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箱庭物語  作者: 彩都 らく
第三章、レイ
36/37

3-7、白昼堂々①


 翌日、午前七時。

 怪異対策本部 川崎支部の支部長室に、一本の無線が入った。

 

 ――――――――――――――――――


 宵の口大学にて、演劇サークルに所属する一人の少女が、数日前より行方不明となった。

 現場調査の結果、『怪異』による犯行の可能性が高いことが判明した。これより、本件を警察案件から怪異対策本部案件へ切り替えるよう、要請したい。


 ――――――――――――――――――


 

「……そうかよ」

 

 古川尚也(ふるかわなおや)は、設置された受話器を乱暴に置くと大きなため息を吐き出した。

 

 結論から言えば、昨晩、黒澤陽光率いる三年生の手によって、演劇サークル【暁】の新入生――小井戸美帆(こいどみほ)の失踪が警察に通報されたのだ。既に三日経っている事もあり、すぐさま小井戸がひとりで住まう自宅へ捜索が入ったものの。

 

 ――現場は、悲惨な状況だった。

 

 現場の状態から察するに、小井戸は自宅で夕飯の準備をしている間に連れ去られたらしい。

 

 キッチンには切っている途中の人参が放置され、ガスコンロには完成した卵スープが乗っていた。さらに、リビングでは棚や机の上に飾られていたであろうものが破損し、床へ無数に散らばっていた。連れ去られる際に抵抗したのか、床に刺さった包丁が部屋の異質さを際立たせていた。

 

 まるで、この場で普通に生きていた人間が、忽然と消えてしまったかのような現場だった。

 

  本事件の証拠に関する資料および映像は、本日お渡しいたします、と。

 

 ――……それで、『怪異』による犯行、ね。

 

 無線と共に送られてきた報告書を要約しながら、尚也は思う。

 

 『怪異』による犯行と言っても、現時点では断定は出来ない。一方で、怪異対策本部に並ぶ公的機関である警察が上記のように述べるのであれば、その証拠とやらが決定的瞬間を抑えているのだろう。

 

 ――まずは、証拠を見ない限りは何も始まらない。

 

 つい先に、早朝の見回りに出ていた嶋山凌雅(しまやまりょうが)を管轄の警察署に派遣したばかりだった。道中で何かに巻き込まれていなければ、あと数十分で戻るはずである。

 

「……何か、用意してやるか」

 

 尚也はうんと大きく上半身を伸ばすと、開いていた画面を消して勢いよく立ち上がった。

 

 ここしばらく、『怪異』が巻き起こす小規模な事件の対処に追われていることもあり、自室はおろか寮のリビングにすら立ち寄ることが出来ていない。怪異対策本部 川崎支部の支部長室と演劇サークル【暁】の練習室へ、交互に顔を出す毎日。時間が余れば寮にてシャワーを浴び、数時間の仮眠を取っては任務に戻る、そんな日々の連続だった。

 

 それは、凌雅も同じである。彼には通常の見回りや小事件への派遣に加えて、大学構内における「黒澤陽光」に関する情報収集も頼んでいるため、事務作業に追われる尚也よりも体力を消費していることに間違いはない。

 

「コーヒー、紅茶、抹茶ラテ……」

 

 尚也は寮のキッチンに着くなり、インスタントの粉末飲料が入った棚に手をかけた。色んな人々が住まう共用部にあるからこそ、その種類は実に豊富だ。一概にコーヒーといっても、様々なブランドが揃えられていた。

 

「うん、ココアかな」

 

 色とりどりのパッケージの中から、彩度の低いステックをふたつ。

 慣れた手付きでそれぞれのマグカップに粉末を落とし、沸かしておいたお湯と少しずつゆっくり絡めてあげたら出来上がりだ。ふわりと湯気の上がるマグカップに口を付ければ、甘ったるい匂いに支配されていく。

 

 ――……うま。

 

 コーヒーや紅茶などの、ほんのちょっと大人な味が好きだ。でも、どこまでも甘くて親しみやすい味は、もっと好きだった。

 

 キッチンに立ち尽くしたまま、ひとくち、ふたくち。舌が痺れるような熱さに耐えながら、喉の奥に流し込んでいく。身体の芯から温まっていく感覚に、しばらく忘れていた眠気が襲ってきて、思わず大きな欠伸が出てしまった。

 

 と。

 

「……あ! いたいた! 支部長、探しましたよ」

 

 青い狐の仮面を装着したままの凌雅が、リビングの扉を蹴破る勢いで開けながら入ってくる。手には白い封筒が握られているところを見ると、無事に警察からデータを受け取ることが出来たのだろう。

 

 帰還するなり支部長室に特攻したものの、現場はもぬけの殻。それならば思い当たる場所は尚也の自室かはたまたリビングか、と、色々なところを駆け回ってきたというところか。

 

「悪い、何か飲みたくなってさ」

 

