表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第3部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/70

第51話:銀の使者

『からくり空手』

第51話:銀の使者


 翌朝。広島支部の道場に、一人の人間が立っていた。

 朝の稽古が始まる前の、まだ誰もいないはずの時間だった。

 佐藤が最初に気づいた。道場の板間の中央に、銀色のアーマーを纏った人物が、ただ立っている。動いていない。呼吸しているのかも分からない。

 「……な、なんだあいつ」

 佐藤の声に、佐野が振り返った。タブレットを構え、データを読み取ろうとした——しかし画面に数字が出ない。

 「……マブイの波形が、検出できない」

 「どういうことだ?」

 「存在しているのに、センサーが反応しない。まるで——」

 「まるで、何もいないみたいだろう」

 銀色の人物が口を開いた。声は男とも女とも判別がつかない、均質な質感だった。「それが私たちの設計だ。マブイを『持たない』ことで、あらゆる読みを無効化する」

 騒ぎを聞きつけた嵐が道場へ入った。田所と遠野も続く。

 銀色の人物は動じない。胸元の「銀」のライセンスが、朝の光を鈍く照り返している。

 「ジャッジメント・イレブン——か」

 嵐が静かに言った。

 「正確には、第七番」銀色の人物が答えた。「名前はない。番号だけだ。それが我々の規格だ」

 「番号だけ、か」田所が忌々しそうに吐き捨てた。「後藤のシステムより、さらに人間を捨てやがった」

 「捨てたのではない」第七番が言った。「削ぎ落とした。名前、経歴、感情——それらはすべて『ノイズ』だ。からくり空手の純粋な物理量だけを残した結果が、私たちだ」

 「何しに来た」嵐が問いかけた。

 「宣戦布告ではない」第七番はゆっくりと嵐に向き直った。「観察だ。IKKCのマスターたちが、今シーズン最も注目している選手——安道 嵐。白いライセンスを持ちながら、ワールドカップ決勝まで勝ち上がった異常値。その実物を確認しに来た」

 「……見て、どうだった」

 第七番は少しの間、黙っていた。

 「想定より、小さい」

 佐藤が「なんだとっ」と前に出ようとした。遠野の腕が、それを静かに止めた。

 「しかし」第七番が続けた。「マブイの残滓が、道場の隅々に染みついている。稽古の質は本物だ。——これは報告に値する」

 第七番が踵を返した。

 出口へ向かいながら、一度だけ振り返った。

 「安道 嵐。一つだけ聞いていいか」

 「何だ」

 「君は、プラチナを目指しているか」

 道場が静まり返った。

 嵐は答えなかった。すぐには。

 しかし第七番が扉に手をかけた瞬間——

 「……ああ」

 嵐の声は静かだった。「叔父さんが空けた席に、俺が座る。それだけだ」

 第七番は扉を開けた。広島の朝の光が、銀色のアーマーを白く染めた。

 「……では、トーナメントで会おう。私たちの『銀』が、君の『白』をどう判断するか——マスターたちも見ている」

 扉が閉まった。

 しばらく誰も動かなかった。

 最初に口を開いたのは佐藤だった。「……名前もないのかよ。第七番って」

 「名前を削ぎ落とした、と言っていた」佐野がタブレットを閉じながら答えた。「マブイの波形も検出できなかった。——これはやっかいだ」

 「やっかいどころじゃないぜ」田所が腕を組んだ。「あいつ、俺たちの道場の空気を全部読んで帰った。稽古の癖、マブイの質、誰がどこに立つか——全部だ」

 嵐は扉が閉まった方向をしばらく見ていた。

 それから、道着の帯を締め直した。

 「……稽古を始めるぞ」

 「え、今すぐですか」佐藤が声を上げた。

 「読まれたなら、変えればいい」嵐は板間の中央に立った。「昨日までの稽古を、今日から全部作り直す。——来い、佐藤」

 佐藤は一瞬だけ固まり、それから白いライセンスをポケットに押し込んで、構えを取った。

 広島の朝稽古が、新しい形で始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