3-5、壁上の約束①
それから、鍋パーティーは十分過ぎるほどの盛り上がりを見せ、呆気なくもその終わりを迎えた。
時刻はもうすぐ日付も変わろうかという頃。
終電が近いという双子を玄関先まで見送った尚也と俊介は、部屋の片付けをしていた。
――……あとはゴミ捨てくらい、かな。
双子の協力により、今回使用した食器類は綺麗に片付けられている。残るは、部屋の中央に鎮座する机の上に散らばるゴミをまとめて縛り上げるくらいだろう。
尚也は俊介の部屋を見回すと、小さく息を吐き出した。コンパクトな台所のついた少々手狭なワンルームだが、大学生の一人暮らしとは思えないほど綺麗な部屋である。部屋中に飾られた俊介作の模型は整然と並べられているし、彼の私物もまた、丁寧に収納されていた。
自身が管理する怪異対策本部の支部長室や、寮の自室と比較するには、尚也にとって少々頭の痛い光景だ。
「うん、だいぶ片付いたね。遅くまで手伝ってくれてありがとう」
残り二つとなった空き缶を、丁寧に潰してゴミ袋へ放り込んだ時だった。
しばらく台所で食器の整理をしていた俊介が側にやってきて、そう言った。一丁前につけていたエプロンを外している所を見ると、台所側の掃除は完了したのだろうか。
「部屋貸してもらってるしな。あと何か手伝うことある?」
「ううん、もう大丈夫」
「……そ」
部屋の様子を確認している俊介を横目に、尚也は最後の空き缶を潰す。そして、ゴミ袋へ乱雑に入れるとその口を強く縛り上げた。
――……結局、何の進展もなかった。
鍋パーティーの当初の目的。それは、白石伶が持つ“違和感”について話し合う、といったものであったはずだが。結局のところ、直前に黒澤陽光の登場で場が乱されたうえ、アルコールが入ったことによって話し合い自体がなあなあとなったのだ。
――でも、これで良かった。
これ以上二年生が本件に首を突っ込むことは、事態をややこしくするだけである、と尚也は思う。
氷沼俊介は、真相に近しいところまで気が付いている。小松みどりとあおいは、未だ混乱したような素振りを見せているものの、正直なところ時間の問題だろう。
尚也にとって、俊介が例の写真を持っていること自体、想定外の出来事だった。まさか例の写真一枚と現状解析のみで、「白石伶=怪異」ないしは、それ以上の最悪解まで導き出すとは思ってもいなかった。
それどころか。
自分の手で解決したい、と言い始めるとは、思ってもいなかった。
でも、あの時、旧校舎の廃れた倉庫で此方を見やった俊介の双眸は、本気だった。薄暗い中、淡いランタンの光で照らされた黒い双眸は、危うい光を放っていた。咄嗟に彼の口を塞がなければ、何を言っていたかなど、想像もしたくない――……。
「……っ! つめて、」
「はは、びっくりした?」
物思いに耽っていると、俊介の明るい笑い声が部屋に響いた。突然頬に触れた冷たさに目を見開けば、此方を覗き込む俊介と視線が交差する。
「今日って、まだ時間あったりする?」
「ある、けど……」
「本当! じゃあ、あと一本だけどうだい?」
純粋無垢とでもいうかのように、からからと笑う俊介は手に持っていた二本の缶を机に乗せた。一本はノンアルコールビールで、もう一本は彼の好きなウイスキーだ。
――まあ、今日は非番だし。
左腕につけた時計にて時間を一瞥してから、尚也は頷いた。明日はサークルの練習があるが、それも夕方からなので問題ない。怪異対策本部の仕事は、……早朝から始まるものの、一時間でも寝られれば良い方である昨今、もはや今更すぎる話だった。
それに。
――俊介と話す時間は、結構好きなのだ。
気楽で、何を言っても許されるような穏やかな時間。何も話さない間すら、心地の良い時間。一瞬だけ、本当にそのひとときだけ、ただの大学生に戻れるような気すらする、静かな時間。
「じゃあ、乾杯」
「かんぱ〜い」
尚也はプルタブに指をかけ、缶の口をゆっくりと開ける。そして同じように開封した俊介と缶を静かにぶつけ合って、ひとつ。
それからは、随分とのんびりとした時を過ごす。
「いやあ、今日の鍋は最高に美味しかったねぇ」
「な、美味かった。春鍋ってやったことなかったけど、かなりアリだな。締めの雑炊もめちゃくちゃ美味かったし」
「それ! 雑炊、本当に美味しかったよね。あおいなんてお腹いっぱい、とか言ってたのに、結局ぺろりと食べてたし」
「そういやそうだったな」
とか。
「しかし、恋愛の話は驚いたね」
「そうか? いつものことだろ」
「うぅん、まあ、……そうなんだけどね。僕はどうにも苦手でねぇ。そういうキミは一足先に逃げてたけど?」
「俺も苦手なの」
だとか。
「尚也って、アニメとか漫画とか、あとドラマとかも全然見ないよね」
「そんなことはねぇよ。続きがあるやつは見ない主義なだけ」
「……と、いうと?」
「続きがあると気になっちゃうだろ。完結しているものなら、まあ、安心して見ることが出来るしさ。ほら、こういう漫画とか、俺結構好きだよ」
「えっ! 好きだったの?! 僕も大好きだよ、見て、これこれ、模型まで作っちゃうくらいには!」
「うっわ、ホンモノじゃん、すげぇ」
とか、だとか。
とにかく思いついたことを話して、聞いて、話して、聞いて、時には携帯で互いに調べ物をしては盛り上がって。日常の中にあるようで少ない、貴重なひとときを過ごした。