 一瞬にして覚めた頭で、尚也は静かに口を開く。そして、もうひとつ作っておいたマグカップを凌雅に無言で手渡すと、無数に設置されたダイニングチェアのひとつに腰かけた。

 

「……わ、ココアだ。ありがとうございます」

 

 尚也の後を追いかけ隣の椅子に座った凌雅は、少し嬉しそうに笑うとマグカップを振った。まだ温いカップは、からからと音を立てる。あと数十秒もすれば、投入した氷が熱を奪い、丁度の良いアイスココアが出来上がるはずだ。

 

 ――あと、五秒。

 

 真剣な表情でカップを振り続ける凌雅は、尚也の心のカウントがゼロを迎えた瞬間に口を付けた。そうして一気に飲み干すと、茶色い瞳を細めて笑う。

 

「うまっ! 尚也先輩、まじでココア作るのだけは上手いっすよね」

「……だけって、お前なぁ」

 

 凌雅の物言いに否定の意を述べたいところだが、何も言い返せないのが事実であった。料理というものは、まるで勝手の分からない奇妙なものであると、尚也は思う。野菜を切ることは容易だ。肉を焼くことも、まあ、容易だ。しかしそれらを混ぜあった後の味付けとなると、てんでダメなのが尚也という男の不器用なところであった。

 

 凌雅と寮で生活を共にし始めて、おおよそ四年は経つ。最初の数か月で、料理目的でのキッチン利用は全面禁止となった。数か月に一度、凌雅や新谷沙葉(しんたにさよ)の協力の元、料理勉強会なるものが開かれているものの、改善する兆しは一向にない。

 

「……まあ、そんなことはさておいて」

 

 気が付けば机に突っ伏し、だらけた様子の凌雅にわざとらしい咳ばらいをひとつ。声にわずかながら真剣さを乗せれば、彼はすぐさま起き上がった。

 

「警察から貰った証拠とやらを見てみようか」

 

 尚也は机上に置かれた白い封筒へ手を伸ばし、丁寧に開けていく。

 

「……ここで開けちゃって良いんです?」

「うん、平気。今日は皆出払っているし、なんら問題はない」

 

 取り出したUSBメモリを、持ち込んでいたノートパソコンに差し込んで、データを取り込み終わるまで少々。

 

 本来ならば、厳重に保管されるべき事件データや個人情報の含まれたデータはもっと慎重に取り扱われる。しかし緊急を要する用件であれば、長い期間にて築き上げた信頼関係の元で、こういったやり取りを良しとしているのだ。

 

 尚也はいつの間にやら冷めてしまったココアを一気に飲み干すと、パソコンの画面に集中した。そして取り込んだ映像を開く。すぐさま始まった映像を見るに、これは、小井戸の住まうアパートのエントランスを映した防犯カメラの映像だった。

 

 ――日付は、四日前。

 ――六月九日、日曜日。午後六時三十分。

 

 シンプルなエコバックを手にした小井戸が、オートロックで閉ざされたエントランスを解錠して帰宅。各部屋の玄関が屋内に設置されている、厳重なセキュリティのついたアパートだ。住人でなければ、エントランスすら入ることの出来ない設計である。

 

 映像はそのまま早送りされていく。人の出入りは一切ない。ただ同じ光景が流れ続けて、約二時間分の映像が数分掛けて進んだ時。

 

「は?」

「え」

 

 尚也と凌雅の驚愕の声が重なった。

 

 ――午後八時四十三分。

 

 ここまで開くことのなかったドアが、開く。

 

 抵抗のひとつも出来ない様子の小井戸が、背丈の高い何者かに抱えられて運ばれていた。映像を拡大した限りでは小井戸に大きな外傷はないようだが、意識はないようである。

 

 そして、その何者かは、どうにも監視カメラを認識しているらしい。

 

 ゆっくりと、わざとらしく。

 不気味にも、整った顔を歪ませて。

 監視カメラへ自身の顔を晒すように向けた、その顔の正体は。

 

「……伶さん」

「まさか。白石伶が小井戸を誘拐して、何になるっていうんです?」

 

 白石伶。 

 深夜二時の図書館のうわさにて世間を騒がした人物であり、演劇サークル【暁】の副部長を務める人物でもある。

 尚也は呟き、凌雅は顔を顰めながら疑問を口に出す。

 

 ――何が、起きている。

 

 まさか、白石伶は出会った当初から『怪異』だったのだろうか。

 否、そんなはずはない。上手く言葉に表すことはできないものの、出会った時の白石伶は確実に人間であった。それどころか、今年の健康診断では「人間証明書」の発行までされているのだ。

 そうなると、白石伶の姿を利用する『怪異』の存在が浮かび上がるものの。

 

「俺たちが会っている白石伶は、……怪異か、人間か」

 

 ――俺は、何を見落としている。

 ――これだけ近くにいるのに、何故、見抜くことができない。

 

 尚也の唸る声は、静かなリビングに溶けていく。


 

 

次回更新▷▶▷2/20 18:00 『白昼堂々②』

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