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すごいぞ、かじゅブー

 ドクター・キリシマに案内されたのは、地下にある巨大な冷凍保存庫の中だった。壁に取り付けてあるデジタル温度計は、きっかりマイナス二十℃を示している。まるでペンギンになった気分だ。思わずコートの内ポケットにしのばせてあるウィスキーボトルへ手を伸ばした。しかし合成皮革の安物コートは、セルロイド板のようにぱりっぱりに硬くなって手がつけられない。しかたないので、せめて両手に息でも吹きかけようとしたら、たちまち呼気が凍りつきダイヤモンドダストとなって輝いた。寒っ。

 ちゃっかり自分だけ防寒服に身を包んだドクター・キリシマが、カツカツとヒールを鳴らしながら俺たちを先導してゆく。霜のおりた床はたいへん滑りやすく、俺はスッ転ばないように気を配りながら、ぷりぷりと左右によく揺れるケツを追いかけた。やがて保存庫の中心部までたどり着くと、彼女はハロゲン光に照らし出された周囲の壁を見渡して言った。

「ここには、過去三年のあいだにうちのクリニックで施術を受けた、オカマたちのペ◯スをすべて保管してあるの」

 見ると、壁面はすべてアクアミュージアムのような強化ガラス張りになっている。その奥に、まるで銃砲店のショウケースよろしく、大小長短さまざまな形状をした男の武器がびっしり収められていた。事前に受けた説明によると、切り落としたペ◯スはいったん体液を不凍液と入れ替えたのち、マイナス二百℃の液体窒素へ沈め、一瞬にして凍らせるのだという。なるほど、見るからにカチンコチンである。金槌の代わりに使用したら、釘が打てるかもしれない。この世へ生れ出るときこれと同じモノを授かった身としては、なんとも痛々しい光景で見るに耐えない。

「ここへは、うちの職員ならだれでも自由に出入りできるわ。でも液体窒素で凍らせたペ◯スは、そう簡単に持ち出せるものじゃない。スーパーで万引きするようなわけにはいかないの。それに、もし仮に持ち出せたとしても、生体組織を破壊せずに解凍して元のコンディションへ復元するためには、かなり大がかりな設備が必要となってくる。ちなみに、このクリニックにある解凍装置を動かせるのは、私も含めてわずか三人の医師だけよ」

 なるほど。なにが目的かは知らないが、空き巣などが忍び込んでまんまと盗み出せるような代物ではないらしい。

「いちおう警察にも調べてもらったんだけど、お手上げみたい。内部の犯行にしろ外から盗みに入ったにしろ、犯行の動機がまったく見えてこないし、それにここを調べていた鑑識課のひとが風邪をひいてしまってね。しまいには、どうせクリニックのほうで誤って処分したんだろうって詰め寄ってくる始末なの」

 殺人事件ならともかく、ポコ◯ン強奪事件では警察もやる気が出ないのだろう。とりあえず俺は、今まで聞いた話を整理したうえで疑問に思ったことを口にしてみた。

「ガチガチガチガチ……」

「え、なに? 聞えないわ」

「ガチガチガチガチ……」

 いくら喋ろうとしても歯の根が合わず、まるでアイドリング中のディーゼルエンジンに乗せたカスタネットのような音が鳴るばかりである。すでに両手の指は棒切れのように硬直し、足の指は革靴のなかで感覚をなくしたまま石と化している。そろそろ生命の危険が迫っているのかもしれない。俺は肩をすくめようと試みたが、肩甲骨だけがむなしく鳴った。

 コキッ。

 ふと、マリモちゃんはどうしているだろうと探してみると、すみのほうに積まれたダンボール箱に埋もれるようにして丸くなっていた。どうやら冬眠の体勢に入ったらしい。ドクター・キリシマがくしゅん、と可愛らしいくしゃみをして言った。

