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箱庭物語  作者: らく
第一章、演劇サークル【暁】
7/11

1-5、


 嶋山凌雅は困っていた。

 

 桜の花びらが舞い散る温かい世界で、たった一人取り残されてしまったかのような孤独を感じていた。尊敬している大先輩――古川尚也がチラシ配りへ行ってしまってから、どのくらいの時間が経ったのだろうか。実際のところは十数分にも満たないが、顔も名前も殆ど知らない人々、ましてや年上の先輩たちの中心に籍を置いている現在。いくら肝の据わっていると言われる凌雅ですら、緊張のひとつはするものだ。

 

 ――そもそも、……置いていくなよ。

 

 尚也が此方のブースを後にしてからは、それはもう忙しかった。尚也の先輩たちから更なる質問攻めにあい、用意していた回答通りに応えてく。そんな質疑応答が終わった後は、どうやら皆それぞれ役割があるそうで出かけて行ってしまった。その結果、ブースに残されたのは凌雅と俊介の二人だった。

 

 凌雅は口の内側の肉を柔く噛むと、唇の隙間から息を吐き出した。そして、目の前に整列させられている折り鶴のひとつを手に取って、手のひらの上に乗せる。

 

 と。静寂の中に流れる絶妙な空気を破ったのは俊介からだった。

 

「暇だねぇ」

 

 聞こえてきたのんびりとした声にすぐ隣を見やれば、頬杖をついて虚空を見つめている。

 

「……暇ですね」

 

 思わずそう返すと、俊介は小さく笑った。ただ口角を僅かに上へとあげた程度だが、ふふっと楽しそうな声を漏らしている。

 

「ねぇ、凌雅くん」

「はい」

「あ、ごめん。凌雅くんって、呼んでもいい?」

「ええ、もちろん。どうされました?」

 

 じぃ、と見ていれば、俊介の双眸と視線が交差して、小さく身体が跳ねた。手のひらの上の鶴もまた、同時に跳ねて寝転がる。

 

「いやあ、本当に尚也の後輩なんだなあ、と思って」

「え?」

「暁に居る時の尚也ってさ、自分の事はあまり話さないの。高校で陸上やってたなんて初めて聞いたよ。まあ、その代わりって言ったら変だけど、皆のプライベートを詮索するような事だって一切ないんだけどね。だから、……君の登場にはちょっと驚いた」

 

 そう言った俊介は鞄の中から折り紙の束を取り出すと、青色の紙を手に取って再び何かを折り始めた。整えられた爪で折り目をつけながら、静かに続ける。

 

「ごめん、急に反応しにくいこと言っちゃったねぇ」

「いえ……」

 

 何となく不思議な感じだ、と凌雅は思う。俊介が伝えたい気持ちはよく分かる。実際、初めて古川尚也という人物と出会ってから今日日まで、『怪異対策本部』の支部長として活躍している姿だけを目にしてきた。【暁】の話は、任務の報告として聞くことはあれど、それ以上の話をするようなことはなかった。

 

 だから、今日。こうして初めて【暁】の中にいる尚也を遠目から見た時は、随分と妙な気持ちになったものだった。別段、その笑い方や話し方のどれを切り取っても、いつもと何ら変わらない様であるが、それでも。

 

 ――やっぱり、何かが違う。

 

 ただ、そう思ったとて、他の人から見た凌雅自身も同じだろう。人によって態度を変えているつもりはなくても、気が付いた時にはそれぞれに対する個別の接し方というものが出来上がっていく。それに尚也の今の立場を鑑みれば、一定の距離を保つことなど当たり前であり、凌雅もまたその一線を守っていかなくてはならなかった。

 

 凌雅は息を短く吸うと、勢いよく机に突っ伏した。

 

「わ、どうしたどうした」

「……なんだか、疲れました」

「みんな賑やかだったもんねぇ。僕たち二年生にとっては初めての後輩、三年生にとっては大事な新入生。しかも尚也の知り合いときたら、色々聞きたくなっちゃってさ」

 

 再び笑った俊介は、いつの間にか作り終わった新たな折り鶴を机の上に乗せる。そして、「あ、そうだ」と思いついたように言うと、席を立って「ちょっと待っててね」と続け、何処かへ行ってしまう。その後ろ姿が群衆の中に消えていくのを見届けてから、凌雅は手の中でわずかに汗をかいた鶴の羽を撫でる。

 

 ――上手く、やっていけるかな。

 

 尚也が居るとはいえ、完全に新しい環境。それも、本当のことを話すことは禁じられている。それに、『演劇サークル』という点も、気が重くなる原因だ。昔から身体を動かすことが得意でスポーツ一筋で生きてきた凌雅にとって、「演じる」という行為には、若干の苦手意識すらあった。

 

 ――だって、凄かった。

 

 今日、初めて演劇サークル【暁】の舞台を見た。元々演劇というジャンルには疎く、ましてやドラマやアニメ等の映像コンテンツに触れてこなかった凌雅にとって、それは刺激的な体験であったといえる。七人だけで演じているとは思えないほどの圧倒的迫力。破綻のない分かりやすいシナリオに、頭の先から足の先まで洗練された動きの数々。素人目に見ても、こんな小さな舞台で披露されるにはあまりにも勿体ない内容であると、素直にそう感じたのだ。

 

 嘘でも、本当でも。

 

 例え任務の一環でも、自分にはあんな演劇が出来るとは到底思えなかった。

 

 凌雅は勢いよく上体を起こすと、パイプ椅子の背もたれに身体を預けて青い空を見上げた。それから、動かしにくい左手の指先で鶴を確りとつまみ、天へと掲げてその細部を眺める。俊介が作った鶴は随分と綺麗に折られていた。余白やズレのひとつもない、完璧ともいえる出来なのではないだろうか。

 

 ――……暇だなあ。

 と。ひとり、そう思った時だった。

 

 遠くの空で烏が酷くうるさく鳴いた。そして十数秒後、ぴゅぃ、と微かな音が三度鳴った。

 

「……、今の……」

 

 今の音は、『怪異対策本部』が使う指笛の音色で間違いない。同じ高さの音が、三回。指笛が聞こえる範囲ということは、ここからはそう離れていないだろう。僅かに風が吹いているが、音が聞こえてきた方向は確かに、尚也がチラシを配りに行った場所で間違いない。

 このタイミングで、『怪異』なんて、そんなまさか。

 

 ――すみません、俊介先輩。

 

 凌雅は元居た場所へ鶴を返すと、心の中でそう謝罪を述べて走り出した。









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『ep. 1-6』

更新予定▷▶▷ 1月8日(木) 19:00〜


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