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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第三章、レイ
37/37

3-7、白昼堂々②



 〇×

 

「まずは、本件の情報を整理しよう」

 

 防犯カメラの映像を数回見返した後、尚也は落ち着いた声でそう言った。

 隣の席からノートパソコンの画面を食い入るように見続けている凌雅も、尚也の言葉に小さく頷いた。

 

「午後六時三十分。午前中から外出していた小井戸が、エコバックを片手に帰宅する。そして午後八時四十三分。意識を失っていると思われる小井戸が、……白石伶によって連れ去られる、と。付近の防犯カメラには一切映らないルートを通ったようで、当アパートを出た後は一切の足取りが掴めていないのが現状だ」

 

 尚也は淡々と視覚情報だけを述べていく。

 

「小井戸が帰宅してから連れ去られるまでの間、エントランスを通ったものは一人もいない。このアパートに入るためには、必ずエントランスを通らなければ入ることはできない。

 ……そして、小井戸の部屋は九階。まず普通の人間であれば外からの侵入は不可能だし、窓からの侵入形跡はなく、可能性はゼロに近しいと」

 

 警察から貰った報告書には、現場検証の結果が事細かく記載されていた。

 

「そうなってくると、この犯行が出来るのは?」

「……虚無()になることが出来る『怪異』、もしくは、このアパートに住まう住人でも犯行は可能ですよね。小井戸が顔を見知っていて、部屋に上げてもいいと思える関係性の人間がいれば、……でも。映像に残された手がかりは、白石伶である、と」

「うん、そこなんだよ」

 

 尚也の疑問に冷静に答えた凌雅は、首を傾げた。

 

「そこ、というと?」

「警察からの書類によれば、当マンションの全住人のアリバイは証明されたこと、また、小井戸美帆と直接的繋がりを持っていた人物はいないことが判明している。……台所に置かれていたスマートフォンの解析がされたそうでね、SNSや過去の通話、メールの履歴を参照したそうだ。それでね、……」

 

 少し冷えるせいか、先ほどのココアのあたたかさなどあっという間に消え去り、わずかにかじかんだ指先で、画面に映した報告書の頁を進めていく。

 

「白石伶は、俺たちや三年生のあずかり知らないところで、小井戸美帆と個人的な接触を図っていたらしい」

「……はぁ?」

「ここを見てくれ。最初の接触は、おおよそ一か月前。お前たち新入生が本格的に練習へ参加した頃だな」

 

 文字でのやりとりが簡単に出来るチャットアプリの、閉鎖された個人チャットにて。

 

『美帆ちゃん、お疲れさま。今日の練習で言っていたコラボカフェ、いついく? 早速だけど決めちゃおっか!』

『伶さん、お疲れ様です! わざわざご連絡までありがとうございます♪ 今週末はいかがでしょうか』

『今週末! 良いね。わたし、日曜日なら一日動けるんだけどどうかな?』

『全然大丈夫です!』

『良かった。せっかくだし、美帆ちゃんさえ良ければ、午前中から集合してカラオケとかも行かない?』

『むしろ良いんですか』

『もちろん』

 

 軽快に進む会話は、仲の良い先輩と後輩の日常を覗き見ているような気分だった。隣から写真を覗いていた凌雅は、「うーん」と零した後に、口を開く。

 

「あの。俺、小井戸とそこそこ仲良かった自信あるんですが」

「うん」

「白石伶とコラボ……? ……カフェ行ったなんて話、聞いてないです。それに、練習室で兼吾さんも言っていましたけど、アイツ、かなりSNSの更新するじゃないですか。確かそんな類の話が出たことなんて無かったと思うんだけど……」

 

 確かに、凌雅は新入生の小井戸と伊東明奈(いとうあきな)とは、かなり親し気に話していた。一足先にサークルに溶け込んでいたこともあり、先輩たちとの良い橋渡し的存在になっていは確かだ。

 

 尚也は、報告書に貼りつけられたチャットの履歴を追いかけながら、静かに思考を回す。

 

 ――……なるほど。

 

 白石伶と小井戸美帆のチャットは確かに、秘密裏に行われていた訳だ。 

 勝手に納得した尚也の目の前に、何かを探していた凌雅が自身の携帯の画面をかざした。

 

「ほら。該当日、五月十一日。この日だけは一切投稿がありません。……ところで、コラボカフェって何ですか?」

「本当にこの日だけ空白なんだな。……コラボカフェってのは、俺もよく分からないけど、期間限定の飲食店のことだと思う」

 

 凌雅の疑問に、上手く答えられているかは分からない。なにせ、尚也も疎い分野なのだ。携帯で単語の意味を調べながらその殆どをそのまま読み上げれば、凌雅はいまいちピンとこない様子で「ふぅん」と言った。

 

「……まあ、うん。それで、該当日の投稿がない理由は怜さんと小井戸のチャット履歴に残されていたよ、ほら」

 

 話を元に戻し、画面を指さす。

 

『美帆ちゃん、今日は夜遅くまで付き合ってくれてありがとう。本当に楽しかったよ。それで、なんだけどさ。

『今日の写真、SNSには上げないでくれないかな。あと、私と行ったことも内緒にして欲しい。……実は、あのバカ共には言っていなくてね。バレたくない訳じゃないんだけど、イメージ崩すのも悪いかなって』

『伶さん、今日は本当にありがとうございました! わたしもとにかく楽しかったです♪ 一生分笑ったと思います(笑)

