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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第1部

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第10話:野獣死すべからず

『からくり空手』

第10話:野獣死すべからず


 「第一回戦、Bブロック第三試合——田所対谷岡。始め!」

 有明アリーナの熱気が、一瞬で殺気に変わった。秋吉会館の田所は、愛機『ビースト』の出力を全開にしていた。ミルカラスに完敗し、プライドを砕かれたあの夜。その絶望を払拭するには、このトーナメントで圧倒的な勝利を重ねるしかなかった。

 対するは、後藤道場の刺客、ステゴロの谷岡。大掛かりなアーマーを纏っていない。上半身は裸で、両拳から前腕にかけて剥き出しの強化骨格がボルトで直接、骨に打ち込まれているだけだ。

 「からくり、ねぇ。そんな重いもん着込んで、楽しいかよ?」

 谷岡が地面を蹴った。速い。そしてその動きには、格闘技の予備動作がない。命を奪い合う場を潜り抜けてきた者だけが持つ、最短の暴力だ。田所が迎撃のフックを放つ。しかし谷岡はそれを顔面であえて受け、同時に自らの拳を田所の腹部へ叩き込んだ。

 ガァァァンッ。

 重厚な『ビースト』の装甲が、一撃でひしゃげた。

 谷岡の拳——『からくりナックル』は、指の関節一つ一つに高圧の火薬カートリッジが仕込まれ、着弾の瞬間に衝撃波を増幅させる殺しの拳だ。

 「からくりってのはなぁ、こうやって『痛みを増す』ために使うもんだぜ」

 右、左、右。洗練された技術はない。だが一発一発が岩を砕く質量で、田所の装甲から火花が散り、破片がリングに飛び散る。客席で見ていた嵐が思わず立ち上がった。

 だが田所は逃げなかった。いや、逃げられなかった。ミルカラスに敗れ、自分はもう終わったのではないか——その恐怖が、足を縛り付けていたのだ。

 「終わりだ、野獣さんよ。死んだ獣に用はねえ」

 谷岡がからくりナックルの全カートリッジを装填し、とどめの右ストレートを放とうとしたその瞬間——田所の脳裏に秋吉館長の言葉が響いた。

 『お前が「人間」として戦おうとしている限り、お前はミルカラスにも、その辺の喧嘩師にも勝てん』

 田所は、恐怖を怒りへと変換した。綺麗に戦おうとするな。型を守ろうとするな。俺は、獣だ。

 「……ウォォォォォォォォッ!!」

 マブイ機関が限界を超えた赤い光を放つ。田所は『ビースト』の拘束フレームを自ら引き千切り、身を投げ出すように谷岡の懐へ飛び込んだ。

 谷岡の必殺の一撃が田所の肩を貫く。装甲が砕け、肉が裂ける。だが田所は止まらない。痛みをマブイの燃料に変え、剥き出しになったからくり義肢の爪を、谷岡の脇腹へ突き立てた。

 「なっ……相打ち狙いだとっ!?」

 田所は三浦から盗み見た浸透を、彼なりの解釈で放った。技術ではない。マブイの暴走。自分のアーマーごと相手を粉砕する、野生の爆発だ。

 ズドドドドォォォォンッ。

 リング中央に巨大なマブイの竜巻が巻き起こり、谷岡の強化骨格が過負荷で弾け飛んだ。彼は人形のように宙を舞い、防壁に激突して動かなくなった。

 粉々になった『ビースト』を纏い、血塗れの田所が立っていた。その瞳から、恐怖が消えていた。ただ一点、さらなる強者を渇望する、飢えた野獣の目だ。

 「勝者、田所!!」

 静まり返った会場に、後藤が拍手を送りながら現れた。

 「素晴らしい。だが田所、君のその『マブイの暴走』——次も使えるかな? 魂を焼き尽くして勝つのは、一度きりの奇跡だ」

 後藤の背後から、次の対戦相手・カズヤが静かに歩み寄ってくる。田所は新たな壁を睨みつけ、喉の奥で低く唸った。

 「……次も、喰ってやる」

 田所の再起。それは、秋吉会館の絆がかつてないほど強固になった、その証でもあった。

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