表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第3部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/84

第55話:十文字の恐怖、奈良の決戦

 京都の夜、宍戸梟一郎が消えたはずの石畳に、一人の男の気配が戻ってきた。

 「……忘れていた。これを渡さねば、俺の『隠密』としての面目に関わる」

 宍戸が差し出したのは、厚手の奉書紙。そこには、京都の洗練とは一線を画す、血の匂いのするような無骨な「本藏院ほんぞういん」の文字が躍っていた。

 奈良――。大仏を仰ぐ古都に眠る、からくり槍術の総本山。

 「気をつけろ、嵐。吉岡は『点の突き』だが、本藏院は『面の制圧』だ。空手の間合いそのものを、物理的に『否定』されるぞ」

 その言葉は、予言というよりは、冷徹な死亡宣告に聞こえた。

 三日後。五月。奈良の山門を潜った嵐の前に、異様な光景が広がっていた。

 「よく来た、アンディの甥っ子よ。吉岡を抜けたその足で、我らが槍の森を抜けるか」

 住職、本藏院慶雲。剃髪した頭を夕日に光らせ、金星(一〇〇〇勝)のライセンスを揺らすその男の背後から、一〇〇名の「僧兵」が現れる。

 彼らが構えるのは、からくり強化型『十文字槍』。穂先の左右に鋭い鎌状の刃を備えた、近接格闘における「詰み」の象徴だ。

 「始めッ!!」

 最初の一突き。嵐は反射的に頭部を逸らすが、通り過ぎたはずの槍が「引き」の動作へ転じた瞬間、左右の鎌が嵐の首を狩りに来る。

 ――ガヂ、ギギィィッ!

 「……っ、引きのトルクが強すぎる!?」

 十文字槍の横刃が『絶空』の頸部装甲に深く食い込み、強引な「固定ロック」を強いる。

 物理学的に言えば、槍の軸線方向の力 F_{thrust} に対し、鎌による直角方向の拘束力 F_{hook} が同時に作用している。この二軸の合成ベクトルは、空手家が最も得意とする「円」の回避運動を完全に封殺していた。

 「……一人ずつじゃ、ラチがあかないッ!」

 嵐は、三十人ほどが扇形に展開し、槍の先端で「磁気的な壁」を作ろうとする密集陣に目を向けた。彼らは互いの義肢を無線同期し、一人が受けた衝撃を三十人で均等に分散ディスペルさせている。

 嵐は『絶空』のブースターを足裏ではなく、背部の姿勢制御スラスターに全開放した。

 「隙間がないなら、空間の『外』へ出るまでだッ!!」

 

 三次元的な急加速。槍の穂先が届かない高みへと舞い上がった嵐は、密集陣の「重心」に向けて、自らの質量を弾丸として垂直落下させた。

 着地と同時に放たれる、重力加速度を乗せた下段回し蹴り。

 外側からの圧力には無敵を誇る密集陣も、内部からの「放射状の斥力」には脆い。ドミノ倒しのように、僧兵たちの同期がパニックを起こし、陣が崩壊していく。

 「内側に入れば、ただの長い棒だッ!!」

 

 一撃。二撃。

 嵐の拳が、槍という「リーチの優位」を失った僧兵たちを、泥臭い浸透の一撃で次々と沈めていく。

 「……見事。その拳の重さ、三浦殿の弟子というのも頷ける」

 慶雲は満足げに頷き、嵐を縁側へと誘った。夕日に照らされた奈良の空は、燃えるような朱色に染まっている。

 「アンディは、からくりを外してこの坂を歩いた。重力を『抵抗』ではなく、『味方』につけるためにな。安道くん、君の拳が今日『槍の壁』を抜けたのは、君がからくりを頼る道具ではなく、身体の延長線上の『重み』として受け入れたからだ」

 嵐は、自らの白いカードを見つめた。

 【安道 嵐 通算成績:9勝0敗】

 その瞬間、白いプラスチックの表面が、嵐の激しい体温に反応したかのように微かな熱を帯びた。カードの端が、夕日に焼けたような鈍い「銀色」へと変色し始めている。

 

 黄色(十勝)まで、あと一勝。

 「……本藏院さん。叔父さんの目指した場所は、まだ遠いですか」

 「遠くはない。君は既に、その道の『半ば』に立っている。……だが気をつけろ。次の一勝を阻むのは、人ではない。……リー議長が放つ『神の定数』だ」

 慶雲の言葉を背に、嵐は奈良の地を後にした。

 九つの星が、白いカードに重く刻まれている。だが、次の一勝――記念すべき十勝目の扉の前には、これまでとは比較にならないほど冷徹な「数式」が待ち構えている。

 

 (……あと、一つ。来い、ジャッジメント・イレブン。あんたたちの『銀』、俺の『白』で真っさらに塗り替えてやる)

 広島へ向かう新幹線の車窓。嵐の瞳には、かつてないほど高く、透き通った「空」が映り込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