『全然良いですよ~! わたしと伶さんだけの思い出として大切にしますね』

 

 ――しっかりと口止めをしていた、というのが表立たなかった原因だろう。

 

 小井戸は、少し前に高校を卒業したとは思えないほどに落ち着いていて大人っぽい所があった。そう考えると、伶との約束を漏らすことなく守り続けていた事にも納得がいく。

 

 ――要するに、つけ込まれた、ってことだ。

 

 このやり取りの後も、伶と小井戸の逢瀬は続いていた。週に一回か、二回。身近なカフェへ行ったり、時には互いの家にも行く仲だったらしい。

 

 最後のやり取りは、六月九日、日曜日。事件当日の午後七時二十五分。

 

『美帆ちゃんの家の近くに寄ったんだけど、少しだけ会えるかな? 直接話したいことがあってね』

『ちょうど家に居るので問題ないです。わたしの家、上がります?』

『本当? そうしたらお願いしてもいいかな』

『分かりました! お待ちしております』

 

 警戒のひとつもない、親密度な二人の会話を最後に、そのチャットが動くことは二度となかった。

 

「……妙、じゃないですか?」

 

 しばらく無言で見返していた時、凌雅が口を開いた。

 

「俺たち怪異対策本部は、あの仮面の怪異が白石伶の姿をしていると判明したあの日から、白石伶を二十四時間体制で監視しています。それでも『怪異』である証拠が見つからないから、何一つ進展していない訳で……」

 

 頭を抱えた凌雅に、尚也は小さく息を吐き出した。

 

「何も妙じゃない。ただ、いくつも考えられる仮説の中で、最悪の仮説が最有力候補になっただけだよ」

 

 マグカップの底に貯まったココアの粉を見ながら、尚也は続ける。

 

「伶さんについても、少し整理していこうか」

 

 ――ここ最近の事件は偶然の連続なんかではなく、計画的なものである可能性が浮上する。

 

 何度も仮説を立てては証拠のひとつも得られなかった日々に、落とされた数多の情報を一滴たりとも無駄にすることは出来ないのだ。


 ――――――――――――――――――――――

 ひとつ。

 白石伶が、宵の口大学に入学し、演劇サークル【暁】へ入会した頃から『怪異』であった可能性。

 ――――――――――――――――――――――

 

 これは、対面で行われた健康診断で否定される。少なくとも、今年の四月に行われた健康診断の日までは「人間」であったことが証明されている。一か月前に氷沼俊介(こおりぬましゅんすけ)によって提示された“違和感”の正体にも説明がつかなくなる。


 ――――――――――――――――――――――

 それを踏まえて、ふたつめ。

 「人間」の白石伶と白石伶の姿をした『怪異』が同時に存在する可能性。

 ――――――――――――――――――――――

 

 この可能性は、現代社会において大いにあり得る話だった。「人間」の白石伶は無関係であり、白石伶の姿をした『怪異』が事件を起こしている。しかし、この仮説は既にその殆どを否定されていた。

 

 俊介が作成したアクセサリーを所持している点に、そして、今回の件である。事件発生直前に、小井戸と交わしていたチャットが決定的証拠であった。


 ――――――――――――――――――――――

 つまり、みっつめ。

 白石伶は、既に『怪異』にその全てを奪われている。

 ――――――――――――――――――――――

 

 「人間」の白石伶は、既に何かしらの事件に巻き込まれている可能性。

 白石伶の姿をした怪異(かめんのかいい)が出現したあの頃から、白石伶の全てを奪われ、乗っ取られている。そう考えるのが最有力であろう。

 

  怪異対策本部の人員が白石伶を監視していたとて、相手が『怪異』であり虚無()になれる以上、完璧なる監視など不可能なのだ。

 

 家から一歩も出ていないはずの白石伶が、遠く離れた土地のカフェにて食事を取っている、と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その場合、本物の白石伶は。尚也達と一年を共に過ごした白石伶はもう――……。

 

 尚也は浮かび上がった仮説に、ひとり、大きく首を振った。

 

「……まずは、小井戸の捜索だ」

「え?」

「俺が思うに、まだ救える可能性が高い方を捜索するべきだ。白石伶の監視チームと連携しつつ、俺達も現場に出るぞ。遠くには行っていない可能性を考慮しつつ、出来ることをやるしかない」

 

  ――……やはり、何か見落としていないか。

 

 一瞬浮かんだ疑問に、尚也は目を細めた。どうにも露見する情報が茨のひとつもない一本道であり、そしてなによりも。

 

 ――わざわざ高所に取り付けられた監視カメラを振り向いた理由は、なんだ。

 ――どうして笑った?

 

 こちらを見据えるかのように笑う理由は何か。

 

「分かりました。ひとまず、俺は監視チームに連絡取ります」

「頼む。……十分後、エントランスに集合。出来そうか?」

「はい!」

 

 下唇を噛みながら再度映像を見返していると、凌雅が先に動いた。勢いよく立ち上がり、尚也の問いに大きく頷いてから颯爽とリビングを出ていく。

 

「……沙葉に、該当箇所の監視カメラデータの入手と、監視報告書との相互関係のチェック依頼。小井戸のマンション付近の監視カメラ設置箇所一覧の入手、人員確保、……うん、間に合う」

 

 尚也はノートパソコンを閉じると、リビングを片付ける暇もなく飛び出した。もう、一秒たりとも逃すことは出来なかった。


次回更新▷▶▷2/21 19:00 『3-7、白昼堂々③』

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