者同時! 各2点!」

 【佐藤 07 - 09 後藤田】

 残り1分。

 後藤田が言った。「……なぜ一番単純な動きをした。読まれると分かっていたはずだ」

 「読まれても、ぶつかれると思いました」佐藤が右拳を確認しながら言った。「後藤田さんの縦拳と、俺の縦拳。——どっちが重いか、試したかったんです」

 後藤田は少し黙った。

 「……同じ日拳を使う相手に、正面からぶつかりたかったか」

 「はい」

 後藤田の目に、初めて何かが灯った。システムでも計算でもない——格闘家としての、純粋な闘志だ。

 「分かった。ならば——こちらも正面から行く」

 残り30秒。

 【佐藤 08 - 10 後藤田】

 2点差。ダウンを奪えれば逆転できる。

 後藤田が踏み込んだ。日拳の全力の縦拳——第32話でシステムに最適化されていた一撃ではなく、後藤田個人の意志が乗った一撃だ。

 佐藤は止まった。

 「仕切り」の一瞬の静止。後藤田の重心を読んだ。

 (重心が——右足に乗った。縦拳が来る)

 佐藤は前へ出た。後藤田の縦拳の外側へ踏み込み——そのまま後藤田の腕を掴んだ。

 「捕まえた!!」

 日拳の組み討ち——桑原部屋の稽古で体に刻まれた感触が、ここで出た。後藤田の巨体が傾いた。

 マットに膝をついた。

「ダウン、佐藤! 3点!」


タイムアップ。


【佐藤 11 - 10 後藤田】


「勝者、佐藤!!」

会場がどよめいた。


黄色ライセンスが、黒ライセンスを1点差で退けた。


後藤田が立ち上がり、右手を差し出した。


「……組み討ちを使ったな。日拳以外の技術だ」


「桑原部屋で教わりました」


後藤田は少し目を見開いた。「桑原親方の——か」それから小さく笑った。「道理で、重心の取り方が相撲に近かった」


佐藤が右手を握った。「後藤田さん。今日のあなた、第32話の時より——ずっと強かったです」


後藤田は答えなかった。しかし、その顔が——第32話の時の無機質な表情とは違った。

客席へ戻った佐藤に、嵐が一言だけ言った。


「よくやった」


「えへへ」佐藤が照れた。「でも1点差でした。情けない」


「1点差でも、勝ちは勝ちだ」


佐野がタブレットを見た。「佐藤、これで——」


【佐藤 通算成績:8勝2敗】


「黄色まで、あと2勝です」


佐藤は自分の黄色いカードを——まだ白いカードを、握りしめた。


「次で決めてやる」

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