「いったんここを出て、温かいコーヒーでも飲みながら話しましょうか」

 賛成。


 つぎに俺たちが通されたのは、院長室だった。これがまた違法カジノのVIPルームなみに悪趣味な部屋で、広さはゆうにテニスコート一面ぶんくらいあるだろうか。床はすべて天然の黒大理石で、天井から映画「未知との遭遇」に登場した巨大UFOなみに豪華なシャンデリアがぶら下がっている。奥のほうには池があり、金貨でも沈めてあるのか底がスパンコールのドレスみたいに煌めいていた。そのなかへ排泄しつづける小便小僧のブロンズ像は、なぜかあどけない姿には不釣り合いなほど巨大なイチモツをぶら下げていた。バカバカしいほどの贅沢さである。意匠を凝らしたインテリアから調度品のひとつひとつに至るまで、いかにも金が掛かっていそうな感じで、俺はマリモちゃんを手招きし、部屋のなかに置いてあるものにはけっして手を触れないよう厳しく注意しておいた。

 三つならんだ豪華な応接セットのひとつに俺たちを座らせると、ドクター・キリシマは自分の執務用デスクにあるタッチパネルを操作して、立体ホログラフィを呼び出した。磨き込まれて黒光りのするマホガニーのデスクの前に姿をあらわしたのは、エンビ服に白い蝶ネクタイ姿の男だった。五十がらみの偉丈夫で、白髪交じりの髪をべっとりとポマードで撫でつけている。

「お呼びでしょうか?」

「悪いんだけどコーヒーを三つ持ってきてちょうだい」

 そう言ってからドクター・キリシマは、ちらっとマリモちゃんのほうへ視線を投げた。

「そちらのかたも、コーヒーでよろしいのよね?」

 ウホッ?

「ああ、こいつにはできればバナナジュースか、さもなければダチョウの卵を牛乳でといたものを」

 冗談のつもりだったが、彼女はニコリともせず言いなおした。

「コーヒーが二つ、それとバナナジュースよ、大至急お願い」

 かしこまりました、と言って男の姿は消えた。

 ドクター・キリシマは自分のデスクにあった灰皿を手にすると、俺の向かいへ腰掛けて大胆に足を組んだ。もちろんパンストからすね毛のはみ出していない美しい足だ。指先にはさんだひょろ長いタバコに火をつけ、そのままソファーの背もたれへ体をあずける。

「ゴンザレスさんには相応の慰謝料を払うと言ってあるし、もしお望みなら他のかたのペ◯スをこっそり移植してあげると約束したのよ。それなのに、いったいなにが不服なのかしらね。探偵まで雇ってここを調べさせるなんて……」

 ハッカくさいため息が俺の鼻先までただよってくる。しかし、こればっかりは男にしか分かるまい。

「まあ、この世に二つとない自分の分身ですからね。他のものには代えがたかったのでしょう」

「なら、はじめから性転換なんてしなければ良かったのよ」

 ごもっとも。

 俺は、解凍したばかりのレザーコートから潰れかけのジタンの箱を取り出すと、Jの字に折れ曲がった一本を真っ直ぐに伸ばして口にくわえた。

「ところでドクター、さっき話していた解凍装置のことですが、オペレーション可能な医師があなたの他に二人いると仰ってましたよね」

「ええ、うちの優秀なスタッフよ」

「失礼ですが、そのお二人がゴンザレスさんのペ◯スを解凍したという可能性は?」

「ないわ。解凍装置を作動させればコンピューターに記録が残るし、だいいち二人は、ゴンザレスさんの手術から盗難が発覚するまでのあいだ、整形外科学会のシンポジウムに参加していて、この星にはいなかったの」

「なるほど」

 ジタンの煙と一緒に可能性のひとつを吐き出した。ならば、やはり外部の仕業ということになる。

「でも探偵さん、液体窒素で凍らせたペ◯スは防寒用の手袋を穿いたくらいではとても触ることができないわよ。それに専門の装置によっていったん解凍しなければ、細胞が壊れてしまい使いものにならなくなるから、そのままクーラーボックスなどに入れて運び出すのは無理」

 では、やはり犯人はこのクリニックのなかにいる。俺は短くなったジタンを灰皿でもみ消すと、ピストルの形にした右手の銃口をドクター・キリシマへ向けた。

「そうすると犯行が可能なのはあなた以外にありえない。という結論になりますね」

 バン!


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